巫女・東京メトロ・生肉
落葉が境内を散らかしていく季節。
私、織姫は境内の掃除をしている。木々が生い茂っている古めかしい神社の巫女で見習い中の身。竹箒を持って掃除に明け暮れていた。
無駄に広くて、1人だと3時間は掛かってしまう。なので、半分だけ綺麗にして、残りは明日。
適当にやってしまわないと、時間がいくらあっても足りない。
「織姫。これ、お父さんに届けてくれないかしら」
風呂敷に包まれた状態でお母さんが私に預けてくる。
「りょーかい。お掃除は明日するから、お母さんは部屋でゆっくりしてて」
「そうさせてもらうわ」と、お母さんは部屋へと戻っていく。
白の装束に赤い袴。
うーん。目立つけど……面倒くさいからこのまま行っちゃおう。
山の中腹に建てられて境内なので、何十段とある石の階段を降りるはずもなく、鉄製の手すりにお尻を乗っけて滑り降りる。
駆け下りるよりも早いので、学校に行くときやお出かけするときは、いつもこのやり方で境内へ続く階段をスキップしてしまう。
さて、お父さんの会社は地下鉄に乗って行かないと行けないから、さらに面倒くさい。
東京メトロって言えばわかるかな。あの入り組んだ地下鉄を乗らないとダメなの。
地下鉄までは歩いて十分ほど。それから東京メトロを経由して、お父さんの会社に向かった。
電車の中で異臭騒ぎがあったけど、誰の荷物から異臭がしていたのか、不思議にだったけどお父さんに早く届けてあげないと。
地下鉄の改札を抜けて、地上に向かう階段を駆け登る。
スーツ姿のサラリーマンやOLの人などが物珍しいモノを見るように、私を見てくるけれど気にしたら負けだと言い聞かせて、大きなビルが聳え立つ都会を走り抜ける。
メロスよりも早く、チーターよりも遅く、競走馬よりも多くの距離を走った。
お父さんの務める出版社に到着して、受付のお姉さんに「父がここで働いているのですが」と告げると、父の名前と私の名前を言うと、内線で父に取り次いでくれた。
「では、これが入館証になりますので、首から提げておいて下さいね」
「はい。わかりました」
ニコリと笑顔が美しいババァに、若さで勝る私もニコリと笑顔を返し、お父さんの下へと向かう。
エレベーターで異臭騒ぎがしたときの匂いがして、巫女服にまで匂いが伝染ってしまっているようで、迷惑にならないかと心配になる。
でも、後戻りも出来ないので、すぐに渡して帰ってしまおう。
エレベーターが開くとお父さんが私を待ってくれていた。
「もう忘れ物しちゃダメだよ」
エレベーターから降りて、お父さんの胸をポカポカ叩く。
「ごめんごめん。でもありがとう」
都合のいいお父さんは私の頭を撫でてくれる。ちょっと嬉しい。
「はい。ちゃんとお届けしました」
「頂きました」
もう一度「ありがとう」とお父さんが言う。
「中身なんなの?」
「あぁ。これかい」
風呂敷の結び目を解くと、透明なタッパーになにやら赤い物体が詰まっている。
「彦星の右腕と太股の生肉だよ」
彦星は私の1つ上のお兄ちゃん。ニートの引きこもりでどうしようもないクズ。この世の癌とも言える存在。
そっかぁ。だから昨日の夜、お兄ちゃんの卑屈な叫び声が聞こえてきていたのか。
「人間の肉って1日経ったらどうなるのか知りたいって小説家さんがいてね。それで彦星の肉で実験中なんだ」
お父さんが微笑むので、私も釣られて微笑む。
この世のクズは痛い目に合わないわからないっていうもんね!