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コミュ三題噺  作者: ツンヤン
ごはん 疑心暗鬼 中二病
5/34

召喚士、召サレマス

著者:クルト

 ゴクっと飲み込まれたモノは彼の体内に沁みるように溶け、温かみをくれる。夜の冷え切った中、彼の食事は済まされる。

「美味い」

 この一言に彼の全てが詰まっている、喉が乾ききっている時に冷たい飲み物をゴクゴクと飲んだ時の気持ちに近いだろう。

「アディ、終わったよ。帰ろう」

 声を掛けられたアディと呼ばれる少女は険しい顔で彼を見ていた。

「そんなモノの何が美味しいの?」

 そんな疑問を少女は彼に投げかける、だが彼は当たり前かのようにこう言った。

「だってさ、飯食わないと死ぬだろ」

 その通りだ、この世で生きとし生けるものは『食』が必要だ。食欲こそ生きるための原動力なのだ。

  そうこれは狂気な食事を送る少年とそんな彼の食材探しを行う少女の物語だ。

 *    *    *

 私立栄輝高校しりつようきこうこうの部活、『オカルト研究部』略称してオカ研の部室では一人の生徒が寝ていた。大きないびきが聞こえるこの室内では暖房器具が一つも付いていない。その為に室内であろうととても寒い。

「先輩! ここは変態しかいませんよ、もう帰りましょうよ~」

「咲ちゃん! そんなこと言っちゃダメ!」

 階段を昇る足音と話し声といびき、混ざり合う雑音。

このオカ研は栄輝高校の右端にあり、最上階に一つ扉がある、まずそこまでに行くのに結構な距離なのだ。そんな部屋を使う生徒などいないだろうと言うことだったが元オカ研部長がそこを占拠したのだった。

ゆたか、いるんでしょ? 開けてよ」

 尚も聞こえるいびきがストレスをもたらす。

「寝ていますね、菜穂先輩」

 雪と呼ばれた女生徒は最終手段にでた。なんとピッキングし始めてものの数秒で扉を開けてしまった。

「先輩って大胆ですね」

「そうかな? 普通だけど」

 安息の地に踏み入れられたことを知らない本人は気持ちよさそうに熟睡していた。

「起きろーユタカ!」

「うわああああ」

 耳もとで叫ばれ、優は飛び起きた、とても心臓に悪い。

「あれ? 喜佐さんなんでここに?」

 鍵も閉めていたのにいつの間にかいるなんてありえないことが起きたばかりか頭が回らない。

「これ、先生が渡せって」

 渡されたのはレポートだった。

「海老沢のヤツめ、また補習の代わりのプリント出しやがった! 文句言いに行ってやる!」

「あんたがテストで赤点採るからでしょ! 馬鹿なあんたが悪い!」

 優は数学教師の海老沢が嫌いだ。沢山の理由があるが根本的に馬が合わないのだろう。

 その割には向こうからは積極的なのだ。

「変態さんは自分の顧問の教科くらいとりましょうよ」

 海老沢はこの部、オカ研の顧問だった。そして優の担任でもあり、どこでも学校で出会うためにだいぶうんざりしていたのだ。

「あいつ消えないかな~」

「おいおい、僕が君の前から消えるわけないじゃないか」

 メガネを掛けた長身、白髪の青年は真顔でそんなことを言い出した。

「お前どこから出て来たんだよ」

「机の下ですが?」

「……」

 あっけらかんと言うこの教師は表情が変わらない。沈黙。

 そんな沈黙はすぐにも破られた。

「あっそうだ! そんな事より優に用事がまだあったの」

 雪は何かを思い出したようで妙に焦っている。

「なんだよ、用事って……もしかしてあれの事か?」

 優は考えを張り巡らすが一つしか思いつかない。

「あの事じゃないよ、一兄さんのことなんだけどね」 

 喜佐雪には大学生の兄がいた。名は喜佐きさかず

「で、喜佐さんは何で俺にお兄さんのことを?」

 優には雪の兄について相談される相手が自分なのかわからない。

「あんたここがどこか分かって言ってるの?」

 ここはオカ研の部室だ、それも部長は優本人だった。

「俺、そう言った類は何もできないけど」

「お願い! あんただけが頼りなのよ」

 優にとってオカルト等は苦手な部類なのだが一年の時に元オカ研の部長に気に入れられ、今は優が部長だ。そしてたまにこう言った優にとって迷惑な客がこの部屋へ訪問するのだ。

「横にいる顧問に言えよ、そんなこ……いない! 逃げやがったな!」

「変態さんは周りを全然見てないんですね、あと一言一言が小者臭がしますよ。考えて話しましょうね」

 咲はほんの少し毒舌だ。誰にでもと言うわけではないが、少々優に当たり彼の心を粉砕していく。

「これでもしっかりと見ている」

「で、やるんですよね? 変態さん」

 無視など趣味が悪い。

 メンタルの弱い彼に一矢報いることは夢のまた夢だろう。

 *    *    *

 空は赤く、ほのかに暖かい外の光は優達の影を長く伸ばす。雲も無く快晴で起きたばかりの彼にとって朝のように感じる。

「まず何も聞いていないんだが」

 校舎を出た優と雪は校門で咲と別れ、喜佐家に向かっていた。

 小さな坂道は野球部が団体で走っている。白から汚れて茶色になったユニフォームを着て、大きな声と共に横を通り過ぎる。

「なあ、喜佐さん。お兄さんはどういう状況なんだよ?」

 優にとって彼がどうなっているのかわからないため、ある意味での不安を持っていた。

「……オカルトにハマったの」

「オカルトに? それぐらい良いじゃないか、好きにさせてあげれば」

 菜穂は大体の事は受け止められる方だと彼は思っているが、そんな彼女がこうも不安にさせる程だという事はそれだけ酷いという事だろう。

「そんな軽い感じじゃないの、日が過ぎるように一兄が壊れる、そんな感じなの」

「お兄さんは何か言ってた?」

 何かしら彼を変える予兆があったはずだが、如何せん優には分かるハズがない。悩みの種は悩みの持ち主にしか分からないものである。

「ご飯に味がしないし、匂いもしないって。病院に行っても精神的なものだって、俺には悪魔が見えるって言ってた」

「そうなったのはそれからか?」

 うん、と菜穂は頷いた。悲しげな目には彼がどれだけ悲惨かが窺えた。

「喜佐さんの家はここだったな、。久しぶりだ」

 喜佐家は学校からも近い、だが優はもう行くことは無いだろうと今日の今日まで思っていた。

何故ならあの時……。

「なあ、あの窓から覗いている人誰だよ?」

 二階の窓、お兄さんの部屋だったであろう場所から顔を覗かせる者がいた。

「あれ、一兄なのよ。毎日ああやって外を確認してブツブツと何かを唱えているの」

 優はもう引いていた。自分の周りでこういった人を目の当たりすれば殆どの場合、会いに行こうなど到底思いつかないだろう。

「俺、帰って……いや行くよ、話してみるよ」

 明日このまま帰って咲に無茶苦茶に言われるのは嫌だった彼は決断する、さっさと終わらせて帰ろうと。

 *    *    *

 家の中はとても静かだ。赤い光が窓から出て二階への階段を照らす。

「二階に上がって二つ目の部屋」

 そう言う彼女は真剣で彼の決心を揺らす。

「この部屋か」

 ドアノブを掴む手は汗で濡れている。そして開けた先で見たものは痩せ細り、白髪が多くなった菜穂の兄だった。

 優は絶句していた。一年間とは言えないが一度は会ったのだ。その時はまだ肉付きは良くてがっしりしていた。

 なのになぜ?

 話しかける言葉がない、でない。額には汗が浮かぶ。一兄はこちらを向き笑っていた。 目は他の場所をウロウロとし、焦点が定まることはなく、後ろでは菜穂が泣いていた。

何というか、ある意味では他人事だ。

「お兄さん、久しぶりです。優です」

 ……反応が無い、変わらずヘラヘラしている。優はこの部屋を見渡した。

 沢山の本があり、全部悪魔や神話、神についての文献が散乱している。

「ウ……う、シロ」

 彼は何か言っているが優にはさっぱりだった。

 (うシロ? 後ろ?)

 後ろには菜穂だけだろう。それでもこういった雰囲気に飲み込まれた優は後ろを向く。

 視界には常識的でないものが映っていたことに優は理解出来ていないでいた。寧ろ理解をしようとは思っていなかったに近い。

「あ、ああ」

 叫びそうになるも声にはならない。次にはいかにもと言える渋い声が聞こえた。

「コイツはもう使えない、朽ちるだけだ。お前は次の吾輩の胃袋になるのだよ」

 人としての形がない、はえだろう。優の前にはとても大きな蠅が見えた。

「ほう、お前には吾輩がそう見えるか。そこの男とはまた違うようだな」

 そこの男とは一のことだろう。

「命じよう、お前は吾輩の胃袋だ。だがこいつのように使い物にならないようでは意味が無い。お前が食えるものを用意しよう、ニスロク」

 この蠅、どこかで優は見たことがあった。オカ研の部室にあった本で『ベルゼブブ』と言う悪魔だと思い出した。

 ベルゼブブが呼び出したのは仮面をしている男だ。彼は優と同い年の少女を連れていた。

「ニスロク、そいつをコイツに預けろ」

「御意」

 展開についていけない優にベルゼブブはこう言った。

「そいつにお前の食材を探させろ、なんなら食ってもいい」

 (へ? 食う? この子を?)

「お前には普通の食べ物の味、匂い等が無くなる、そいつはお前にとって凄く美味なのだよ」

 優にとってこんな話は別次元だ。誰だってそうだろうが。人を食べるとは一体全体どういう考えからきているのか。

「俺はそんな事やりたくない、俺には関係ないだろうが!」

 そう、関係無いと言えば関係無いがそんな事はベルゼブブにとって些細な事だ。些細な事ほど彼にとって大事な事だ。

「ならばニスロクよそいつを捌け」

 その言葉に彼女が肉塊になる様が浮かび、すぐに叫んだ。そんな考えを張り巡らす彼も彼だ。

そう下された少女に悲しみの表情は無い。いや、ほぼ寝ていた。

「やめろ、止めてくれ! 俺はやるよ、なんだってやる……だから殺さないでくれ、その子を!」

「ふっ、いいだろう」

 人なら何ともゲスい顔をしていたのだろうと優は思い、少女が助かった事にホッとした。

「アディ、行きなさい」

 ニスロクはそう一言だけ言うとその場から消えた。アディと呼ばれた少女は眠そうにフラフラと優のもとへ歩いてきた。

「お前はこれから吾輩と契約をする、お前にもう拒否権はないぞ」

「ああ。契約って何すんの?」

「契約など簡単なものよ、すぐだ」

 バールベリトと言う悪魔が現れ契約は簡単に終わった。

 あっという間に終わった契約に優は何とも言えない気持ちだった。

「本当はお前に拒否権はあった。馬鹿だな」

「何で今頃なんだよ! 騙しやがったのか!」

 騙される方が悪いと蠅は憤慨しているらしい。

 (本当にこれで何か変わるのか? これは集団幻覚じゃないのか?)

「お前が言う事も間違ってはいまい、正解だと言える。だが幻覚だとしてもお前は見えてしまった。神や悪魔、そう言った類、吾輩を形作ったのはお前達だろう? 信じる者、疑う者、全てはいるかもしれないという気持ちが吾輩なのだよ。そして……」

 そして、蠅の王はこう言い消えていった。

「お前を癒せるのは人の残骸だけだ」

 その一言で優の頭に歌が流れた。

 

 最高のディナーを俺に用意しろ、真っ赤な血の宝石を。

 

 空腹を知ろうとき、欲を覚える。大きな食欲を。

 

 満たされるとき、もうこの空腹を知ることはない。


 不思議な歌が流れる、決まった単調なテンポで脳をグルグルと回る。

「ねえ、優? ドア開けてよ!」

 その声は優を日常に呼び戻した。優はこの部屋のドアなど鍵をした覚えはない。

「優、大丈夫? あんたが……その子、誰?」

 菜穂が指さす方には眠そうに欠伸をする少女がいる。やはりあれは現実であり、非日常だったわけだ。

「ああ、あの子は俺の義理の姉だよ、うん。あとたぶん喜佐さんのお兄さんはもう大丈夫かな?」

「嘘」

 ボソっと言うアディに軽くチョップをし、白々しい嘘をつく。

「リュックに入れてたんだよ、あはは」

「あんたは自分の姉をリュックに入れて学校に行くの?!」

 あらぬ誤解の方向性はぶっ飛んでいるが、まだ弁解のチャンスはあると優はまた嘘をつく。

「たまたま入れていただけだって」

「あんたは姉をたまたま学校に連れて行って何をしようってのよ!」

 (俺は何言ってんだろう)

「ペットを連れて行く……感じかな?」

 (……何言ってんだろ)

「そういえば鞄と他にリュックをいつも持って行っているよね? あんたは姉をリュックに詰め、ペットのようにいつも連れて行くって……変態だ!」

 (そんな変態がどこにいるんだよ!)

 彼女の目は優を気持ち悪いものを見る様だった。

「優はそんな事しない。ちょっと食べようと思っていただけ、ねえ?」

 (それ狙って言ってます?)

優にとってその言葉は違う意味を匂わせる。

「違う、俺は……まだ何もしていな……」

「なあ変態……咲の言う通りあんたは変態だったんだな。まあ捕まらねえ程度に頑張れよ」

彼女をおぶって喜佐家を後にした彼はさっきのは誰だったのかは分かりたくはない。

「あのままだと死んじゃうよ」

 もう夜だ、そとは暗い。町はそれでも明るいのは電気で光を灯すからだ。

「死んじゃうって……お兄さんが?」

 こくっと頷く彼女から甘い匂いがすることに優の鼓動が早く打つ。

「貴方も死んじゃうよ」

 (それは社会的に死ぬという事か)

「それは社会て」

「それはもう死んでいる」

 ゆっくりと話す彼女に優は眠たくなってきていた。

「俺が死ぬ? ただ飯に味なんかがなくなるだけだろ? そんな事で食わなくなるなんてねえよ」

 彼女はそうじゃないと首を振った。

「違うの。歌、聞いたでしょ? 空腹は貴方にとって死が近いことなの」

「普通の食べ物は空腹を満たせないって事か?」

 そう、と答える彼女はうつらうつらとしていた。

 そうこうしている内に麻樹家に着く、一軒家の横にあるマンションに住む優は一軒家に夢を持っている。

 エレベーターに乗り、3階のボタンを押して着くのを待つ。

 (……着かない)

 一向に着かない、閉まったままのエレベーターに残された優は緊急用のボタンを押す。後ろでは少女がすうすうと寝息を立てていた。

「あれ? おかしいな、押したはずなんだけど」

 電話のマークが載ったボタンを何度も押すが変化はなく、エレベーターは上へ上へと稼動する。止まることのない機械の箱は遂に最上階の13階に止まった。

「壊れているのか? 階段で降りるか」

 ドアが開くと屋上に一人、誰かが優を見ていた。男とも女ともとれる体格でこちらに少しずつ近づいていく。

「ん、何か用ですか? あ、エレベーター壊れてますよ」

 フードを被ったソイツは優の前に立つ。

「なあ、その背負った女を俺に預からせてくんない?」

 声からして男だろう、ダルそうに言う男は背負う彼女を差し出せと言う。

 だが、はいそうですかと優が相手に従うハズがない。

「ねえ、聞いてる?」

 男は再度聞く。優は考える、この男は何が目的なのかと。少女を狙った連続犯か? そんな考えが頭を回る。

「あんた一体何が目的だ?」

「俺? ああ、腹が減った、それだけだ」

 ベルゼブブの言葉を優は思い出す。

 【そいつはお前にとって凄く美味なのだよ】

 (この男も俺と一緒なんじゃないのか?)

「嫌だね、アディは俺の味覚と引き換えに俺が助けた女の子だ。お前の食べ物じゃ、ない!」

「はあ? お前はトチ狂ってるぜ! 食い物にでも恋してんのか? 死ねよ」

 男は優に向けナイフを縦に振る。ヒュンと音をたてる得物を辛うじて避け、バックステップしそのまま階段の方へ向かおうとするが……。

「クックック、さっきエレベーターが壊れているって言ったよなぁ? あれも全て俺がやったんだあ。てことはさ、その扉開くと思うかぁ?」

 ナイフを器用に弄ぶ男の目はギラギラと光っている。

 彼は許せなかった。男の考えがそうなら自分はアイツを食ってやろうと歌が優を誘惑する。

 相手の武器はナイフ、対してこちらは手が使えないし、アディを守りながら反撃するしかない。優にはそれでも負ける気はしない。 歌は少しずつ大きくなり、ある二つの気持ちが高まる。すなわち食欲が湧いてきたという事だ。空腹は脱力感を共にするが他に高揚感も同時に高まっていたのだ。

「炊き上がった……あんたは俺のおかずだ!」

「はあ? 狂ってる奴はとことん狂ってるな。弱肉強食、お前は食われるほうなんだぁよ!」

 優は、さも自信ありげにククッと笑う。訝しげに男は彼の顔を凝視し、含み笑いを浮かべながら接近し、得物を振り下げる。

 だが今の優に避けることなど造作もない。

「そのナイフもらうぞ」

 そう、もうその頃には男の手に得物は無く空気を掴むことになった。

 わずかの時間で男の敗因は決まる。この時にはもう男は気絶していた。

「所詮お前も食材だったわけだ、吾輩の胃袋に帰れ。おっと、お前もこれでわかったハズだ、食材探しは簡単だろう? 向こうから来るのだからな」

 優のあの高揚感はベルゼブブによるものだった。あの自信、言葉使いにベルゼブブなら納得をできるわけだ。

 ベルゼブブは実体化し、優に黄色の宝石を見せる。

「吾輩が持つこの宝石、これはお前にとって喰えるものではない。だがこの物に寄生した結晶、『偽者の芽』はお前が空腹を一時的に満たせる食材だ」

 一口でいけそうな大きさの青い結晶は器用にニ本の腕で持っている。

「これはやれん、だがそこに転がっている『暗鬼』から採ってこい、そのナイフで採れるだろう」

 アディを見ていてやると言うベルゼブブを信じ、倒れている暗鬼に向かう。

先程まで歯で咥えていたナイフを手に持つ、すると優には暗鬼の体から黄色に光る箇所が見えたのだった。

「思っていたよりも眩しいな」

「浅く切れ」とベルゼブブは言う。

 心臓部位を軽く切ると……おお、青い大きな宝石が淡く光っている。

 宝石に寄生した結晶を手で外すと、それを飲むように蠅の王は言った

 (凄く抵抗感があるんだけど)

 なんせさっきまで体内にあったのだ。口の中に含もうなど考えにも至らない。

ごっくんと勢いよく飲み込まれた結晶はジンと優の喉を通り胃を温める。

「お前は空腹を感じれば食事をしなければいけない、死にたくなければな」

 この世界、動く者に食わぬ者はいない。

「アディを返してくれ」

「お前はこいつをそんなに気に入ったのか」

 優は答えない、只自分の何かを失ってまで得たものだから……それだけだ。

 *    *    *

 玄関を開け、ただいまと呟く。おかえりと返ってくることはない。優の母は早くに他界し、父は海外へ出張だ。

いつ帰って来ても大丈夫なように綺麗にしているが、ここ二年ぐらい家に帰っていない。

「この宝石、一兄に返さないと」

 アディをベッドに寝かせ、最初に思いついたのはその事だった。

 ベルゼブブは残った黄色い宝石は持ち主に返せば正常に戻るらしいとも言っていたが、優は半信半疑、少しでも兆しがあればと決行することにしたのだ。

 だけどアディを残していくことは優にはできなかった。さっきのような事が起きないとも言えないからだ。

「……ん」

「起きたのか、まだ朝じゃないよ?」

 時刻は22時、彼はアディをまじまじと見るのはこれが初めてだった。

彼女の金色の髪はとても綺麗だがそんな事より優は気になる箇所があった。

 彼女には小さな傷が多々あり、赤くなっている。

「ああ、これはね私が言うこと聞かないから悪いの」

 (この子、今までどう過ごしていたんだ?)

「誰なんだよ、誰がやったんだ?」

「ご主人だよ、私を育ててくれたの。そんな私を買ったのがニスロク」

 (……なんでアディがこんな目に)

「ごはん、食べたいな」

 彼女はこの話を遮るようにお腹が空いたのだと優に伝えたが彼は不満だった。

「なに食べたい?」

 彼女の笑顔はとても小さな幸せからだった。

「美味しいものを」

「美味しいものは沢山あるよ」

「じゃあご飯と味噌汁と焼き魚」

「待ってて、すぐ……作る」

 泣いていた。一人で住む彼にはとても大きすぎる幸せ、食べる事の幸せを知るアディに優は静かに泣いていた。

 (何で泣いてんの、俺)

 涙は自然と流れ、嗚咽が彼女に聞こえているかもしれない。

匂いもしない魚をいつも通りのタイミングで焼く彼を彼女は優しく見ていた。

 *    *    *

「味がない」と一言、また食べる。繰り返す行為にアディは首を傾げる。

「なにそれ」

「本当に味がしないなぁと」

「私を喰べる?」

 (さ、誘っているのか)

朝から優は考えを張り巡らせ、今の言葉の真偽を考えていた。どっちにも変態野郎のレッテルを剥がすため紳士にいこう。

 ぺしっと軽く凸ピンし、学校に行くため用意をする。

「いたい」

「学校に行く、今日は昼までだか……アディ? なんで女子用の制服を持っているんだよ」

「男子用が良かった?」

 (それはそれで良いかも)

カッターシャツが大きく、少し不格好な感じがGoodだ。

「そう意味ではないと思うんだが」

「ニスロクが通えって。だから貴方についてく」

 (アイツのことだ、手続きは全て済ませているに違いねえ)

 アディが支度を済ませたのは10分後の事だった。

「まったく、朝は早いから良かったけど、気をつけろよ」

「うん」

 7時過ぎの登校はまだまだ人は少ない。この時間帯は学生よりもサラリーマンがチラチラと通りすぎる。

「それにしてもよく入れたな、主に学力的に」

 ムッとアディは膨れて優を突く。

「いて、なんだよ別に意地悪言ったわけじゃないって。ただ疑問だっただけでさ」

 優は分かっていない、その言葉が馬鹿にしている様に聞こえる事を。同類が増えれば良いなぐらいに考えていた。

「もう知らない」

 そう言って彼女は教員室に入って行った。

(もしかして怒らせた?)

 どうしようもない優は教室に先に着くとすぐに机に寝そべり、寝息を立て始める。

「いて、誰だよ!」

 バシッと叩かれ、その人物の方へ顔を向けると見知った顔があった。

「キスが良かったかい?」

「いえ、もっと叩かれるほうが良いです」

「そうかい、そういう趣味か、いい趣味だ」

「そんなわけねえよ! それ只のお前の趣味だろ!」

 海老沢は何を考えているかわからない男だ。だからこそ優には本当に聞こえて仕方ない。

「それは置いといて、今日は皆さんに良い報告だ」

 彼の言葉にクラスの生徒達は「転校生か?!」や「先生に彼氏が?!」と何やら騒がしくなる。

「静かに! その通りだ、転校生だ。」

 入れと言われ教室に現れたのは案の定、アディだった。

「麻樹、自己紹介しろ」

「麻樹雪と言います、よろしくお願いします」

「は?」

 (麻樹雪だって? 偽名か?)

 さっきまでの眠気は吹き飛び、冷や汗をかく。

「は? じゃないよ、私は貴方の義理の姉よ」

 (嘘だ! ……でもあの時、俺が言ってしまったからか?)

 優はあの時、確かに言ったのだ。

 【ああ、あの子は俺の義理の姉だよ、うん。】

 優は彼女が口裏を合わしてくれている事、記憶力に驚いた。

 そして雪は窓際の席に座るように言われ、ゆったりと席へ向かう。そんな彼女に誰もが凝視していた。

「お前、あの子をリュックに詰めて何してたの?」

 横からひそひそと話しかけられるがどう答えて良いものか優は戸惑う。

「ま、まあな」

 (何でもうその話が?! てか、肯定してしまった!)

 そんな事で時間はいつもとあまり変わらない速度で回る、かと思われるが学校で『姉を鞄に入れて登校する男』としてこのまま広まりそうだ。

 そして昼食は彼にとってあまり良いものではない、いつも作るだけに味は確かに悪くないハズだが彼に味覚、嗅覚共にベルゼブブのものになっているため感覚、そんなものに頼るしかない。

 目の前で優は彼女の顔をずっと見ていた。美味しそうに食べるなぁと。

「美味いか?」

「美味しいよ!」

 (さっき怒っていたんじゃなかったのか)

「今日からア、雪も料理の練習だな」

 アディ、そう言いそうになるがこれからは『雪』でいかないとボロがでるだろう。

「料理、勉強しない。優がいるから」

「それでもやらなきゃいけない。俺がいない時、困るだろ?」

 夕食ぐらい頑張れと優は言い、自分の席に戻って行った。

 後半の授業も何もなく、雪が大変勉強ができる事を知った彼は自分の学の低さにショックを受け、自分の方がやらなきゃいけないのだと知る羽目になっただけだ。

「今日は帰りに喜佐さんの家に向かう」

 ホームルームが終わり、優は雪と帰り道とは反対を歩いていた。

 ジロジロと見られるのは優でなく彼女だ。なのに妙にそわそわとするのは彼の方だった。

「なに、してるの?」

「雪が注目を浴びている中、俺は横を歩くんだぞ? 緊張するんだよ」

 よくわからないと言った様に首を傾げる彼女に肝が据わっていると思った事は無理もない。

 *    *    *

 あたしの心は冷たい。人の心に触れたくない。なんせ溶けてしまうかもしれないから。

 ああ、寒い。もうすぐクリスマスか、あたしにも肩を寄せる相手が欲しかった。

 なんて醜い感情なんだろうか、だけどこの感情も覗けるのはあたしだけ。あたしの心の世界にはたくさん掃き溜めたドロドロしたものが詰まっているのかな?

 涙なんて流したって誰も、救ってはくれるわけない。ママもパパも皆もあたしを見てくれることはないよ。だってあたしにもそんな勇気、ないから。

「夜って綺麗」

 ビルの屋上から見る景色ってとても綺麗。赤、黄色、他の色がキラキラと黒の中に浮かび、白い息がメガネを曇らし視界をくらます。


 少女はこの日、身を投げた。

 

 *   *    *

 一に宝石を返した後、彼はまるで何も憶えていないように自分の姿に驚いた。

「俺は……その日、味がしなくなった。匂いも何もしない事に疑問を抱いて病院すら行ったよ、だけど医者は精神的なものだって。その日家に帰り部屋に籠ったんだ。そしたら」

 

『そしたら、アイツがいたんだ』


 アイツとはベルゼブブの事だろう。

「なんかありがとな、俺はお前に久しぶりに会って愚痴りたくなったんだ。姉さんは……」

「あ、すいません。……ちょっと今から用事があるんで、ありがとうございます一兄さん。来れたらまた来ます」

 そう言って優はそそくさと雪を連れて帰った。

「優、唐突に帰らなくても良いのに」

「ん、あの場にちょっとな」

 雪にはその真意を知ることができない。『姉さん』、この言葉は彼にとってそんなにも根本を抉る言葉なのか。

その日、優の家のポストには一通の手紙が入っていた。優の父さんからだった。

「貴方のお父さんから」

 そう言い雪は彼に手渡す。

「父さん、5日後に帰ってくるのか……どうしよう」

 (どう伝えればいい?)

「別に普通に向かえれば良いよ」

「違うよ! アディ、君の事だって!」

 (父さんは何て言うかな? 彼女か? とか)

「捨ててもいいんだよ? ご主人は今が食べ頃だって言ってたけど」

「なんでさ、何でそんな事言うの? 俺は雪を物だなんて思ってないよ。約束する」

「約束?」

 優は彼女の小指に自分の小指を絡め、約束だと言った。その声は震え、顔が赤い。

「絶対にしない……たぶん」

 彼女はその言葉に笑っていた。食事以外では見る事のない表情だった。

 


 朝の学校、とても今日は騒がしい。教員が登校する生徒に鞄を教室に置いてすぐに体育館に集まるよう指示している。

「おはよう、優君」

「下の名前を呼ぶな! 海老沢!」

「先生と呼ばない悪い子はキスしてあげよう」

 顔からは考えられない事を言う教師に朝から大変だ。

「先生、今日は何かあるのでしょうか?」

 彼女は海老沢に今日のこの状況について聞いていた。

「昨晩、この近くにある商店街の裏手で自殺が見つかった。近辺のビルから飛び降りたのだろう。それも僕のクラスだ」

「それって」

「そうだ、もう用意はしたが、昨日雪さんが座っていた席の子だ」

 優はその少女の事を忘れていた。なんせ学校に来ていたのは二年に入って三カ月ぐらいだった為だ。

「君の部員だよ、優君」

「え、深風みかぜだっけ? その子は俺の部活にいたのか?」

「実質、幽霊部員だけどね。あらかた君の前の部長が入れたのだろうね。」

 優には執拗に迫る部長を思い出す。あの人ならやりそうだと笑ってしまう。

「君達も用意したら体育館に、いいね?」

 生徒達が騒ぐ中、優は雪を連れ、体育館に行く。歩く先々で死んだ事に盛り上がっている。

 (何が面白いんだよ! こいつら本当にわかっているのか!)

 怒りが湧く優は少女の話で笑う集団に問いかけた。

「なあ、あんたら何が面白いんだよ?」

 主に話していた少年に優は疑問を伝える。

「誰だよお前、関係ないだろ」

 それでも引くことはない、また同じ様に聞き返す。

「そんなの決まってるだろ、面白いからだよ」

 (コイツには言葉が通じないのか?)

「それだとわからないよ、晴也」

 集団の一人、眼鏡をかけた少年は晴也にそう言った。

「結果さ、アイツはキモイんだよ。一年の時に毎日毎日頭のおかしいこと言ってんの。なんだっけな?」

「アイツは中二病だろ」

 晴也はアイツはだからキモイと笑いだす。

「ずっとノートに書いてたりさ、うざいんだよ、ああいうのは」

 優は手をきつく握る。許せない。

「おい、確かお前も一年の時にそうだったよな。まだやってんの? 悪魔と話が出来んだろ?」

 我慢の限界だった優はナイフを取り出した。雪が襲われても大丈夫なように用意していた昨日のナイフだ。

「ダメ、そんなことダメ」

 小さな手で優の握られたナイフはゆっくりと外される。スッと消える怒りは哀しみに変わっていた。

「魔法の剣か何か?」

 彼に煽りは聞こえてはいない。自分の見えるこのナイフ、民間人には見えない事に驚きだったためだ。

「そうだな、こんな奴殺す価値なんて」

「そんな事も言っちゃダメ、この世界で生まれたのならそれだけの意味があるの。だからダメ」

 周りに笑われようが彼女は真剣だ。彼らと優達の見るものはまた違うのだ。

「おい! お前ら早く行け!」

 時間はかなり経ったようだ。怒鳴り声を上げる体育教師は早く行けと催促していた。

「遅れるよ、行こ?」

 *    *    *

 どこに行こうがあの類の話は共通だ。『命』の大切さ、尊さ、そう言ったものを延々と話す。

 (わかっているよ、それぐらい)

 部室で優は考えにふける。窓からは黒い雲が沢山見え、今日の夜か明日には降りそうだ。

「変態さんはどこに悩む必要があるのでしょうか?」

「『命』なんて言ってもさ、平和な今じゃ口にはできても心にまでは案外響かないものだよなあ」

 咲は椅子に座り、はあっと息を吐く。白い息が出るのは窓を開けているからだ。

「もしもね、この私と。いや他の人と変態さんが結婚して子供を作ったとする。変態さんはその子の『命』をどう思う?」

「そんな事……わからない。」

「だよね、やっぱりそれって価値観の違いだと、聞いて私は思うんですよ。」

 そんな考えも人それぞれなんですけどね、と彼女は笑う。

 (?)

「一年生の時、変態さんがここの元部長、先輩に迫られていたところ見ていました」

 優にはあの時期の自分は黒歴史でしかない。

 まさか今日、こんなにも自分の事を聞くとは考えにもなかったのだ。

「あの時の変態さんは何かこう燃えていた? 夢のようなものを持っていた? そんな感じです」

「あー、覚えが無い」

「今のクソみたいな顔してなかった。もっと活きていたよ、あの頃あんたは言った! なんで下ばっかり見てるの? って」

「だから何だよ、俺は下は見ていない。後ろなんか見ていないんだよ!」

 優達の声は切り裂くように飛んでいく。ポツリと水が落ち、雨が降り始める。

「やっぱり葉優先輩が関わっているんでしょ?」

「うるさい黙れ! あの人はあの時の俺と関係ない!」

「私は何であの日、あの人が死んだのか考えたの。部長は自殺したのかどうか。本当に自殺なの?」

「お前はさっき価値観って言ったよな? 俺はさ……人の考えなんてどうでもいいんだ! 自分の考えさえ決まってないんだ。もっとわからなくなる。じゃあな」


 

 喜佐葉優はここの元部長だった。彼女はとても偏屈な感性の持ち主で、校内で同類だと思った生徒を自分の部へ引き込もうとするトラブルメーカーだ。

 そんな彼女に目をつけられたのは優だった。その頃の彼は周りとは孤立していたがそんな事は彼には関係ない。そんな彼に葉優は惹かれたのだろう。部へ入れようとしたのだ。

【君、オカ研に入らない?】

 優は本から目を離し、彼女へと顔を向けた。 喜佐菜穂というクラスの少女に容姿がよく似ている、そう思うだけだった。

【貴方、誰ですか?】

 本当に興味が無さそうに聞く優に彼女は怒ることもなく自己紹介をする。

【わたし? わたしは喜佐葉優。ハユさんって呼んでね!】

 わかりましたが今日はいけないと彼は言う。

【今日はすることがあるんですよ】

 そう、この言葉が。

 ああ、あの時行われなければこんな事にならなかったのにと、今の優なら言うだろう。

【あれでしょ? 悪魔を召喚するんでしょ?】

【え?! 何で知っているんだ!】

 クラスではオカルト、そういったものに没頭していると有名だが優が興味を持つ部分はそんなものでない。

心の変化、そういった空気に飲み込まれることでスリルを味わうのが好きなちょっとした遊びだ。それが最近、高校に入ってからだったのでそう思われていたのだ。

【ああそれはあなたのクラスの子に聞いたのよ】

【そうか、アイツらが】

 優のクラスには彼の事をとても悪く脚色する生徒がいる。いつも話しかけ友達面する嫌な奴だ。

【わたしも付いて行って良いかな?】

 尚も彼女は興味があるようだった。

【来たいのなら良いですよ】

 優は容易に承諾するが、優自身この召喚の儀は何でもないただの遊びだ。何かが起きるなど思ってはいない。

【ここってあなたの家?】

【そうです、飲み物要ります?】

【もらおうかな、あ、良いねこれ】

 彼女に出したのは珈琲だ。飲み物に珈琲をなぜあの時出したのか優にはわからない。

【あ、わかります? この味が】

 この珈琲の事に話が盛り上がるが両者とも珈琲の事などわかるわけもない。

【まあ、じゃあ今から行うけど見ていくのですよね? 屋上に移動しますよ】

 そのつもり、彼女は張り切っていた。

 屋上には何もない。優はリュックから大きな紙とノートパソコンを取り出し何か用意し始める。

【これって血文字?】

 紙に固まっている血の文字を見てそう言う葉優は楽しそうだ。

【そうです、動物の血です】

【じゃあこれは?】

【これは……近くのビル内に落ちていたUSBケーブルとそれに差し込まれた機械です。よくわからないんですが、最近聞く噂に出てくる機械にそっくりなんですよ】

 機械は軽く、白を基準に赤のラインが入っている。どこか魅入ってしまうものがこの機械にはあるのかもしれない。

【噂? どんな噂なの?】

【自分のドッペルゲンガーを見ると死ぬってあるじゃないですか。

 あれの派生だと思うんですけど、自分や自分の強く思う気持ちが全く同じ物、者を創りだす機械があるって噂なんです】

 この話は最近、彼が高校に入学してすぐに広がった噂だ。

【それとこれの共通点って?】

【その機械の表面に少女が載っているのがわかります? 多分それは天使かな?】

 一人の少女が横たわっている。そんな絵だ。

【あ、きれいな女の子だね】

【中身は見れないですよ、何故か開けられなかったので】

【何か唱えたりするの? 詠唱とか?】

 優葉の言葉に彼は笑った。

【そんなもの必要ありません。パソコンに繋ぎインストールし、起動する。それだけです】

【現代的ね】

 ジト目で彼に説明しなさいと言うばかりだが生憎、彼にそこまでの説明はわからない。

【まあ】

 噂道理の事をすればそれなりの遊びになるかな~? これぐらいだ。

 インストールの終わったデータが起動し始め、ノートが破裂音を鳴らす。

繋がれた紙は普通の紙ではなかった。紙にしては少し分厚く、何か入っいるのだろう。

【ちょ、きゃあ!】

【え、大丈夫ですか?】

 音に驚く彼女に優は心配するが。

【この子、誰?】

 彼女はもっと他の事で驚いていた。彼女が指さす場所を見るが誰もいない。

【誰もいませんよ】

 そんな彼女は見えない何かと話しをしている様だった。

【うん、いいよ】

【ハユさん、聞いています?】

 明らかに異常だと思った優は何度も質問するが聞こえていない。

【そうね、楽園の……。】

【ちょっと! 目を覚まして下さいよ】

 これでもかと大声をだした優の喉は熱を帯び、ヒリヒリする。


【ん、ここは?】

 葉優が目を覚ましたのはあれから2時間後、午後18時のことだ。

【俺の家です。大丈夫ですか? 倒れたみたいですけど】

【もう大丈夫! 遅いし帰るね。明日部室で待っているから!】

【あの部活は……】

 ユタカにとって部には興味はない。

【絶対に来てね! バイバイ!】

 そんな事はお構いなしの彼女は有無も聞かず帰って行った。



【……来ましたが】

【ねえ、この前の事で聞きたいの】

【昨日の事?】

 開けた窓からは心地よい風が吹き、夏の暑さにはとても良い。揺れるカーテン、外からは運動部の声、セミの音、全てが夏を感じさせる。

【あなたも聞いたでしょ? 『What do you wish?』、望みは何って】

【そんなオカルトな、俺は聞いてませんよ】

 窓にもたれて彼女の話に耳を傾ける。

【おい聞いたかよ、あのトラブルメーカー、死んだらしいぞ】

 唐突に耳に入るその言葉はザザッ……ザザッだっ……。

 ザザッ…………プツン。

 優は彼女の家に遊びに行くことがその頃多くなっていた。彼女の妹や弟と話すこともあったのだが、ある時行かなくなったのだ。

 それは何故かは優自身もわからない。そしてあの日も曖昧だ。

「優~、聞いてる?」

 ハッと周りを見ると雪がこちらを心配そうに眺めていた。雪は教室の掃除が終わったらしく教室に戻ってきた彼に話しかけても反応のなかった優を心配していたらしい。

「俺、明日確かめたい事があるんだ」

「宝石でしょ?」

「ああ、無ければ暗鬼がいるかもしれない」



 次の日、彼女の葬式に出席するためクラス殆どは出席をした。大きな葬儀の割に集まりが悪く空気も悪い。

式場までの道で「何で行かなきゃならないのよ」なんて声も聞こえる。 行きたくなけりゃ来なくてもいいのにと優は言いそうになるも雪に止められた。

「優は無謀なことが好きなの?」

 人と歩む中で我慢はとてもしなければいけないのだと父が言っていたのを思い出す。

[えー、本日は来て下さいまして有難う御座います……]

 茶番だと思う自分をひねくれていると誰かが思うかもしれないと彼は笑う。

 何故ならそこには輝きのない肉の塊があるだけだからだ。握るナイフには怪しい光が満ちていた。暗鬼が、彼女の暗鬼がこの近くにいるかもしれないと二人は思案するが今は動けない。

「深風さんの遺体はもう限界がある、だからもし宝石が無事でも……」

「やってみるしかない、まだ火葬されてないからどうにかなるかもしれないだろ?」

 時間は明日の朝ぐらいまでだと司会の言葉から察すると優は調子が悪いのだと教師の海老沢に言ったのだが。

「駄目です。僕らがここにいるのは昼授業の終わり、一時後半です」

 彼はきっぱりと駄目だと言った。会場の外の通路には自販機があり、海老沢は硬貨を入れる。

「先生すみません、俺らには時間がない」

 それでも彼らには引くことはできない。助かるかもしれないのだから。

「ああ、あの子はもう無理ですよ」

 (否定なんて逃げじゃないか!)

「そんな事わからないだろ」

「いいえ無理です。それに優君を今外に出すことは出来ません」

 自身の名前を出されるなど思ってもいなかったのか黙ってしまった。

「先生、何故駄目なの?」 

「雪さんがいるからですよ」

「雪は関係ないはずだ」

 海老沢は首を振る。駄目だと目が言っていた。

「関係はないと本当にそう言えるか優君?」

「っ、でも一人にはできない」

「ならここにいましょう」

「だから間に合わなくなる!」

 彼にはそれ以外に今、頭にないのだ。助けることが出来るかもしれないという確信のないその考えに海老沢は頷かない。

「優君、君の寿命があとどれくらいか考えた事はありますか?」

「俺はまだそんな事考える必要ないだろ」

「……優」

「それは貴方がまだ若いからという理由ですよね? でも死が近いかもしれない。寿命という概念があるなら貴方は……」

「俺はもう行く。海老沢、あんたが雪を見ていてくれ!」

 もうここで時間を食えないと彼は海老沢を押しのけ走って行ってしまった。

「ちょっと! 仕方ないですね」

「先生、優の寿命ってどういう事ですか? まず貴方は誰?」

 混乱の続く雪にやんわりと話す海老沢は先程と変わらない。

「先生と言われるくらいですから先生ですよ」

「はぐらかさないで下さい」

「はは、魔法使いかな? まあ、寿命については今度。おやすみなさい」

 *    *    *

 しかし困ったな。まさかあそこで優君に退場されるとは……『林檎』が出来るまで待ってもらおうと思っていたのに。計算外だった。

 なんせあの場にニスロクのナイフが持ち込まれているとは普通思わないだろ?

「問題は彼女ではなく、彼だ」

 僕の分身が式場にいるが……この珈琲まずいな。今は僕にもする事がある。

 僕は魔法で眠らせた彼女を連れて優君の家に向かう。

 まだ朝帯なので結構人が少ないな。学生がいないからかもしれない。

「たしかあそこだったね」

 あのマンションの一つが彼の家だった筈だ。

先生やっていて良かったよ。

 ここか、104号室、立札はない。鍵は彼女から拝借しよう。

「ごめんね、探させてもらう」

 ほう、綺麗にしていますね。部屋は四つ、さあどこから見ていきましょうか? ……では一番近い場所から。

「ここは貴方の部屋でしたか。ここにはなさそうですね」

 いやはや参ったな。女の子の趣味はやはり僕には分からないものだ。次はこの部屋を出ると目の前に見える部屋を見てみましょう。

「ここは優君の父親の部屋かな。パソコン一台とベット。ん? あれは」

 見つけました、これですよ、これを僕は探していた! さあ、早く彼の元に……。

 *    *    *

 俺は今走っている。雪を置いて行った、そして考える事を放棄した。

 ......逃げたのさ。

 先生も分けがわからない。雪の事、寿命について、何が言いたいんだよ! 回りくどい!

 よく小説でみる『自分で考えるんだな』、なぜ考えさせるのか俺にはわからない。間に合わなくなる事もあるかもしれないのに。

「はあ、着いた」

 目の間には古びたビル、小さな穴からは入れないためにフェンスを越えることにした。

 自殺現場って実際に行ったことないからよく分からないがもっと報道とかしているものだと思ったがそうでもないようだ。

 そらそうか。自殺者なんて沢山いるよな。

「ここはヒヤっとする、ここにいるのか?」

 中では窓が割れていたり、不良が溜まっていた後がある、PCまで……。

「おそい!」

「え?!」

 いきなり誰だよ! ビックリさせるなよ。

「あんたが遅いから。遅いからここまで来たのよ!」

「なんかすみません」

 本当になんで謝らなければいけないんだよ。

 もしかしたら彼女が暗鬼なのかもしれない。

 でも前の暗鬼のようにフードを被っていないしどうなんだろうか?

「まあいいわ。であの子は?」

「あの子? 雪の事か?」

 雪は先生が見ていてくれているはずだ。

「あたしさ、お腹空いたの。あんた丁度良いの持っていたじゃない」

「すいませんがあの子は無理だ」

 アイツは物じゃない。

「あんたもお腹空いているのに。我慢するの?」

「俺は別に……」

 ずっと空いているさ。だけどこの日まで現れる事はなかった。

「暗鬼、そうあたし達が呼ばれる中であんたも変わらないよ?」

「俺はお前らとは違う!!」

 こいつらと俺が一緒なわけがない! 

「なら、何であたし達と同じ物を喰べるの?」

 何も言えなかった。俺は否定しかしていなかった。いや、出来なかったんだ。

「ねえ、あたしと一緒に生きない? あんたならこの世界を変えることが出来るの」

 だけど、それで周りは変わっても俺は変わることはない? 俺は変わりたいのか?

「俺はこの世界に生きるよ」

「なんで! いつかあんたは死ぬよ、気づいているんでしょ?」

 ……。

「最後まで分かっているわけじゃない。なんとなく、このナイフを持って感じた」

「そうよ、あんたにもあたしにも捕食対象が少ない」

 生きるための糧が無いことは一目瞭然だ。

 でも俺がいなくてもあの子は生きていけるはずだ。冷静なあの子は俺の様に取り乱したりしないと思うんだ。

「俺は君を喰うよ」

「そっか、交渉決裂なのね」

 残念と言う彼女に胸が痛むが俺も生きれるだけ生きたいんだ。すまないけど君の大事な物は俺が貰う。

「ごめんな」

 俺は暗鬼に接近しナイフを横に振るうが掠りすらしない。今、彼女は何をした?

「自分の事をよく知らないみたいね」

 彼女は優の隙を突く。服が横に破れ、血がにじむ。

「いてえ、本当に切れてる?!」

「あんただけが武器を使うわけないでしょ」

 彼女の持つ武器はスプーンだ。あんな得物でどうやって?

 避けても少しずつ傷が出来る。攻撃は避けられ、反撃される。俺に勝ち目はなかった。

「今のあんたには勝てないよ」

「まだわからないだろ!」

 彼女はその言葉に泣いていた。俺は。

「あんたの作った設定は……悲惨だったのよ」

 (みんなしてわけわかんねえよ)

「俺の知らない場所で何が起きているのか、わかんねえよ」

「それは優君が作った設定、だからですよ」

 たどり着いた、と彼は雪を連れてやってきた。いつものように冷静さが少し欠け、焦りが窺える。

「あんたも来たの? まあいいわ、その子をあたしに頂戴」

「それは無理です。本当なら貴方と彼が会うのはもう少し後だったのですが……僕が相手をしましょう」

 海老沢は優や暗鬼の周りに黒い膜を張り、爆散させる。さっきまでいた屋内から屋上へと視界が変わった。

「あんたは楽しめそうだ」

「一応は魔法使いなんでね」

 彼女は嬉しそうだ。海老沢は雪を俺に預けると暗鬼へと向かって行く。

 海老沢が目の前で繰り出さすのは小さな白い球状の物質。これらは不規則に空中を漂い、海老沢や優達の周りを旋回する。

 暗鬼は彼に武器を振るい、体を抉るように穴を開けた。

「楽しむ暇もなかったか」

 それだけに彼女はショックを受けた。自分の寿命が少ないだけにこの遊びはとても侵害に値するものだ。

「遊びはまだ終わりませんよ」

 抉られた体は直後に溶け始め、武器を溶かす。浮遊する物質は針状になり、暗鬼へと飛ばす。彼女は溶けたスプーンの持ち手で器用にそれら全てを捌いていく。

「ふふ、やはりこうでなくちゃ……なっ?!」

 背後に気配を感じ横に蹴るも避けきれずナイフが皮膚を裂く。

「僕はこの世界で言うアタッカーみたいなものかな? 設定上にある情報を破壊出来てしまうわけだからね」

 そのまま暗鬼に近づいて行く海老沢は上機嫌だ。無防備に動けない彼女はどうすることも出来ない。

 何故なら海老沢が彼女の設定を破壊、又は書き換えたからに違いなかった。

「そもそも決まったあたしを変えることなんてでき……」

 設定は決まっているのだ。矛盾した動きはプログラムされていない。

「出来ます。僕がこの場に呼んだのですから」

 海老沢は断言する。この場を設けた主催者だと。

「?! この屋上は本物でない?」

「簡単に言えばそうです。でも僕にそこまでの再現はできない」

 彼はあくまでイレギュラーな存在なだけだ。

 特にルールに外れた行為はしていない。

「じゃあどこまであんたの手中なの?」

「貴方の立つこの板と幾つかが僕の解像できる領域ですよ」

 とても小さな領域、見える空や町はホンモノでこの立つ幾つかが彼に定められた領域だった。だからこそ彼女を動けないように持ち込むためわざと攻撃を受けたのだ。

「優君には生きてもらわないといけないのですよ、僕に課せられた設定であり罪ですからね」

 彼女を魔法で拘束すると周りが徐々に先程いた屋内に変わる。先生は傷を負っているわけでもない。さっきのは身代わりか何かだったのだろう。

「海老沢……先生。俺、弱いよ。どちらも弱いよ」  

「仕方ない、と言うのも他人事ですが本当に仕方ないものですよ。貴方の年なら悩む事も大事なものです」

「でも……」

「君は人に勝るものがあったとして、本当に人を気にする必要はあるのでしょうかね?」

 成績や容姿、その年なら沢山比較してしまうかもしれませんが、と海老沢は付け足し言う。

「優君、自分は人と完全に一緒ではない。だからこそ比較が出来るのだと僕は思うよ」

「俺には時間がないんだ。雪の為に生きたい!」

「なら最後の願い、それぐらいならこの『AW』に願えばいい」

 彼がいつの日か使ったあの機械だった。

「対価はあたしの宝石を使えば? もうゲームには負けちゃったから。どうせそこまで生きる事は出来ないし。……あたしにも欲しかった……が」

 彼女は宝石だけ残して消えていく。俺もあんな風に消えるのか? 悲しい終わり方だ。

「」

「君の性質は変わらない。だがその願い、12月の24日まででしょう。」

「なっ?! 二日か。……わかった。それでも良い、俺はそうするよ」

 ならと海老沢は準備をし始める。雪が起きる前に終わらせたいと優は思っていた。ぎこちないのは嫌だからだ。

「出来たよ、準備が。さあ起動しよう」

 グァワンと音を鳴らし稼動する。瞬間に爆発音を立て、少女は現れる。

「「What do you wish?」」

 重複する声は望みを聞く。だから俺は。

「俺の命の終わりまでアディといたい」

 少女は優しく笑い、承諾する。

 彼女とよく似たあの機械は何処かに消えてしまった。海老沢はあの後、行く所があると先に帰ってしまった。

「起きろ雪、帰るぞ」

 それでも起きない彼女は最初に会った時を思い出す。

 (あの日も寝ていたな)

「もう良いよな、アディ。俺さ、あと2日だけなんだ。君と」

 背負って帰るのはこれで二回目だ。まだ会ってそんなに経ってない。数日だ。

 それでも俺はとても前から知っている気がする。海老沢も設定がどうとか言っていたけどよくわからん。

「さあ、明日は何をしようかな? な、アディ」

 今日はとても寒い。だから明日には雪が降るかな。明日は休みだ。月曜なのに休みなのは何故か得した気分になる。

 家はいつもと変わらない。だけども決められた時間が今はあり、いつもに増して親しみや懐かしさが俺の記憶に呼びかけてくる。

「ん、おはようございます」

「アディ、まだ朝じゃないよ」

「ならこんにちは」

「7時27分、夕食にしようか」

 もう夕食時だ。豚肉のポトフを今日の夕食にしたのだが。

「美味しいよ!」と言うアディ、勿論俺はというといつも通りだ。うん、鳥と感触が違うなんて感想が出るくらいだ。

「なあアディ、明日と明後日どこに行きたい?」

「水族館に行ってみたい、美味しそうな魚いるかな?」

「あのな、水族館は卸売業者ではないんだ」とはさすがに突っ込むことは出来なかった。



 月曜日、俺はアディと水族館(卸売ではない)に行くことになった。

 少し黒っぽい雲に覆われた空が車両の窓から覗いていた。

「初めて乗ったけどすごい速いね」

 どこにでもあるようなもので喜んでくれるなんて俺はもっと一緒にいてこの笑顔を見たかったな。

「……」

「優は楽しくないの?」

 俺はアディにはそう見えるのか。元気無さ過ぎだな、俺らしくもっと楽しもう。

「そんな事ないよ。だから、今日は遊ぼう」

 電車に揺られ約1時間15分くらいでようやく着いた。そこから歩いて10分の場所に目的の水族館がある。

 水族館なんて父さんに一回しか連れて行ってもらっていないが昔と違い、結構変わっていた。室外が多かった昔より今は室内構造になっている。

 魚の群れがケースの中で泳いでいる様やペンギン、イルカショーを見て彼女と俺、共にはしゃいでいた。

「昼食にしようか」

 そうして昼食はどこかに入って済ませようかと思っていたがアディが俺に内緒で作っていたのを見たのだが俺は知らないふりしている。

「昼食! 作ってきたの!」

 突然の声に俺の周りがビックリしている。ある意味驚かせられた。容姿で注目を浴びる彼女にもっと注目を浴びられると凄く恥ずかしいのだから。

「うん、ありがとう」

「リアクションが薄いよ」

 彼女にとってそんな事は関係ないようだった。

 お昼に彼女が作った弁当は自分で作るよりも美味しい。味なんて関係ない。俺はこのシンプルな弁当の中身がとても好きだ。

 夕方まで水族館にいた俺は今日をめいいっぱい楽しんだ。

 まだ明日があるから、そう思って。

 

 

「優は今日、楽しかった?」

「うん」

「楽しかった?」

「……うん、楽しかった」

 うつらうつらして眠たい中、彼女は俺に話かける。この日、遠出した俺らの乗るこの車両はほぼ無人だ。

「良かった」

 ここで俺の世界は一度、歯止めをかけた。

 *    *    *

 私は幻想や夢の様なものだ。単に忘れられる存在だ。生きているか生きていないかではなく、憶えているか憶えていないか、なのだから。

 彼は私を創りだした。他の存在も創りだした。一頻ひとしきり描かれ創りこまれた私の設定は彼の理想だった。でもそれは中学までのお話。

 いつしか彼には見られなくなり『私』は忘れられる。

 だけど彼は『私』や他の設定を心の奥では忘れていなかった。だからこそ私は設定通りここまで彼の理想を追った。……だけどそれは息苦しいだけだった。

 寝たフリをした事もある。それが昨日だ。私は泣くことを我慢した。設定上の私が神に等しい彼の変わりに生きる事は嫌だ。私自身望まない。

 だからこの日、私は設定に無い事を沢山したの。彼はこの日、本当は昨日の暗鬼と戦う事になっていた。だけどそれは彼に変えられた。彼が手に入れるはずだったゴールもあの選択で全てが変わった。

私は彼の記憶の奥で生きれるのならそれで良い。消えたとしても彼とこの世界の普通を楽しみたかった。

「楽しかった」

 この言葉に私は満足してしまった。

 ……だから。

 

「うれしい。私の代わりに生きて」

 

彼に口移しにあげた宝石はとても赤い、赤い宝石。彼の口の中で溶けていく私。

「優、ごめんね」

 私は優の約束を私から破ってしまった。

【俺は雪を物だなんて思ってないよ。約束する】

 ごめんね。

 *    *    *

「おい、兄ちゃん! 終点だよ」

 いつの間にか終点だったようだ。外は雪が少し降っていた。

「アディ、着いたよ」

「兄ちゃん何寝ぼけてんだ。ゲームも大概にしときな、勉強に響くぞ」

「すいません、すぐ降ります」

 俺はこの駅のトイレにでも行ったのだろうと改札で待っていたが一向に現れない。

「すいませんがこの駅内で金髪の髪の子見ませんでしたか?」

「は? 見てないよ」

 俺はこの日、ほんのりとした甘さを帰りにずっと感じた。俺は彼女を喰ったのか?

 昨日何の為に願ったのか、彼女の為じゃなかったのか?

 帰りに買ったコンビニ弁当は味がした。

 だからこそ俺は悔しくて、悔し過ぎて泣いた。

 もしもこの弁当に味がしなければ俺の元にアディが帰って来るような気がしたからだ。

「……満足したのか、俺は」

 お腹が一杯になった感覚は正に何かに負けたと考えてしまう。あの子は俺の幻想だったのだろう、そう考えるしか俺を支えるものはない。

「寝よ」

 次の日は学校だった。出たくないがこんな所に塞ぎ込むのも俺らしくない。

「おはようございます。今日から比佐先生に変わって副担任を任された山下です」

 聞いたこともない先生が妊娠し、見たこともない先生が変わりに担任をやるなど俺は混乱した。

「海老沢先生は?」

「誰でしょう? わかりかねます」

 俺の言葉は彼らには嘲笑にしか聞こえないらしい。本当に海老沢はどこに行った?


 

「なあ、喜佐さん。『麻樹雪』って知っている?」

 知り合いに聞こうが答えはNOだった。

 俺はこの日、無断で家に帰り、ある物を探した。一昨日使った機械だ。

 もしかしたらあるかもしれないと奮闘するも無い事にもっとショックを受ける。

それとは別に他の物を見つけ、懐かしさと恥ずかしさを思い出させる。

「懐かしいな、昔書いた俺の黒歴史第一号のノート」

 人に見せられない程に書き込んだ思い出があるノートだ。

「ん? 真っ白? 消したにしても綺麗すぎる」

中は新品の様に真っ白で外は使い込まれた様に破れがたまにある。

「あはは……ははぁ」

 俺はこのノートに何を書き込んだのか覚えてはいない。

「明日は父さんが帰って来る日だ。用意しなきゃな、明日はクリスマスだからな」


 この日、俺は学校にも行かずに家の片づけをした。今日は行こうなど考えにもなかった。

 電話はかかったが風邪だと休んだわけだった。

「……アディ」

 彼女の部屋だった場所は母さんが生きていた頃の部屋だったそうだけど、俺は母さんの顔を写真でしか知らない。

 チャイムが鳴り、俺は扉を開ける。

「父さん、おかえり」

 久しぶりに会った父さんはいつも通りだった。だけど。

「その子は?」

 後ろについてきた金髪の少女は。

「ああ、この子は私の子だ。お前には言ってなかったがお前の母さんが死んだ後、俺はお前を兄さんに預けた。その時に海外でできた子だ」

 この親父、ろくでもねえ! まあ、いいけどさ。……だってこれも設定なんだろ、なあ?

「君、名前は?」

 物語はこれからか。

「わたしの名前は……」



 *    *    *

 わたしは彼を知っている、かもしれない。

何故なら夢で彼に会っているかもしれないという、何ともメルヘンな話だからだ。

 新しくできた友達、『博弥ひろやさき』はこの話を聞き【女の子の夢にまで入り込む変態は忘れろ】と言い。

 先輩に聞いてもそんな感じなのだ。一体全体、彼のどこが変態なのだろう。

 調べた所、『通学途中の小学生をリュックに詰め込むド変態』だそうだけど……ますます彼の事が分からないわ。

「お父さんは明後日、ここを出るのよね?」

「ああ」

 お父さんと離れるのは寂しいけどわたしは残る事になっていた。日本は好きだけ、もっとわたしには好きなものがあった。

彼だ。お父さんにも昔から彼の話を聞いた。

写真で見た彼は夢で見た彼とそっくりだと思った時、『会いたい』そう思ったのだから。

「お父さん、優君って『ロリコン』なのかな?」

「え?! 優?」

 お父さん曰く、初恋が純喫茶の姉ちゃんらしい。『ロリコン』ではないのか、それとも幅が広いのかは、わたしにはどっちとも言えない。

「優君、入っていいかな?」

 ドアをノックし、返事など聞かずに入る。

「うわあ?!」

 うん? 何を驚いているのかさっぱりのわたしは彼をじっと見る。

「どうしたのかな?」

「……何も」

 彼はわたしから顔を反らし、パソコンをいじる。

なんだろう、すごく気まずいよ~。

「優君はなにしているの」

「……内緒」

 ふむふむ、見せられないものがそこにありますか。なら、なんだか見たくなってしまいますね。

「おりゃ!」

 机に座る彼はわたしには見せない様にずらすが関係ないもん。

彼の後ろにまわって締め上げれば見えるはずが……身長的に届かない!

「ふっ、立ってしまえばチョークスリーパーホールドは出来ない! そうだろう!」

 彼は残念なことにパソコン(秘蔵)を置いて攻撃を避けた! わたしは見逃しません!

「あっ、見ないでくれえええ」

 この日、彼の悲痛な叫びがこだまする。さらば大将、わたしは忘れません。


「で、何でわたしの写真があんなにも」

 わたしの寝顔が5枚と食事風景が7枚、何故でしょうか、覚えが無い写真が沢山ありましたが気のせいでしょうね。

「あれは……俺の宝物だ! 誰にも消させん!」

と唸る彼の目はとても温かい目をしていました。何か思い出があるのでしょうか?

「ああ、あるよ」

「あんなにも似ているなら一度会ってみたいものです」

 彼はそんなわたしを笑います。むう、何が面白いのか理解できませんが笑顔が見れたので良しとします。

 

――わたしの日記はここで終わります。



 *    *    *

 俺はアディの食事中の写真を撮った。何か禁忌を犯した様に感じるのは気のせいだ。

寝顔も撮ったが反省はしていない。俺はこの日の為にデジカメを買ったのだと思った。

 数日間なので撮れた数は少ないが俺の持つ写真と彼女の下着は俺の限りない宝物なのだ。

「俺は何で『通学途中の小学生をリュックに詰め込むド変態』なんて呼ばれているのか」

「火のない所に煙は立たぬって言うだろ?」

 一兄はこう言っていたがあんたの所為でもある事を忘れてはいけない。

 俺は確か『姉をリュックに詰め、ペットのようにいつも連れて行く高校男子』だったはずだ。

本当にそんな事をしているわけではないが、あの数日の間が改変(?)されたらしく、前よりかなり犯罪性の高いものへと変わった事は俺にとって小さくはないと過言ではない。

だけど良いんだ。そんな事は。

そういえば彼女はあの後もここに残ると言った。

「向こうへ帰らなくても良かったのか?」

「うん。わたしはここに残るよ。元々そのつもりだったから」

 あの少女との約束はまだ続いているって事なのかな? 俺が死ぬまで……だっけ? 

「何書いてるの?」

「ああ、小説だよ」

 俺はまだ初めて日が浅い。俺の妄想と非現実を繋ぎ合わせて作った、素人丸出しの短編を書いている。

「読ませてよ」

「嫌だ、恥ずかしい」」

 この小説は誰にも読まれず、置いておこうと思っていたんだけど……。

「なら……条件があるよ」

 

そう、願いは決まっている。

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