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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-03 吸血鬼は文学だけにしておくべきかと
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0049:使えない回想だった

 無数のコウモリが飛び去るのをただ見送り、状況の推移に脳が付いていかなかった雨音は、とりあえず思考停止状態のまま、


「北原兄!!」

「ボクは従兄(いとこ)だが!!?」


 吸血鬼『レスタト』こと嘉山・S・治郎の足元めがけてショットガンを発砲。

 慌てて飛び退き事無きを得たレスタトから、銃口を外さないまま雨音は(まく)し立てる。


「あの女は!? 『カミーラ』ってのはあんたの何なの!? 北原さんが『ご主人様』ってのはどういう意味!?」

「ち、ちよっと待ちたまえよ魔法少女のキミ!? 私だって何が何だか……」

「回想行くデース回想! お前どうして吸血鬼になりマシタか!? どうしてあの女悪魔に関わったかその辺の回想行くデスよ!!」


 リボルバーを突き付ける黒アリスと、介錯する勢いの巫女侍に脅されて、困惑のカリスマ吸血鬼は是非も無く回想に突入。


                        ◇


 大学進学を機に、嘉山・スコット・治郎がECヨーロピアンコミュニティー圏から父の故郷である日本の大学に留学して来たのが一昨年の秋の事。


 日本ではひとり暮らしだったが、偶然にも大学の近くに父の妹、嘉山・S・治郎から見て叔母に当たるヒトが住んでおり、食事などで週の半分くらいはお世話になっている。

 今やすっかり馴染んだものであり、北原家の面々とは気安い仲となっていた。

 元から遠慮が無いと言うか、馴れ馴れしいと言うか、治郎のキャラクターが溶け込み易いものだったという事もある。


 大学が翌日休みだったりすると、北原家に泊まるというのも、しばしばあった。

 その日も、翌日取っていた大学の講座が軒並み休講という事で、一晩北原家のお世話に。

 もはや自分の家である。

 居間のソファで(くつろ)ぎ、緑茶など(すす)り、最中(もなか)頬張(ほうば)り、足の裏にある魚の目と真剣勝負を繰り広げる。見た目は美形な青年だったが、実情を知ってからは北原さんちのお嬢さんも早々に醒めていた。


 茶が尽きると、これまたほぼ自室と化している客間へ入り、休む時間となる。

 EC圏育ちの治郎だが、畳に布団でも抵抗は無い。あまり物事を細かく考えない性質だ。

 その為に、「底が浅い」と恋人が出来る端から去っていくのだが。


 日本に来て、何度となく訪れた平穏な日常の風景。

 現状に満足しつつも、変化する事や新しい事、変わった事に抵抗が無いと言うのは、この青年の器なのかもしれない。従妹の少女に負けないほど、治郎もマイペースに人生を送っていた。


 ところが、その夜から大きな変化があった。

 午前0時過ぎ。新年度を迎えて間もない四月の頭。

 気温はそれほど低くもなく、温かい格好をしていれば過ごし(にく)さもない塩梅(あんばい)だったが、気が付くと治郎の身体は足先から徐々に冷たくなっていた。

 かと言って、寒さや気分の悪さは感じない。ただ妙に喉が渇いていたので、もしや脱水症状の(たぐい)かと思い、台所に行くつもりで(ふすま)を開けて部屋を出て、


 気が付いたら、来た事も見た事も無い高層マンションの非常階段を上っていた。


「はーやーくー、こっちこっちー」


 まるで、夢の中を歩いているかのような感覚。自分を包む、非現実感。

 治郎は何の疑問も持つ事なく、呼ばれるままに声の方へと非常階段を進んで行く。

 深夜だからというワケでもなく、マンションの屋上は通常は封鎖されている。よほどの高級マンションでない限りは、だ。

 当然、暗い屋上に人影は全く見られない。風速計の風車がカラカラと音を立てて回るだけで、ヒトの姿も、声も、ありはしない。


「…………?」


 気が付くと、口元に何かが付いていた。少し粘性があり、赤黒い液体。香ばしい錆びた匂いに、微かな塩気。ステーキのソースの様だ。

 舌を出して()め取ると、何とも言えない満たされる感覚を覚えた。


「はーいお疲れー。うん、おっけーおっけーソレっぽい感じー」


 胸に広がる香りに陶酔(とうすい)していると、階段を上っていた時に聞いたのと同じ声が、治郎の真横から聞こえてくる。

 振り返った先に居たモノを見ても、治郎は特に驚かなかった。


 緩くウェーブした長い金髪に、頭の左右から生える()じれたツノ。

 槍のように先端が尖る細い尻尾に、腰から左右に広がるコウモリの翼。

 そして、挑発的な笑みの美貌に、背徳的な造りのカラダ。


「ひとり目にしては上々じゃーん? でもこれ、男を咬んだら際限なく連鎖していく気がするけどー……ま、いっかー」


 屋上のフェンスの上に仁王立ちする悪魔の様な女の存在を、治郎は見た瞬間に自然と受け入れていた。


                        ◇


「………で?」

「え……いや、『で?』と言われても……」


 その後、治郎は自分が吸血鬼になった事を悪魔のような女、カミーラに知らされ、言われるがまま伝統的(トラディショナル)吸血鬼道を歩んで行く事になる。今流行のパンツァー道と違い、基本的に男ばかりであったが。

 しかし、今聞かされた『治郎』が『レスタト』となった話の中には、雨音が知りたかった最も大事な要点が含まれていない。


「それじゃ北原さんがどう関わってるか全然分からないじゃん! あんたが吸血鬼になった経緯とかも肝心なところが分かって無いじゃん!!」

「役に立たねー吸血鬼(ヴァンパイア)デース!!」

「そんな事言われてもだね!?」


 吸血鬼は、巫女侍の刃を素手で止めるに必死だった。

 カミーラは言った。桜花が自分の御主人様であると。

 吸血鬼レスタトは失格。何故なら、桜花の御眼鏡に適う存在ではなかったから。特別な目をかけてはいたが、所詮は他の吸血鬼と変わらなかったという事だろう。


 事の全ては、桜花が発端だったのか。ならば(くだん)のマイペース文学少女が、この件にどう関わるのか。全ての幕引きを決めるのが桜花だとはどういう事か。それとも、全ては能力者である女悪魔(カミーラ)の虚言に過ぎないのか。


 あるいは、語られた全てが事実か。


 だとすれば――――――――――。


「アマネ……オーカ(桜花)を追わんでいいデス?」

「いや……うん。エス治郎!」

「せめて『レスタト』と呼んではくれないかな!?」


 事の真相は気になるが、今はカティの言う通り、桜花を追うのが先決だった。と言うかあっさり(さら)われるなあたし、と自分に(いきどお)ってくる。

 こんな時に、失敗作と見限られた吸血鬼の事になど構っていられなかった。


「やかましい不合格吸血鬼。あのカミーラってヤツと北原さんはどこに行ったの? あんた達って隠れ家とか、そんな感じの場所はあったの?」


 雨音の問いに、かつてのカリスマ吸血鬼であるレスタトに思い当たるのは、ただ一か所。

 それは県境にある、主要な道路からも人里からも離れた、吸血鬼達の吹き溜まっている影絵の屋敷だ。


「ジャーック! 行くわよ!!」

「殴り込みデース! この世の闇にはびこ(蔓延)る吸血鬼を斬って捨てるデスよ!!」

「ま、待ってくれボクも行く!!」


 雨音は魔法の杖ガンスミス・リボルバーをエプロンポケットから引き出すと、少し離れた路面へ向けて発砲。

 爆音とともに放たれる魔法の.50S&W弾は着弾寸前で静止し、その大きさを僅か数秒で数百倍にも膨らませ、角ばった車体を形成する。その時点でジャックは、既に運転座席に着いていた。


「ジャック、あっちのカティがぶった斬った軽装甲機動車(LAV)に寄せて。カティ、それにエス治郎も付いて来るんならあっちに積んである道具をこっちの(LAV)に運び込んで」

「了解デース」

「わ、わかった……。近くで見るとスゴイな、本物の魔法は……」


 バタバタと、無人攻撃機(UCAV)操作機械コントロールパッケージや大量の火器類、お雪さんを積み替えた軽装甲機動車(LAV)は、レスタトの案内に従い吸血鬼の拠点へと急行する。


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