0031:後悔しないように散歩には連れて行ってあげるべきだと思う
仮にも古米総領事のお嬢様に向かって失礼な話ではあるが、逢ったその時から、雨音はカティが犬っぽいと思っていた。
旋崎家では、以前犬を飼っていた事がある。キラキラとした綺麗な毛並みの、懐っこいコギーだった。
生まれてしばらく経った子犬の時に貰われて来て以来、当時幼稚園生だった雨音とは、一緒に居ない時間の方が少なかった。
まだ純真だった頃――――――今も中身は大差ないが――――――の雨音は、それこそ弟のように、このコギーを可愛がっていたものだ。
そのコギーと死に別れたのが、高校受験を始めようかと言う時期。
◇
何が起こったのか分からなかったが、洒落にならない命の危機であるのは、朦朧とする意識の中でもハッキリ分かる。
目は見えているのだが、何を見ているのかを脳が識別出来ていない状態。頭の中で鐘が鳴り響いている。
雨音が最初に認識したのは、黒いスーツの襟だった。雨音の着ている服も黒ではあるが、雨音のエプロンドレスには、そんな物無い。
「………ジャッ、ク……」
ジャックの普段着である黒いスーツ。
どうしてそれが雨音の視界の半分を占めているのかといえば、雨音がジャックの上に乗っているからだ。
雨音はジャックを下敷きにしていた。ジャックの大柄な身体に受け止められたらしい。
見れば、雨音の乗る軽装甲機動車は横倒しになっていた。車高があるので、ひっくり返りはしなかったのだろう。
しかし、シートベルトをしていなかった雨音はその際に席から投げ出され、車内を跳ね回った挙句にジャックの上に落ちた、というワケだ。
ジャックの方は、雨音が起きても身じろぎもしない。その様子にゾッとしたものを覚える雨音は、口元に手を当てジャックの呼吸を見る。
息はしているようで、とりあえずは雨音もホッとした。
果たして人間ではない彼らマスコット・アシスタントに、人間同様の「死」があるかどうかは分からないが。
ここを無事に切り抜けたら、その辺りも確認しておかなければ。
いまいちハッキリしない頭でそんな事を考えていると、そこでようやく、雨音はもうひとりの同乗者の存在を思い出す。
「………カティ!?」
後部座席には、小柄な金髪少女が乗っていた筈。
横倒しの車内でジャックに体重をかけないよう身体を捻り、雨音は後部シート側を見ると、そこに小さく丸まったカティの姿を見る事が出来た。
一瞬、安心しそうになる雨音だったが、
「カティ……! ねぇ大丈夫!? 起きなさいカティ!」
「………」
揺すっても叩いても、カティは返事を返さない。
元から小柄な少女が、この時は消えてしまうかと言うほど小さく感じた。
「やだ……カティ! ねぇってば!!」
沈黙の意味を想像する事も出来ず、雨音は泣きそうになるのを堪えて、カティの名前を呼ぶ事しか出来ない。
もし、このまま目を覚まさなければ。
僅かにでもそんな考えに触れると、目の前が真っ暗になってしまう気がする。
撃たれた時とは別種の恐怖が雨音を遅い、カティの服を握り絞める手が震えた。
「……ア、マネ……」
「カティ!?」
その震えが伝わったかのように、カティが微かに動いて見せた。
だが、声はか細く、雨音で無ければ聞き逃してしまうほどだ。
「カティ、大丈夫――――――なワケないか………。どこか怪我した? 気持ち悪いとかある??」
「ダイジョブ、デース。痛いだけ……カティは、へーき………」
いつも弾けるように喜怒哀楽を示す少女が、今はあまりにも淡く儚かった。
雨音を心配させまいと笑みを見せるカティの姿が、雨音の悲しい記憶を想起させる。
姉弟のように感じていた雨音のコギー。いつも甘えるようにくっ付いて来た小さな犬も、最後の瞬間はベッドの中で小さく丸まり、スピスピと鼻を鳴らして雨音の指を舐めていた。
自分よりも、泣きじゃくっていた雨音の事を心配するかのように。
「アマネは、イタイとこ、ないデス、か………?」
カティはそれだけ言って、コテン、と顔を伏せてしまう。
「…………………………カティ?」
それっきり、雨音が叩いても揺すっても、カティは子犬のように丸まったまま応えてはくれなかった。
◇
倒れた軽装甲機動車から、大きな炸裂音が響いて来た。
数え切れないほど射撃訓練を重ねている自衛隊員であるからして、初めて聞く種類の音でも、それが銃声である事は理解できる。
某国の工作員などは、捕虜になるのが許されない為、いよいよ追い詰められたとなったその時には、自分の頭を撃ち抜くのだとか。
フードにガスマスクという姿の自衛隊員達は、銃を構えて警戒しつつ、中の人間がどうなったかを確認しに軽装甲機動車へ接近し、
「こ、の――――――――――――――――――――クソバカどもがァ……………!!!」
地獄の底から響くような、憤怒の声に足を止めていた。
同時に、倒れている軽装甲機動車に変化が現れる。
倒れて上になっている車両側面がメキメキと音を立てて膨張を初め、変形に耐えきれなくなった扉が跳ね上がった。
そこから、天に向かって何かが伸びて来る。
頭を上げるのは、2メートル近い長さを持つ6連装の回転砲身。その本体は、20ミリ口径の砲弾を分間約500発、秒にして8発を撃ち出す強力無比な発射機構。
倒れた軽装甲機動車を土台に姿を表す、本来は戦闘機に搭載される機関砲を、人力操作砲式の銃座として再設計した艦載兵器。
JM61-M、6砲身ガトリングキャノン。
そして、もう片方の扉を跳ね上げ出てくるのは、閻魔か明王かと言う形相の、黒いエプロンドレスの少女。
ありえないその現象に、吸血鬼の身となった自衛隊員達でさえ目を疑う。
エプロンドレスの少女はともかくとして、どう考えたって艦艇に搭載されるような兵器が、あの軽装甲機動車に収まるワケが無い。
まるで、「魔法」とでも言いたくなるような現象。
しかし、そんな疑問を差し挟む間は、彼ら自衛隊員には与えられなかった。
エプロンドレスの少女、雨音は銃座のグリップを掴み取ると、乱暴に自分へ引き寄せながら発射スイッチを押し込む。
低い動作音を立てて回転を始める6砲身。
旋回する銃座は、議事堂正門前交差点に陣取る第一中隊の車両と隊員、その全てを射界に収め、
「ッ――――――――――――退避ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
「吹っ飛べ!!!!!」
ボッッ!! と。
慌てて逃げ出す自衛隊員と車両の全てを、秒間8発、20ミリ砲弾の豪雨が押し潰した。




