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コミュ三題噺  作者: ツンヤン
お題 紅葉 星空 デート
2/34

星の眠る場所

著者 金巫女

 プロローグ


 ある日の放課後の光景だった。

それはきっと俺以外誰も見なかったに違いない。

いや、そうであって欲しいだけかもしれない。

それぐらい、その光景は俺にとって特別で魅力的なものだった。


 旧校舎の三階。

 廊下は窓ガラスから差し込む茜色の光で染まっていた。

 そこに女子生徒がたった一人で佇んでいる。女子生徒の視線の先には、壁に飾られた1枚の絵。

 なんてことは無い絵だ。ただ山が額縁にはみ出さんばかりにデカデカと描かれている。

凝られた技巧も、趣向も決してない。

 強いて言えばそのタイトル。

【星の眠る場所】。

 なかなかに恥ずかしい。

 そんな絵に女子生徒は身動きもせず見入っていた。その証拠に腰まである髪はピクリともしない。

 それは5分ほどだったろうか。もしくはもっと短かったかもしれない。

 女子生徒が絵の前を離れ、運良く反対側の廊下を降りていくまで。


 校舎内外の部活の喧騒も、木々のざわめきさえも遠い。

そんな静けさの中。


 階段の影から俺はずっと見入っていた。

自分の一番大好きな景色と女子生徒の組み合わせを。


 俺の描いた絵を見入っていた女子生徒が、クラスメイトだと気づいたのはその日の夜だった。我ながら人付き合いがずさんだ。

 女子生徒の名前は天城恵那あまぎえな

 品行方正、成績優秀とまではいかないが、どれもそつなくこなしているようだ。

人あたりがいいせいか、整った容姿のせいか、常に誰かしらの友人に囲まれている。

 俺と違って。

 だからといって憧れていたわけでもない。一応クラスメイトとしてなんとか記憶に留めていた程度だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 しかし、今、その天城恵那が脳裏に焼きついて離れない。もっと正確に言うなら、あの絵を含めた光景が、だ。

 だからといって俺はどうすればいいのだろう。

 今までこの手においてこれといった経験は無い。胸のモヤモヤは増すばかり。 

 正に万事休すといった具合だ。


 何かしらの欲望が自分の心の奥底で疼いている。

 

 悶々とした自問自答は布団の中に入っても続いた。

あーでもない、こーでもない。自分のどうでもいい過去までほじくり返し、全く関係のない発掘品で一人赤面する。

 ある程度案が出尽くしても答えにならず、深夜、布団を抜け出てトイレに向かう。

 用を足し、洗面台でついでに顔まで洗う。顔を上げると、まさに悩んでるといったふうに眉間に皺をよせた自分の顔を鏡に見せつけられた。

「あー、週末には久しぶりにあの山にいこうって計画してたのに……これじゃ寝不足でいけたもんじゃないぞ」

 一人愚痴って蛇口を締める。

 その時、ふっとある答えにたどり着く。

 それはとてもシンプルな答えだった。

 しかし、俺の奥底の欲望は満足したらしく、布団に入って気づくと気持ちの良い朝を迎えていた。

 

 











     

  


 1章 告白



 目的は定まった。しかし目的の為の手段は何一つ決まっていない。

 さて、どうしたものか。


何時もなら二度寝する時間の起床だったが、丁度良いと考えて、さっさと着替えを済ませて家を出る。幸い今日は天気も良い。歩きながら考え事はするにはもってこいだろう。

 目を丸くして驚く両親にはて少しだけ不満だったが。

 今日は家の隙間を縫うような裏道ルートを行く必要がない。普段あんまり使わない普通の通学路に足を向けた。

 四十分早くても通学路には学生の姿が思ったよりも多く見られた。しかしどことなくのんびりとした時間が流れているように感じられる。いつもと違って急ぐ必要がないせいかもしれない。

 早めに出る案はなかなか当たりだな。一人満足げに頷く。

「お、こんな時間珍しいな。タケシ」

 ――前言撤回。むしろ大外れだ。

 背中にバシン、と強めの衝撃。

 はっきりと見て取れるぐらい眉間に力を込めつつ、後ろの友人に振りかえってやる。

「オハヨーゴザイマス」

「うえ、そんなに露骨な嫌な顔するなよ。せっかくの気持ちの良い朝だってのに」

「その気持ちの良い朝を台無しにされてる俺の身になれ」

 俺の文句に対して、何を冗談をと爽やかに笑って流す男。

 俺より少し高めの細身の長身、丸めがねに切り揃えられた前髪。まさに、ザ、真面目といった感じの容姿で、しかもクラス委員長なのでそれほど間違ってなかったりする。

 小学校から腐れ縁がつづく友人であり、現クラスメイトの高隈多良男たかくま たらお)だ。

 何時も何かと声をかけてくれて、普段なら良い暇つぶしの相手だ。今日はできれば一人での登校が望ましかったが……仕方ない。諦めて多良男と二人で並んで歩くほかなさそうだ。

「しかし、本当に珍しいな」

 不思議そうに多良男が首を傾げる。

「何時もならまだ寝てるからな。……学校なんて遅刻しなければ十分だろ」

 多良男の呆れ顔を見て一言付け加えるも、多良男の顔を見る限り上手く言い訳できなかったらしい。

「……はぁ。時間もそうだが。こっちの道を使うってほうだ」

 言われてみれば確かにそうだ。

「こっちの道はあの山が見えないんだっけか」

 そう。普段こっちの道を使わないのは時間の問題も確かにあるが、もう一つ重大な理由がある。それが山だ。実は家の隙間を塗っていくルートの途中に小高い丘があり、そこからとある山が見れるのだ。

 何時の頃からか。それを見るのが日課になっている。 

「本当に山好きだよな、お前」

「面白いからな」

 力強く頷くと、何故か多良男は嬉しそうな、寂しそうな複雑な表情を見せた。ほんの一瞬だが。

「んーむ。否定はせんが……まあ、いい。で、なんでそんな好きな山を見に行かないんだ」

「……今日は占いでいつもと違う道が良いって言ってたしぃーラッキーアイテムは丸めがね。なんてね♪」

「どうした、お前らしくない。何か悩みでもあるのか」

 裏声を使ってのごまかしを狙った一発ギャグは、むしろ不安を煽ってしまったようだ。

 これ以上痛くない腹を探られても仕方ない。昨日の経緯を抜いて悩みをサラッと話してしまう。

「……」

 なんか多良男がプルプル震え始めた。サラッとはまずかったか、流石に。

「やっとか。やっと人間に目覚めたかっ!」

 多良男が咆哮した。普段人の目を気にしない質だが、この時ばかりはさすがに周囲を見回してしまう。

 そんな狼狽える俺の両肩をガッチリと多良男は掴んで、力強く頷いて言った。

「よし、相分かった。俺が一肌、いや、二肌脱がせてもらおう」

 その圧倒的な勢いに押され、思わず頷く。 

「お、おう。……じゃあ頼んだですよ、タラちゃん」

「はーい。わかったですぅー」

 普段なら絶対に乗らないフリにも乗ってくる程、多良男のテンションは高い。

 もうこうなったらこの勢いを信じて託すほかなさそうだ。

 

 教室の戸を開けると既に天城はいた。何時もどおり友人達と輪になってお喋りに興じている。

 本当に何時もどおりだった。昨日の絵を見ていた女子生徒の穏やかで静かなイメージとはかけ離れている。でも、この腰まである髪からして昨日の女子生徒はやはり間違いなくこの天城だ。

 輪の内の一人がこちらの視線に気づいたのか、天城に目線で俺を指し示す。

「え? ああ、川上くん。おはよ」 

「おはよう」

 かけるべき言葉は見つからず、挨拶を返すとそのまま自分の席に向かう。

 自分の名前が天城たちの会話から聞こえてきたが、直ぐに修学旅行の話題に移り、それ以降自分の名前が聞こえてくることはなかった。

 気づくと多良男がこっちを見て渋い顔をしていた。

 

 昼休み終わりのチャイムと同時に多良男からメモ書きを渡された。何かと聞こうとするものの、折り悪く教師が教室の前の戸を開けて登場する。慌てて自分の席に腰掛ける多良男を目で追いかけると、多良男は目が会うなり、「グッドラック」と言わんばかりに親指を立てる。 

――少し感に触るが、きっと朝の件だろうと思い直しメモ書きに目を向ける。

 場所は屋上。時間は人気もなくなるだろう五時ジャスト。

 さすが委員長。テンションに任せたとは言え素早い仕事だ。後は俺がやるだけだな。

 思った以上に上手く多良男はやってくれたようで、それから放課後になるまで朝のように自分の名前が聞こえてくることは無かった。天城本人も話題には出さなかったようだ。

 それとなく視線を何度か天城に向けたがこれといった変化もなく、見る限りは何時もどおりの天城だった。

 

 放課後の屋上は既に茜色に染まり始めていた。

 約束の時間まで後十五分。

 暇つぶしに塔屋の上に登ると、丁度フェンスの上から三百六十度の大パノラマが迎えてくれた。無駄に五回建てにした初代校長に初めて感謝した。

「お、見えるな」

 茜色の中にくっきりとあの山が浮かんでいる。ここまではっきりと見えるとは思わなかった。これならもっと早く来て良かったな。山に登る時のような過程を全て吹っ飛ばしてはいるが、これはこれで悪くない。

 ぼんやりと眺めていると下からドアノブを捻る音、ついで扉がゆっくりと開く音が聞こえる。下を覗くと、黒いつややかな髪。天城だ。

 気づけば五時ジャスト、約束の時間だ。

 天城はキョロキョロと屋上を見回している。屋上には視界を遮るものはフェンスを除けばこの塔屋ぐらいしかない。しかし、上にいるという発想は起きないらしく一周見回って元に戻り、首を傾げている。その様子がつい可愛らしくて声をかけそびれてしまった。

 帰られてもまずいので、上から声をかける。

「天城。こっちだ」

「え?」

 またもキョロキョロと辺りを見回す天城。

「上、上」

「え、あ。そこか」

 ホッとした顔になっている。案外お化けかなんかとでも思ったのかもしれない。

「せっかくだし、来いよ」

「降りて来てよ。呼び出しておいてその態度は無いんじゃない?」 

 確かにその通りだ。さすがにからかったうえに尊大すぎたようだ。

 多良男にもよく言われる欠点だ。

「あー、その、すまん。つい可愛くてな」

「……う~ん。まあいっか」

 表情が何時もの柔らかい笑みに戻る。なんとか許してもらえたようだ。

「さて、川上くん。何の用?」

 天城に躊躇いも気負いも無い。もしかしたらこういったシチュエーションになれているのかもしれない。天城の人気を考えれば当然でもあるが。

 まじまじと天城を見る。腰まである滑らかに風に揺れる黒髪。スっと川上岳の尾根のように通った鼻筋に、黒目がちな大きな瞳、小さな唇。それら可愛らしいパーツを細めの眉が引き締めているお陰でそれほど幼い印象は受けない。

 昨日を除けばこんなにじっくりと見たことは無かった。別に天城に限ったことではないが。

「……ジッとそんなに見られると照れちゃうな」

「あ、ああ。すまん」

 言われて気づき目を逸らす。

 逸らした先には落ちる間際の夕日が輝いていた。ついそれに目を奪われる。

「かといって全く見ないのもどうかと思うよ。……へー、ここからの景色って結構綺麗なんだね」

「ああ、そうみたいだな」

 天城もこっちの視線を辿って、夕日に行き着いたようだ。

 気づけば二人ならんで夕日を眺めていた。

「うーん。一人で偶に来るのもいいかな。静かで丁度良さそう」

 改めて、夕日に目を細める天城の姿を見て再度確信した。やはり天城は絵を眺めていた女子生徒だ。

 確信と共に自然と言葉が出てきた。

「なぁ、俺と一緒に山に登らないか?」 

「え? 山登り?」 

 困惑気味に聞き返す天城に大真面目に頷く。

 驚いたように目を瞬かせて、考え込むこと十数秒。

 結果、頭を下げられた。

「えっと。……そういう運動得意じゃないの。ごめんね」

 そう言い終える否やクルリと回れ右をして、天城は行ってしまった。一度も振り返らずに。

 今回はかける言葉が見つからず、ただ天城の姿を見送っていた。



第二章 やまびこ


「山良いのになぁ」 

またもや眠れない夜になってしまった。 何がダメだったのだろうか。こういう時はひとつひとつ列挙していくに限る。

原因一俺が嫌われていた。

原因二山が嫌われていた。

原因三タイミングが悪かった。

さて、どれだ。

考え出そうとしてハッと気づく。原因三以外はもう無理だ。しかし諦める気はさらさら無い。

ならば……原因三と信じて進むのみだ。


 今日もまたいい天気だった。

 そして、またも多良男と並んで登校することになっている。

「その顔を見る限り失敗したみたいだな」

 多良男の表情は珍しくニヤついている。珍しいがその分一層ムカつく。だが、ここは我慢だ。

「よくわかるな」

「短い付き合いじゃないしな。今までのお前だったら山だの、週末の天気だの、山山山だ

ったろうけど、今日は違うんだろう」

 さも当然とばかりに多良男は言い切った。

 本当に驚かされる。こいつはなんでそこまでわかるんだろう。

「……よくわかるな」

「ま、わざわざお前が二日続けてこっちの通学路使うんだ。友人の愚痴ぐらい聞いてやるよ」

 ふっと優しい微笑を浮かべるが、最後の最後で間違っているおかげでそこまで腹が立たない。むしろ滑稽に見える。

「違うな」

「は?」

「多良男お前に頼みがある」


「では決を取ります」

 バラバラとどうでもよさげな手が挙げられる。やる気は無いが、とりあえず周りに合わせる。あまり褒められたものではないが、

 「賛成多数で2―1の修学旅行はお船山のキャンプに決まりました」

 この場合は大分ありがたい結果となった。

 俺が通う学校は生徒の自主性を重んじるというよくある校風を謳っている。そのおかげで修学旅行が一泊ではあるが、生徒が決めることができるなんて慣習がある。。

 しかし最近だとそこまでの自主性のある生徒は少ない。しかも、一応修学旅行なのでそれなりの審査はあるので冗談程度のレベルではまず通らない。要するに大体の奴らは面倒な訳だ。特に案が出ないのもままある。

 そういった場合は委員長と担任が決めてしまったりもするのだが……そこで、今回案をねじ込んだわけだ。

 当然それなりの形にするために多良男に協力をしてもらって、案を仕立て上げた。

 これで少なくとも天城とお船山あのやまに行けることになった。

 計画を持ちかけた時に、

「しつこいのはほどほどにしておけよ」

 なんて多良男に釘を刺されたわけだが、俺の目的はほぼ達している。

 後はきっとほんの少し。まあ、八合目といったところのはずだ。




















第三章 星の眠る場所


 お船山はたいして大きい山では無いが学校からその姿がはっきりと見える。それぐらい近い。麓にはキャンプ場もあって、近隣の小中学校の遠足にはうってつけだ。キャンプ場は最近改装が行われてバンガロー、水洗トイレ、果てはコインランドリー、温泉まで充実しており、お船山の人気に一役買っている。

 昔のような一手間二手間はほぼ省かれている。宿泊施設まであるんだから、もういっそキャンプ自体省いてしまってはどうかとも思うが……そこはそれ、気分の問題らしい。多良男は世間全体がそういうもんだと笑っていた。

 ま、それを売りのひとつとして修学旅行の企画に盛り込んだ手前、もうおおっぴらに言えたモンじゃないが。

「さて、夕食後のキャンプファイヤーまでは自由行動。ただし、買い出し以外でキャンプ場出るなよー」

「はーい」「うぇーい」思い思いの返答をざっと確認し、多良男が号令をかける。

「良し、解散」

 それぞれのグループにまとまって生徒は散っていく。

 ちなみにほとんどが宿泊施設グループだ。よって彼らはテント、食事、その他もろもろを用意する必要がない。適当にハイキングなり、遊戯なり……携帯で時間を潰すだけだ。

 それを尻目に多良男と二人でせっせとテントを張る。

「おい」

 不機嫌そうな多良男の声が、骨組みを立て終わったテントの向こうから聞こえる

「なんだ」

 不機嫌な理由はなんとなく察しはついている。少なくともテント張りへの文句ではない。

「……お前の目的はこれじゃないだろ」

「それはそれ、これはこれだ。どうせなら楽しもうぜ」

 多良男には手伝ってもらっておいて少し悪い気もするが、これは本音だ。

 せっかくのキャンプをそれだけにするのは勿体無い。それに焦った所で別段どうにかなる問題でもないはずだ。

「む。確かに一理あるな。お前がいうならそれもまた正解か」

 この物分りの良さは多良男利点だ。説教臭いところもあるが、この物分りのよさで付き合いやすい。

「よっと……テント張りも終わったな」

 男二人での不毛なババ抜き対決は夜にするとして、何をしようか。

 とりあえず多良男を引っ張って山にでも登ろうか。

「おいおい。満喫するのもいいが……俺の事は気にすんな。行ってこいよ」

 なんと。今日の多良男は思ったより物分りが悪いらしい。

 まあ、ここはお言葉に甘えることにしよう。いい加減先延ばしにされるのも多良男からしたら相当歯痒いのかもしれない。

「そっか。じゃあ、また後でな」

「おう。頑張れ」

 さて、天城はどこかな。どうせなら一人で見つけられるといいな。さすがにあの輪に割って入る勇気は無い。

 

 確か天城も宿泊施設組だったはず。

 宿泊施設、広場、売店…ざっと見回るも、キャンプ場のどこにも天城の姿は見つからなかった。

 さらに途中呼び止めたクラスメイトから止めの情報をゲットする。

「天城? ああ、あいつらだったらバス乗って外に行ったみたいだぞ。……ここだけの話だけど外に遊びにいったんじゃねーのかな」

 盛大に気が抜ける。全ては明日におあずけのようだ。

「仕方ない。山でも登るか」

 多良男を引き連れて行こうかとも思ったが、この進捗状況を聞かれたくもない。それに告げ口を疑われても面倒だ。

 一人ハイキングコースに足を向けた。


 何度も言うが、お船山はそれほど高い山では無い。緩やかな坂をのぼって行けば1時間程で頂上に着く。

キャンプ場が盛況なお陰で道もしっかりと整備されている。

 今日は天気も良く、暑くも寒くもない。絶好のハイキング日和と言える。

 が、クラスメイトの姿はほとんど見当たらない。想像通りであるのが少し悲しい。

「やっぱり良いな」

 木々の合間から見える色とりどりの紅葉に染まった山の景色に、目を細めつつゆっくりと登る。なんてもったいない。

 気づけばあっという間に頂上。少し、山を登ったにしては軽すぎて若干味気ないけれども、普段登らない人には丁度良い。

 頂上とは言ってもおおよその頂上だ。正確な頂上は先でここより少しだけ高い。ここは休憩と食事どころを兼ねているのでかなり広く開けている。いくつもの木製のテーブル、椅子がいくつも設置され、トイレ、果ては茶店まであるんだから、ここもなかなか立派なものだ。休日はそれなりに混み合うも、今は人もまばらだ。

 その中に見知った姿を見つけた。

「お、天城見っけ」

 欄干に両腕と顎を持たれかけ、向かいの山を眺めている。

 茶色のコートとその上で風に揺れる腰まである長い髪のおかげで、遠目でも天城だとはっきりわかる。

「おっす」

 近づき声をかけると顔をあげ、振り返る。

 その動作で、黒の短いスカートがわずかに揺れた。寒そうだ、なんて言うのは余計なお世話だろうか。

「……川上君か。さすが山男」

 その顔はいつもと違ってどこか胡乱げだった。

「ま、山は俺のフィールドだからな」

 山男を否定するかどうか迷ったが、とりあえず少しずらしつつ肯定する。 

「そうだよねー」

 そう言って天城はまた顔を欄干の向こうへ向けた。やや話しづらい雰囲気を出しているのはわかる。しかし、俺は気にせず横に並んで話を続けた。

「どうした。外に向かったって聞いたぞ」

「うん。ちょっとね」

 とりあえず返事は帰ってきた。どうやら、話続けてもよさそうだ。

「あいつらとの付き合いが面倒か」

「……何で?」

 初めて聞く天城の少し強ばった声。それでも言葉を続ける。ここで誤魔化しても仕方ない。

「いつも詰まらなそうだからな」

「それ本気で言ってる?」

 怒ったようにも聞こえる声音。

「違うのか?」

 そう言って少し後悔する。いつも質問を質問で返すなと多良男に怒られるからだ。

 三十秒たっぷり間を開けて、天城が口を開く。

「いや、当たり。面倒だから体調悪いってことにして断っちゃった」

 その声音には怒りによる強張りも、悲しみの震えもない。軽くゆっくりと吐き出された言葉だった。

「そうか」

「あれ、幻滅しない?」  

「別に」

 こちらの返答が気に食わないのか、天城の声がやや詰問口調に変わっている。

「……なんで君に教えたか分かる? 私は君のクラスとの付き合いが希薄だから大丈夫なんて打算したんだよ」

「ま、いいんじゃないか」

 言われた通りだ。多良男以外とはたいして付き合っている奴は居ないし、つくろうとも思っていなかった。その多良男だってそんなことをわざわざ言いふらすようなやつじゃない。

「君、善人すぎるよ」

「そうか? そんな理由をわざわざ説明してくれるお前だってなかなかだと思うぞ」

「変なの」

「すまんな。よく言われる」

 とは言っても面と向かっての変人扱いは久しぶりだ。多良男も付き合いが長くなってから俺の事をそう呼ばなくなった。

 数十秒の間の後、

「……ふふ、なんで君が謝るかな」

 天城はこちらの返答がお気に召したようで、クスリと笑った。


 そのまま二人で山を眺めた。色彩豊かに彩ろられた山は見ていて飽きない。

 天城もそうなのかしばらくその時間は続いた。

 不意にやや強めの風が吹いた。それで思い出し方のように天城が口を開く。

「ねえ、あの絵ってこの山?」  

 俺の描いたあの絵【星の眠る山】のことだろう。あの拙い絵でよくわかったものだ。 

 ここから見ると尾根続きになってるせいであの絵とは若干違う。

「多分な」

「多分って?」

「実はあの絵は子供の頃の絵のリメイクなんだ」

 美術の授業で題材に困って、タイトルをそのままに大まかな内容をそれっぽく描きなおしただけだ。

「じゃあ星の眠る山ってのはわからない?」

「確かに星は見たはずなんだ」

 この先の言葉は少し緊張して間を空けてしまう。

 なんて言ったって今回の目的だ。

「…………なあ、一緒に探してくれないか」

「うん。わかった」

 返事は思ったよりも軽く返ってきた。

「本当にいいのか?」

「ま、さっきの口止め料ってことで」

 そう言って笑う天城を見てやっと安心した。

「りょーかい」

 後は見つけられれば文句無しだ。


「で、ヒントは?」

 近くのテーブルに移動し、作戦会議が始まる。

「一番はこれだな」

 テーブルの上に散らばっている紅葉をどかして、バックから取り出した一枚の画用紙を広げる。

「へー、思ったより綺麗」

「そうか?」

 学校に貼ってある絵と同じで画用紙には大きく山が描かれてある。 

 一番下に地面のラインが引かれ、その上に赤、と黄色に塗られた二つの山。その上に人が二人立っている。俺の目には、クレヨンで雑に描かれた、はみ出しばっかりが目立つただのガキの絵だ。

「私はこの自由なのが良いと思うよ。学校の方が詰まらない。カッコつけてるみたいで」 

「ごもっとも」 

 絵を描いた当初の気持ちをそのまま指摘され耳に痛い。その指摘を意識するとちょっとツライが、それでも改めて絵を眺める。

「これだよね」 

 天城の指先が差すのは右の山の中腹。なんと星マークが描かれている。

「それだな」

 頷く。

「じゃ、この山……ええと、さっきの山?」

 天城がさきほどの山へ視線を向ける。

「だと思うんだが……見つからなかったんだよ。記憶もあやふやでな」

「ああ、もしかして私を誘った理由ってそれ?」

 ちょっと白けた風な声。

「うん」

 その通りだ。あの絵を見てピンと来たわけだ。あの屋上ではそこまで喋る暇がなかった。

「……川上君だもんね」

「うん? ああ、そりゃ俺は川上だ」

 天城に溜息つかれた。何故だ。


「じゃあとりあえず、あっちの山いくか」

「なんでそうなるのよ。前回行けなかったんでしょ?」

「でも、案無いんだろう? とりあえず歩いて考えようぜ」

「……ちょっと待ってよ。多分わかってなかったんだろうけど、私は川上君と違ってここに来るのだって大変だったんだから……そうだ。あやふやでいいから記憶を探ってよ」

「む」

 しかし本当に断片的な記憶しかない。

「本当にあやふやでいいから」

「そうだなぁ」

 思い出せば出すほど繋がりのない記憶が一つ、二つ浮かんでくるだけだ。仕方ないのでそれを思いつくまま口に出す。

「えーとな。確かオヤジといったんだよ。、そう、昼間なのに星がキラキラしてたんだよ」

「お父さんに聞けばいいじゃない」

「自分で探せとか言われたんだな、これが」

 だからこそ一人で探してみたわけだ。

「う~~ん、他は?」

「後はあれだ、小屋があったんだよ」

「小屋? あれのこと?」

 背後の茶屋を差す。

「そうそう。たしかその山には小屋がなかったんだ。だから俺はあっちの山だとおもったんだ」

「よし、そこだ」

 天城は言うや否や立ち上がり、そのまま茶店に歩いていく。

 慌ててついて行く。

 思った以上に行動が早い。

「おばさん、ここは何時できたの?」

「お嬢ちゃん、なんだっていきなりそんなこと聞くんだい?」

 いきなりの天城の質問に、茶店のおばさんは驚いている。

「あっと、じゃあこれください」

 三百円と引き換えに缶ジュースを二つ渡すと、

「あらあら、別にそういうわけじゃないんだけど。ここかい、ここはたしか3年ぐらい前じゃなかったかな」

 おばさんは苦笑いで答えた。

「ありがとうございます」

 綺麗に頭を下げて、天城がクルりと振り返った。

 その手に握られた缶ジュースの片方を差し出す。

「はい、どうぞ……わかった? 川上君」

「サンキュ。おい、なんだ抹茶メロンて」

 この緑色は抹茶なのか、それともメロンのものなのか。

「文句言わない」

 プルトップを開け、ミルクティに口をつける天城を恨めしそうに見つめる。

「で、何がわかったんだ?」

「単純でしょ。あなたが子供の時にこの小屋はなかった。つまり、こっちの山かもしれないってこと。あっちの山を探して見つからなかったのなら、この山を探そ。楽だし」

「む、む……そうか」

「で、場所の検討は?」

「それもさっぱりで」

 ちなみに向こうの山は丸二日ほどかけて探索した。

「はぁーーー」

 また大きな溜息をつかれた。

「しょうがない。川上君の言うとおり足で探しますか」

「どこからいくか」

「川上君が子供の頃に行ったんでしょ? ならそんなに過酷な場所じゃないはずだけど」

「じゃあ、とりあえず地図でも見てみるか」

 二人して広場の掲示板の地図をじっくりと眺める。

 地図には山の大まかな登山ルートや見所などが描かれているが、さすがに星がどうのというのは全くない。

「ん、滝……か」

「何か思い出した?」

 少し期待を含んだ天城の視線。

「んー、オヤジと行ったような。行かないような」

「仕方ない。とりあえず行きましょ」

 俺の返答で視線にあった期待はほとんどなくなってしまった。天城は缶を一息に飲み干すと、近くのゴミ箱に投げ入れる。俺も続いて飲み干し、一緒になって滝へ向かう。

 抹茶メロンまずぅ。


 滝は例の山を尾根伝いに登る途中で、頂上から十分も降ればついてしまった。

 滝とは言っても見上げるほどの大したものじゃない。昔はそれなりだったのかもしれないが、今ではちょろちょろと岩の上から水が数メートル落ちているだけだ。

 名所というには役不足なのだろう、そこには誰も見当たらなかった。

 天気もよく暖かいとは言え、もう秋。水遊びには寒すぎるのもあるか。

「ねぇ、何か思い出さない?」

「そうだな」

 内心冷や汗を書きながら天城に言葉を返した。なんていったって特に思い出すことが無い。

 なんとか必死に滝の周囲をうろついて色んな角度から見て、やっと道を見つける。

「お、道があるぞ」

 滝の上へと続く道だ。

「思い出した?」

「……そんな気もするな」

「本当に?」

「きっと多分」

「……」

 無言の講義を背中に感じずつつも滝の上へと進む。

 返事はないけれど足音は背後からついてきてくれた。


 進むこと五分ほど。

 滝へと続く川の脇をのぼっていくと道の先に一つの小さな洞窟が姿を現した。

 川は洞窟の中から続いている。洞窟は割と大きく、大人が立って優に進めるほどある。

 入口で二人立ち止まる。

「行くの?」

「……ああ。ここだった気がする。本当に」

「じゃあさっきのは……結果オーライで良しとするか」

 苦笑交じりの天城が呟く。

 そんな天城に向かって俺は頭を下げた。

「できれば付いてきて欲しい」

「ここで待ってるって言いたいところだけど、いいよ。ここまで来たし」

 二人で洞窟の中に入る。

 洞窟の中は暗い。

 入口の光が届かない先に何があるのか怖い。

 小さなライトはあるものの、心もとない。洞窟探検は危険だ。

 慎重にとはいってもどれだけ進めるだろう。

 と思ったのだが、直ぐに二、三分もしないうちにライトの光が黒い岩の壁を照らしだした。

「あれ」

 岩の割れ目から水が流れ出ている。

 つまり、もう終点だ。

「なんだ、外れ?」

 天城の言葉に頷く。

「そうみたいだ」

 入口で確信めいたものがあったはずなのだが……と周囲をライトで照らしても何も見えない。

 仕方なく道を引き返す。

 外はいつの間にか薄暗くなっていた。

「雨だ」

 水の流れる音で気付かなかったのか、洞窟の外では雨が降っていた。

「しょうがない。雨宿りしよっか」

 天城の提案に頷きつつも、なんとなく納得がいかない。

 確かにここだったはずだ。

「ちょっともう一回見てきてもいいか?」

「いいけど……私は行かないよ。もうクタクタ」

 そう言って天城はしゃがみこんでしまった。

「……そっか。りょーかい」

 ここまで連れてきてしまったんだ、これ以上のワガママに付き合わせるのはさすがに気が引けた。

 一人洞窟の奥へと引き返した。


 一人洞窟の入口に残った天城恵那はため息を付いた。

「何やってんだろ、私」

 何かに浮かれていたのか、それとも上手くのせられたのか。気づけば獣道をのぼってよくわからない洞窟までついてきてしまった。

 男子についていくのも無用心かもしれない。でも川上君には悪いけれど、どんな男子より人畜無害に見える。その点だけは間違いないと天城は一人頷く。

 そうは言ってもこれはデートのようなものなのだろうかと天城は首をかしげた。今までデートをしたようなことはあるにはある。でもそれは複数人とのデート、一対一は一回も無い。

(だって面倒くさいもの)

 天城にとっての学校で付き合いはそれに尽きる。

 それなりにいい顔をして面白くもない話に付き合う。そうとしか感じていない。

 普段はさほど苦にせずこなせるはずなのだが、今日は虫の居所がわるかったのか、我慢できなくなり断ってしまった。

(後で謝っておかなきゃ。根にもたれると面倒だし……あ)

 そんな打算めいた考えをする自分に気づく。

 最悪だ。

 天城はまた大きなため息を付いた。

 なんで彼についてきたか。それはこの汚い内心をぶつけたお詫びもある。でももっと、大きいのは彼の絵だ。

 さっきカッコつけなんて言ったが適当なでまかせだ。実際は彼の絵とタイトルを見てワクワクした。静かでいて、なのに何か大きな秘密ミステリーを隠しもってているような。人とはまる違う、そんな雰囲気に惹かれたのだ。

 しかし実際はこれだ。期待しすぎた。

 川上君はもしかしたら私に好意をもっているのかもしれない。でもこれっきりにしよう。

 そう天城は決意して足元をジッと見ていた視線を上げる。雨は上がって、明るい日差しが差し込んでいた。

「おい、天城。こっちこい!」

「え?」

「いいから、はやく!」

 天城は唇に人差し指を当てて迷う動作をして、それでも結局したばかりの決意を投げ捨てて、洞窟の奥へと走った。


 やっと来た天城へ、天井を指差す。

「ほら、これ」

「え? ……あ」

 そこにはキラキラと輝く満点の星。

 それは一瞬事に位置と強さを変え、煌く。

「これが俺が見た星空だ」

「うん、綺麗」

 これが昼の夜空。


 ――星はなんでお昼に消えてしまうのか。

 そんなガキだった俺の無邪気で難しい質問に済ました顔でオヤジは答えた。 

 ――それはこうやって昼は山にいるからだよ。

 当時の俺はまともに信じたんだ。今の今まで忘れていたけれど。


「で、理屈はこれか」

 天井の隅を指し示す。そこから一筋の明るい光が漏れている。

 つまり、差し込んだ光が流れる水に丁度乱反射してこのように見えるわけだ。

 さっき見えなかったのは丁度曇っていたからだろう。自然のちょっとしたイタズラってやつだ。

「凄いね」

 天城はその天井隅の理屈すら対して興味をもたないようで、ただ、『星空』を眺めている。

「んー……ま、そうだな」

 正直言うとちょっと拍子抜けだったが、天城の瞳の中で輝く『星空』を見て悪くもないな、なんて思ってしまった。


 結局気づけば夕飯ギリギリの時間になってしまっている。急いで天城と山を降りる。

下りの方が楽ではないが、登りよりは早い。

 あっという間に登山道入口が見えてくる。

 そこでハッと気づいて足を止める。

「ん? どうしたの川上君」

 天城も気づいて足を止め、振り返る。

 ここで伝えなきゃいけない。

 俺は本当はあの山を探してもらいたかっただけじゃない。

「な、天城。俺さ。また、天城と景色を眺めたいんだ」 

 だって、俺は綺麗な景色に目を細める天城恵那に惚れたんだから。

「んーーー。川上君って無計画だし、人の言うこと聞かないで暴走するし」

「すまん。もっと頑張るから」

 自分でも少しみっともないと思う。

 でも、混じりっけの無い本当の気持ちだった。

 沈黙の時間。

 ただひたすらに天城の答えをまつ。

 しかし背を向けて天城は降りだしてしまう。

 伸ばしかけた手は引っ込める。力づくなんて全く意味がない。

 だから、精一杯の見栄を張る、もしかしたらできないかもしれないけれど。

「きっと『星空』以上だって見せてやる!」

 するとクルリとまた一回転。

「うん。わかった。じゃあ後一回だけチャンスをあげる。頑張ってね、岳君」


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