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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-03 吸血鬼は文学だけにしておくべきかと
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0040:女も悪魔も大差ないとか言ってはならない

 彼等は、特に組織だった集団ではなかった。

 吸血鬼としての力を振るい、個としての自由を謳歌(おうか)する者がいる一方で、寄り集まる者達もいる。

 ヒトは一人では生きられない。その頸木(くびき)から解放されたという錯覚(・・)に酔う者がいえれば、吸血鬼になっても相変わらず孤独に耐えられない者がいる。

 いずれにせよ能力で感染した人間に過ぎず、およそ吸血鬼の真の孤独を理解し得る者など、唯のひとりだっていやしなかったのだろう。


「なんだよあんなの聞いてねーよ……チートじゃん」

「いや、レスタトさんは良いとこまで行ってただろう。何したのか知らないけど」


 相変わらず影絵のように真っ暗な屋敷の中では、(ささや)くように声を殺した会話が、そこかしこで行われている。


「実際なんなのアレ? 手品みたいに銃とか出したり、カタナでビル崩したり、吸血鬼よりバケモノ臭いんですけど」

「でもレスタトは後一歩って感じだったな」

「アレさ、催眠術で殺したりって出来るワケ? いや、自殺を命令するとかじゃなくて、直接脳を焼き切る的な?」

「死んだのかな………あのメイドみたいな格好の方」

「あの後どうなったって?」


 吸血鬼達の間には、動揺が広がっていた。

 何者であろうと、我ら『ブラッド・アライアンス』の脅威となるものを排除するべし。

 この集団の2番手か3番手くらいと思われる吸血鬼の号令のもと、基本自由参加で吸血鬼狩人(ヴァンパイアハンター)――――――と思われた雨音とカティ――――――を、どうにかしに――――――殺すとははっきり言えなかった――――――行った吸血鬼達だったが、結果はどうにも中途半端なものに終わった。

 同胞には多くの負傷者を出し、えらい目に()った、と密かに集団を離脱した者も多い。

 普段は群れる事の無いレスタトが珍しく参加していなければ、結果はもっと残念な事になっていただろう。

 結果、謎の吸血鬼狩人(ヴァンパイアハンター)の美少女二人の恐ろしさが明確になっただけで、その後の生死や動向がまるで分かっていないという。

 吸血鬼達が落ち着きを欠くのも、仕方のない事だった。


「そもそも何なの、あの『ブラッド・アライアンス』って。どこかのRPGのシリーズ名かと思った」

「知らん。ジョセフさんがなんか定着させようとしてるっぽい」

「本人どうしたの?」

「なんか俺らの連携が悪かったってひとりでキレてた」

「なに、リーダー気取り? ウゼェ。他所でやれって感じ」

「ここってリーダーとか誰? いるの? てかこの家だれの家?」

「知らね。やっぱりレスタトさんじゃね?」

「勝手にたまってるんじゃないの?」


 元々、何となく寄り集まった集団である。何につけても、明確な決まり事があるワケではない。

 ただ、『レスタト』という力のあるカリスマ吸血鬼に取り巻きが生まれ、声の大きな者が虎の威を借り周囲を先導するという。

 ここでも相変わらず、人間社会と同じ構図が生まれていた。


「でもやっぱレスタトさんツエーな。本物の吸血鬼だっていうの、ちょっと疑ってたんだけど」

「強いヒトに咬まれると、やっぱり強い吸血鬼になるんだって。俺レスタトに咬まれたかったよ……」

「でもレスタトさんも咬まれたんでしょ? 誰が咬んだの?」

「そりゃ……やっぱりあのお姉さんじゃないの? 何でここに居るのかって言われたら、他に理由とか思い付かないし」

「女なのに?」

「特別なんじゃない?」


 レスタトに関してこんな会話は、今までに幾度となく交わされて来ていた。

 にわか吸血鬼ばかりの中で、ひとりだけ吸血鬼の優雅さを体現しているカリスマ吸血鬼。

 そして何故かその(かたわ)らに、謎の美女が寄り添う姿が幾度となく見られている。

 あまりにも自然にそこに存在し、あまりにも神出鬼没な為、誰も彼女が何者かを問い質せずにいた。

 レスタトや誰か他の吸血鬼に咬まれた女性、という事は考え辛い。

 今までも何人かは、自分の咬んだ女性に対して、自分の理想通りの振舞い

を押し付けようとした。

 だが、ほぼ例外なく失敗している。

 成功したというのは、元から人形の様な女性を望んでいた吸血鬼だけだ。


 レスタトの傍らに立つ美女は、美しさもさる事ながらミステリアスであり、口を開いた所を誰も見た事が無く、そして人形ではありえない微かな笑みを(たた)えていた。

 吸血鬼の群れの中でも臆する様子は欠片も無く、まるで存在していないかのように振舞う。

 超然としたその姿には、吸血鬼達は牙を剥くのも忘れてしまうのだ。

 どう考えても、普通の人間なワケがなかった。

 そして、吸血鬼達は女の吸血鬼を作る事が出来ない。


「悪魔かも………」

「は……?」

「はぁ……?」


 会話の輪の中のひとり。吸血鬼化する前から青白い顔をしていた男が、(つぶや)くように言う。

 『悪魔』なんてモノがいる筈ない。

 誰もがそう言いかけるが、フと我が身を(かえり)みれば吸血鬼だ。胡散臭(うさんくさ)げな相槌(あいづち)は返せても、そこを否定する明確な科白(セリフ)は出て来なかった。


「だって、最初に吸血鬼になったヤツは誰が咬むんだよ? 咬まれる以外に吸血鬼になるには、魔術で魂を不死にするか、悪魔を呼び出し契約してなるんだ………。そういったヤツは『真祖』と言われて、自分の造り出す吸血鬼の王になるんだぜ。……俺も研究してたのに……………」


 悔しそうに爪を噛む青白い吸血鬼。

 そして沈黙し、顔を見合わせて誰かの姿を思い出す吸血鬼達。

 以前ならばそんなオカルトは適当に聞き流して本気にしなかっただろうが、繰り返すが今は自分の存在こそがオカルトなのだ。

 それに、『悪魔』という響きの言葉に、あの女の姿は馴染み過ぎていた。


                         ◇


「カミーラ……キミはボクに何を望む?」


 屋敷の地下室に、レスタトと悪魔の様な女は居た。

 (ひつぎ)に腰掛け、額を押さえて苦悩を見せる美貌の吸血鬼の前では、理性を奪われた哀れな二人の犠牲者が、素手で何か(・・)を貪り食っている。

 悪魔の様な女は、レスタトの背後からその有様を眺め、珍しく眉を(ひそ)めていた。


「ボクはキミに『吸血鬼としてあるべし』、と言った。そして、他に何も求めなかった。闇から現れ、闇に消えるキミ……。悪魔のように、吸血鬼とは何か(・・・・・・・)(ささや)くキミ……。キミの事は、今まであえて問わなかった」

「……………」


 全身を赤黒い粘液で汚し、ひたすら肉を食い千切る二人の女性。

 獣に還った美女二人を、レスタトは悲しげに見つめる。


「これは……茶番なのかな? 全部キミの筋書きか? ボクらは所詮、可憐な乙女に狩られるだけの怪物に過ぎないと?」

「……………」


 何も語らない悪魔の様な女は、レスタトの肩を労うように撫でる。


「………どうしてボクを吸血鬼にした?」


 レスタトは肩に置かれた手に自らの手を重ね、血の通わない冷たい自らの手に、女の体温を感じていた。


                        ◇


 そして、その地下室前の廊下では、


「……………………聞いた、今の?」

「本物か……………スゲェな」

「やっぱり……いや分かってたけどね。実は全部あの女の仕切りだって」


 伝統的な貴族の礼服に、黒いマントの3人の吸血鬼が額を突き合わせていた。


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