0035:届け魔法少女の空対地
無人攻撃機と無人地上攻撃機での偵察、索敵、場合によっては先制攻撃。
軽装甲機動車、あるいは武装攻撃ヘリでの移動と強襲。
接近戦闘能力で勝る巫女侍、秋山勝左衛門が前に出て、ブラックスミスならぬ黒アリスが後方から支援(?)する。
このテンプレートに個々の吸血鬼は成す術もなく撃破されていった。
ちなみに、装甲車に吸血鬼を隠すやり方には限界が来てしまった。端っから無理のあるやり方だったのである。
だが、事態は窮していなかった。
現状を正確に認識した警察組織は、ニンニクに十字架という古典的手法で吸血鬼を逮捕拘束する事に成功していた。その背景には、先の吸血鬼報道や事前の情報提供、そして謎の魔法少女刑事の存在があった。
それに、魔法少女刑事だけではない。
『ニルヴァーナ・イントレランス』によって特別な能力を与えられたと思しき、吸血鬼報道以前から世間を騒がせていた能力者達。
雨音やカティ、そして魔法少女刑事以外にも、吸血鬼との戦いを始めている者がいる事を、雨音は後日のニュースで知った。
各人が何を意図して戦うのかまでは、雨音に推し量る事は出来なかったが。
魔法少女義勇軍、とでも呼ぶべき者達が吸血鬼と戦っている間に、警察と自衛隊は体勢を立て直した。
なお、聖書が扱える聖職者の忙しさは史上類を見ないものとなった。
◇
吸血鬼報道から4日目。
今日も雨音は、警察署前投下作戦を決行していた。
「ポイント通過まであと10秒……」
雨音は、無人攻撃機のコントロール装置にある、ボタンのカバーを持ち上げると、
「パージまであと……5、4、3、2、1、投下」
パッケージのモニター上で照準線と目標地点が重なると同時に、カバーの下にあった赤いスイッチを押し込む。
超音速無人攻撃機が警察署上空を通過し、その直前に投下された対地ミサイルは、正確に警察署前の駐車場に落着していた。
ただし、弾頭に爆薬は搭載されていない。
その代わり、
「バラバッッ――――――――――――!!?」
「ゲルググッッ――――――――――――!?!」
ミサイルに括り付けられていた吸血鬼達が、亜音速でコンクリートの上を転がり、交通安全協会の小さな建物へストライクされていた。
「ワーオ、これで3連続ストライクデース!」
「上手く行った?」
そこから離れた百貨店の屋上駐車場から、雨音は狙撃銃の暗視スコープで吸血鬼ミサイルの投下地点を観察。警察署から出て来た警官によって、吸血鬼が回収されたのを確認する。
「すいませんお疲れ様ですお世話になります………」
雨音は警察署の方へ手を合わせる。留置場がまだ空いているかが心配だった。
もはや装甲車を使い捨てにして吸血鬼ごと土に埋めるのは、土地面積的に不可能。
警察が機能し始めたのなら、そっちで捕まえておいてもらおう。そう考え軽装甲機動車で警察署の前に吸血鬼を放り投げておいたのだが、2回目から警察車両が追いかけて来た。
その際にはスモークグレネードで文字通り煙に巻いたが、吸血鬼をデリバリーする度に警察に追われては敵わない。次に同じ事をやれば、もっと効果的に追い詰めてくるだろう事も予想出来た。
なので、空中から投下する事にした。
腐っても吸血鬼。超音速から地面に叩きつけられたくらいで死にはしない。
またヘリ型無人攻撃機だと警察のヘリに捕捉される恐れがあるが、超音速機ならばその可能性は小さい。雨音が用済みの機体をさっさと消してしまえば捕捉も何もないのだろうが、そこは少しでも隠密裏に事を運ぶ為である。
武器を綺麗サッパリ消してしまえるのも、雨音の魔法の大きな利点の一つだ。あまり手札を晒したくない。
警察と交通安全協会にはかなり迷惑な話になっているだろうが、これも街の平和の為、と思ってもらうしかなかった。
例によって小心者の雨音は、罪悪感でビクビクしているが。
そして、音速でアスファルトにすり下ろされる吸血鬼にまで同情する余裕はない。
「にしても……結構捕まえてるけど変わり映えしないわね。ひとりくらいまともな情報を持ってると思ったけど」
「お金とアイテムは結構溜まったデース。でも、ザコばっかだから多分たいして経験値は増えてないデス」
「ゲームと一緒にしないの。ゲームだとしても回復無しのハードコアキャンペーンなんだからね」
能天気なカティの科白に溜息をつきながら、雨音は魔法の杖のシリンダーから弾と空薬莢を引き抜き、その状態で無人攻撃機のコントロール装置へ引き金を引く。
すると、ジュラルミンケースとそこに収まっていた機械は、水が乾いて無くなるかのように消えてしまった。
同時に造り出された無人攻撃機本体も、同様に虚空に溶けて消えてしまう。
「オーウ……何度見ても不思議な感じデース。チェシャ猫のようデスねー」
「無理矢理『不思議の国のアリス』に絡めなくて良いからね」
これが、雨音の能力の仕様だった。
姿を完全に変えてしまう擬態偽装と、造った武器――――――証拠とも言う――――――をそのままにしない武器廃棄処分。魔法少女の正体を隠す事において、雨音には余念がない。
カティが事あるごとに本名を名乗ってしまっているので、ほとんど意味は無かったが。
ちなみに雨音は『不思議の国のアリス』があまり好きではない。
好きではないのだが、どうにもカティは雨音の外見から、アリスシリーズで名称を統一したいらしい。そんなに気に入ったのか黒アリス。
「だいたいあたしなら、ふざけた猫もハートの女王も……勝左衛門ならどうするか分かるでしょう?」
「サー、イエッサー!!」
再装填して凶悪な笑みを見せる黒アリスに、条件反射的に巫女侍は敬礼を返していた。
今の雨音なら、不思議の国を焦土と変えるだろう。
魔法無しでもやりそうに思えるのが、この少女のおっかない所だった。
「さーて次行こうか。てか今日は12時前には帰ろう。この二重生活辛いわ」
「しょーちつかまつったデース。ジャック呼ぶデスよ」
ジャックとお雪さんは、百貨店の近くに軽装甲機動車を停めて待機している。
その間も、無人攻撃機で体温の無い移動物体を自動追跡させている筈だった。
だが、ジャックを呼び出そうとした矢先、ジャックの方から無線機で通信が入る。
『あ、アマネちゃん吸血鬼! 近くにいるよ!!』
「ワッツ!?」
「近くってどこ? すぐに迎えに……は無理か。とりあえずそっち戻るわ」
雨音のいる屋上駐車場のある百貨店は、既に本日の営業を終えていた。封鎖されているので、軽装甲機動車は入れない。
雨音が立ち入り禁止の場所に忍び込むとなると、勝左衛門に運び込んでもらうか、ヘリ型無人攻撃機を使う事になる。他にも方法は無くもないが、楽なのはこの二つだ。
だが、ただの百貨店の駐車場がそんな厳重な警備をされている筈もなく、大した封鎖もされていないので、少し歩けばすぐにジャック達のいる一般道へ出る事が出来る。
ただ今は、どうやらそこまで行く時間の方が無さそうである。
『き、吸血鬼がいっぱい――――――――――――アマネちゃん! 吸血鬼がいっぱいいるよ!!』
「分かったわよすぐ戻るから。お雪さん、見失わないようにしてね」
著しく見た目と違って、誰に似たのかジャックの胆は太い方ではない。雨音も、いつもの事だと思ったのだが。
『はぁ……ですが、その心配だけはないと存じますが……』
「………? お雪さん、どういう事――――――――――――――――――」
いつものおっとりとしたお雪さんの声まで、心なしか緊張感を含んでいる。
雨音も流石に怪訝な顔を見せ。
「――――――――――――アマネ!! 囲まれてるデス!!」
ハッと辺りを見てみると、つい先ほどまで無人だった屋上駐車場に、今はそこかしこで人影を見る事が出来た。
全員が男であるという事以外、年齢も服装も佇んでいる場所もバラバラ。
しかし、共通点はもうひとつある。
それは、全員が吸血鬼であるという事。
「吸血鬼の…………集団!?」
「たいりょー(大漁)ネー!!」
不敵に笑い抜刀する巫女侍だが、黒アリスの方は、唐突なこの事態にかなり動揺していた。
当然だが、これまでの吸血鬼の「多数の個人」と、この「ひとつの集団」では、意味合いが全く異なる。
しかもこの状況。
(統率された集団!? この場所に……偶然? 無い! 罠!!?)
「ジャック、総攻撃!!! カティ、絶対に離れないで!! 銃器形成!!」
臆病な小心者だけあって、ちょっと突いただけで、その爆発力は凄まじい。
雨音が魔法の杖を4連射し、艦載の銃座と軽機関銃を造り出す。
それが実体を持つ直前に、凄まじい身体能力を持つ吸血鬼達が飛びかかろうとするが、
「そっちには――――――――――――――!!!」
勝左衛門が3尺3寸の大刀『深海』で迎撃。ホームランのように、屋上の外へ3体纏めて打ち返した。
「――――――――――――まずこの巫女侍! 秋山勝左衛門を倒してから行くデスよ!!」
カティが気を吐き、タイムラグを経て雨音の6砲身ガトリングキャノンが20ミリ砲弾の嵐を起こす。
雷のような爆音が響き、屋上入口がズタズタに吹き飛ばされ、4機のヘリ型無人攻撃機が計32発のミサイルを発射。
そして、火の海となる屋上駐車場。
一瞬にして多くの吸血鬼が吹き飛ばされていたが、炎の中には明らかに、他とは格の違う吸血鬼達が残存していた。




