プロローグ
序盤、野球の話が出て参りますが、野球小説ではございません。
不思議な体験をする、ぼくと彼女のファンタジーでございます。
ぼくはしばしばデジャヴを見る。
かといって、小さなころから体験していたわけではない。デジャヴという言葉は知っていたのだけれど、具体的にどういうものか分からなかった。
高校三年生になる直前――二月の終わりか三月の初めころだっただろうか――それは突然おとずれた。
晴れた日の放課後だった。前日降った雨の影響もなく、グランドから水溜りは消えていた。ぼくはグランドを横目に野球部の部室へ向かった。そして練習着に着替え、甲子園に向け意気揚々と部室から飛び出たのだ。
すると部室の前にひとりの女の子が現れた。
明らかに校則違反と思われるほど短いスカートをはいた少女がぼくを見ている。
少女は手にしていた手帳を落とした。手帳を拾うため前かがみになると、セーラー服の胸元が大きく開く。その神秘的な膨らみが露わになった瞬間、ぼくは思わず「あっ」と声をあげたのだ。
――この光景見たことがある。
これがデジャヴというやつなのか。なんだか不思議な気分だった。
「どうかされましたか?」
手帳を拾い終えた少女はそう言ってぼくの顔を覗き込んでいる。
どうやらぼくのいやらしい目線には気づかなかったようだ。すらりとした体型ではあるが胸はかなり大きかった。風にふわりと流された黒髪は背中まで伸び、晩冬のやわらかな陽ざしに照らされ輝いている。
ぼくの大好きな「真ん中高め」――彼女は正にぼくにとって、ドストライクである。
「あ、いや。なんでもないです」
「野球、頑張ってくださいね」
少女の笑顔は今まで見たことのないような輝きを放っていた。この笑顔、独り占めしたい。そう感じたとき、ぼくは気づいた。
――一目惚れしてしまったのだと。
女性に対し奥手なぼくは、彼女いない歴十七年半。日々彼女いない歴記録を更新中である。
その後もしばしばデジャヴはやってきた。
始業式の日に廊下に貼りだされたクラス編成の紙を見たとき。
妹が校舎の裏で男子に告白されている姿を見たとき。
甲子園予選の千葉県大会、初戦の成田高校戦での最終回、相手投手がロジンバッグを手に付けたとき。
まだまだ数え切れないほどのデジャヴを見た。
今まで皆無だったことが頻繁に現れるようになったのだ。
少し不思議な気もしたのだけれど、突然幽霊が見えるようになったという類の話も聞いたことがあったので、特に気に留めることもしなかった。
この後、不思議な人生が待ち受けているなどと、考える由もなかったのだ。