0037:夢見る(魔法)少女じゃいられない
熱風に満ちる駐車場。
なのに、微かな冷気を感じたと思ったら、雨音の横には新たな吸血鬼が現れていた。
「ッつあッッ!!」
「おッ………?」
反射的に、雨音は手にしていたグレネードランチャーで相手をぶん殴る。
銃に限り重量と反動を無視できる、雨音の魔法の補助効果。ただし、重量そのものが消えたワケではない。
雨音の間近に現れた吸血鬼は、その顔面に重量5キロの鉄の塊を叩きつけられる。
「――――――――――――え!?」
――――――――――かと思いきや、雨音の近接攻撃は空を切り、その吸血鬼は煙のように消えていた。
てっきり固い手応えが返ってくると構えていた雨音は、肩透かしな感覚に戸惑ってしまう。
頭に血が昇って変な幻でも見たのか。混乱する雨音だったが。
「ぎゃぁぁあああ!!?」
「ぶるぁぁあああああああああ!!!」
雨音のすぐ後ろから、激しい弾着音と悲鳴が弾けて我に返った。
『アマネちゃんどうしたの!!?』
「ご、ごめんジャック! カティどうした!?」
雨音の背後にいた吸血鬼をコンクリートに沈めたのは、ジャックの操る無人攻撃機による機銃攻撃だ。
驚いてしゃがみ込んでしまった雨音だったが、すぐに立ち上がり銃を構え直す。戦闘は継続中だ。
『勝左衛門様はご立派に戦っていらっしゃいますわ。ただ一匹……少々煩わしいのがいるようでして……』
カティが大刀を振ると、切っ先に引っかけられたラッパー風吸血鬼は、カタパルトに打ち上げられるように大空を飛ぶ。
「邪魔ッデース!!!」
更に、大刀を振った直後を狙って来た吸血鬼を、肩から突っ込む体当たりで跳ね飛ばす。
間近にいたレスラーの様な体格の吸血鬼へは、刀を持ってない方の拳でリバーブローを叩き込み、身体がクの字に折れたところで顎へアッパーを振り抜いた。
華奢な巫女侍の馬鹿力で、吸血鬼達が次々と吹っ飛ばされる。
しかし、その中にひとりだけ、おっとりとしているお雪さんでさえ嫌悪感を滲ませる相手がいた。
「ッちゃぁぁあああああ!!」
「ぅぬあぁぁああああああ喰らうネー!!!」
大刀を振り下ろして地面を割った直後、カティは額に打撃を喰らう。
続けて繰り出す横一文字も、刃を潜られ躱わされた挙句、またもカウンター気味な一発を額に喰らった。
カティは拳法使いの吸血鬼と、恐ろしく相性が悪かった。
相手の攻撃のいやらしさに巫女侍はブチ切れ、基本的に勝左衛門至上なマスコット・アシスタントも不機嫌になる。
「勝左衛門、戻って!!」
この手合いは辺り一面諸共吹き飛ばした方が手っ取り早い。そう判断する雨音は、カティを呼びながらグレネードランチャーをそちらに向け。
「やぁ」
「――――――――――――ッ!!!」
目線をグレネードランチャーに向けたその一瞬の間に、先ほどの吸血鬼が雨音の目の前に現れていた。
相手は大胆不敵にもランチャーの前に。
心臓が止まるほど驚いた雨音は、またも無意識的に引き金を引いていた。
そして、今度こそ雨音はその瞬間を一部始終目撃する。
ランチャーから飛び出した榴弾が、胴体を煙か蒸気の様に変化させた吸血鬼を通り抜けて、その後方へ飛んで行ってしまうのを。
榴弾は目標を失い、屋上駐車場の囲いの壁に着弾。壁を爆破し、破片が下の道路へ降り注いだ。
榴弾が通り抜けた吸血鬼は、特に変わった様子もなく、雨音の前に余裕の表情で佇んでいる。
何が起こったのかは分かる。事前に知識もあった。だが実際に見るとなると、理屈ではなく受け入れるのが難しい。
「フム…………もうお仕舞いかな?」
「…………ッ!!?」
受け入れるのは難しかったが、その吸血鬼の半笑いなドヤ顔がムカついたので軽機関銃を発砲。当たらないのを承知で弾丸を山と叩き込んだ。
(コイツ、他のと全然違う!! まさか『最初のひとり』!!?)
ベータC-MAG、2連ドラムマガジン、装弾数100発。
全弾撃ち尽くした雨音は軽機関銃を相手へヤケクソ気味に投げ付けると、エプロンポケットから最後の武器を引き抜き、
カキンッ……と。
「あ」
撃鉄の降りる音と、間の抜けた雨音の声だけが、雑音の激しい屋上で微かに響いた。
引き金を引いても、強大な威力を誇る50口径弾は撃ち出されない。
(しまった………! 弾切れて――――――――――――――!!)
それは、この魔法の杖の大きな欠点だった。
モデルになったS&W M500の装弾数が、僅か5発。
弾自体は魔法のエプロンポケットからいくらでも供給できるとはいえ、再装填には当然時間がかかるし、その間は隙だらけになる。
援護してくれる仲間は自分の方で手いっぱいで、敵が待ってくれるとも思えなかった。
「美しい銃だな」
「………!?」
無造作に、雨音のリボルバーに手が添えられた。
いつ触られられたのか分からなかった上に、雨音は構えたま、銃を下ろす事も振り上げる事も出来ない。
「シンプルで無骨、野蛮でありながら優雅……。まるで君の存在を表しているようじゃないか、この武器は」
「んな…………!?」
吸血鬼が、無造作に雨音との距離を縮めて来た。
息がかかるほど近づかれ、血の気が引いた雨音は後退りしようとするが、退けば退くだけ吸血鬼の方から近づいてくる。
炎に照らされ、爆風に煽られるその吸血鬼は、敵対しているとは思えない気安さで雨音に微笑を見せ、
「話を聞けばどれだけ凶暴な者かと思ったが、こうして見れば何とも愛らしいじゃないか、魔法少女」
「………え、今――――――――――――」
聞き捨てならない科白に雨音が目を見開いた。
それを狙ったかのように、雨音の瞳を吸血鬼の赤い瞳が覗き込む。
「い――――――――――――いま、まほ………う………?」
何故今、その吸血鬼が『魔法少女』という単語を口にしたのか。瞬時に浮かんだその疑問が、頭の中でドロドロに溶けてしまった。
(なに………これ……? アレ……? ちょ………ちょっとまっ………た)
思考が千切りにされ、支離滅裂になってしまう。
一瞬だけ「やられた!」と思った気がしたが、何をやられたのかが、次の瞬間には分からなくなっていた。
雨音の瞳から光が消えていく。
五感が失せ、思考も出来なくなり、ただ見えない糸に吊られるように、四肢の力も抜けていき、
[規定違反]
[環境設定による他ユーザーへの干渉は禁止されています]
[防壁コンポーネント……起動]
頭の中で黒板を引っかかれた。
「――――――――――――――――ぐあッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「…………………おや?」
突如、雨音の五体に力が戻った。意識も鮮明になり、あらゆる感覚が蘇る。
だが、それは決して気分の良いものではない。
視界はグルグル回り、頭の中では爆撃の様な轟音が鳴り響き、過敏になった全身が痛みを脳髄に叩き込んでくる。
なんとも可愛げのない悲鳴を上げ、頭を抱えてエビ反りになるエプロンドレスの魔法少女の姿に、吸血鬼の方もやや困惑気味だった。
「いッッッッッッッッッッッッたぁああああああああああああい!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬちょ!? これ!!!!」
「……………………………………………………………………あれ? 何これ??」
この特別な吸血鬼は、雨音の瞳から直接、催眠暗示をかけた。
心を捉えて、思うがままにする吸血鬼の能力。この吸血鬼のそれは特別強力であり、咬み付かなくても暗示にかける事が可能。
この力で、どんな女性でも幸せな夢へと堕とし、自らの虜にしてしまうのが可能、な筈だった。
「ど、どういう事だ? 魔法少女はダメって事なのか? なんで……そんなの聞いてない……カミーラ」
それまで余裕の振る舞いだった吸血鬼が、メッキが剥がれたようにうろたえ始める。
そこに、
「おどりゃぁぁああああああああああああああああ!!!!」
コンクリートの床を踏み砕きながら、激怒した巫女侍が突撃して来た。
「レスタトさん!!」
「は………ぉ、おお!!?」
仲間の吸血鬼の叫びに、その吸血鬼が慌てて飛び上がる。
炎を吹き散らして突進する猪巫女侍は、コンクリートの地面に杭を打つかの如く地響きを立てて踏み込み、天を突くかのように大刀を振り上げると、
「アマネにナニしたこのビッグシットマザファッカァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
直前まで吸血鬼のいた場所に、出力超過の一撃を怒りと共に叩き込んだ。
この日最大の轟音と衝撃が、街全体へと伝播する。
屋上のコンクリートが砕け、鉄筋がへし折られ、鉄骨まで切断するが、破壊はそれだけでは終わらない。
あろう事かその破壊力は、5階建の巨大な百貨店を真っ二つにするほど。
屋上は、カティが叩き割った場所から内側に向かって崩壊を始めた。
「ちょ――――――――――――ちょっと待て洒落になら――――――――――――――!!!」
「逃げろ逃げろ!!!」
足場が崩れ始め、そして精神的な足場であった吸血鬼まで様子がおかしくなり、吸血鬼達は慌ててその場から逃げ出そうとしていた。
「アマネ! アマネ!! 大丈夫デス!!? どこかやられたデスか!!?」
「か、カティ……? ゴメン……ちょっといまは大声出さないで…………おえ」
カティも、目の焦点が合わず水漏れのように涙を流し続ける雨音を抱きかかえると、屋上から飛び降りる。
痛みに悲鳴を上げる雨音を軽装甲機動車に放り込み、大急ぎでその場から逃げ出した直後、雷のような音を立てて、百貨店は崩壊してしまった。




