0033:第一次ガーリックショックであった
そのようなワケで、自衛隊第一師団第二連隊によるクーデターは終結した。ついでに国会議事堂と内閣も消滅したが。
クーデター直後から、同じ第一師団の練馬、埼玉、静岡の連隊は、千代田区に偵察隊を潜伏させていた。
だが、偵察隊が本隊へ報告するまでも無く、第二連隊壊滅の報は、即日全国を駆け巡った。
何せ国会議事堂の爆発は、東京23区のどこからでも見る事が出来たのだから。
第一師団第一連隊、第三二連隊、第三四連隊は、首都防衛部隊の面目躍如とばかりに千代田区に雪崩れ込み、難を逃れた政治家、官僚が臨時内閣を立ち上げる。
直後に、地方自治体は政府が安定するまで機能を代行すると再度アナウンスし、地元警察と近場の自衛隊に治安維持の為の総出動を求めた。
自衛隊の第一連隊は、国会議事堂跡地で反乱を起こしたと思しき自衛隊員の多くを拘束。
その全員が指一本動かす事が出来ないほどのダメージを負っており、ここでようやく、反乱を起こした第二連隊に何が起こったのかを知る事が出来た。偵察部隊からの報告も、第二連隊が全員吸血鬼化していた事実を裏付ける物だった。
また、偵察隊が目撃したという、吸血鬼化した自衛隊を一方的に殲滅していた銃器を振り回すエプロンドレスの少女と、大刀を振るう巫女装束に似た衣服の少女の情報は、この時点では極秘とされた。
◇
スーパーマーケットやコンビニから、ニンニク製品が軒並み消えてしまった。
そこで雨音は即座に目先を変え、クツ用品の銀の消臭スプレーをまとめ買いしていた。
テレビの報道で、クーデターを起こした自衛隊の制圧とセットで報じられた吸血鬼の実在。
それまで噂話と本気にしなかった人々も、これが全国ネットで報じられたとなれば話は別で、事実を認めざるを得なかった。
そして起こったのが、吸血鬼対策グッズの買い占め運動である。やってる事がオイルショックの頃から変わっていない。
やはり、吸血鬼の弱点と言うとニンニクなイメージが先行するのか。それとも、銀の消臭スプレーなんかに目を付ける雨音が変わっているのか。
とにかくスプレーの方は在庫に余裕はあったが、ラーメン屋からはニンニクが姿を消した。
報道から僅か二日目で始まった、テレビショッピングの吸血鬼対抗グッズも、僅か1分で完売したらしい。
控え目に言っても社会が2度ほどひっくり返っているのに、世の中は今日も平常運転だった。
「でー……こんな事になってても学校はあるのよねー」
「そうね………」
特に考え込む事も無く、お隣さんの科白に対して、雨音は機械的に相槌を返していた。
もはや世界が滅びるその日まで、学校も生徒もいつも通りに生活するのだろうか。雨音はそう思わずにはいられない。人間の現状認識なんて、そうそう劇的な変化は起こさないらしい。
かくいう雨音もヒトの事は言えず、カティの悲鳴を背景にして、いつも通りの日常を受け入れている自分に呆れている部分もあった。
いつも通りの日常を維持している、地方行政が頑張っている事もあるのだろうが。
「ギャーン! アマネー!?」
「クンカクンカ…………」
今日も相変わらず、カティがダウナー少女の大上菊乃に物理的に絡み付かれ、雨音の隣の席では、一見して清純派文学少女の北原桜花が怪しげな本を読み耽っている。
あまりに日常過ぎて、先日の国会議事堂大戦争が夢だったようにさえ思えた。
◇
雨音とカティが吸血鬼と化した自衛隊と大戦争を起こしたのは、つい先日の事。そんな日でも学校は普通に営業されており、雨音には痛恨の無断欠席となった。
ちょっと東京までカティを迎えに行くだけだったのに、色々と不運が重なり自衛隊と正面衝突の運びとなり、カティが負傷し雨音がブチ切れ国会議事堂ごと吹っ飛ばすハメに。
結果として圧倒的火力で押し潰したが、もしもまともに撃ちあっていたら、と雨音はゾッとする思い。
相手はプロなのだ。雨音が怪我ひとつしなかったのは、奇跡以外の何物でもなかっただろう。
その後、復活してきたカティと雨音は、国会議事堂へ本隊の応援に来た吸血自衛隊の残存戦力を殲滅。
それが終わるや否や、雨音はカティを連れて病院へと駆け込んだ。
何せ一度は死んだと思ったのだ。カティは元気になったように見えたが、心配性の雨音はその辺油断しない。
結局は脳震盪とタンコブだけとの診断結果だったので、その後カティを『ラッパのマークの刑』に処しておいた。
口いっぱいに広がる整腸作用のある臭いにカティは涙目になっていたが、泣きたいのは雨音の方であった。特にカティに非があるワケでもなかったのだが、雨音の気が済まなかったので。
そしてその頃世間では、事の次第がテレビ報道によって大々的に報じられていた。
◇
「過程はアレだったけど、吸血鬼は社会全てのヒトの敵になったわね……。そう考えれば、あの苦労も無駄じゃなかった………と思いたいわ」
「カティはいつでも行けるデース。お腹もスッキリデース……」
可哀想に、先日の事を思い出し、カティの天真爛漫な笑顔には影が差していた。
『ロシアを制する』という名を持つ丸薬だったが、現代の古米国の娘さんには黄泉の食べ物以外の何物でもなかったらしい。腸内活動が正常になって、肌の艶は良くなっていたが。
学校帰り、雨音とカティは近場の百貨店を訪れていた。
吸血鬼を知った多くの人がニンニク製品を買い求めて品薄に、という朝のニュースを見て、もしやと思って来てみたら、案の定ニンニクチューブの棚は空っぽという状態に。
こんな事なら最初にもっと買っておけばよかった、と思う雨音だったが、雨音とカティに関して言えば、対吸血鬼でニンニクはそれほど活躍していなかった。
何せ見つけた瞬間に撃ってしまうので、捕まえた後に脅すくらいにしか使えない。
だが、今夜から再開する吸血鬼狩りの事を考えれば、必要不可欠なアイテムでもあった。
「この調子だと生ニンニクもダメよねー……。くそう、ニンニクの銃弾とか作れないかな」
「スライスしたドライガーリックて……効くデスかネ? 昨日のお薬の方がまだ効果ある気がしマース」
軽い自虐ネタに、カティは雨音の腕に縋り付いて項垂れた。
軽く八つ当たり気味であったと反省する雨音も、その頭をポンポンと撫でて慰める。例によって生かされない反省ではあった。
「この際、銀と十字架に絞った方がいいかもね。ニンニクが売れまくってるなら、その分被害に遭うヒトが少なくなる、と思いましょう」
「カティは一応あのおクスリ買っておくデス……。もしかしたら健康になる効果が吸血鬼に効果あるかもデス」
「それはもういいから」
地下食料品売り場に収穫無しと見切った雨音は、カティを引き摺りながら同じ階に在るドラッグストアへと向かう。
そんな二人を、庶民的な地下食品売り場でやや浮いている、鮮麗で妖艶な金髪女性が見つめていた。




