0048:吸血鬼系魔法少女
自分達の格好もコスプレが過ぎると思っていたが、現れた悪魔のコスプレ女は、その遥か上を行っていた。
また、格好だけではないのを、異様な登場ぶりが教えている。
重力を無視して壁を歩き、羽のように宙を舞うその女。
今度こそ事件の本命であると、疑う余地が無いように思えた。
「吸血鬼の力の使い方を教えてあげたのはー、あ、ち、し♪」
そして、見た目に反して、やたら軽かった。
「カミーラ!?」
「このヒトが――――――――――!? この……何て言うの……?」
「絵に描いたような女悪魔デース」
吸血鬼レスタトの科白に、黒アリスはリアクションに迷った。
ヒトの事は言えない魔法少女ふたりだが、黒幕登場よりも、まずその格好に度肝を抜かれる。
局部や胸の先端しか隠せていない、ヒモを組み合わせたようなボンテージファッション。手足に絡み付く鎖。
それらは『着る』というか裸体を『飾って』おり、成熟して肉感たっぷりなスタイルを、惜しげもなくさらけ出している。
そして、何かのオプションのようにくっ付いている、先が槍のように尖っている細長い尻尾に、大きなコウモリの翼。
普通の人間がやったらタダの変態だが、挑発的な美人のお姉さんがやると、これがやたら絵になる格好だった。
だが、すぐに雨音は顔やスタイルも自分達同様の擬態偽装である可能性に思い至る。正体を隠さなければ、これほど大胆な騒動を起こしたりは出来ないだろう。
「あんたが……カミーラ?」
「吸血鬼の元締めデス!?」
「えー? まー、そうかも??」
女悪魔は、雨音とカティの問いをはぐらかす。
赤く点滅する信号機で、女悪魔の姿が良く見えない。
吸血鬼の『最初のひとり』は、悪魔との契約によって成る。そんな話を聞いたのは、つい最近の事。なのに、随分昔の事のように思えた。
女悪魔の姿は、吸血鬼を生み出す母としての暗示なのか。
雨音とカティは、今度こそこの事件の根源へと辿り着いた――――――――――と、この時は思ったのだが。
「にしてもー、レタス君にはガッカリー」
「は……?」
一瞬、女の悪魔が誰を指して言っているのかと、誰もが戸惑った。つまるところ、レスタトこと嘉山・S・治郎の事だったが。
吸血鬼レスタトは、この女悪魔の見た目とキャラクターのギャップを知っていたが、それでも、今までそんな言葉をかけられた覚えが無い。
女悪魔は、常にレスタトの良き助言者だった筈だ。
少なくとも、『レタス君』などと呼ばれた覚えは一度も無い。
「か、カミーラ……??」
「桜花ちゃんが他のコンポーネントユーザーに捕まるのはチョーっとヤバめだったしー、レタス君もイイ感じに吸血鬼小慣れて来たから、お迎えがてら運命的な再会を演出してお披露目してみっかなー、て思ったんだけどー。まさか桜花ちゃん親戚NGだったなんてねー。失敗失敗ー」
それはレスタトのやらかしたミスではないと思われたが、兎も角。
この場にいる全員――――――女悪魔以外――――――の頭に、一斉に?マークが飛んでいた。
女悪魔、『カミーラ』が嘉山・S・治郎を吸血鬼『レスタト』にしたのは分かる。
レスタトはつまり、『ニルヴァーナ・イントレランス』の能力者が変身させた能力の一部、という事なのだろう。
雨音へ能力を使おうとした際の機能衝突。魔法少女への知識。『コンポーネントユーザー』という科白回しからも、『ニルヴァーナ』の能力者で無ければ知り得ない事だ。
だがどうして、カミーラはそこで北原桜花押しなのか。
「………北原さん、アレ……知り合い?」
「えーと……あ、あたしの知り合いにあんな……へ、派手なおねーさんは居なかったと思うなー……」
雨音の質問に対し、桜花は言葉を選んでいた。
自分の知り合いにあんなコスプレ痴女はいねぇ、とハッキリ言いたかったのだが、何故か先ほどから頭が混乱しているのだ。
この女悪魔を見てからだ。記憶がチグハグになったのは。
「いないよなー……?」
「北原さんに何の用か知らんけど! とにかく、あたしが訊きたいのはただ一つよ!」
とりあえず自信なさげに呟く文学少女は置いといて、雨音はショットガンとリボルバーを信号機に向かって突き付ける。
「あんたが吸血鬼の生みの親なら、全部の吸血鬼を元に戻せるの!?」
「アンサーは慎重にするのをお勧めしマース……。このお姉さんの引き金は超軽いデースねー!」
何故か横に居た巫女侍から来る攻撃に黒アリスの眉が引き攣るが、努めて雨音は冷静な貌で女悪魔を睨む。
この回答如何で全てが決まる。そう思うと、引き金にかけた指が震え。
そして、
「出来るんじゃん?」
女悪魔は、あっけらかんと雨音にそう返していた。
思わず、雨音は引き金を引きそうになるのを堪える。ゴール直前で気持ちが焦りまくっていた。
「じ……じゃ、すぐにやって!! 言っとくけど、あたしとしてはもう吸血鬼だニルヴァーナだなんてのはお腹イッパイ!! 吸血鬼になった人たち元に戻させる為なら、あたし、何でも出来る気分よ……?」
黒アリスの中で積りに積った感情は、ここに来てマグマとなって噴出し、新島を造り出さんばかり。
かつてないほど据わった雨音の凶眼に、とばっちりを喰らった巫女侍の方がブルブル震えている。
ところが、女悪魔の方はと言えば、そんな黒アリスの怒気や殺気などどこ吹く風で、あらぬ方向を眺めて言った。
「でーもー……それを決めんのはあちしじゃないっつーかー」
その瞬間、雨音は撃つつもりだった。
弾が当たっても死なないのは、雨音の魔法の最大の利点と言っても良い。物理法則無視の、最高に使い勝手の良い攻撃能力だ。
そして、『何でも出来る』と言った雨音の言葉に、ウソは無い。
吸血鬼に咬まれた被害者。餌にされた女性。生活が止まり、人生が狂った人。その負債は、秒単位で積み重なっていく。どんなに平静を装う雨音でも、それを忘れた事は無い。
それこそ、この人を食った喋り方のコスプレ悪魔女ひとり廃人にした所で、これまでの悪事のツケだと、自分を納得させられる自信があるほどに。
だが、覚悟完了の黒アリスが引き金を引く、その直前、
「決めんのはー、やっぱりあちしのご主人様の桜花ちゃんじゃね?」
雨音の思考が止まってしまった。
「……………………は?」
「オーカ(桜花)!?」
「お……桜花、ちゃん?」
「………あたしが何て?」
何故、この女悪魔はそんなに桜花押しだったのか。つい1分前の疑問が、雨音の頭の中に再び湧き上がる。
女悪魔は雨音を前に、あらぬ方向を向いて――――――――――いるワケではなかった。
信号機の赤い点滅が邪魔になって良く分からなかったが、女悪魔は登場からずっと、ある一点だけを見ていた。
北原桜花は、彼女と目が合ったから目眩を起こしたのだ。
こんな悪魔の様なコスプレ痴女と逢った事など無い。
果たして、本当にそうだったか。以前にも逢った事は無かったか。
それは例えば、自室で見覚えの無い、頁の真っ白な本を開いた直後、とかに。
「でーもー、桜花ちゃんには『ニルヴァーナ・イントレランス』もちょーっと期待してるみたいだしー」
「――――――――――は!? あ、あれぇ!!?」
「ちょ――――――――――!!?」
またも一瞬意識が飛び、気が付くと桜花は女悪魔に腰を抱かれていた。
挑発的なヒトを喰った美貌が、桜花の眠そうな顔のすぐ側に来る。
しかし、女悪魔の動きには、雨音の方も反応出来なかった。吸血鬼レスタトと同じ、一瞬消えてから別の場所に現れて見せる能力。
様々な疑問に戸惑いながらも、雨音は後ろの女悪魔へショットガンとリボルバーの銃口を向ける。
「カティ!!」
「がってんデース!!!」
雨音の叫びに、無条件にカティが飛び出した。
黒アリスがショットガンとリボルバーをぶっ放し、巫女侍が三尺を超える大刀を女悪魔に叩きつけようとする。
「レタス君がダメでもー、あと二人か三人くらいは桜花ちゃんにも良さげなのがいるー、みたいな? だからー、今度は桜花ちゃんに直で選んでもらおうかなー、って。ちょっとメンドくなって来たしー、また骨折り損はヤダしー」
「え? えぇ!? なんであた――――――――――――わっぷ!!?」
だが、弾がアタッたと思った瞬間、女悪魔は数百のコウモリと化して螺旋を描いて舞い上がり、三つ編み文学少女諸共、真っ暗な空へ消えてしまった。




