0043:魔法少女の歴史が(文学少女の脳内に)また一ページ
唐突な事に、珍しくレスタトはカミーラから頼まれ事をされた。
いや、「珍しく」というか、恐らく初めての事である。
その内容は、今すぐある少女を確保して欲しい、との事。
何も、獲物にしろというワケでもないらしい。
カミーラは今まで、レスタトの行動に注文をつけて来た事は一度もない。
獲物の選び方も、その後のやり様も、全てはレスタトの好きにさせていた。
吸血鬼の力の使い方と共に、カミーラがレスタトへ伝えた望みは、唯一つ。
それは、吸血鬼として、吸血鬼らしく振舞う事。
ところが今回は、従わなければ吸血鬼の力すら危うくなると言う。
恫喝とも警告とも受け取れる言葉だったが、レスタトとしてはカミーラに逆らう理由も特に見当たらない。
こうして吸血鬼達のカリスマは、悪魔の様な女を伴い、夜の街へと赴く事となる。
◇
最初の一発が吸血鬼のひとりを吹き飛ばした直後、他の吸血鬼が取る行動は二つに一つ。
即ち、獲物に固執するか、それとも逃げるか。
「ギャー出たぁぁああああああああああああ!!!」
「ま、待て! あの女どうするんだ!!?」
スーツ姿とマントの吸血鬼のひとりは逃げたが、警官と別のマントは獲物に固執する方だった。
「き、貴様!? 銃砲刀所持違反だぞ!!」
警官吸血鬼は車道に躍り出ると、角ばった大型車へ向けて警察拳銃を向ける。
しかしそれは、あまりにも無謀かつ軽率な行為としか言いようがない。
「わッッ!!?」
妙に可愛らしい素っ頓狂な声の直後に、クルマの上の大型銃器が、全然可愛くない爆音を発する。
「ぎゃぶがぎげろげろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
角ばった大型車、軽装甲機動車の銃座に着く少女は、本来臆病なのである。
その上で、12.7ミリ重機関銃の前に9ミリ拳銃で出てくるなど、殺してくれと言っている様なもの。
案の定というか、秒間10発の大口径弾の集中砲火を喰らった警官は、一瞬でズタボロのボロ雑巾にされアスファルトの上を転がるハメになった。
警官吸血鬼を見るも無残な姿にした後も、銃撃は続く。
「クソッたれぇ!!」
「ヒィイイイイイイイイイ逃げろぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「え? 何? あの女どうし―――――――――――ヴぉああああああああああああああああ!!?」
吸血鬼を追って曳光弾の光が跳ねる。街路樹を薙ぎ倒し、店のシャッターに大穴を開け、路面や壁面を木っ端微塵に打ち砕く。
止まらない激発音。銃口からの炎は止まらず、銃弾と共に夜闇を蹴散らす。
吸血鬼達は逃げまどい、強力極まりない弾膜の前に一方的に駆逐されるのを待つばかり。
と、思われたが。
「ヒャッハー!!!」
「んなッッ――――――――――!!?」
突如、軽装甲機動車の上に降ってくる、ストリートファッションの吸血鬼。少し離れた場所で、マントを着けた吸血鬼と争っていたヤツだ。
「んだよオンナじゃん! ラッキー!!」
銃撃を避けて建物の上から襲ってきた吸血鬼は、銃を撃ちまくっている少女を見るや下卑た笑いを作る。
逃げるなんてダサい真似は出来ない。逆らうヤツはブッ殺す。そんな勇気と無謀の違いも分からない輩だったが、それ故に得た絶好の機会。
「俺の物だ!! テメーも! あのオンナも!! ヤリー!!!」
勝利宣言をしたストリート系ファッションの吸血鬼は、銃座の少女の肩を掴んでクルマの中から引っ張り上げる。
そしてゼロ距離から、その少女にバカでかいリボルバーキャノンを突き付けられていた。
「あ……? なんだこ――――――――――――――」
全て言い切る前に、ストリート系吸血鬼は顎から脳天にまでをも粉々にするかのような衝撃を喰らい、悲鳴も上げずに空中高く吹き飛ばされる事となる。
◇
「アマネ、だいじょうぶデス!?」
「アマネちゃん!?」
「だだ、大丈夫よ………あービックリした」
激しく鼓動を打つ胸をリボルバーを持った手で押さえ、雨音は大きく嘆息していた。
突然至近距離に吸血鬼が降って湧いた時には死ぬかと思ったが、良くあの状況で主砲を撃てたな、あたし。
と、我が事ながら呆れる気分。
随分この魔法の杖も、雨音に馴染んで来たようだった。
「ジャック、あそこ。あの娘の横に着けて」
銃座席から車内に戻った雨音の指示で、ジャックは軽装甲機動車を吸血鬼に捕まっていた少女へ寄せる。
軽装甲機動車を降りた雨音とカティが近づいてみると、重機関銃の精密射の余波を喰らい目を回して倒れているのは、確かに知り合いのクラスメイトのようだった。
「…………きっと本ばっかり読んでニュースとか見てないデス。のーてんき過ぎマース」
「いや多分北原さんもあんたには言われたくないと思ってる」
能天気具合ではカティに勝てるのもなかなか居ないだろう。
しかし、カティの言う事にも一理ある。
普段から「ダサカッコいいイケメン吸血鬼に咬まれてみたい」とか寝言をこいてやがったが、よもや本気だったのではあるまいなこの娘。
なにか、雨音は酷く脱力させられる思いだった。
「ハァ…………さて勝左衛門」
「え? どうしていきなり巫女侍デス?」
雨音はカティやジャック、お雪さん以外がいる所では、本名は呼ばないようにしている。カティが結局名乗ってしまうので意味なかったが、流石に今回はそうもいかない。
「この娘起こして家に連れて帰るのよ。あんた本当に、今は自分の名前名乗っちゃダメよ。あたしを『アマネ』と呼ぶのも不可」
「オゥ……! らじゃデース」
「ジャックとお雪さんは辺りを警戒しといてねー」
よもや金髪ミニスカプロンドレスと黒髪改造巫女装束の二人を見て、これが雨音とカティだと認識できるとは思わないが。
だが、念には念を。
そうでなくても『ニルヴァーナ・イントレランス』の魔法少女から始まり、他の能力者やら自衛隊やら吸血鬼の集団やら碌な事態になっていないこの現状。
この上クラスメイトバレでもしようものなら、双方にとって身の破滅ともなりかねない。
何か前にもこんな気苦労をした事があったなぁ、と、雨音は巫女侍を荒んだ目で眺めていた。
そんな親友の残念な貌を前に、古米産金髪――――――今は純黒――――――娘は何やら後ろめたくなり、
「な、なんデス……? カティが何かしたデス!? お仕置きなんデス!!?」
「ほう………………………………なんかやらかした覚えがあると?」
「ノ……ノノノー!!! カティは何もしとらんデース!!!」
半泣きになった巫女侍は、ブンブン首を激しく振りながら震えていた。腰も完全に引けている。今にも漏らしそうだ。
変身して大きくなったクセに、小型犬のようにプルプルするカティの姿に、雨音は少しばかり罪悪感を感じ、
「えー……と、つまり何? そっちのエロい巫女さんがカティで、パンツ履いてるんだか履いてないんだか分からないのがせんちゃん、って事?」
足元から湧いて来た科白に雨音とカティは顔を見合わせ、
「は……?」
「ワッツ……?」
そして次に、仰向けのままの目を覚ましていたクラスメイトの北原桜花と、二人の魔法少女の目は合わせてしまっていた。




