0042:少女はひとりだがボールは二つあった
重量のある車体に似合わぬ軽快な挙動で、軽装甲機動車は現場に到着する。
そこで雨音とカティは、ひとりの女性を吸血鬼達がアメフトのボールの如く奪い合う現場を目撃したのだが、
「………あれ、オーカ(桜花)デス?」
「……………かなぁ?」
二人揃って、見た事のある少女の顔に首を傾げていた。
どうもその女性、と言うか少女は、雨音とカティのクラスメイトの、三つ編みの文学少女であるらしい。
◇
軽装甲機動車の真横を進行方向とは逆に、スーツ姿の男が少女を抱えて全力疾走していた。
「待てコラァ!!」
「お、俺達のだぞ返せぇ!!」
スーツ姿の後方からは、普通のワイシャツにマント姿の吸血鬼と、ストリートファッションの吸血鬼が追いかける。吸血鬼だけあって、クルマが走るのと同程度には早かった。
「っらふざけんなクソオヤジ!! 女返せや!!」
「そのヒトは俺達が捕まえたんだぞォ!!」
「づッ………!?」
抱えていた獲物の分重かったのか、それとも地力のせいか。スーツ姿の吸血鬼に追い付いたストリート系は、背中から相手を羽交い締めにし、マントの吸血鬼が獲物の少女の方へ飛び付く。
「は、放したまえよ! こういうのは早い者勝ちだろう!!」
「うっせバカ!」
背中越しに掴み合いになるストリート系とスーツ姿。
そして、マント姿の吸血鬼は、三つ編みの文学少女の腰に抱きついていた。
「ち、ちょっとー!? そ、それはセクハラじゃないの!!?」
普段はクラス内でも感情の起伏に薄い文学少女であるが、スカートの上から尻に顔を押し付けられ、この時ばかりは気色ばんでいた。
「ッぁああ!!」
「ウエッッ!?」
マントの吸血鬼は、スーツとストリート系が争っている間に三つ編み文学少女を引っこ抜く事に成功するや、すぐさま反対方向へと猛ダッシュ。
「おいテメーふざけんな!!」
「こ、コラお前返せ!!!」
少し遅れ、ストリート系とスーツ姿が獲物を取られたのに気が付き、マント姿を追撃。
「ね、ねぇちょ! ちちちちょっと待ってよー!」
無理矢理引っこ抜かれた拍子に、セーターがブラ諸共に捲れ上がり、生の下乳が見えてしまっている三つ編み文学少女は、荷物のように運ばれながらもセーターだけは直そうともがいていた。
マントの吸血鬼の方は、獲物を奪い返されまいと必死で、気付いていなかったが。
身体能力ではストリート系に分があるのか、マントの吸血鬼は間もなく差を詰められる。
ストリート系吸血鬼は翻るマントに手を伸ばし、鋭い爪が引っ掛かるや否や、全力で自分の方へと引っ張り込み、
「ほら返せよ!!」
その時には、三つ編み文学少女はワイシャツにマントの吸血鬼の手を離れていた。
一瞬、呆気に取られたストリート系吸血鬼だったが、すぐに獲物の居場所を求めて視線を走らせる。
すると、手を離れた獲物の姿は、すぐに発見出来た。
「ふざけた事してんじゃねーぞ!!」
獲物は、マント姿の吸血鬼の仲間に渡っていた。
ワイシャツ姿のと同じマントだが、こっちは上着が普通のトレーナーという吸血鬼が、車線を跨いだ歩道の方で、少女を抱えて走っている。
振り回されるストリート系吸血鬼は更に激昂し、我武者羅に獲物を追おうとするが、そこでワイシャツマントの吸血鬼が掴みかかり妨害した。
ストリート系もスーツも、所詮はひとりの吸血鬼だ。しかし、マントの吸血鬼は3人で一組。数の上では有利、と思われた。
しかし、
「止まれ!」
脇道から飛び出し立ちはだかったのは、警官の制服を着て銃を構える吸血鬼だった。
普通の銃などで吸血鬼は殺せないが、元人間として恐怖を感じて立ち止まってしまったのは、仕方が無い事ではある。
「警察だ! その女を渡せ!」
「け、警察だぁ!? ふざけんなお前も俺達と同じだろうが!!」
「うるさい! 渡さないならば、お前を撃ってから連れて行っても良いんだぞ!!!」
警官吸血鬼が、握り締めた銃の撃鉄を下ろす。
撃つ方も撃たれる方も吸血鬼だが、今は大事な食料が一緒だ。うっかり流れ弾でもアテて、無駄に血を流させたりしたくないのは、マントの方も警官も同じだった。
「ほら降ろせ!! お前は消えろ!!」
「ッく…………!!」
マントの仲間はストリート系を相手に動けず、すぐにスーツの吸血鬼も追い付いてくる。
何が何でも持ち帰らねばならない獲物を絶対に手放せないが、マントの吸血鬼にはこの場を切り抜ける方法が思い付かない。
いっそ、運悪く弾が三つ編み文学少女に当たらない事を祈り、強引に逃げだすか。
そんな事を考えたが。
「3秒以内に降ろさなければ撃つ! その女に弾が当たってもお前のせいだ!」
吸血鬼になったとはいえ、もう警官の物言いではなかった。
「1!」
マントの吸血鬼は逃げるタイミングを失った。
自分が撃たれれば、どの道獲物を抱えたまま逃げ切るのは難しくなる。
「お、女に当たったらどうするんだよ!?」
「そこから血を吸う! お前はハチの巣にしてやる、2!!」
銃の引き金には、指が掛かっていた。
たかが4~5発で「ハチの巣」でもないだろうが、死なないにしてもダメージは受ける。回復するまで、力が衰えるのは否めない。
それに、吸血鬼といえども地力の差というものは存在する。警官が、一般人より弱いというのは、まずあり得ないだろう。獲物を降ろして戦ったとしても、勝てるかは微妙。
「な、なぁこの女分け合わないか? 最初に吸わしてやるから、俺達は生かしてこの女を―――――――――――――」
「これが最後だ、3――――――――――――――――!!!」
結局はどちらも譲らず、マントの吸血鬼は獲物を放さず、警官は三つ編みの文学少女が被弾しても止む無しとして、引き金を絞る。
その直前、
ガシャコ、という何かの動作音が、吸血鬼達の耳に届いてきた。
それまで争い、喧々諤々とやって来た吸血鬼達の目が、その一点に集まる。
音の源。吸血鬼達の視線の先には、一台の角ばったクルマがあった。
それに、クルマの天井にはヒトの身長ほどもある大型火器と、たった今その銃器に12.7ミリ弾を装填した、金髪にミニスカエプロンドレスの魔法少女の姿も。
軽装甲機動車と、上部銃座兵装であるM2キャリバー、12.7ミリ重機関銃。
射手である魔法少女は銃座を回転させ、照準を目標に合わせて、
ドンッッ!!! と、無造作に一発発射。
M2キャリバーは、重機関銃でありながら狙撃に用いられるほど弾道特性に優れている。
爆音とともにマズルファイアの中から放たれた12.7ミリ弾は、あまりに急な展開で身動きできない吸血鬼達の間を突き抜け、
「あびょッッッ――――――――――――!!!!」
「わひゃぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!??」
三つ編み文学少女を抱えていたマントの吸血鬼の、横っ面から頭部を正確に撃ち抜いていた。




