0044:あらゆる意味で巫女侍は逃げなかった
旬が過ぎる。
吸血鬼ブームとさえ言える熱狂を、テレビの報道やネットのニュースで感じたマイノリティー系三つ編み文学少女の北原桜花は焦っていた。
感情の起伏に薄く、マイペースな少女の本心を察する事の出来た者はいない。
のんびり吸血鬼の本ばかり読んでいたように見えて、それは内心の焦りも表していた。最後まで隣の席のクラスメイトは気が付かなかったが。
ブームは頂点に達すれば、後は冷めていく一方だ。
事実、吸血鬼の実在と実態が露呈してからは、一般市民レベルでの駆逐も進んでいる。
本物の吸血鬼に遭遇できる、これが最後のチャンスかもしれない。
危険性は理解していたが、その時の桜花は吸血鬼に心を囚われたが如く、誰もが外出を控えている中でフラフラと街に出て行ってしまう。
ヒトっ子ひとり居ない街で、桜花の存在は砂漠に咲くサボテンの花と同じ。狙いと言うか願いと言うか、確かに吸血鬼は桜花の前に現れてくれた。
現れてくれた、と思う。
口から覗く尖った牙に青ざめた肌。振って湧いたような現れ方も、人間技ではありえない。
ただし、それ以外はヘタなコスプレしたナンパ男と変わらなかった。
酷くガッカリである。
その後も出て来たのは、吸血鬼である必要も必然を感じない輩ばかり。
吸血鬼の気品も無く、特別な力も無く、漂う哀愁も孤独な空気感も何にも無くて無い無い尽くし。
吸血鬼同士で桜花の取り合いが始まるが、ひとりの女性を巡って男達が戦うと言う字面にすると美味しいシチュエイションも、その現実はドタバタとした出来の悪い喜劇の様な有様。
しかも半端で安易なエロ有りのタイプである。
仕舞には警官まで出て来て、一般市民がいるのもお構いなしに発砲するとかとんでもない事を言いだし、直後に強烈な発砲音。
強い衝撃に桜花の視界は暗転し、気が付いたら路面に転がり、キワどいショーツのミニスカエプロンドレスを着た金髪美少女と、肩やら腰やらが大きく開けられた改造巫女服の黒髪美少女を、色々丸見えな真下のアングルから見上げていた。
◇
しまったー!! と声無き魔法少女の絶叫。正体バレ、魔法少女バレ、クラスメイトバレしないように言った傍からコレである。自分達で自己紹介していれば世話ない。
まこと頭隠して尻隠さず、とはこの事。とりあえず雨音は短いスカートを抑えて尻とか前とかを隠していたが。
「んー……しょと」
三つ編み文学少女も、いつまでも固いアスファルト上に転がってはおらず、やる気の無い動作で立ち上がると、スカートやらセーターの裾を直す。加えてセーターの上から、モソモソ何かの位置を直していた。
そこで気を取り直した様子で。
「でー……トムとジェリーはどうしてそんな事に?」
「誰が仲良く喧嘩するネコとネズミか」
「おお……!? まだチョイ半信半疑だったけど、この突っ込みは間違いなくヘタレクールガールの旋崎雨音さん」
「誰がヘタレクールか」
「アマネ、いいように自白させられてるデース………」
「…………………………………………………………『アマネ』って言うなぁ」
あっさり誘導に引っ掛かり、今度は雨音が泣きそうになっていた。と言うか泣いていた。
自分の突っ込みポジションが憎い。悔しい、でも幹事長――――――――――ではなく、突っ込んじゃう。
「…………オーカ(桜花)、実はイジメっ子デス?」
「えー? ソンナコトハナイヨ?」
眠そうな半眼で首を傾げる三つ編み文学少は、何故か棒読みでイジメっ子説を否定。
欠片も信用できないカティは、スカートの裾を押さえて涙を堪えている雨音を、庇うように抱き締めていた。
「それでさー、何そのカッコ(格好)? ってどうなってんの? せんちゃんとカティは何か変な宿命を背負った変身ヒロインだったの?」
「ノー、カティとアマネは魔法少女デース」
「言わんでいいわ!!」
一番伏せておかなければならない所をナニあっさり暴露してくれているのか。
目元を赤くした雨音は、カティの口を塞いでヘッドロックをかける。
「えぁッ!!? ムグー!!!」
「……『魔法少女』。こりゃまた吸血鬼とタメ張るほどシブい所で来たなー」
「気のせいです!!」
絶望の淵に立った、と言うか落ちたヘタレ系クール少女は、絶望的状況であるからこそ強硬手段に打って出る。
「貴女が見た吸血鬼も巫女侍も黒アリスも魔法少女も全部気のせい! 真夏の夜の夢です! きっと起きたら何もかも忘れているぅ………」
「あ、アマネだめデス!! オーカ(桜花)は魔法少女でも吸血鬼でもちゃうデスよ!!?」
「大丈夫よ撃っても死なない!!!」
カティを放り出し叫ぶ雨音は、背中に担いでいたショットガンを手元に持ってくると、フォアエンドをガシャ! と引き弾を装填。
テンパった表情で、問答無用に華奢な文学少女へ銃口を向けようとする黒アリスを、巫女侍が後ろから羽交い締めにした。
「ででで電柱でゴザルーアマネ殿!! 撃つと沢山の世帯が停電ニー!!」
「無理矢理和風にボケようとするなこの娘は!!」
雨音はショットガンを振り回すが、力で圧倒的に勝るカティを振り払えずに、銃口が宙を泳ぐ。物騒極まりなかった。
一方の桜花は特に危機感も持たず、寧ろ目の前の光景に既視感すら覚える。
というかよく教室で見ている。
「てーか……こうやって見ると、中身はまんませんちゃんとカティだねー」
「カティの名は『秋山勝左衛門』デース。オーカ(桜花)の知ってるカティとチャイますデス」
「もうあんたワケが分からなくなってるわよ勝左衛門」
「ちなみに巫女侍の魔法少女デス」
「ねぇ隠す気無いの?」
もはやどう言い繕おうと、正体の否定は不可能っぽいドチクショウ。
ショットガンを杖に、黒アリスはガックリと項垂れていた。
もはや魔法少女も吸血鬼もどうでも良くなっていた雨音だったが、この少女は不幸な事に投げ出すという事を知らない。
自爆気味に正体をバラして死んだ目をしていても、吸血鬼に精神攻撃喰らって未だに体調が悪くとも、歩みを止める事は出来なかった。
「じゃ………とりあえずお嬢さんをお家に送って行こうか」
考えを整理し、自分達が吸血鬼の親玉――――――らしき個体――――――を追っていた所まで記憶を復元すると、その前に片付けねばならない問題が雨音の脳内で提起される。
これ、終わらせるのは簡単だけど解決は難しい類の問題だ。
雨音とカティの抱える、凄まじく大きくて面倒臭い問題を知ってしまった、クラスメイトのマイノリティー系文学少女。
その対処をどうしたものかと考え、またしても絶望的な気分に陥っていた雨音だったが、
「そもそもどうしてオーカ(桜花)はこんな時間に出歩いていたデス?」
「え? えーとね、吸血鬼が絶滅する前に本物を見たくって」
雨音は再度、ショットガンを取り出した。
「ま、待つデスよアマネさん!!」
「撃たないわよ。ちょっと肩当ての部分でその似非インテリの頭ぶん殴るだけだから。さすれば記憶も消えるでしょう」
「撃たれるのとどっちが良いか分からんデース!!」
ショットガンを棍棒代わりに振り上げる雨音を、カティが必死の形相で止める。
頭をへこまされそうになっている張本人にも、一応悪い事をしたという自覚はある。しかし、分かり易く明後日の方を向き、口笛など吹いていた。それで誤魔化せるとでも思っているのだろうか。
「そ、そういうせんちゃん達こそ何してるのさー。魔法少女なのは分かったけど」
「それはおそらく幻覚でしょう」
黒アリスの往生際は悪かった。
「カッコ(格好)もそうだけど背も伸びちゃってさー。オッパイとかお尻とかも大きくなってるし……。変身って魔法少女の基本だけどー、魔法少女っていう対象年齢の割には、随分エロい変身だよねー」
「コレあたしの趣味じゃないからね!!」
「カティは完ぺきに巫女侍になれましたデスネー」
マジマジと魔法少女二人を見つめる視線を遮り、雨音は軽装甲機動車の後部座席に桜花を押し込む。
雨音だって、未だにこの変身には納得していないのだ。本当にどうしてこうなってご覧の有様だよ、なのか。
「せんちゃんとカティっていつから魔法少女やってんのー? 魔法ってどんなの使える?」
「知らない方が良いわよ。まともな人生送れなくなるから」
「そういえば、カティとアマネが魔法少女になって、もうひと月くらい経ってマスネー」
「へー、割と最近なんだねー………あれ?」
桜花に次いでカティがクルマに乗り込むが、その科白に桜花の記憶の何かが引っ掛かった。何か、忘れていた事を思い出しかけたかのような感触。
桜花はその尻尾を逃がさないよう、自分の中の記憶を探ろうとするが、
「ひと月前? 魔法少じょ――――――――――――おわぁ!? 誰? どちら様ー!?」
前席のメンツを見てギョッとした拍子に、桜花は記憶の尻尾を放してしまう。特に、運転座席の方はインパクトが強過ぎた。
桜花の露骨な驚き方に、ナイーブな少年の心が若干傷つくが、生憎フォローしてくれるお姉さんは不在である。
「悪い事は言わないわ北原さん。魔法少女の事とかあたし達の事とかは忘れた方が良い。多分、吸血鬼よりヤバいわよ」
「でも面白そう……………おっと」
ファンタジー大好きな文学少女が、魔法少女という現実のネタを放っておいてくれるかといえば、その可能性は低いと言わざるを得ない。
なので、雨音は分かり易くリボルバーなんぞを取り出し、残弾を確認して見せる。
その意味を知る桜花も、それ以上魔法少女の事に首を突っ込もうとは思わなかった。とりあえずは。
「………今日はここまでね。ジャック、出して。北原さん、家どこだっけ?」
「えーとねー――――――――――――」
大人しそうな三つ編みのお姉さんを容姿でビビらせ消沈気味のジャックは、肩を落としながらも言われた通りにクルマを発進させようとし、
走り出そうとした軽装甲機動車が、突然急制動をかけ大きく揺れた。
「おわっ………!?」
「ッと……どうしたデス!?」
「あ、アマ――――――――――おねえちゃん、誰かいる!」
ジャックが発進前にサイドブレーキを確認し、正面から目を放した一瞬の間の事だ。
軽装甲機動車の進行方向、道路の真ん中には、本物の力と気品を持った吸血鬼が立ち塞がっていた。




