0034:魔法少女カーニバル&フェスティバル
吸血鬼報道から二日目の夜。
赤い回転灯が見えない場所が無いほど、警察車両は警邏を重点的に行っていた。
玄関先にニンニクをぶら下げている家が多く見られ、何を思ったかお札が貼られている所もあり、十字架が所構わずぶら下げられているという。
街はある意味終末的な様相を呈していた。
これだけ人々が吸血鬼に警戒しているのなら、吸血鬼の方も少しは鳴りを潜めるのでは。
そう思った雨音だったが、全然そんな事は無かった。
「くっせぇぇええええええええ!!! ふざけんなこのアマぁ!! テメェこれだけ手間かけさせといてニンニクだと!? ブッ殺すぞ!!!」
「キャァァアアアア!! ウソいやぁぁあああああ!!!」
住宅地に在るごく普通のアパートの一室から、叫び声を上げながら若い男女が飛び出して来た。
上着を大きく引き裂かれた二十歳前後の若い女性は、ドクロイラストのTシャツにジーンズというパンク風の男から逃げている。
一週間前、クラブで女の方から男に声をかけたのが切っ掛けで付き合い始め、早々に男女の仲になっていたが、その実は男の方から声をかけるように態度で誘ったのが真相。
その時点で男の方は吸血鬼化しており、向こうから近付けさせたのも、いきなり女を襲わなかったのも、吸血鬼としての一種のお遊びだった。
十分に仲を深め、ここぞというタイミングで吸血鬼であるのをバラす。その時、女はいったいどんな反応を示すか。それを愉しみにしていたのに、ここに来て昨日の吸血鬼報道。
女の方は男の催眠暗示にかけられておらず、ニンニクを購入したのは、何となくテレビを見ていてバクダン――――――ニンニクの素揚げ――――――を食べたくなったから。
付き合い始めた男が、吸血鬼などとは夢にも思わない。
結果、女は男の期待した通りのリアクションを見せたが、男の方にはそれを愉しむ余裕など一切無かった。
何せ、部屋に入ってテーブルについて、アルミホイルの包みを開けたらニンニク臭直撃である。死ぬ。
一瞬たりとも耐えられたものではなく、その場で本性を丸出しにした吸血鬼は2LDKの中を暴れ回り、外へ逃げた女を追って自身も飛び出した。
「あッッ! ヤベっ!!? 頭割れるッッ!!! 頭ん中ニンニククセェ!!! 血だ! 血ぃ吸わせろマジでマジで!!!」
「ヒッ……!? う、ウソでしょトキヤぁ!!? 冗談でしょ!!?」
ふらつきながら、パンク吸血鬼が女の方へ手を伸ばす。食いしばる口の中には、明らかに異常に鋭い牙が生えていた。
気が狂うほど怯えた女は、たまたま目に付いた一軒家へ駆け込み呼び鈴を鳴らし扉を叩く。
「助けて! すいません助けてください!! 警察を呼んで!!!」
呼び鈴を連打。骨が折れるかと言うほど全力で扉を叩き、あらん限りの大声で叫んだ。
パンク吸血鬼は足元が頼りないとはいえ、追い付くのに30秒もいらない所にいる。
「ねぇ助けて!! お願い開けて!! 助けて!!!」
恐怖で半狂乱になった女は、目を見開いて涙を流し、分厚い玄関扉に縋りつき、
「チョウコー……! お前の血で口直しさせろよぉおおおおおおおおお!!!」
その背後から、幽鬼のように真っ白になったパンク男が、女へ襲いかかろうとした。
まさにその瞬間。
「ぎゃぁぁああああああああああああ!!!」
「マツコぉおおおお!! お前ニンニクは嫌いだって前から言っただろうがぁあぁアアああアアああアア!!!」
扉が突然内から開き、猛烈なその勢いに、女もパンク吸血鬼も吹っ飛ばされていた。
一軒家から飛び出して来たのは、非常にふくよかな中年女性と中年男性。20年連れ添った夫婦である。
事情は、女とパンク吸血鬼と似たような物なので割愛する。
◇
つまり、吸血鬼報道がなされ、人々が吸血鬼に本格的に備え始めて最初の夜。それまで潜伏していた吸血鬼達の化けの皮が一斉に剥がされ、世間は大混乱に陥っていた。
こんな光景は、今や関東圏を中心として、どこででも見られた。
警察の非常通報回線は夜の帳が下りたと同時にパンクし、例によって通信がマヒした警察と自衛隊は、まともに機能出来ていなかった。
しかし、そんな状況の中、自らの意思と力で以って戦う者達がいた。
無法釣り人相手に薙刀を振るっていた戦国武将は、吸血鬼との合戦を開始。
渋谷では多くの吸血鬼が、愛馬シルバー(予想)を駆るテンガロンハットのガンマンによって縄をかけられていた。
無数の犬が血の匂いを捉えるや現場に殺到し、自律稼働する美少女フィギュア軍団は襲われていた母娘を助けて吸血鬼をタコ殴りにする。
魔法少女刑事は多くの吸血鬼を傷害の現行犯で逮捕し、片っ端から留置場に放り込んでいた。
◇
そして、神奈川県室盛市でも。
「っ………ぅう……痛ぁい…………」
「んだよあのド〇どもがぁ……。クッソマジキレる………」
超重量級の夫婦に跳ね飛ばされた女とパンク吸血鬼は、共にアスファルト上に転がっていた。
そこら中で悲鳴が聞こえる。
溢れ返ったニンニクと銀十字に引っ掛かった吸血鬼は、後はもう自棄になって暴れるしかない。
「あーもー仕方ないか………とりあえず食料は一人いればいいし」
「あ゛っ!!? い、ぃやぁああ………!!」
当然、肉体能力に優れる吸血鬼の方が早く復活し、女の髪を掴んで無理矢理立たせる。
道の向こうでは、中年夫婦の妻の方も、旦那に捕まっているようだった。
「や、やだトキヤ……! お願い殺さないで!!」
「殺したりしないっつーの。いちいち美味そうなの探すのめんどくせぇよ。俺お前の事マジで愛してるぜ?」
髪を鷲掴みにして無理矢理顔を上げさせているのは、愛している者に取る態度ではない。DV亭主の嘘八百と変わらない。
事実、
「だからさ、しっかり食べて血を作ってくれよ。俺、お前の血じゃないとダメなんだからさ」
ニタリ、と牙を見せて嗤うパンク吸血鬼は、相手をもはや食料としか見ていないのだから。
「ッ………ほ、ホントに? ホントにわたしの事愛して………?」
「ホントホント、吸血鬼と美女の実らぬ愛ってヤツ? だからさーチョウコー……もう我慢できないからさー!!!!」
「ヒッ!? い、イヤ! イヤっ!! いやぁああああああ!!!」
一瞬、愚かしくも「愛」というまやかしに靡きそうになる女だったが、紳士面を維持出来なかったパンク吸血鬼には騙され切れず、ぶり返した恐怖に駆られて逃げようともがく。
「あー……マジめんどくせぇ」
パンク吸血鬼も鼻腔に残るニンニク臭に我慢できなくなり、今すぐ女の血を喉に流し込むの事を優先した。
「おグッ……!? イギ…………!!? ヒギィイイ!!!」
「アッハッハ! ヤべーチョウコ、マジ不細工ヅラ」
顎を掴み、掴んだ髪を後ろに引っ張り強引に首筋を晒させる。
鼻を鳴らして通りを良くし、舌なめずりしたパンク吸血鬼は、顔を歪ませるチョウコの首に牙を突き立て、
「あびごるッっ!!!」
「あんたー!!?」
偶然、その瞬間を目撃した。
「………………なに?」
「…………ぅえ゛!?」
パンク吸血鬼は、チョウコの頭越しにそれを見た。
ふくよかな中年夫婦の旦那の方が、嫁に咬み付こうとした所で、何かが爆発したかのような音とともに後方空中2回転を極めていた。全く唐突過ぎて、何が起こったのか分からない。
思わず、牙を半分ほど埋めた所で吸血を止めるパンク吸血鬼。
恐怖に晒されたままのチョウコも、突然の執行猶予にワケも分からず、頭を掴まれたまま、目線だけをパンク吸血鬼が見ている方へ動かそうとした。
「なんだ……? 何が――――――――――――――」
「そのヒトを放すネー。それとも、腕ごとブッ叩斬られる方がいいデス?」
だが、その声は異常の起こった前方ではなく、背後のすぐ近くから飛んできた。
反射的にパンク吸血鬼が振り返ろうとするが、首に感じる鋼の冷たさに硬直させられる。
目だけで下を見ると、パンク吸血鬼の首元には、三尺三寸の大刀の刃が押し付けられていた。
「放さないデス? そんなら腕と言わず、まず打首獄門デース!!」
「だ、誰だよ……お前?」
ジリジリと、ゆっくり慎重に振り向くパンク吸血鬼。
いつの間に接近されたのか、いつ現れたのか。
膝裏まで届くほどの、流れるように艶やかな長い黒髪。
スラリと伸びた長身に四肢。
露出の多い改造巫女服に包まれた、大きな起伏のあるスタイル。
そして、勝気な吊り目を緋色のシャドウに彩る美貌。
パンク吸血鬼に大刀を突き付けているのは今更言うまでもない、巫女侍、秋山勝左衛門その人であった。
「誰と言われても、今日のカティはいちいち名乗ってる暇なんて無いデース! てかさっさとそのヒト放さんと、ホントに打ち首にしてサンジョーガワラ(三条河原)に晒すデスよ!?」
「え……か、かてぃ? え? 外国人?」
「テメどーしてカティの名前を知ってやがるデース!!? ケツの穴にニンニクとセーロガンブッ込んで吐かせるネー!!!」
「ぅええ!!? だ、だって今自分で――――――――――――――ギャワァァアアアアアアアアアアアア!!!?」
吐かせると言っておきながら、秋山勝左衛門ことカティはパンク吸血鬼へ一撃必殺のギロチンスラッシャー。
間一髪で逃れた、と思ったが、パンク吸血鬼は頭のてっぺんを真っ平らにヘアカットされ、カッパ吸血鬼にクラスチェンジしていた。
「っぉおお!? な、なんだよこれ!!?」
カティの横一閃は、勢い余って民家の敷地の壁を一刀両断。コンクリートの壁を、きれいサッパリ薙ぎ倒す。
こんな力で斬られたら髪どころではない、吸血鬼であっても真っ二つにされて死にかねない。
一転してヒエラルキーの頂点から落ちるカッパ吸血鬼は、考えるまでも無くその場から一目散に逃げ出していた。
「逃げられると思ったらショウシセンバン(笑止千万)ネー!!」
カッパ吸血鬼は人間離れした脚力で、民家の屋根へと飛び上がってその上を駆け抜ける。
しかし、吸血鬼以上の身体能力を持った巫女侍からは、とても逃げ切れるものではない。
「ち、チクショウなんだよ!!? 何なんだあの女!!?」
「手に余るなら手加減ムヨーで斬って捨てるデース!!!」
さっきの吸血鬼を吹き飛ばしたのもこの女か。
屋根の上は見晴らしが良すぎてダメだ。どこかに隠れてやり過ごさなければ。
その程度の知恵は働くカッパ吸血鬼は、3階建てビルの屋上からその下の産業道路に向かって飛び降りる。
目指すは、この道路を進んで少し先に在る産業地帯。
ヒト気は無く、隠れる場所が多いので、入ってしまえば巫女侍を撒ける自信があった。
オレンジ色の道路灯に色付く、クルマの通りが少ない産業道路。
死に物狂いで走るカッパ吸血鬼は、先が真っ暗になっている曲がり角へと走り込み、
その進路上に舞い降りてくる物に目を奪われた。
突然の向かい風が、カッパ吸血鬼の足を止める。
地上より少し上を、灰色の何かが浮遊していた。それはタマゴの様な丸い本体に、潜水艦のような頭部と、その上にヘリのハネを付けていた。
更に、本体には後方に真っ直ぐ伸びるテールブームと、その先に機体の向きを制御するテールローターが。本体の両側にはアームが伸ばされ、先端には4連装の小型ミサイルコンテナが取り付けられている。
そして、機体下部にはセンサーの集中するボール状の旋台と、着陸時に機体を支えるそりがあるが、何より異様だったのはその下だ。
小型無人攻撃ヘリの下には、超ミニスカートのエプロンドレスを着た、金髪の美少女がぶら下がっていた。
それだけでも十分驚くべき光景だったが、何よりカッパ吸血鬼は、ある部分から目が離せず、
「え……あ、マジで!? パンツ穿いてなぎゃぷらんッ――――――――――――――ッ!!!?」
呆気に取られた間抜け面をエプロンドレスの少女、雨音の方に向けたまま、そのど真ん中に.50S&W弾の直撃を受けていた。
無人攻撃ヘリのスキッドから手を放して着地した雨音は、何故か幸せそうな顔で白目をむいた吸血鬼を見降ろし、眉を顰める。
「………なんか、時々こうやって自分から撃たれに来るヤツがいるんだけど……何でかしらね?」
「し………知らんデース」
カティはその原因も分かっているのだが、色々と事情があって言えない。
雨音の魔法少女モードのスカートは、ハッキリ言って短い。ギリギリだ。しかも中身が問題で、パッと見は何も穿いてないように見える。大事な所は隠れているのだが、それだけでしかない。本当にありがとうございマース。
雨音は、いざ実戦となると地味にテンパリ、その辺は完全に忘れ気味だ。後から気付いて、部屋の中で身悶えている。
つまり、そんな所も含めて全てカティの御褒美である。カティだけ知っていればいい。カティ以外が見たのならば、そいつを殺して記憶を消去したい。でも、自分以外の人間が雨音の恥ずかしい所を見ていると思うと何故かゾクゾクする。これってNTRと言うヤツなのだろうか。イヤやっぱり殺す。
「………………コイツ、ブッ叩斬っていいデスかね?」
「やめなさい」
そんなワケで、何よりカティが見たいので、雨音に指摘出来ずにいた。
いざカティがそれを分かって黙っている事を雨音が知れば、お仕置きフルコースでは済まないだろうが。
「さーて、えらい時間喰っちゃったけど……カティ、そいつ縛ってね。ジャック、適当な所にヘリ下ろして迎えに来て。お雪さん、他に目標は?」
「は、はいデース! カティにお任せデスよー!!」
『うん、すぐ行くよアマネちゃん』
『はーい。えーとですねー――――――――――――――――――』
スカートの中の件はカティが胸に仕舞い込み、雨音とカティ、ジャックとお雪さんの4人は、次の悲鳴の現場へと急行していく。
おかげ様で2000ユニークを突破いたしました。
「いまさら魔法少女と呼ばれても」の日頃のご愛顧まことに感謝いたします。
雨音とカティを末永く可愛がっていただきたく、読者のお方々に謹んでよろしくお願い申しあげます。
赤川柱護




