0046:最後のボスだと思ったらそんな事もなかった
兄。
血縁のある兄弟、あるいは兄妹間で、自分より年下の兄弟(兄妹)が年上の兄弟(兄妹)へ対して用る敬称。二人称の代名詞。
血縁が無い場合も、親しい男性に敬意を示す時に用いる場合がある。
つまり、軽装甲機動車から顔を覗かせている国産の三つ編み文学少女と、どう見ても日本人ではないサラサラ金髪の吸血鬼、この二人はごく近しい間柄という事になる。
◇
「『にーちゃん』トナ!!?」
「お前今『兄ちゃん』って言ったか!!?」
「え? あー……従兄のねー」
雨音としては従兄だろうがはとこだろうが孫だろうが祖父だろうがそんな事はどうでもいいのだ。
「『にーちゃん』て、古米国か東米国のヒトなんデス?」
「んにゃ、ECの方。伯父さんがあっちで美人の嫁さん捕まえてねー」
「そんな背景もいらない!! ってホントに………親戚? 北原さんの??」
呑気に話している巫女侍と文学少女を一喝するも、雨音としてもこれは少々予想外に過ぎる事態。ショットガンとリボルバーを手に、どうして良いか分からず途方に暮れる。
「……ど、どうして桜花ちゃんが?」
そして、予想外だったのは先方の吸血鬼も同じだったようで、取り澄ました表情は崩れ、涼しい笑みが引き攣っていた。二枚目が二枚目半にグレードダウン。
「ぼ、わ、私は……カミーラが迎えに行けと言われた女性を……なぜ桜花ちゃんを………!?」
吸血鬼レスタトが悪魔の様な女『カミーラ』に依頼されたのは、ある少女を誰よりも早く確保する事。
それがどのような女性か、何も目的として確保しに行くのかは聞いていない。特に疑問を持たなかったからだ。
だが、それがまさか自分の従妹だとは。
「でも、にーちゃんが吸血鬼ー? ないわー」
「んなッ!!?」
「大学どうしたの? 昼間は行けないでしょ?」
「い、いや……吸血鬼だし………」
「いやー、思ったより身内が吸血鬼ってさむいなー。じろーにーちゃん見た目だけはイケてるから、似合ってるかなー? って一瞬思ったけどそんな事はなかったぜ」
マイペースに語る文学少女の科白の途中で、巫女侍が首を傾げた。なにか初めて聞く、極めて吸血鬼らしくない名前が出て来たような気が。
「『じろー』? こいつ『レスタト』って恥ずかしい名前じゃなかったデス?」
「いや、このヒト『嘉山・スコット・治郎』にーちゃん。経世大の2年。去年から近くでひとり暮らしで、時々ウチにもご飯食べに来てる。見た目が良いから彼女はすぐ出来るんだけど、大抵は一カ月持たずにフラれちゃっててさー。変にカッコつけて中途半端だから、代々の彼女さんも大抵苦笑いで――――――――――――」
「桜花ちゃんストップ! ストーップ!!」
超音速でメッキが引っ剥がされる吸血鬼レスタト改め嘉山・S・治郎。慌てて止めようとしても手遅れだった。
「ひ、ヒドいよ桜花ちゃん営業妨害だよ!! ボク――――――――――私のキャラクターイメージがメチャクチャではないか!!」
「そんな事言ったってにーちゃん、その格好見てると家で魚の目弄ったりしてるの思い出して、正直吹くんだけど」
頭を抱えて絶叫する、嘉山・吸血鬼・治郎。そこに、カリスマ吸血鬼『レスタト』としての貫禄は無い。
そして、雨音とカティ、二人の魔法少女は状況に置いてきぼりにされていた。
黒アリスはショットガンを手持無沙汰にガシャガシャやり、巫女侍は破壊を免れた自販機に飲み物を買いに行ってしまう。
なんかもうグダグダだった。
「アマネー、どっちか飲むデスー?」
「……え? あ、ああ……アリガト」
眠そうな半眼の文学少女は、外見では分からないが今日一番の落胆をしていた。
見た目はともかく、その実態を知る吸血鬼レスタト=嘉山・S・治郎は、北原桜花の理想とする吸血鬼とは最もかけ離れた存在だったのだろう。
見た目だけはクリアしているのが、限りなく残念だった。
悪意の無い言葉の斧で無限に追い打ちをかける桜花に、のたうち回る元カリスマ吸血鬼。
蓋を開けて見れば、見た目と格好だけの、その辺に居る吸血鬼である。
北原桜花の従兄というのも最初は驚いたが、コーヒーなど飲んで落ち付いてみふと、やる事自体は変わってないのだと雨音は理解する。
「……アレ倒せば、全部解決デス?」
「うん……まぁ、多分ね。でも北原さんの身内っていうのも、説得するには好都合かも……?」
何せ相手は銃が効かない吸血鬼だ。倒すにしても万が一殺すにしても、勝率は五分、と内心ヒヤヒヤしていたのだが。
これで全てが解決するかも、と思うが実感が湧かず。しかし、元凶である能力者が全てを解決してくれるのなら、これ以上歓迎すべき事は無い。
無いのだが、どうにも雨音は、ごく普通の本性を出した吸血鬼を前に、言葉に出来ない違和感を感じ始めていた。
「あの……、治郎さん?」
「私の事はどうか『レスタト』と呼んでくれないかな! 何かな、魔法少女のキミ!?」
「てーか、よりにもよってその名前を持ってくるのはキモいよにーちゃん。自分で付けたの? まさかねー」
何となく親戚同士の会話(?)に口を挟むのが悪い気がして、遠慮しながら話しかけてみた雨音。
そこで一瞬復活しかけた吸血鬼レスタト・治郎だったが、従妹の追撃に再びアスファルトに沈んだ。
例えば、どれほどハードボイルドなタフガイも、オムツを代えてもらった相手は存在してしまうのである。
「…………手品もモンスターパニックも、面白いのはネタが割れるまで、って事かしらね?」
「カティはリボルバー握り締めてホラー見るアマネの方が、最近よっぽど怖いデース」
黒アリスは「悪かったわね」と反省を欠いたジト目でカティを睨む。
緊張感は無くなってしまったが、吸血鬼は健在で、まだこれからどうなるか分からない。今だって雨音は、リボルバーを手放していなかった。
「治郎さん……何で吸血鬼なんかになりたかったか知らないけど、もう結構な大事になってるし、そろそろ終わりにしてくれない?」
「…………ん?」
この騒動が始まってから色々あった。
変質者の様なヘンタイオヤジの吸血鬼に夜道で襲われるわ、病院では碌でもないイケメン吸血鬼と遭遇するわ、自衛隊が吸血鬼化するわ、その吸血自衛隊に殺されそうになるわ、国会議事堂と内閣は消滅するわ、吸血鬼の集団の罠にハマるわ、雨音の魔法が機能障害を起こすわ、クラスメイトに魔法少女である事がバレるわ、吸血鬼発生の主犯はそのクラスメイトの従兄だわ、と。
この際どんな終わり方でも良い。雨音が願うのは、吸血鬼なんてものが社会に蔓延する以前の生活に戻る事のみ。
魔法少女の方もどうにか出来れば最善ではあるが、流石にそこまでは求めないから。
だが、打ちのめされた残念イケメン吸血鬼は、黒アリスを見上げて「ワケが分からない」といった怪訝な顔をしていた。
「『ニルヴァーナ・イントレランス』の魔法少…………特殊能力者でしょ? 魔法少女を知ってた。それに……なんか能力者同士の禁止事項とかってのがあって、あんたが昨日あたしに何かしようとしたせいで、まだあたし頭痛いんだから! とにかく、あんたが能力者だってのは分かってる」
「何の事か分からないが――――――――――――!」
パッと、カリスマ吸血鬼の顔を取り戻したレスタトは、サラサラの金髪をかき上げながら立ち上がる。
桜花は口を三角にしながら、何やら言いたげだ。
「以前はどうあれ、今の私はただの吸血鬼だ。そして、どれほど呪われた存在であったとしても、自らこの生を終わらせるなど出来はしない。血の渇きに怯えながら……得られない命の温もりを求めて孤独に夜を――――――――――――――」
「何カッコつけてんのにーちゃん。キモッ」
吸血鬼レスタトは格好付けたそのポーズのまま、口元をヒクつかせて硬直していた。
「んで、せんちゃんとにーちゃんは何話してるの?」
軽装甲機動車を降りていた文学少女は、何となく近くに居たカティの方へ話を振る。
とりあえず身内をこき下ろしてはみたが、実のところ事態を何も把握してはいないのだ。
そこでカティも少し考える。事実の全てを話してしまうと、桜花の身内である嘉山・S・治郎がここ最近の吸血鬼事件の元凶である事も伝える事になる。その辺は、雨音に判断を仰ぎたい。
「アマネさーん……」
「………」
話が咬み合わずに、どうしようか――――――どうしてくれようか。燃やして良いか――――――と悩んでいた雨音へ、カティからお伺いが。
雨音もカティと桜花の会話を聞いており、考えた末、
「…………吸血鬼レスタト。いま世間を騒がせている吸血鬼達を作りだした最初のひとり。あたし達と同じ、『ニルヴァーナ・イントレランス』の特殊能力者よ」
「……………………へ?」
まだ状況証拠だけで断定できる段階ではなかったのだが、雨音はあえて桜花の前で断定して見せた。
見る限り、レスタトこと嘉山・S・治郎には桜花に対して肉親の情がある。
その上で、レスタトが読み通り首謀者だとして、この事態を収束させるよう促す事が出来れば、と考えていた。
能力の仕様的に、吸血鬼化が不可逆の変身だとしたら、もうこれは最悪だが。
桜花は、雨音の突き付けた事実に、どう声を発していいか分からなかった。つまり外見上はいつも通り。
「え……えぇー? せんちゃん、何言ってんの? にるヴぁーな? にーちゃんが……せんちゃん達と……?」
「でもホントの事デスよ? 吸血鬼には『最初のひとり』が居マース。それに、魔法少女の事なんて、同じ魔法少女しか知らんデス。桜花の従兄のレスタトは、アマネがそうだって知ってマシた」
カティの説明はよく分からなかったし、従兄のにーちゃんがこの騒動の原因だとはとても信じられない。
しかし、誰よりも信じられなかったは、実はこのヒトだったりする。
「………ボク? い、いや、私?」
レスタトはもはや吸血鬼というか、豆鉄砲を喰らったハトの顔であった。喰らっても擦り抜けるだろうが。
「マジで? にーちゃん………歴史に残る超犯罪者じゃん」
「い、いやいやいやいやいやいやいやいや! 待ってくれたまえよ魔法少女! これでもボクは女性以外咬んだ事はないんだがね!?」
「それがどうしたネ?」
レスタトら吸血鬼は、基本的に咬んで吸血鬼に出来るのは男性だけ。女性は血を吸っても、餌としてのみ機能する。
そんな事は知らない魔法少女達にとって、レスタトの発言は単なるスケコマシのそれに近い物であり、向けられる眼差しは絶対零度を下回っていた。
「だ、だからボクは吸血鬼なんて作った事は無いし、ボク以外の吸血鬼は誰か他の吸血鬼が咬んだ者な…………ではないかな!?」
「それじゃ、エス治郎さんは『最初のひとり』じゃないっての?」
「じゃなんでアマネの事、魔法少女なんて言ったデスか?」
「『エス治郎』って誰の事かな!? それに……魔法少女が実在すると言うのは、カミーラが教えてくれて――――――――――――――」
完全に大学生のにーちゃんに戻ってしまったレスタトこと嘉山・S・治郎。
一方雨音は、本筋と思われた『レスタトが最初のひとりで能力者』説が怪しくなり、少し混乱していた。
(……カミーラ? ホントにこのヒト、『最初のひとり』じゃ……。いや……魔法少女の事も、本当の能力者から聞いただけ、という可能性も当然ありなワケだけど)
可能性としては、
1.事実を語っている。
2.虚偽。本当は、レスタトこそが能力者で『最初のひとり』。
の、どちらか。
「…………そのカミーラって言うのは何者? エス治郎さんを吸血鬼にしたのはそいつ?」
「魔法少女のキミ……せめてその『エス治郎』というのはだね……」
「エス治郎にーちゃんは誰に咬まれたの?」
「桜花ちゃん……。いや、ボクは気が付いたら吸血鬼になっていたから、何かこう……目覚めた? 的な感じじゃないかな……と」
「エス治郎にーちゃん、厨二もそこそこにしとかないとー」
またもエス治郎のハートを鋭角で抉る、従妹の文学少女さん。魔法少女の攻撃とダブルで、もう滅多打ちだった。
可哀想に、吸血鬼のカリスマはもはや形無し。おまけに、『最初のひとり』でなければ能力者でもない。全てはエス治郎の言葉を信じるならば、だが。
引っ掛かる部分はある。例えば、能力者同士の『規定違反』等がそうだ。
しかし能力者本人でなくとも、吸血鬼の存在そのものが能力者の持つ能力の延長であると解釈すれば、全く分からない話ではない。
完全に雨音の勘だが。
そうなると、残る手掛かりはレスタトの言う『カミーラ』というその人物。
「教えてちょうだい、治郎さん。カミーラってどういうヒト? あなたとの関係は?」
「か、彼女はボクに、吸血鬼の事や魔法少女の事を――――――――――――――――」
「教えてあげたのはー、あちしだけどー?」
唐突に、見ず知らずの声がレスタトの科白を引き継いだ。
反射的に声の方に銃を向ける雨音と、大刀を引き抜くカティ。
新たに現れた人影に魔法少女達は警戒するが、三つ編みの文学少女は、その姿に妙な既視感を味わっていた。




