0030:地理は身近なところから勉強するべきである
自衛隊首都防衛第二普通科連隊は、国会並びに主要機関を制圧後、各地点で厳重な警戒態勢を取っていた。
当面警戒せねばならない対象は、同じ首都防衛第一師団の練馬第一連隊、埼玉第三二連隊、静岡第三四連隊だ。
大半の閣僚、高級官僚は既に押さえていたが、たまたま地元に戻っていて難を逃れた政治家も少なくない。
既に、第二普通科連隊の行為を暴挙と非難し、それ以外の各自衛隊部隊と協力して正常な国家機能を取り戻す、と声明を出す議員の集団も現れていた。
だが実際には、首都を戦場にする懸念、防衛庁や指令本部喪失による命令系統と情報通信の混乱、何より、前触れの一切無かった第二普通科連隊の反乱による各方面軍の疑心暗鬼、等々で全てがマヒ状態にあり、誰も最初の一歩を踏み出す事が出来ないでいる。
一方で、決起した第二普通科連隊の隊長を初めとする幹部は、着々と日本を造り変える準備を進めていた。
今の間接民主主義に名を借りた、大企業や政治家といった一部の人間による実質的な独裁国家。
他国からの外圧に屈し、それを自国民に隠して外国の都合の良いように実施させれる政策。
民意を都合よく捏造し、さも国民の総意であるように語る政治家。
国民を馬鹿にし切った国会運営。
国を守る自衛官として、この国を愛しているが故に憤懣の極致にあった渋垣一佐、以下数十名は、吸血鬼化と同時にそのタガが外れてしまっていた。
吸血鬼化に際して、吸血した者に暗示をかけられたかどうかは、定かではない。
しかし、渋垣一佐の下で連隊は一致団結しており、総理大臣ら内閣閣僚が捕らえられている国会議事堂周辺でも、第二連隊の第一中隊が不退転の決意を以って防衛線を固めていた。
そんな所に、所属不明の軽装甲機動車が突っ込んで来たのだから、さあ大変。
◇
「隊長! 不明車両1接近! 不明車両接近!!」
「後方に僚車! 第三中隊の哨戒車両!」
「発砲許可! 阻止しろ! 鼻先に叩き込め! 撃ぇ!!」
日比谷公園方面から突っ込んでくる軽装甲機動車に対し、警視庁前を封鎖していた部隊が一斉に発砲した。
弾は対象となる軽装甲機動車の車体正面やフロントガラスに着弾し、火花を散らす。
自衛隊による弾膜と有刺鉄線の封鎖線に阻まれた軽装甲機動車は、進路を変えて警視庁前正面から南西方面へと逃げる。
「い、今何かヤバい物が見えた気がする!!? ジャック! あんたどこに逃げて来てるのよ!!?」
「そんな事言われたって………!!」
軽装甲機動車に乗っている雨音は、警視庁前で急カーブする直前、警視庁庁舎の向こうに見てはならないモノを見た気がした。
あの特徴的な三角屋根と、その左右対称な建物は、所謂国会議事堂というヤツではないのか。
逃げるつもりが、追い立てられてこんな所にまで来てしまったと、いよいよ雨音は泣きださんばかりだった。
「とにかく逃げて! 本物相手じゃ洒落になんない!!」
「アマネとカティなら勝てるデスよう!」
「おバカ!! 変身したって撃たれたら死ぬ――――――――――ヒャァッッ!!?」
カティに怒鳴りつける雨音の科白は、真横から来た銃声に遮られた。
左手の通りから、ジープの様なモスグリーンのクルマが並走して来る。こちらも自衛隊車両の軽機動車だ。軽装甲機動車よりも身軽で小回りも利く。運転席にも助手席にも外とを隔てる扉が無く、そこからガスマスクの自衛隊員が発砲してきたのだ。
雨音のすぐ隣、頑丈な扉に5.56ミリ弾が着弾した。
「じじじジャーック! 右右右右!!」
「分かったよ分かったよ分かったよ!!!」
ジャックは言われるままにハンドルを切り、軽装甲機動車は虎の門を西方面へ。そこで、米大使館前で待機していた自衛隊車両が自分達へ向かって来た為、一方通行の道路へ飛び込み、そこを逆走して逃げる。
金融庁前に出ると六本木通りへと入り、左手に見えて来たのは国会議事堂。
「だからっ!! そっちじゃねぇ!!」
「仕方ないじゃないボクだって逃げたくてこっちに逃げて来てるワケじゃないよー!!」
地獄に戻った気分だったが、そもそも初めから脱出出来てもいなかった。
国会議事堂前の警備は、当然ながら尋常ではない。
議事堂正門前交差点では、軽機動車、ライトアーマーこと雨音達が乗っている物と同じ軽装甲機動車、そのまま箱のような形状に8輪を備えた96式装甲車が道を塞いでいる。
その周囲には土嚢やコンクリートブロックが積まれ、それを遮蔽物として身を隠す自衛隊員が銃を向けている。
勿論進む事など出来ず、ジャックは勢いよくブレーキペダルを踏みつけていた。
正体も所属も目的も不明だが、この軽装甲機動車はテコでも国会議事堂周辺から離れないつもりだ。
報告を受け取った渋垣一佐はそう判断し、全隊に臨戦態勢を取らせると同時に、当該車両の制圧を指示してた。
『斥候にしてはおかしいが、議事堂に近づくなら撃って構わん! 部隊の安全の為に確保せよ!! 埼玉、静岡方面の動きも厳に警戒!』
そんな事が言われている間に、何の間違いか雨音達は国会議事堂の真っ正面に来てしまっている。
既に自衛隊員が一人撃たれているという報告もあり、議事堂正面の第一中隊隊長の命令は容赦なかった。
「ジャック後退!!」
「排除して構わん! 撃てぇ!!」
悲鳴を上げる様な雨音の指示と、第一中隊長の命令が同時に出た。
自分達の後方には軽装甲機動車と軽機動車が来ているのにどうするのか。そんな事を訊き返す余裕は、ジャックにも無い。
後方へ急加速した軽装甲機動車へ向かって、前後から自衛隊員が自動小銃を連続発砲する。
豪雨のような勢いで車体の装甲表面に5.56ミリ弾が直撃し、車内にいる雨音の悲鳴をかき消した。
必死の形相のジャックは、フロントガラスが砕けるのにもお構いなしでアクセルを踏み続ける。
進路上に居た軽機動車が慌てて退避しようとするが僅かに間に合わず、その前部を軽装甲機動車に跳ね飛ばされた。更に、横滑りした軽機動車の車体が、自衛隊員を玉突きのように薙ぎ倒してしまう。
また、激突の衝撃で軽装甲機動車が、回転して前後が入れ替わっていた。
これを幸いに、ジャックはすかさずギヤをドライブに。全力でクルマを走らせようと、アクセルを目一杯踏み込んでエンジンに鞭を入れ、
96式装甲車が、車体上部の銃座に装備する96式40mm自動てき弾銃を発射。
榴弾が軽装甲機動車のすぐ横に着弾し、爆発の威力で車体を薙ぎ倒していた。
作中の政治的発言は全て渋垣一佐の意見であり、筆者赤川柱護の物ではありません。




