0041:デキる! 吸血鬼講座ナンパ編
吸血鬼を追い詰め、巣に逃げ込むか仲間と合流するのを狙った作戦。
雨音の反則的な監視能力があるとはいえ、目星を付けた吸血鬼が狙い通りの行動を取ってくれるかは、完全に運任せだった。
ところが、事実を言ってしまうと、最初に目を付けた分かり易いマントの吸血鬼は大当たり。ある吸血鬼の舎弟を自称する、集団の吸血鬼の一員である。
黒く塗られた夜間ステルス仕様の無人攻撃機で、そのまま追尾を続ければ、見事「影絵の屋敷」の所在を突き止める事が出来る、筈だった。
そんな確定した未来も、別ルートに入ってしまえば無かった事と同じである。
◇
某国に入ると、空港に降りた時点で既に名産品の辛い漬物の香りがすると言われる。実際に行ってみたならば、そんな事もなかったが。
しかし今の日本国内には、確実にニンニクの香りが充満していた。
たった4日で、吸血鬼には生き辛い世の中になっただろう。そう思うと、雨音には笑いが込み上げそうになる。
とはいえそれも、今日までの時点でどれほどの吸血鬼が世の中に潜んでいたか、という事である。
男性であれば老若問わず、社会のあらゆる場面に吸血鬼が浸透していたのだから、大変な潜在的脅威なのだと人々が気が付いたのが、遅すぎたくらいだ。
中央に代わり神奈川県知事が音頭を取ってニンニクの緊急輸入措置を決定し、仏教学校までもが神父を学校に招聘する。
本年度を代表するファッションは、どうやら銀の十字架に決まったようだ。
来年度はミッション系学校への受験倍率がスゴイ事になるだろう。
そんなご時世であるからして、吸血鬼の獲物となる人間は極端に減る。
病院に入院している保存食の彼女達にも、咬み痕が確認され次第厳重な警護措置が取られるようになっていた。ニンニクとかニンニクとかニンニクとか。
誰もが吸血鬼を信じ、それに備え、本来弱点だらけの吸血鬼は獲物を探すに苦慮するようになった。
家に引き籠って生餌で凌いでいた吸血鬼も、家族の安否確認やご近所の監視の目から、ニンニクや銀の消臭スプレー、聖書の文言攻撃であぶり出される場合が増えて来ている。
もはや無防備に外をウロウロするような人間もいまい。
餌は減り、吸血鬼達は逃げ場を無くし、事件は終わりに向かっている。
何となく、そう思っていた雨音だったが。
「雨音さま、本命とは違う吸血鬼の方ですが、どうやら獲物を見つけたようです。人間らしき熱反応を追いかけているようでございますが………」
「オゥ……このパターンは考えてなかったデスね」
「あっちゃー………しまったなぁ」
お雪さんの寄越す報告に、ミニスカエプロンドレスの金髪美少女が、冷却ジェルのシートが張り付く額を抑えていた。
候補を3~4個体見繕って動向を観察するつもりだったが、言われてみれば、吸血鬼が狩りに勤しむ可能性は低くない。
エプロンドレスの雨音は後部座席後ろのスペースから、無人攻撃機の操作装置を引っ張り出す。
ジェラルミンのカバーを開け操作端末番号を入力すると、吸血鬼を追尾する上空からの映像を見る事が出来た。
「これ……団体?」
「いえ、見たところ、ひとりの人間を偶々複数の吸血鬼が追いかけていたようでございますね」
雨音が見ている映像には、ひとつの熱源に進行方向後ろから接近する、複数の移動物体が映っている。
いずれにも熱反応が無いことから、吸血鬼に違いなかった。
別の無人攻撃機の映像からは、一目散に市街地を離れようとしている吸血鬼の動きが見られる。
出来ればこっちが、どこへ辿り着くのかを確認したかったが。
「ほっとくワケにもいかないか………。まさかひとり目から大当たりするとも思えないしね」
「コイツら邪魔してくれたお礼にシルバーのネックレスプレゼントしてやるデース。にしても、こんな時にフラフラ出歩いているのはどこのバカデスかね?」
雨音の背にくっ付いて、後ろから画面を見ていた巫女侍のカティが呆れたように言う。
概ね雨音も同意見だったが、その「バカ」が、よもや知り合いとは夢にも思わない。
◇
吸血鬼は『集団』以外は勝手気ままな個人でしかない。
吸血鬼になり、望む望まざるに関わらず社会から外れ、ある者は吸血鬼としての生活を愉しみ、ある者は葛藤しながら喉の渇きに苦しみ獲物を求める。
そんな吸血鬼も色々で、ひとりの獲物を大事に抱え込む者、スナック感覚で吸い歩く者、人の良さから知り合いの吸血鬼と分け合う者、といるが、最後のは非常に稀有な例であり、概ね吸血鬼は獲物をひとり占めする傾向が強い。
これは人間の頃から変わらない根性だとは思われるが。
前述の通り、吸血鬼達の狩り――――――あるいは食事――――――の事情は急速に悪化していた。
増えすぎた吸血鬼は大量に捕まり、行政は仮にこれを『吸血病罹患患者』として拘留施設を仕立てて閉じ込めているが、それにしても未だに多くの吸血鬼が夜闇に蠢いている。
こんな状況で個々人の吸血鬼が、数少ない獲物を追っているうちに出喰わしてしまった場合、何が起こるかというと。
「………何? 何か用?」
「そっちこそ何してんの? あの女、俺が先に見つけたんだけど」
「はぁ!? バカ何言ってんだよ。あの女は俺が見つけたんだから当然俺のもんだろ。消えろよ」
「あ? テメーこそその辺のオヤジかブスでも捕まえてろよ。殺すぞ」
人間だった頃から血の気が多かったらしいストリート系吸血鬼の二人が、胸倉を掴み合ってメンチを切っていた。
そして、そんな事は知らないとばかりに、二人のストリート系の脇をスーツ姿の男が速足で歩いていく。
ひとつ隣の小さな通りからは、あろうことか警官の制服を身に付けた吸血鬼が獲物の女性を追っていた。
しかし、獲物の行方を遮ったのは、ストリート系でもスーツ姿でも警官でもない。
「お嬢さん、こんな時間に一人歩きは危ないですよ?」
「そうそう、最近は物騒だというし」
「吸血鬼だって、まさかねー。そんなものいるワケないのにね?」
狼の群れに迷い込んだ女性の前に立ち塞がるのは、3人のマントを着けた吸血鬼だった。
「えー………?」
一般的なトレーナーやジャケットの上に、黒いマント。
そんな姿の3人を見て、獲物扱いの女性は眉を顰めて不満げな声を上げる。
何故か、あまり恐怖の色などは無かった。
「キミ、今から帰り? ご飯食べに行かない?」
「奢ってあげるから、俺達と来てよ」
「イヤだって言っても来てもらうけどねー。残念でした」
女性を取り囲むようにして、ひとりは背後から肩を押さえる。
ここで血を吸う気は無い。『集団』に属する彼等は、この上等な食料を住処まで持っていくように命令されていた。
その前に、つまみ食いくらいはするつもりだが。
例え吸血鬼でなくとも、このように大の男に囲まれれば、普通の女性なら恐怖に青ざめるところ。
この吸血鬼達も、そして吸血鬼でなくとも、ヒトは他人を脅かすのに密かな喜びを見出すものだ。
彼等も、そんな女性の反応を期待していた。
しかし、
「えーと……不合格?」
女性から出て来たのは、悲鳴でも許しを乞う科白でもなく、何やら残念な響きを含んだ一言。
「………は?」
「……え? なに?」
思わず、吸血鬼達も素になって訊き返す。
女性の方は吸血鬼達から一歩距離を開け、改めて上から下まで眺めると、半眼で溜息をついて言った。
「……あんた達のその格好ってさー、ダサカッコイイじゃなくて単に『ダサい』だけなんだよねー。何そのマント、どこに売ってるの? それにさー、その女の子を誘おうっていう言い方もさー、それじゃただのナンパじゃん。しかも成功しないナンパじゃん。難破してんじゃん。あんた達人間だった頃からそんなナンパの仕方してたの? 一回でも成功した?」
「え……? どういう事?」
「俺らなんかダメ出しされてる?」
ナンパなんか一回も成功した事がない。
合コンで出来た彼女とも、吸血鬼になる前に別れてしまった。
そんな感じの記憶が、3人に共通して思い起こされる。
そして3人の吸血鬼にお構いなしに、女性のダメ出しは続いていた。
「何て言うか違う……違うよ君達ー。もっとこー……例えばだね、廃業したレトロな映画館から微かに音が聞こえてくる。そこは『ローマの休日』とか、まぁその辺の良さげなのを流してだね、その音で女の子の興味を誘ってだ、入って行った映画館には誰一人いないと思ったら、突然女の子は声をかけられる。はーい、なんて声をかける?」
「え?」
「え? 映画館で……ナンパ?」
「ひ、ひとり? 一緒に見ない?」
「はいダメー」
ダメー、と罪を絶対に許さないよ的な感じで腕をクロスさせる女性。
この言い方じゃダメなのか、と吸血鬼達は素直に反省した。
「例えばだねー、『こんばんわ』でも『この映画を見た事は?』でも何でもいい、とにかく声をかけられ周囲に誰か居るのかと女の子は辺りを見回す。でも、座席には人っ子一人いなくて、頭の上では埃の筋を作りながら映写機の光が放たれているのだよ。その場面でもう一度、女の子は声をかけられる――――――――」
『本物のオードリーは映画以上に美しかった。そして、彼等は結ばれなかったからこそ、今なおその愛を繋いでいるのだと、私はそんな風に思ってしまうんだよ』
「――――――――ちょっと捻りが足りんかったか…………まぁともかく、声の方を振り返ると、いつの間にか座席の中央には誰かが座っている。独り言の様でいて、確かに語りかけてくる科白。ワケが分からんけどなんかロマンチック的な科白を吐く吸血鬼が気になって、それが切っ掛けで、女の子は自分から……色々あって吸血鬼に近づいて行ってしまうんだよ。そのくらい遠回しでワザとらしい演出が出来んのか吸血鬼のクセにー」
「えー、マジッすか………」
「そういうのが良いの? そういうのが受けるの??」
「さっきのセリフ、前後で繋がって無くない?」
そこは本物の女優を知っていながらあえて触れずに見送り過ぎ去って行った彼女を未だに想う吸血鬼の心情を読み取らんかいこのばかちんがー、と怒られた吸血鬼は感心していた。
女は演出や形式にこだわる生き物。
それを知識として知ってはいたが、こうやって具体的に語られると吸血鬼として、男として学ぶべきところが多い。
もう一度素直に感心したマントの吸血鬼達は、自分達が何をしに来たのかも半分忘れて女性の言う事に聞き入り、
「お前らナニ手ぇ出してんだ殺すぞボケぇ!!」
「そいつは先に俺が目ぇ付けたんだ消えろオラァ!!」
チンピラの様なストリート系吸血鬼二人に襲われ、それどころでは無いのを思い出した。




