0051:辿り着きたくない場所に近づかなければならない矛盾
角ばった軍用車両は、高速でヒトの生活圏を離れていく。
市外に出る幹線道路から脇道に逸れ、道路灯も疎らな山道へ入ると、路面状況は悪く、道路の両脇には鬱蒼とした杉林が横たわっていた。
木々の間に真っ黒な水を湛えるかのような林は、そこがお伽噺の入口のように錯覚させる。
吸血鬼という本物の怪物が潜む、大団円など望めないダークファンタジーだ。
一方、数機の無人攻撃機が高度1万メートル前後を飛行し、地上に監視の目を向けていた。ジャックは運転中。操作しているのは後部座席の雨音である。
無人攻撃機で監視し、お馴染の軽装甲機動車――――――ただし武器遠隔操作システム搭載型――――――が向かう先は、吸血鬼達が溜まり場にしている山奥の洋館だ。
「それじゃ、エス治郎兄さんはカミーラが直接何をしてたとかは知らないワケね? 誰かの血を吸ったり、とか。そういうのは見てないと」
「………もう、何と呼んでもらっても構わないが……まぁそうだな。彼女には色々吸血鬼の事を教わったが、彼女自身がそういった行動を取っていたのは見た事が無い。と言っても、彼女は神出鬼没だったから、ボクの見てない所で何をしていたかは知らないがね」
軽装甲機動車車中。
道すがら、同道する事となったガッカリイケメン吸血鬼、連れ去られた北原桜花の従兄である嘉山・S・治郎から、雨音達は話を聞いていた。
カミーラとの出会いから、彼女のレクチャーによって吸血鬼としての力の使い方を覚え、相応しい立ち居振る舞いを教授される。
それまさに、悪魔の如く。カミーラが行っていたのは、治郎の背後から耳元に唇を寄せて、そっと囁くだけだった。
そして治郎は疑問を持つ事も無く、カミーラの言うがままに美女の傍へと忍び寄っては、次々と虜にしていった。
自慢にはならないが、無理矢理に牙を突き立てるような事は一度もしていない。実際には無意識にひとり――――――男性を――――――咬んでいたが。
こうして嘉山・S・治郎は、カミーラによって吸血鬼レスタトへと教育されていったのだ。
「それが目的だったから…………エス治郎兄さんは、不合格……いや、それ以前だったと」
「ボクなりに彼女の望みを叶えたいと頑張ったんだけどな……。まさか合格不合格を決めるのが桜花ちゃんだなんて、想像もしなかったけどね」
バッサリ逝く雨音の科白に、自嘲するように言うサラサラ金髪のイケメン吸血鬼が横顔に憂いを帯びる。見た目だけは100点満点の吸血鬼なのが余計に残念。
「オーカ(桜花)の従兄殿、あの女悪魔に惚れちゃったデス?」
「いやそんな事より、なんで北原さんか、って事よ」
この際、淡く消え去った治郎の恋などどうでもよろしい。どうせ数多消えていった恋の一つである。
それより問題は、何故桜花だったのか。
吸血鬼レスタトが「不合格」という事は、逆説的に、「合格」とする事こそがカミーラの目的であったと言える。
吸血鬼を造り、より質を上げる事。その合否判断を握っているのが、カミーラが口走った通り桜花だったとするならば。
「………………あかん」
「どうしたデス?」
折からの体調不良に加え、無人攻撃機の操作機器のモニターを覗き込み、難しい事を考えて脳を酷使する。
挙句、出したくない結論が出そうとなれば、クルマ酔いもしようというもの。
「アマネー……黙ってちゃだめデース。またひとりで頑張っちゃってマスか?」
「そ、んな事……ないわよ」
難しい顔で口籠る黒アリスへ、頬を膨らませた巫女侍が迫ってくる。
雨音の膝の上のジェラルミンケースはカティによって有無を言わさず脇に除けられ、コントロールアウトした無人攻撃機の一機が地面に墜落していた。
巫女侍は黒アリスの太腿を捕まえ、後部座席のドア側へと追い詰める。
「じー……」と声に出して睨みつけてくるカティに、雨音は不機嫌な顔でそっぽを向き抵抗。
しかし、今回ばかりは図星を突かれた雨音の方が形勢不利であった。
「正直に白状せんと……アマネにスゴイ事しちゃうデース!!」
「ち、ちょっと待ちなさいカティ……! あんた今ここには――――――――――――!?」
雨音の表情に嗜虐心をかき立てられたカティは、肉食獣の笑みを浮かべて雨音のミニスカートに両手を突っ込む。
カティのとんでもない行動に仰天した雨音は、ショーツを引き摺り出そうとする変態の腕を掴んで妨害し、ブーツの靴裏を巫女侍の横っ面に叩きつけて押し返そうとするが、
「キミ達は……そういう関係なのかな? いやいいんだ。可憐な乙女たちが睦み合う姿は見ていてとても――――――――――」
「――――――――――――抹殺デース!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
雨音が押し返すまでも無く、巫女侍は座席の後ろからワケ知り顔で頷く出歯亀吸血鬼へ、夜叉の形相で襲いかかっていた。
背後から巫女侍の怪力が大炸裂する音が聞こえるが、雨音は自分のショーツを直すのを優先する。
「ま、待ちたまえレディが男に跨ってそんなアビュシ――――――――――!!?」
「カティ以外にアマネのセクシーショットを見た野郎は死刑デース!!!!」
少し赤い顔で、雨音はスカートとその中身を整える。そこで、気分が少し楽になっているのに気が付いた。
意識してやっているのでもないだろうが、雨音はこんな風にカティに救われる事がよくある。
今回も言葉には出さないがカティに感謝し、後日どうお仕置きしてくれようかと、雨音は考えていた。
それにエス治郎、キミの犠牲は忘れない。
車内後方の乱闘――――――というか一方的な処刑――――――は置いといて、雨音は運転席と助手席の方に身を乗り出す。
「ジャック」
「なに? どうしたのアマネちゃん?」
運転席にはジャックが、助手席にはお雪さんが居た。
ジャックは見た目40代で体格の良い大男。お雪さんは着物を着崩し肩や胸元を出している、妖艶なお姉さんだ。
ジャックとお雪さんは、雨音とカティ、二人の魔法少女を支援するマスコット・アシスタントである。
マスコット・アシスタントの外見は、支援する対象となる能力者の持つ知識や記憶、能力との相性から決定されるらしい。ジャックのタフガイ過ぎる見た目は、恐らく雨音が変な映画を見過ぎたせいである。
お雪さんはカティのマスコット・アシスタントである為に、雨音には詳しい事は分からない。
ジャックに関しては、雨音のアーカイブ――――――知識や記憶を基礎にしたデータベースらしい――――――を参照して、雨音同様に銃器の使い方や車両やヘリ等の操縦を知る事が出来る。魔法少女を支援する為だ。
つまり、マスコット・アシスタントは対になる能力者の能力を――――――あるいは限定的に――――――使用できる。
つまり、
「……カミーラっていうあの女悪魔みたいなのは、マスコット・アシスタント。彼女は、能力者である北原さんの為に、北原さんの能力を使って吸血鬼を作り出している……。ってのはどう思う?」
現状の材料から鑑みて、あまり楽しい結論には至らなかった。
だが、カミーラの言った言葉が全て虚言でなければ、恐らくはこう言う事になるのだろう。
雨音の言葉に、車内後部で逃げ場のない吸血鬼を滅多打ちにしていた巫女侍が動きを止めた。
北原桜花の従兄の吸血鬼も、鼻血を出しながら雨音を見て眉を顰める。
「まさか……オーカ(桜花)も魔法少女デス!?」
「いや魔法少女かどうかは知らんけど………」
「でもアマネちゃんの言う通り、あのカミーラってヒトがマスコット・アシスタントなら、桜花おねえちゃんも魔法少女のコンポーネント・プリセット……『魔法少女トランスライザー』で魔法少女になった能力者って事になるよ?」
「あんた達その辺を判別出来たりはしないの?」
以前にも聞いた事があったのだが、ジャックにしてもお雪さんにしても、魔法少女のマスコット・アシスタントとして固定されると、その魔法少女の能力を超える事は出来ないらしい。
よって、他の魔法少女やマスコット・アシスタントの判別なども、その手の能力を持つ魔法少女――――――とマスコット・アシスタント――――――でなければ不可能なのだ。
「何故……桜花ちゃんが魔法少女なのだ?」
従兄のにーちゃんも頭の中で疑問符を一杯に浮かべていたが、生憎説明してくれる魔法少女並びにマスコット・アシスタントはいなかった。
雨音だって聞きたい。どうして、よりにもよって同じクラスに魔法少女が3人も湧いて出るのだ。能力者の「適性」って本当になんだろう。まさか他にもクラスの中にいるのではあるまいな。
それに、北原桜花が吸血鬼の発生に関わる魔法少女だとしても、問題がほとんど片付いてない。
「オーカ(桜花)……この世を吸血鬼の世界にしたかったデス?」
「いや……カティ、前言ってたじゃん。最初は魔法少女になったの忘れてたって。あたしも最初は引っかけられたかも、て思ったりしたけど。あれ、もしかして北原さんも今の今まで忘れてたんじゃないの?」
北原桜花はニルヴァーナ・イントレランスも特殊能力の事もすっかり忘れていたが、マスコット・アシスタントは北原桜花の望みに沿って勝手に活動していた。
桜花の反応とカミーラの言葉から雨音が推測するに、そんな所ではないかと。
「でも……確かジャックは呼ばれないと出て来られないのよね? 綺麗サッパリその辺を忘れていたとしたら、マスコット・アシスタントのカミーラが勝手に動き回っていたと言うのも……」
「アレ? でも、カティはお雪さんが来てくれたから、魔法少女の事思い出す事が出来たデスよ?」
「そうなの?」
「ボクもアマネちゃんと一緒に物理現実世界に降りて来たじゃない? 忘れたの、アマネちゃん?」
「あんな衝撃体験の後先の事なんて、冷静に覚えてられるワケないじゃろが」
それならば、マスコット・アシスタントが勝手に活動していたのも一応の説明はつく。
あるいは、特別な能力を得て混乱する能力者に、能力の事を自覚させるのが、マスコット・アシスタントの最初の仕事なのかもしれない。
だが今のところ、これらは全ては雨音の組み立てた推測に過ぎない。
実は、全ては能力者カミーラのミスリードを誘う戯言で、桜花は何か目的があって誘拐された。
本当は桜花は全てを理解した上で、カミーラを背後から動かし、雨音やカティに悟られないように暗躍していた。
いっそ、その方がどれほど気が楽か。
何を考えていたかは知らないが、吸血鬼製造能力(仮)なんて能力を願った当人が、その事を綺麗サッパリ忘れていて、生まれたてのマスコット・アシスタントが無邪気に被害を拡大させた。
――――――――――なんて、救いが無さ過ぎる。犠牲者の方々も浮かばれない――――――死者はゼロだが――――――上に、雨音の中間考査も成仏できない。
さんざん苦しんできた上でこんなオチは酷過ぎる。
「あ……アマネさん? と、とにかくオーカ(桜花)なり女悪魔の首根っことっ捕まえれば万事解決デスよ?」
「アマネちゃんもうすぐ! もうすぐ着くから!!」
プルプル震えながら固く目を閉じて涙を堪える黒アリスに、慌てた巫女侍が慰めに入った。忠実なマスコット・アシスタントもアクセルを踏み込む。
確かにカティの言う通り、嘘か真かカミーラは『出来る』と言った。
仮に出来ないと言われても、どの道雨音に選択肢などありはしないのだ。
軽装甲機動車は遂に舗装された道路を外れ、土が剥き出しの悪路に入る。そのクセ、その道の入口には朽ちた門柱の様な物が左右に立っていた。
ジャックの言う通り、目的地は近かった。無人攻撃機の映像からも、それが分かる。
「この件が終わったら……マジで『ニルヴァーナ』の方に一発喰らわせてやらにゃならんな」
一連の吸血鬼の騒動も、いよいよゴール間近。だが、もはや問題はゴールした後処理の方だろう。
その時の事を思って頭痛を再発させる雨音の前に、ヘッドライトに照らされた100年前の洋館が、ぼんやりと姿を現し始めていた。




