0052:人質救出攻城戦開始となった
吸血鬼化により一旦は社会性をかなぐり捨てたものの、数人の吸血鬼が集まると、そこには自然と新たな社会性が発生する。
ヒトは自他に優劣を定めずにはいられない。
また、しばしば自分のルールに他者を当てはめようとする。
そしてある者は、自分のルールを、妨げる者を殺してでも押し通そうとする。
最も強い力を持っていた吸血鬼レスタトは、その辺りに関心が無かった。
去る者は追わず、来る者は拒まず。
他の吸血鬼に関心は持てなかったし、専らの興味は悪魔のように美しい女の事だけだった。
物事を深く考えないのが、レスタトという吸血鬼の性質である。
レスタトの下――――――明確な上下関係は無かったが――――――では、特に目立った吸血鬼は三人。
吸血鬼にも集団での規律を求める元会社員、『ジョセフ』。
吸血鬼化以前からの悪魔信奉者であり、メタルバンドのギタリスト。
吸血鬼化によりファンと食料を増やし続けている『ソロモン』。
暴力性の強い無職引き籠りだったが、吸血鬼化によりその傾向はより強くなる。
生きる為に血を吸うよりも、弱い人間をいたぶる事にこそ喜びを見出す暴力吸血鬼、『アダム』。
ジョセフは吸血鬼と人間の新たな秩序を打ち建てる為。
ソロモンは血と退廃と音楽の為。
アダムは純粋に誰よりも強くなる――――――または優位に立つ――――――為。
3人の吸血鬼は、レスタトに力を与えたと思しき女の悪魔の前で、恭しく跪いたのだが。
「いーんじゃね?」
「……え?」
「お………?」
「あー?」
初めてカミーラの声を聞いた3人は、そのキャラの軽さに一瞬呆気に取られていた。
◇
到着して10分。
その間、外から見て軽装甲機動車に変化は無かった。
無論、雨音達も車内でただ手をこまねいていたワケではない。
無人攻撃機と武器遠隔操作システムのガンカメラ、それに地上攻撃機のカメラで現場の観測映像を見ていたのだ。
軍用兵器の赤外線カメラを以ってすれば、一般家屋の壁など簡単に透視できる。
無人兵器の王――――――あるいはハートの女王――――となりつつある雨音は、情報から作戦を練っていた。
「ねぇこれ……やっぱり巡航ミサイル辺りで屋敷ごと吹っ飛ばそうか?」
「桜花ちゃんはどうするのかな!!?」
「それ……作戦デス?」
早々に作戦は放棄気味だったが。
黒アリスのダイナミック過ぎる提案に、ガッカリイケメン吸血鬼が声をひっくり返し、巫女侍は困ったように首を傾げる。
無人観測機からの赤外線映像。
そして、動体反応センサー。
それらを総合してみると、広い屋敷の中には100体以上の人間(?)が蠢いている事になる。
しかも、赤外線で見る限り、体温を持った人間は10人前後。
1人2人ならまだしも、100体前後の吸血鬼の中に紛れ込んだ桜花を探すには、いささか厄介な数字と言えた。
「アマネちゃん……確かにアマネちゃんの武器じゃヒトは殺せないけど、瓦礫とかの下敷きになったら責任持てないよ?」
「分かってるわ。いくらなんでもあたしだってそこまで無茶苦茶はしないわよ」
ジャックの忠告にはそう応えつつも、雨音の目は若干泳いでいた。
救出するにせよ、とっ捕まえるにせよ、桜花の位置が分からなければ、現状の戦力では正面攻撃しか取る手が無い。
だが、吸血鬼100人は相手取るには少々厳しい。
以前の勝手に動く等身大フィギュアよりは、吸血鬼の方が戦力的に単価も高いだろう。
「何体吸血鬼が居ても関係無いデスよ! 討ち入って全部斬れば済む話デース!」
こういった意見もあったが。
例によって猪武者発言の巫女侍はともかく、雨音は本来チキンハートである。
桜花の事が無ければ、巡航ミサイルというのは冗談では済まさないだろう。
吸血鬼以外の熱源反応は、洋館2階奥の部屋、1階の数か所、地下階と思われる場所に分布している。
この洋館の住人であるレスタト、つまり桜花の従兄の治郎が言うには、2階奥の部屋は洋館で最も上等な部屋だとの事だ。
カミーラが言う通り桜花が『ご主人様』なのだとしたら、この部屋に居る可能性は高いだろう。
とは言え、いかんせん明確な根拠が無いので、この部屋に外から突撃して人質救出電撃作戦、とはいかなかったが。
「アマネ、なんならカティが突撃してオーカ(桜花)を引っ張ってくるデース。アマネは無人機でこっから援護してくれればいいデスよ」
「例のカンフー吸血鬼が出てきたらカティ、あんたインドアじゃメチャクチャ不利でしょうが。そうでなくても長物なんだし」
「フッ……難しく考えなくても、私が入って桜花ちゃんを連れ出してくればいいのではないか?」
「用済みだって言われたエス治郎兄さんが、北原さんを連れてくのをカミーラが許すかしら? 例えば、他の吸血鬼ってエス治郎兄さんの命令とか聞くの?」
眉間にシワを寄せて言う黒アリスの言葉に、巫女侍は苦い顔で黙り込み、エス治郎は髪をかき上げるキザなポーズで固まっていた。
しかし、雨音だって偉そうな事は言えない。
突入にせよ潜入にせよ、死角だらけの屋内戦では、銃で戦う雨音はカティ以上に不利だ。
こんな事なら接近距離戦闘のスキルも注文しておけばよかったと思う。
ここまで来たものの、単純な力押しでは効かない状況に、慎重な黒アリスは攻めあぐね、
「……全部の事情を把握した北原さんが、自分で騒ぎに決着をつけちゃえば一番いいんだけど……」
叶わぬ願いをポツリと呟く。
そうこうしているうちに、状況は動きだしてしまった。
最初に気付いたのは、忠実な番犬の如くヘッドライトの照らす先を見ていたジャックだ。
「……あれ?」
いつの間にか、屋敷正面入り口の大扉が大きく開かれ、真っ暗な口を空けている。
ジャックは、今までよそ見などしていなかった。
「アマネちゃん……アレ――――――――――――」
だが、厳然たる事実として、既に軽装甲機動車は吸血鬼に取り囲まれていた。
「――――――――――ドア、開いてたっけ?」
「え? 何、ジャック?」
「……ほう、いつの間に」
「――――――――――アマネ!!?」
次に、巫女侍と吸血鬼レスタトが気付く。
同時に、周囲の闇に潜んでいた吸血鬼達が一斉に、軽装甲機動車に取り付いた。
「あ……うえぇ!!?」
ワンテンポ遅れて雨音も気付く。
しかし、その時には牙を剥きだした吸血鬼が、サイドドアに張り付いていた。
吸血鬼達によって、激しく揺らされる大きな車体。
サイドドアの小さな窓越しに見える吸血鬼に、雨音は悲鳴を上げそうになるが、
「じじジャック後退!!」
「ッく………!!?」
それを堪えて、代わりにジャックに叫んでいた。
素直なジャックは即座にギヤをRに入れ、大きな足をアクセルに叩きつける。
後ろ向きに急発進した馬力のある軍用車両は、障害物を踏んで大きく跳ねた。
「ワオッッ――――――――――!?」
シートベルトを着用してない魔法少女達も車内で弾む。
ついでに色んなところが弾んでいたが、構わずに雨音は操作装置に飛び付いた。
軽装甲機動車の武器遠隔操作システムを起動状態に。
操作装置のコントロールスティックに連動し、軽装甲機動車上部に搭載された架台が旋回。
ガンカメラの映像は操作装置のモニターに映し出され、モニター中央の射撃範囲に吸血鬼が入った瞬間、雨音は武器遠隔操作システム操作装置のトリガースイッチをオンに。
直後、架台に装備された重機関銃が火を噴いた。
ダダダ! と炸薬音が連続で撃ち鳴らされ、被弾した吸血鬼が派手に空中を飛んでいく。
軽装甲機動車が後退する事で、一方向に集中する吸血鬼達は、ほぼ一瞬で掃討された。
もっとも、これは第一波に過ぎないのだろうが。
「チッ……後手に回った!」
「アマネー……普段からこれくらい強引だと嬉しいデース」
「え…………? い、言ってる場合か!!?」
「んギュっ!?」
気が付くと、雨音は仰向けのカティの上に寝そべる形で、操作装置に手を伸ばしていた。
頬を染めるカティの顔面を押し退け、雨音はその場から飛び上がる。
「え、ええい向こうからやってくるなら好都合よ!! 遮蔽物の無い所で長距離から殲滅してくれる!!」
「ブー…………でも、オーカ(桜花)の方はどうするデス?」
「せ……殲滅、したら? 迎えに行く?」
不満げに頬を膨らませる巫女侍に、黒アリスの返事は歯切れ悪かった。
ピンポイントで桜花を見つけて確保したかったのは、相手の数や戦力もそうだが、全部が片づくまで桜花がそこに居てくれるか分からなかったからだ。
時間をかければ、吸血鬼側が普通の人間を人質にしたり、カミーラが桜花を連れて逃げる事も考えられる。
(かといってカティだけ先に行かせるとか無理だし……何よりあたしが恐いし! いっそジャックだけブラックホークで2階奥に当たり付けて先行……いやダメだ、あたしひとりじゃ攻撃力と機動力は両立できない! お雪さんなら……あたしのアーカイブを使ってるワケじゃないから操作に不安が………)
早くもいっぱいいっぱいになる小心者の黒アリス。そこに、
「……ならば、やっぱり桜花ちゃんはボクが迎えに行こう」
キザな仮面をつけてない、桜花の従兄としての治郎が申し出て来た。
素で真面目な表情の美形吸血鬼に、雨音は一瞬目を奪われてしまうが。
「い、いやでもカミーラは? あのヒト、北原さんを渡そうとしないんじゃ………?」
「まぁ、やってみるよ。つまり、ボクや他の人間が吸血鬼になったのは桜花ちゃんの魔法のせいで、キミ達はその魔法をどうにかしたいワケだろう? なら、連れて来る他にも幾つか方法はあるんじゃないかな?」
妙に頼りがいのありそうな笑みを見せる治郎は、雨音の返事も待たずに車外に出てしまう。
雨音がクルマのドアを開けても、その時には既に治郎の姿は無い。
吸血鬼の往き足は速かった。
「あ………んぅ……行っちゃったか」
「う゛~~~~~~~~………!」
そして、二人のやり取りを見て、眦を吊り上げている巫女侍がひとり。
「あんな……あんな使えない吸血鬼なんかより、カティの方がお役立ちデース! オーカ(桜花)のひとりやふたり、ザックリバッサリとっ捕まえてきマース!」
唐突に、目に涙を浮かべて駄々っ子のように手を振り回す巫女侍。
「いッ!? い、いやワケ分かんないから! それにカティまで行っちゃったら恐いじゃん! あたしひとりじゃ捌き切れないっつーの!!」
「ム………」
治郎に続いてカティにまで勝手に動かれては、雨音的には最悪のパターンである。
実際にはひとりではなくジャックもお雪さんもいるのだが、雨音やカティといった魔法少女の攻撃力からすると、あくまでも支援要員といった感じ。
数は圧倒的に吸血鬼側が多いのだ。
協力しなければ各個撃破されるのは目に見ているし、雨音は自分が死ぬのもカティに死なれるのも真っ平御免なのである。
そしてカティとしても、へそ曲がりな黒アリスに頼られて悪い気はしなかった。
「もちおっけーデース! アマネはよーじんぼー(用心棒)のカティが居る限り安牌デスよ!」
「そうしてくれると嬉しいわ。それとジャック、お雪さん!」
「うん!」
「はい、雨音さま」
とりあえず巫女侍を納得させた雨音は、車内に頭を突っ込み緊急作戦会議。
事実、雨音は手詰まり立ったワケだし、治郎が行ってしまったのもこの際仕方が無い。
その上で、雨音は戦略を組み直す。
「みんな聞いて。吸血鬼の巣の中で不利な戦いをするよりはずっとマシな状況よ。治郎兄さんが北原さんを連れ出しに行った。あたし達は外からそれを支援するわ。お雪さん、RCWSで屋敷に向かって無差別攻撃。ジャック、運転とRCWSの給弾。カティ、あたしに向かってくる吸血鬼をブッ倒して。あたし達はここでキャンパー決め込むわよ。悪評上等! 数を削りまくって治郎兄さんの方を可能な限りフリーにするわ」
緊張で僅かに声を震わせ、若干何を言っているのか分からなくなりながら、黒アリスは軽装甲機動車の後部ドアを開く。
そこに詰まっている武器を、次々と引っ張り出した。
「お雪サン、久々に二刀流いくデース!」
「はい、勝左衛門さま」
巫女侍も、助手席のマスコット・アシスタントから大刀『深海』と似た刀を受け取った。
軽装甲機動車のヘッドライトに照らされた洋館からは、ドアや窓を問わずに次々と人影が這い出してくる。
「行け、吸血鬼の紳士諸君! 我らの生存を脅かす者を、団結して排除するのだ!!」
正面扉から堂々と出て来た吸血鬼は、腕を振りかざして吸血鬼達を扇動していた。
雨音はいよいよ震えが止まらない。
好きな時にジェノサイドモードのスイッチが入れられればいいのに。
「ダイジョーブ……アマネはカティが守りマース!」
逆に、カティは好戦的な笑みを深くしていた。
一方で、雨音を気遣うのも忘れない。
本当に、雨音は心底この少女の存在が頼もしかった。
「…………はじめるわ。お雪さん、攻撃開始!!」
覚悟を決めて、雨音は交戦を指示。
カティは大刀を振り上げ、雨音自身も手にした軽機関銃で、吸血鬼と洋館へ向け弾丸をバラ撒く。




