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コミュ三題噺  作者: ツンヤン
ごはん 疑心暗鬼 中二病
6/34

栄光の手

著者:金巫女

1.啓示、そして第一の試練


 ここはどこだ。そんな疑問は浮かばない。

 本当にただの光の中だった。けれど不思議と眩しいとも感じない。

「お前にやろう」

 何を? とは口の中からは出てくれない。

 姿は見えない。威厳のありそうな声だ。

 イメージするならそう、まるで神様みたいな。

「その右手を」

 言われて見た右手に何かを感じた。

「一日の間決して使うな。そうすれば……」

「お前は誰だっ!」

 叫びながら開いた目に映ったのは見慣れた天井。どうやら俺は寝ていたようだ。 

 右手だけを上げてじっくりと見る……いつもどおりだ。

 嫌、違う。何かを右腕に感じる。わずかだが、いつもより暖かい。

 再度頭に言葉が浮かぶ。

――ああ、理解した。俺は今日、この右手を守り抜かなければならない。

 栄光のハンズオブグローリーと名付けよう。

「兄ちゃんどうしたの?」

 部屋のドアを開けて小学生の弟が姿を覗かせる。

 いつもなら勝手にドアを開けるなと叱るところだが……まあ、いい。

 幸い今日の俺は気分が良い。

「なんでもない。今はな」

「……まあいいや。ごはんできたよ」

「うん。今行く」

 弟が1階に降りていく音が聞こえる。

「ふふふ。ついに来たか。俺の栄光のはじまりの啓示がっ!」

 

 パジャマを脱ごうとしてハッと気づく。きっと、服をもつだけでアウトに違いない。

 思った以上にこの制約ゲッシュは辛いものかもしれない。

 今一度神の試練に身震いする。

 しかし、この栄光のハンズオブグローリーを失うわけにはいかない。

 逆を言えば俺は試練を乗り越えているということだ。

 「ふふふ」

 そう思うと着替えでさえも笑いがこみ上げてくる。

 時計を見ると、8時15分。

 いつもの朝食の時間より遅れ気味だが仕方ない。

 たっぷり10分ほどかけ、着替えて階下に降りた。


食事も今日の試練を考えるなら避けるべきだが、今日は日曜日。

日曜日はパン、つまりと洋食と決まっている。

和食と違い箸を使う必要がないから安心だ。

しかし、神は試練を与えようと躍起になっているらしい。


リビングのテーブルにはすでに父、母、弟と一家全員が揃っている。

そして、そのテーブルには、

「朝からステーキ……だと!?」

香ばしいガーリックの匂いが漂うステーキとその両脇にならんだナイフとフォーク。

しまった。洋食は洋食でもこのパターンがあったか。

「なんで朝から……」

「いやー、気づいたらお肉の賞味期限が過ぎちゃってて……朝なら大丈夫かなーって」

朝から照れたように母は笑った。

「……」

呆然とテーブルの前で立ち尽くす。

ゆるふらな見た目にそぐわず母は健啖だ。すでにステーキの半分は嚥下している。

弟は弟で、朝から美味そうに食っていく。

父は父で文句をいわず無言で食べている。

朝からの濃厚な脂の香りに胸焼けしそうだが、それが一番の問題ではない。

フォークとナイフの組み合わせだ。

「早く席につきなさい」

食卓のルールに厳しい父に促されて、仕方なくテーブルにつく。

さて、この試練は……。


「ごめん。ちょっと食欲なくて……おい、俺の分食っていいぞ」

謝る俺を見ずに、一心に俺のステーキを見ていた弟に顎でしゃくって促す。

「え!? ほんと!?」

頷くやいなや、弟はステーキを皿ごと強奪していった。

「あら、残念」

「……そうか」

母と違って父は若干納得がいっていないようだ。

「本当にゴメン。じゃあ、ちょっと出かけてくるね」

下手に追求されたら面倒だ。

さっさと出よう。

返事を聞かずにリビングを出て、そのまま玄関に向かい家から抜け出した。


「ふぅ、なかなかの難題だったな」

汗はかいていないが、額の汗を拭うポーズ。

近くの公園まできてやっと一息ついた。

さて、これからどうしたものか。

自転車も使えないし、特に行き先が思いつかない。

いつも向かう近所のゲーセンも、よく考えれば普段やるゲームは両手を使うものばかりだ。

かといって、今日が終わるまでブランコを占領しているわけにもいかない。

「お、太郎じゃん」

「む?」

声のしたほうを向くと、クラスメイトの男子数人。

学校では時々話すやつらだ。

外で会うなんて珍しい。

「こんなとこで何してんの?」

「神のしれ……」

おっと危ない。さっきの努力が水の泡だ。

「ん?」

「いや、ちょっとな」

不思議そうな顔をしてクラスメイトたちは顔を見合わせるも、『まあ、いっか』と頷き合い、顎をしゃくってすぐ近くの建物を示す。

「暇ならボーリングでもいかね?」

「え? いくいくっ!」

初めて誘ってくれたのが嬉しくて頷いた。

……よく考えればボーリングだって片手じゃないのに。

――結果大恥をかいた上に、腰と左腕を痛めて途中退場したのだった。

二度とやりたくない苦手なものにボーリングが加わったのは言うまでもない。 


途中退場の結果、昼は一人寂しくハンバーガーだ。

「右腕さえ使えればなぁ」

一人苦労して片手で包装紙をといたハンバーガーを咀嚼する。

ちなみにセットを買ったにも関わらず、バーガーしか今はない。

トレーの片手持ちがアダとなって、他はゴミ箱いきだ。

ハンバーガーを食べ終えると、中途半端な空腹感も相まっていい加減辛くなってきた。

今朝の夢に縛られるのも潮時かもしれない。

何が栄光のハンズオブグローリーだ。

いくら試練なんていっても、ただ貧乏くじを引いているだけで可愛い女の子との出会いすらくれない。

そんなことよりゲーセンによってゲームでもやったほうがいいんじゃないか。

いや、でもせっかくここまてやったんだし、もしかしたら俺すっごいかもしれないしなぁ。

…………そういや、ここからすぐ近くのゲーセンに新台入ったんだっけな。

もう一つハンバーガー買うくらいならいくか。

トレイを片手に立ち上がり、トレイ置き場に向かう。

っと、

「きゃ!?」

「え?」

あちらの前方不注意か、上の空の俺が悪かったのか。

いきなりの衝撃。

ぐらりと俺の体が傾く

「くっ」

迫る地面、とっさに出る右手。

しかし、それをあろうことか俺は引っ込めてしまった。

「うっ!! っっ……」

右手の代わりに捻った体を床にぶつける。

肺から空気が強制的に押し出され、声にならない声を出して苦痛を訴える。

「大丈夫ですか?」

やけに近い声にやっと気がつく。

目の前に女の子の顔がドアップ。しかも、かなり可愛い。

頬をくすぐる柔らかな栗色の髪。

気遣わしげにこちらを見つめる大きな瞳。

制服は規則が厳しい事で有名な近所女子高のものだ。

うん、これはやばい。

「あ、う、うん」

「よかった」と女の子が立ち上がる。

「あの、それいいですか」

気づけば僕の胸の上に小さな包み紙。上半身だけなんとか起き上がって左手で包み紙を渡した。

よほど大事な物なのか、女の子は大切そうにゆっくりとカバンにしまった。

手を引いてもらって立ち上がる。

うわ、女の子の手を握るなんて何年ぶりだろう。

周りから集まった視線も気にならないぐらいテンションがあがる。

「ありがとうございました」

丁寧にお辞儀を受けて、あたふたと首をふる。

「いや、別に大したことないし」

実際たまたま、女の子とその包み紙を受け止めただけだ。

「いえとっても助かりました。何かお礼を……」

そういってカバンの中身をさぐろうとして、視線が腕時計にいき女の子のは止まる。

「あ、ごめんなさい。もう行かなきゃ……これアドレスです、後でメールください」

手帳を破ってに手早く描いたメモを渡すと、女の子は小走りで店の出口に向かっていく。

「え、えっと」

何かお礼を言おうとしてもしっかりとした言葉は浮かばない。

でも、その声が聞こえたのか女の子が自動ドアの前で振り返る。

「ほっぺた、その、ごめんなさい」

女の子は恥ずかしそうにそう言って、今度は振り返らずに行ってしまった。

気づけば、頬にわずかに残る人肌の温かみと湿り気。

改めて右手を見る。今の俺には輝いて見えた。

集まっていた視線が散っていくなか、俺は一人ガッツポーズをした。


これは左手のご利益に違いない。

そう確信した俺は慎重に慎重を重ねた。

なるべく人通りの少ない公園、店を転々とした。

知り合いどころか、人影を見れば避けて次の場所へ。

そして、

――――やっと日が落ちた。

公園のベンチに腰を落とす。

暗い公園に人影がないことは確認済みだ。

後は夕食は終わってからこっそりと帰るだけ。

そうしたら俺の栄光が始まるに違いない。

これからを考えてニヤつくのも仕方ないだろう。

「ん?」

ポケットにいれてあるスマホが着信を知らせる。

もしかしたら……昼間の彼女かもしれない。

特にやりとりはしていないが、お互いのアドレス交換は済ませてある。

興奮しつつも努めて慌てないように、ゆっくりと左手で取り出す。

「って、うわぁ」

スマホの画面に表示された名前は、想像と全く違うもので硬直してしまった。

しかし、スマホは一向に鳴り止まない。

仕方なく出る。

「うん。……でも…………はい、ごめんなさい、帰ります」

どうやらまだ試練は終わっていないらしい。


家に帰ると自分以外の全員が食卓で待っていた。

「さあ、席につきなさい」

「え、でも……」

「外に出て来たんだから体調は良いんだろう」

「はい」

父の有無を言わせぬ口調に頷いて食卓につく。

食卓には肉じゃが、ポテトサラダ、漬け物、白米に味噌汁。

普段通りの我が家の夕食メニューだ。

しかし、今日ほど和食を恨んだことはないだろう。

箸とお椀。

このセットは否応なく両手を使わせる。

「いただきます」

対応策を考える暇もなく食事は始まった。

お茶碗の白米と味噌汁は手に取れない。

なぜなら椀を持たずにその二つを食べるのは、我が家のマナー違反だからだ。

我が家は細かくはないが、マナーを破った時が非常に厳しい。

最後に破った時は小学生5年生の頃だった。

真冬に家を追い出され、いくら泣いても謝っても許してもらえず、ご近所さんに通報される間際になってやっと家に入ることが許された。

ねぶり箸をしたばっかりに知ったあの寒さと情けなさは、今でもはっきりと思い出す。


何も口にしないのもまずい、仕方なく肉じゃがとサラダ、漬け物だけをつまんでいく。

どのローテーションを組んでも塩っけを和らげるものはない。

白米がいつもよりやけに美味そうに見えてくる。

「兄ちゃん、なんでご飯食べないの?」

弟の言葉で両親の視線が全く減っていない僕の茶碗に注がれる。

しまった、弟は刺客だったらしい。

「いや……」

視線が集まる中言葉に詰まる。

ここでご飯を食べるのは楽だ。

しかし、俺はこの右手に力が欲しい。

昼の女の子を思い出す。

あれはこの栄光のハンズオブグローリーの力に違いない。


ならば片手で食べるしかない。

箸を起き、味噌汁をもつ。

そして、ごはんに注いだ。

「え?」

味噌汁が茶碗に流れ込む音と、弟の間の抜けた声だけが食卓に響く。

できたのはいわゆる猫飯。

それを片手でもちあげ、喉に流し込む。

見ろ、我が奇策をっ!

あまりの俺の迫力に誰も何も言わずに見守っていた。

「ご馳走様!」

あの父ですら俺に言葉をかけることはなかった。

仕方ない。

何しろルールは破っていないからだ。

俺は誇らしげに笑みを浮かべ、リビングを後にした。


深夜12時。

部屋の時計がその時を知らせた。

慎重に慎重を期して、わざわざ風呂にも入らずその時を迎える。

例の彼女にメールを送る。

「ふふふ」

きっといける。

何しろこの栄光の手を手に入れた俺なのだから。


12時10分。

メールが返ってきた。

とっさに右手で受け取りハッとするも、時計を見て安心する。

「ごめんなさい。お友達でお願いします」

「え!? は!?」

何故だ。

「あ……」

スマホの画面を見て愕然とする。

11時55分。

部屋の時計を改めて見る。

12時10分。

どうやら俺は栄光のハンズオブグローリーを手に入れる資格はなかったようだ。

さらば我が栄光。


翌日やけに優しい両親に腫れ物のように扱われ、弟からは散々からかわれた。

学校ではクラスメイト達との距離が離れた。

メールもあれから返信が来ない。


夢ほど冷めて食えないものはないと、その夜は枕を濡らす他無かった。













 

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