0032:こいつはお前の為のショータイムだ
装甲車の名は伊達ではなく、96式装甲車は20ミリ通常弾の嵐に、軽機動車や軽装甲機動車が木っ端微塵にされる中でも耐え抜いた。
しかし、次の20ミリ徹甲弾の集中砲火には一瞬たりとも耐えきれなかった。
議事堂正門前の防衛部隊、第二連隊第一中隊第三小隊は壊滅。形を残している物は、何ひとつ見られない。
第三小隊壊滅直後、議事堂正面に展開していた第五中隊が交戦開始を無線で報告するも、「どうしてあんな物が――――――――――――ギャァア…………!!!?」という、耳を塞ぎたくなる様な悲鳴の途中で、通信が途絶えた。
通信が途切れると同時に、国会議事堂を象徴する三角形の中央塔が爆発する。
爆発は連続して起こり、衆参両院の建物正面通路、本会議場、中庭、と国会議事堂の主要部分が一瞬で崩壊した。
自衛隊も、捕らえられている内閣閣僚も与党も野党もない。何者も例外なく吹っ飛ばされる。
中央大階段を防御していた第二中隊は、中央玄関を爆破して現れたそれを見て悲鳴を上げていた。
「M1戦車!!? そんな! もう東米軍が!!?」
丸みを全く帯びない、定規で引かれたような直線で構成され、戦車としての姿を体現する単純かつ強大な外観。
砲塔や車体前面の、敵戦車の砲撃を受け流す傾斜装甲。あらゆる地形や障害物を踏み潰して進む履帯。
砲塔中央に聳えて敵を睨む、44口径120ミリ滑腔砲。その横に目立たず寄り添うように空く、7.62ミリ同軸機銃の銃口。砲塔上部の戦車長用銃架には12.7ミリ重機関銃。有視界戦闘用スモークディスチャージランチャー。
本体全長7.8メートル、全高2.8メートル、重量63トン。主砲砲身長約6メートル。
全身を複合装甲で覆い、その図体をどんな地形であれ平均時速50キロで走らせるガスタービンエンジンを搭載し、強力極まりない兵器を振り回す、走る要塞。
M1A2エイブラム。
歩兵にとって悪夢そのものである兵器が、正面玄関を主砲でフッ飛ばし、噴煙を巻いて突撃して来たのだ。
「撃て撃てぇ!!」
大階段側面を守る第二中隊が一斉に発砲するが、89式自動拳銃の5.56ミリ弾などでは、戦車装甲に傷一つ付けられない。無駄な行為ではあるが、吸血鬼になった自衛隊員とて戦車と戦うのは初めての経験なのだから、慌てて引き金を引くのも仕方がない。
もはや吸血鬼ならどうにかなるというレベルではなかった。
「退避だ!」
「逃げろぉ!!!」
銃弾を蹴散らし、戦車は正面大階段へ激突。60トン超の重量など一般建築物の階段に支えきれる筈もなく、戦車は階段を踏み抜いて車体正面を埋もれさせる。
砲撃以上の衝撃が国会議事堂を激しく叩き、地震と勘違いするほどの揺れが発生した。
「全員ガスマスク装備! 対日光防御!! 110ミリ対戦車弾を持ってこい!!」
戦車が空けた大穴によって、外からの光が差し込む。
肌から煙を吹いてもがく自衛隊員とは異なり、中隊長は煙を吹きながらも怯まず指揮を続けた。
戦車は階段の瓦礫から抜け出そうと履帯を動かすが、車体の下に瓦礫を噛んだか、速やかに抜け出せずにいる。
中隊長は部下の持って来たロケット砲を受け取ると、階段上から戦車に向かって狙いを定めて引き金を引く。
その直前に、噴煙の中から炎を吹き出し、AT4無反動砲弾が飛翔して来た。
「ッ――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!?」
秒速280メートルの砲弾は、目視したその時には、もはや逃げるのも隠れるのも間に合わない。
思考停止状態に陥り、固まる隊員達。
その間を突っ切る砲弾は、階段上の2階部分に着弾し、一帯を吹っ飛ばす。
爆風に巻き込まれ、自衛隊員達が吹き飛ばされた。
迷彩服は千切れ飛び、ガスマスクもヘルメットも何処かへ飛んでいく。
吸血鬼化した人間には、太陽光は毒となる。すぐに肌から煙が噴き出し、ある者はその場で転げ回り、ある者は日陰に逃げようとした。
そこに、2発目と3発目の無反動砲が飛んできた。
「ぎゃぁぁあああああああ!!!!」
「はぶぁぁあああああああああああああああああ!!」
自衛隊員がまた吹っ飛ばされ、重厚な造りの国会議事堂の内装を、跡形もなく破壊する。
正門前の第一中隊第三小隊に続き、議事堂正面を守っていた第五中隊、中央階段を防備していた第二中隊も壊滅した。
そして、国会周辺での防衛任務から、議事堂の方へ応援に来た第三中隊からも報告が無い。
「何が起こっている!? どこからの攻撃だ!!?」
吸血自衛隊によるクーデターの首謀者、渋垣一佐は、国会議事堂向かって右側の参議院本会議場に陣取っていた。
そこには、総理を始めとした政府閣僚から与野党の議員まで多くの人質もいたが、今は戦車砲の爆発によって、内部は散々足る有様となっている。
死者が一名も出ていないのが奇跡だった。
死者が出ていないだけ、とも言えるが。
詳細は一切不明。議事堂正門前交差点で、不審な軽装甲機動車を制圧したとの報告を受けてから、情報が錯綜している。
大部隊からの攻撃を受けているにしても、相手の情報も味方の戦果報告も、一切無いのはいったいどういう事か。
「扉樫! 皮霜! 敵が来るぞ! 迎撃準備!!」
「一佐! 敵はいったい何者でありますか!!?」
「知らんすぐに分かる!!」
何者にしても、相手は自衛隊員も人質もお構いなし。国会議事堂を丸ごと吹っ飛ばす勢いで攻めて来ている。
ガァッッ!! という機関砲の弾ける音が、本会議場の中にまで響いて来た。他にも、絶え間ない爆発音や、重く響く砲撃音が。
本会議場の側面に空けられた、砲撃による大穴。そこから差し込む、今の渋垣らには何より恐ろしい物となった日の光。
一際近い爆発の振動で、崩れかけた本会議場の壁が僅かに広がった。
会議場正面扉と側面に空けられた穴を警戒する第一中隊第一と第二小隊の隊員は、緊張の極みで今にも引き金を引きそうになっていた。
その時、フッと外の戦闘の音が止む。
「……………?」
「一佐………」
砲声が、機関砲の音が、爆発音が、唐突に全て止んでいた。
渋垣一佐は部下に指示し、他の中隊との通信を試みさせる。
霞ヶ関方面や他の官庁を抑える第四、第六中隊との連絡は取れたが、国会議事堂と周囲を制圧する中隊からは、一切の応答が得られなかった。
緊急に、通信出来た部隊を国会議事堂へ向かわせ、渋垣は応援到着まで人質と共に議事堂に立て篭もる作戦に。
同時に、この場にいる部下から偵察を出し、状況を確認させようと、した。
砲弾による穴を警戒していた部下のひとりが、穴の向こうに居る空飛ぶ物体に気付いたのがその時。
「ひ、扉樫一尉……! アレは…………!?」
自分の隊の中隊長を呼ぶ隊員の声に、渋垣一佐もそちらを見る。
のっぺりとした外観に、一瞬ラジコンのオモチャかと思った。だが良く見れば、小さく見えたその物体はその実人間より大きく、機体の両側に武器らしき物も装備している。
オモチャのヘリコプターに見えたのは、ヘリコプター型無人攻撃機MQ-8B。
「………………………」
実戦経験は無かったが、渋垣一佐は優秀な自衛官だった。
無人攻撃機に見られているのを知った時、渋垣一佐にはこの後に起こる事が直感的に予想出来た。
だが、それを予想出来た所で、既に完全に詰んでいる自分達には、何も出来ない事も理解出来てしまった。
◇
そして、無人攻撃機で本会議場の状況を知った雨音は、最後の一発を会議場の扉に叩き込む。
「全部ブッ壊せ、銃器形成…………!!」
囁く様でありながら、底抜けの憤怒と悲哀を込める、魂の底からの叫び。
会議場の分厚い扉に食い込んだ弾丸は、その瞬間に数千倍に膨張する。
現れるのは、全長約5メートル、幅約0.5メートルの長方形のコンテナが、縦横に2機連なったミサイルランチャーと、それを支える発射台兼制御機構。
本来は飛来する弾道ミサイルの迎撃を目的に、高い精度の命中性能を与えられた広域防空用地対空ミサイル。
MIN-104、PAC-3エリントミサイル発射システム。
ミサイルランチャーのコンテナが本会議場に突っ込んで来た時、自衛隊員はもちろん首謀者の渋垣一佐すら、何もする事が出来なかった。
実際、何をしても無駄だったし、そんな時間も無かった。
中央階段まで戻った雨音は階段の陰にちょこんと座り、ジェラルミンケースのミサイル制御ボックスを開くと、特に考え込みもせずに4発全弾を発射した。
参議院本会議場の大爆発は隣接する参議院分館と別館まで吹き飛ばし、雨音のいる中央階段にまで届いていた。
◇
国会議事堂の半分がクレーターに変わり、残り半分も瓦礫か廃墟と変わってしまった。
ズタボロになった吸血鬼の自衛隊員も政治家達も、纏めて瓦礫の下に埋まっている。
クレーターの中にも相当数埋もれているのが見えたが、もはや雨音にはどうでも良い事だった。
兵どもが夢の跡である。
半分瓦礫に埋まった大階段の陰で、雨音は蹲ったままでいる。
もう一歩も動けない。
怒りにまかせて全てを吹き飛ばし、雨音にはもうやる事が無い。
根本的には吸血鬼の件が解決したワケではないし、この場に止まるのも拙かった。それに、すぐ横では戦車ごとジャックが埋まっている。
だが、もう雨音は何も考えられなかった。暴れ回っていた時は良い。しかし、止まってしまえばどうしても考えてしまう。
カティが、もういない。
そんな事実は受け止められない。受け入れられない。そんな事をすれば、自分がどうなってしまうか分からない。
身じろぎするだけで、何か取り返しのつかない物を壊してしまいそうで、恐くて身体が固まってしまっていた。
「ゥ………ふぅ……カティ………カティー……………」
今朝まではこんな別れ方をするなんて思ってもいなかったのに。
頭から必死でその考えを追い払おうとしても、涙は勝手に溢れてくる。
喉元からは今にも、想いの全てが溢れ出てきそうだった。
今まで固く握り締めていたせいで銃が手から離れず、それを持ったままで、膝を抱えて縮こまる雨音を、
「なしてアマネが泣いてるデスかぁぁああああああああ!!!!」
ダッシュで駆け寄って来た某巫女侍が、飛びつくような勢いで抱きすくめて来た。
「やっぱりどこか痛いとこあるデスか? 吸血鬼軍団に泣かされたデスか!!? てかどうしてカティを置いていっちゃうデス!! アマネだけでパーティーなんてずるいネー!!」
「…………………………」
唐突に出て来てハイテンションな秋山勝左衛門は、頬を膨らませながら泣きっ面の雨音を揺さぶる。
雨音の方は、目を点にしていた。超展開についていけずに、脳の情報処理に容量を喰われているのである。
「それにしても……結局アマネがひとりで国会議事堂に乗り込んじゃったデース。最初に行こう言ったのはカティですよ? アマネは大暴れしましたけど、カティはやられっ放しで不完全燃焼なのデス! だから罰としてアマネのカラダでスッキリさせてもらう――――――――――――――ベスッッ!!!?」
思考停止状態だったが、とりあえず雨音はショットガンの肩当てで巫女侍をぶん殴った。
色ボケ巫女侍を張り倒した雨音は、頭や服に付いた埃を叩き落とし、一拍置いて言う。
「カティ………あんた死んだんじゃなかった?」
「おゴォおォオオオ…………!? か、カティ、死んだりせんデスよ? お雪さんに『深海』持って来てもらって……巫女侍にマジカルチェンジしたらパーフェクトカティーに………」
「マジカルチェンジとか対象年齢の低そうな単語をむりくり捏造するんじゃない。あとあんた、秋山勝左衛門に変身したのにカティの方をパーフェクトにしてどうするのよ」
カティが生きていて嬉しいと言えば嬉しいのだが、あまりにもいつも通りなゴーイングマイウェイぶりに腹が立って来た。この小娘、文字通り死ぬほど心配させやがって。
とはいえ、実際はどうだったのか分からない。
本当に死にかかっていたが、身体能力特化型の魔法少女の力で、生き永らえる事が出来たのかも。
「それで……本当に大丈夫なんでしょうね? 元のカティに戻った瞬間に脳出血でころり、なんて事にならないでしょうね?」
「そ……そんときゃカティ、生涯一魔法少女でいるデスよ………」
「アホめ………」
と言いながらも、雨音は埃だらけの議事堂の床から黒髪の少女を引っ張り上げる。
滑らかで流れる様な髪を汚す埃を丁寧に払い、大型犬にでもやるように、その頭を撫でていた。
「エヘヘ………アマネ、カティのこと心配したデスか?」
「どうかしらね」
一見して気の強いお姉さんの顔なのだが、雨音相手に笑う時の顔は小さなカティのままだ。
色々と釈然としない感はあったが、雨音はやっとの事で安らぎを得た思いだった。
だが、これでひとまず一件落着とはいかない様子。
「どうなってるんだこれは!!?」
「一佐は!? 応答は無いのか!? 呼び続けろ!!」
雨音が最初に消し飛ばした議事堂正門から、自衛隊のトラックが入って来る。
トラックは全部で3台。荷台に自衛隊員を満載している。当然、ガスマスクにフードの完全な遮光装備。
降りて来た隊員は、崩壊した国会議事堂へ縦列陣形で接近して来る。
すんなり帰れそうもなかった。
「む? 獲物デスね!? 飛んで火に入る夏の蚊ネー!!」
「血を吸う所は同じかもしれないけど……………まぁ、仕方ないか」
カティも生きていた事だし、出来ればさっさと逃げたいというのが雨音の意見だったが、大暴れした手前そうも言えなかった。
カティは大刀を抜き、今にも敵に突っ込んで行かんばかり。
雨音はそれを抑え、とりあえずは戦車とジャックを起こす事にした。




