葉月さんとの情事
受験勉強も頑張った。彼女とのデート代を捻出する為、バイトも頑張った。そして今日もバイトに来たのだ。
葉月さんもぼくに優しかった。葉月さんのことは好きだ。もちろんLOVEではなくLIKEである――そう自分に言い聞かせた。
早い時間にお客さんがひけると店長は暖簾をおろし僕たちに話しかけてきた。
「お店閉めて三人で飲みに行くか」
「いいですね」
葉月さんはのりのりである。
「達志君も大丈夫よね?」
そんな葉月さんの笑顔にぼくは断るすべもなかった。
店長はスマートフォンを取り出し誰かに電話を掛け始める。
「もしもし、わいや。お宅の御曹司はわいが預かった。返して欲しかったらFカップ以上のおなごを紹介せい」
店長はにこにこしながらそうすごんだ。どうやらぼくの父に電話しているようだ。
「今日は暇やったから今から達志を連れて飲みに行こうと思ってんねけど、まだ未成年やし、お前の了承取ろうと思ってな。かめへんか?」
『かめへん、かめへん。社会いうもんを教えたってくれ』
父の大きな声は店長のスマートフォンからもれていた。
十八歳のぼくは初めてお酒を飲んだ。警察にばれたら逮捕されてしまうんだろうか。そんなことを考えたが父の話を思い出した。
「警察官になった友達が何人もいてるけど、あいつら高校の時、タバコは吸うし酒も飲む。麻雀もお金を掛けてやりよった」
なら大丈夫か。ぼくはタバコも吸わないし、麻雀もしない。まあほんとは大丈夫なわけがないのだけれど、父の許しもあったので一杯だけ飲むことにした。それでも顔が熱くなり、自分の顔が少し赤らんでいるのが分かった。
店長は飲むペースが速かった。葉月さんも店長に負けないくらいのペースでおかわりをしている。
「二人とも強いんですね。ぼく一杯だけでなんだか気持よくなってきちゃいました」
ぼくは二杯目からコーラを頼んだ。
「そこの少年! 男れしょ? お酒くらい飲めるようにならないともてないわよ」
葉月さんのろれつは回っていなかった。
「ところで葉月さんて、おいくつなんですか?」
「あー! 少年! 今、女性に年齢聞いたれしょ!」
「あっ、すみま……」
「もうすぐ二十五よ。四捨五入すると、三十路よ三十路」
ぼくが謝り終えるのを待たず、葉月さんは答えた。
「えっ? まじですか。てっきり二十一、二歳かと思ってました」
その後、店長と葉月さんは一杯ずつ追加した。それを飲み終えると解散したのだ。
葉月さんの家はぼくと同じ方向なので、一緒に帰ることになった。ぼく達は自転車を引きながら歩いて帰る。十分ほどで葉月さんのマンションに到着した。葉月さんの足は右に行っては左に行く。途中、自転車を持ったままこけそうにもなっていた。
「葉月さん、大丈夫ですか?」
「だいじょばない。部屋まで連れてって」
「はい。いいですよ」
葉月さんはぼくの腰に手をまわし、もたれかかってきた。香水だろうか、それともシャンプーなのか。甘くていい香りだった。
茶色い外観をしたマンションはまだ新しい匂いがした。四階建の四階に部屋を借りているらしい。エレベーターはない。まだ汚れていなそうなコンクリートの階段をっていく。四階まで上るとさっきまでは感じられなかった風が葉月さんの長い髪を揺らした。
四〇一、四〇二、四〇三、高級そうな三つのドアの前を通り過ぎる。その奥にあと一つドアがある。
四〇五、そう書かれているドアに葉月さんが鍵を差し込んだ。ドアを開けると真っ暗だった部屋が自動的に明るくなった。綺麗に整頓された部屋は白い家具で統一されている。
「葉月さん、それじゃあ俺、帰りますね」
すると葉月さんがぼくを抱きしめた。あっと言う間に葉月さんの唇がぼくの唇をふさぐ。ぼくはびっくりして目を大きく開けたままだった。葉月さんはぼくの手を引きベッドに連れていく。
「葉月さん、お、俺彼女いるんです」
「私も彼氏いるよ」
「だったら、まずいですよ」
「かわいいのね。達志君」
葉月さんは服を脱ぎ始める。綺麗な膨らみがぼくの目に飛び込んできた。有紀美とそっくりな曲線だった。葉月さんとぼくは抱き合ったままの格好で、二人してベッドに倒れた。
ぼくは欲望を止めることができず、葉月さんの体をまさぐった。右胸の下にほくろがある。有紀美と全く同じ場所で同じ大きさのほくろだった。こんなこともあるんだな。ぼくは何だか不思議な気持ちになった。
ぼくは今浮気をしている。浮気しているのに有紀美を抱いている感覚がした。有紀美の顔が浮かんで頭から離れなかった。
ふと気づくと葉月さんは寝息を立てていた。
残念なような気持ちと、ほっと安心している気持ちがぼくの中で交錯する。
「鍵は新聞受けに投げ込んでおきます。達志」
ぼくは葉月さんに書き置きを残した。
そして葉月さんに布団を掛け、外に出る。
鍵を掛け、新聞受けの隙間から投げ込んだ。
――カラン。
星が瞬く音さえ聞こえてきそうなほどの静寂の中で、鍵の音だけが響き渡った。
酔いも覚めていたので自転車に乗ろうと思ったが、なんだか風が気持ち良かったのでゆっくり歩くことにした。
「ごめん。有紀美」
ぼくは声にだして謝った。でもすぐに葉月さんの体を思い出す。もったいないことをしたな。そう思った瞬間、ぼくは首を左右に勢いよく振った。もったいないと思ったことを反省したのだ。しかし有紀美そっくりな体だったよな。また葉月さんの体を思い出す。
「駄目だ。駄目だ」
葉月さんの体のことは忘れよう。そう決心した。そう思えば思うほど葉月さんの体がぼくの頭をよぎっていく。
「六歳年上かあ。年上もいいもんだな」
そう呟いた瞬間、ぼくは我に返った。何を言ってるいんだぼくは。自分の馬鹿さ加減に呆れた。