0009:これが本当の地雷女
楽しかったが、所詮は虚構。この場限りのうたかたの夢だ。
夢から覚めてガッカリした事は何度かあるが、夢を見ている間に、それが夢だと知れて落胆するのは、なかなかに珍しい経験ではある。
「もう、ちょっと帰りたくないかも………」
最初の気勢はどこへやら。
多少大人びていてもまだまだ子供。永遠に子供でいられる夢の島から出ていくのは、並の覚悟では叶わないのだ。
あるいはその覚悟を決める事が、大人になるという事なのかもしれない。
とは言え、永遠の少年も最近お菓子のCMで大人になった。旋崎雨音の人生もここには無い。
雨音の場合は、大人になるのにもう少し時間を要するだろうが。
「それで――――――――あたしに何をしろって?」
焼き肉食わせて―――――――注文したのは雨音だが―――――――、ベガス観光より派手な射撃をやらせて、いい夢を見せるのが目的ではあるまい。
これが夢オチなら何も問題ない。朝、目が覚めていつも通りの生活に戻るだけである。
夢じゃないにしても、ここから出られないのならどうしようもない。
少々気に入らないが、どうせ雨音には「何も損が無い」という相手の言葉を信じるしかないのだ。
「さっきも言ったけど、ボクらはお姉ちゃんに何も強制はしないんだよ。ボクらは適性のある人間に贈り物を送るだけなのさ」
「それってあんた達にどんな得があるの?」
「保険みたいなモノ、って言えば良いかな? お姉ちゃんは何もしなくていいけど、何かをしてもいい。自由なんだ。ボクらは適性のあるヒト達に贈り物をして、その中の誰かが偶然目的に叶うのを願っているんだ」
「…………いくつか突っ込みどころがあるけど……いや、いいや。つまり、あたしみたいな事になってるのが、他にも何人もいるって事?」
それはまたご愁傷様な話だ、と雨音は思う一方で、漠然とした恐れ、又は尻の落ち着かない気分の悪さを感じる。
「手当たり次第に特別な能力を与えて、それって危険じゃない? こういう何でも出せるのってここだけの話じゃないの? なんかそのやり方って……目的って? 何かさせたいならこう……相手が確実にそうするって方法がありそうな気もするけど」
雨音の印象としては――――――適当かどうかはともかく――――――、なにか地雷か時限爆弾でもバラ撒くかのような印象を受けるやり口だった。
効率的ではなく、下手な鉄砲、といったやり口。
あるいは、高みの見物を決め込んでいる何者かが、火を与えられたサルの様子でも見て楽しもうというのか。
それとも、本当に地雷のように、バラ撒いて何かが引っ掛かるのを期待するのか。
その辺りは最低限確認せねばと雨音は思ったが。
ちなみに、雨音は地雷が好きではないが、残念な事に拠点防御としては有効なやり口だと思っている。
自分の趣味同様に外では言えない。
『先ほどの質問にお答えします』
その、高みの見物をしている疑惑の相手は、雨音の疑問に答えてくれるという。
『貴女以外に適性を持つ方にも同様の提案を行っています。そのほとんどは速やかに能力を受領しています。貴女ほどの抵抗を見せた方は数名です。貴女方人間の存在する領域では、確かにこの領域ほどの全能性に富んだ事象操作の行使は不可能です。ですが、適性のある人間に限り、干渉用コンポーネントを用い通常物理領域への事象波動に干渉、能力としてプリセットされた限定的な事象を引き起こす事が可能となります。また、当プログラムでは物理干渉能力、事象干渉能力者を一定数存在させる事が目的であり、それ以外に目的は設定されておりません』
「…………」
つまりこのワケが分からない仮想空間みたいな場所以外、それこそ現実の世界でも特別な力が、本当に振るえるという事だ。
そんな人間が自分以外にも複数。
雨音の頭に、いつぞや聞いた『ゲーム理論』という言葉が過る。
可能性としては低いだろうが、ヤバイ性格の特別な能力者とうっかり鉢合わせる、あるいは襲われるとかいう事態になったら、能力的に丸腰だと死ぬかも。
そんな事を考えさせる、あるいはそれこそが、この『ニルヴァーナ・イントレランス』とやらの狙いなのかも。
と思うのは、穿って考え過ぎなのだろうか。
性格のヤバさで雨音がどうとか言ってはならないが。
「それじゃ……例えばよ……? 例えば護身用とか言って自由に銃を作ったり出来るとする。その場合、体力とか生命力とか魂とか寿命とかこうMP的なものが減ったりするの?」
「その例えについては特に何も言わないけど、ボクらがお姉ちゃんにあげるのは、元からお姉ちゃん達のように特異な認識能力と物理情報へ干渉する適性を持つ人間専用の、一種の道具のようなモノなんだ。言うなれば、元から有るお姉ちゃんの力を使うワケだから、アドバンスド・コンポーネントで生命力とかを使い切って死ぬような事はないと思うよ」
微妙に引っ掛かる物言いだったが、言い方を変えると、それって自己責任という事ではないだろうか。
某四肢切断SFゲームを例えに出すまでも無く、道具も使い様で凶器になる。
また使う側も、使い方を誤れば自分を傷つける事になるだろう。
それらを総合的に考え、現実の世界で特別な力が使えると仮定しよう。
「でも……やっぱり使い所が無い気も………」
ここまで来て、これである。
慌てるのは、ここまで接待を続けてきた営業担当。
「ま、まぁ必要ないなら使わなければいいだけの話だよ」
「毎日焼き肉じゃ飽きるだろうし……」
「そっち!? え? 銃とかライフルとか楽しそうだったじゃない!!?」
「日本には銃刀法違反とかあってね。それに日常で銃使う場面なんて無いって。モデルガンで十分」
『選択されるエレメンタル・コンポーネントの特性によっては、視覚情報、あるいは概念情報におけるステルス性能の獲得が可能となります』
「そんなの犯罪以外に使い道が思い付かねーです」
あえて本人には言わないが、雨音の持つ変わった趣味は、ニルヴァーナ・イントレランスのプログラムにとって好都合だった。
潜在的能力者としては、是非確保しておきたい所。
二つ目の人格のような例の気性も、攻撃性という意味では申し分なかった。
それがどう振るわれるかまでは、彼等は感知しないが。
「お姉ちゃんだっていつでもどこでも誰にも怒られずに銃を撃ちたいでしょ?」
「ヒトをアブノーマルトリガーハッピーみたいに言うな。あたしは銃が好きなだけの普通な女の子です」
『個人の嗜好は本来千差万別なもので、「普通」と定義されるものは存在しないものと思われます』
「何それもしかしてフォローしてる? 要らんわい」
と、この期に及んでダダをこねて見せる狡すっからい少女だが、未だ姿なき二人分の声の提案を、この直後に受け入れる事となる。
所詮はこの場において自分はアウェイの身。結局は何ひとつ確かな事はない。
故に、半分くらいは夢オチであるのを期待し、自身の安全の為にも、その贈り物とやらを貰ってみようという気になってはいた。
さりとて、あっさり受け入れてしまうのにも抵抗があるのも事実。
売り手側としては、辛い客であった。




