0050:実は自分が元凶だったとか後から分かる最悪のパターン
100年程前、第三次大戦前の最期の好景気の折、大規模な道路建設と開発事業の計画を公表前に知ったある実業家が、その計画に当て込んで当該地域の山一つを購入。
更に別荘として、広さ1万坪――――――33000㎡――――――の敷地に豪華な洋館を打ち建てた。
将来の土地の値上がりを狙っての投資に、一等地になると思われる場所に自分の土地を確保。
そんな分かり易い計画だったが、その数年後に誰もが起こり得ないと思っていた第三次世界大戦が勃発。
一部物資の流通が停止し、輸入も不安定になり、観光産業は壊滅状態。それを機に、日本の領地領海を掠め取ろうとする隣国とは緊張状態になった。
開戦当初は一時的に非常食料や地下室の建築需要などが伸びたものの、それ以降は一般消費が全く伸びずに大不況に突入。
あらゆる事業計画が凍結され、経済活動そのものが停滞。国土交通省の道路建設計画も、室盛市の拡張計画も全てが白紙に還った。
勘違いしてはならないのは、実業家=金持ち、ではないという事。
事業計画を立て、銀行から金を借り、ヒトを雇って事業を推進出来れば、誰でも実業家になれるのだ。
インサイダー情報を得ての土地への先行投資などに銀行が融資をする筈もなく、手持ちの資金だけではまるで足りず、銀行以外の所から資金を借りた挙句の、この事態。
戦争により土地価格も暴落。慌てて土地を売った所で借りた分にはまるで届かず、その実業家は何もかもを借金の形に奪われてしまった。
家、クルマ、家具、情報、そして、内臓や命までも、だ。
終戦後、山と屋敷は何人もの人の手を渡り歩いた後、市の管理物件に。
競売にかけられるも買い手が付かず、市の予算不足もあって放置され今に到る。
来歴からして幽霊くらいなら出てもおかしくない物件であるが、100年前に非業の死を遂げた実業家も、こう吸血鬼が溢れ返っているとなれば、出辛い事この上ないだろう。
◇
自分で飛ぶ、というよりは風か何かにお手玉されている感覚で、三つ編み文学少女の北原桜花は真っ暗な空を舞っていた。
耳元ではパタパタと無数の羽ばたきが聞こえ、風の音をかき消してしまう。
星は見えず、地上にも明りは無い。上も下も分からず、漆黒の宇宙を漂っているかのよう。
そんな時間がどれほど流れたのか、気付いたら桜花は悪魔の様な女、カミーラに支えられて地面を踏んでいた。
「どーよー、結構気持ち良かったっしょー? 一気にバビューン!」
「えー……?」
バビューン、と、手の平で空を切って見せる女悪魔。
挑発的な女の美貌は、この時は童女のようにあどけないものに変わっていた。
一体どうして自分が連れて来られたのか。そもそも此処は何処なのか。さっきのご主人様発言の真意は。
聞きたい事の諸々はあったのだが、桜花は有無を言わせず、建物の中に連れ込まれる。
連れ込まれると言っても、そんな乱暴にではない。さりとて、逃れられるほどの軟弱さも相手には無かった。
建物の内外に明りとなる物は全く無く、外から見ても、辛うじて輪郭が判別できる程度。
中に入ると、いよいよ微かな光すら存在しない真の暗闇。
目が慣れても何も見えない。
マイペースな桜花といえども、生まれて初めて経験する視界完全ゼロ状態では、足が竦んで動けなかった。
「あ、そっかー。桜花ちゃん、自分では見えないもんねー。どうしよっかー? ここ電気来てないしー、吸血鬼連中は明りいらないしー」
カミーラは一層強く桜花を自分の方へ抱き寄せると、一寸先も見えない闇の中を平然と歩き出してしまう。
乱暴ではないクセに、カミーラの力はやたらと強い。
全く抵抗出来ない桜花は、こうなると手近なもの――――――つまり女悪魔――――――に縋りつくしかなかった。
「あのー……あ、あたしはどうして連れて来られたのかな?」
答えを聞くのが恐いが、聞かずにいるのはもっと怖い。目隠し状態なのが、その恐怖に拍車をかける。
「あ、あたしも吸血鬼にするー……とか?」
桜花が問うと、その途端にカミーラの足が止まってしまった。
吸血鬼になるのはそれほど悪くないにしても、先ほどの雨音とカミーラの話を聞くに、どうにもそれだけとは考えられない。
自分の質問が、カミーラにとって何か良くない部分に触れたか。
沈黙に心臓は暴れ、激しい鼓動と高まる血圧が耳の奥を圧迫し。
「ちょーっとごめんねー」
「え? ぅわ!? ひゃー!!?」
つい、マイペース文学少女らしくない、素っ頓狂な声を上げてしまう。
桜花は何故かお姫様だっこされていた。そうだと分かったのは、持ち上げられてから少し経った後だったが。
「ここの階段長くってー、しかも曲がってるしー、桜花ちゃんすっ転びそうだからー、こっちの方が早いっていうかー」
言われてみると、確かに階段を上っている音と振動が感じられる。
それに、顔には何やら柔らかくて温かい重量感のあるモノが押し当てられていた。
「おぉ……スゲェ」
変身した雨音やカティもご立派な胸をお持ちだったが、この女悪魔のそれは、魔法少女二人を圧倒する。
まさに悪魔の様なワガママボディである。
悪魔的オッパイに魅了されていた桜花だったが、その間にどうやら目的地に着いたらしく、足元から静かに床へと下ろされた。
それなりに広い部屋のようで、手を伸ばしても壁などに行き当たらない。そして伸ばされた手を、カミーラが優しく絡め取った。
「さーてー、レタス君は残念だったけどー、他にも吸血鬼は沢山いるしー、ひとりくらいは桜花ちゃんの合格ラインに引っ掛かる、かもー?」
「……はえ?」
「やっぱー、サプライズプレゼントって相手の好みじゃなかった時がリスキーって言うかー。あちしなりに桜花ちゃんのオーダー通りの吸血鬼を仕立ててみたんだけどー。ま、桜花ちゃんレタス君じゃダメだって言うしー。別にいいんだけどー」
「え? どーいう事??」
桜花の手はカミーラに優しく引かれ、椅子らしき物に座らされる。
全く何も見えず、聞こえるのは女悪魔の優しい囁きのみだ。
桜花を、カミーラを最初に見た時と同じ目眩が襲っていた。カミーラが何を言っているのかさっぱり分からない、と思ったが、本当にそうだろうか。
何も見えない暗闇に、カミーラの話の内容。強く刺激される記憶の底。
ぷっつりと途切れるシナプスの領域に、もう少しで手が届きそうで、
「つーワケで、桜花ちゃんはチョットここで待っといてー。とりあえず3人ばかりー、桜花ちゃんが逢いたいって言ってた、好みのイケメン吸血鬼を引っ張ってくるからー」
その瞬間、ポンっと音を立てて桜花の記憶が蘇って来た。
「…………………………………………………………………………………………………………ヤバーい」
蘇って来て、しまった。
『ニルヴァーナ・イントレランス』、『マスコット・アシスタント』、『吸血鬼紅書』、吸血鬼に変えてしまう能力。
偶に見る荒唐無稽な夢のひとつだと思い、記憶のゴミ箱に放り込んでいたが。
見知らぬ本を扉に、迷い込んだ純白の空間。
特別な能力を与えると言う姿無き者の言葉に、桜花は何と応えていたか。
「ち、ちょ、ちょっと待ってお姉――――――――――おグハッッ!? つ、机ー!!? ウゼェー!」
遠ざかる軽い声を慌てて追いかけようとして、桜花は下腹を硬い木の台に直撃させて悶え苦しむ。
息を整え、痛みが和らいだその時には、暗闇の部屋に桜花はただひとり。
それでも、思い出してしまった以上は放っておく事も出来ず、桜花は手探り足探りで、とりあえずは部屋からの脱出を試みる。
◇
かつてはカリスマ吸血鬼のレスタトが使っていた屋敷の主の部屋。そこに主人を置いて来たマスコット・アシスタントのカミーラは、桜花が逢いたいという本物の吸血鬼を調達に向かう。
桜花がどのような意図でそんな事を言ったのか、カミーラにはどうでも良い事。
生まれたばかりのマスコット・アシスタントは、その見た目にそぐわない健気さといじらしさで、『ご主人様』の望みをかなえるべく邁進するだけであった。
そんなカミーラの前に、3人の吸血鬼が傅いて見せる。
「偉大なる主、我が主よ!」
「我が魂を捧げる。どうか我に大いなる力を与えたまえ……」
「貴女に仕える僕に、どうかご加護を……」
カミーラが目をつけていた、レスタトに代わる3人の候補。
彼等は呼び出されるまでも無く、自らの意図を以ってカミーラの前に現れていた。




