0029:ヒトの振り見て我が身がヤバい
高校一年生の常識力とはいかほどのものか。
魔法少女なるものに変身して、街中で銃を振り回したとしても、雨音はごく普通の女子高生である。
県内で1から2位を争う高校に――――――ちょっと無理したが――――――入学出来るだけあって、頭も悪くない方。一般常識だって持ち合わせる。
ただ、千代田区という場所が、どのような意味を持つのかは知らなかった。
高校一年生の常識なんて、所詮そんなモノである。
千代田区にはかつて『千代田のお城』つまり徳川幕府の総本山である江戸城が置かれており、「千代田」区とはその名から取られたものだ。
現在において同区内には、天皇陛下の御所である皇居、国会運営が行われる国会議事堂、それに各中央省庁が集中しており、この国家の中枢と言っても良い。各国が大使館、総領事館を置くにも都合が良いワケだ。
自衛隊が陣取っているのは『霞ヶ関』。そう思って雨音は油断していたが、その霞ヶ関は千代田区内である。
また、霞ヶ関から外れていたとしても、重要な地区をクーデターを起こした自衛隊が放っておく筈もなかった。
雨音のもうひとつの油断として、現在が早朝である、という考えがあった。
吸血鬼は昼は活動しない。日光に当たれば、全身から煙を吹いて転げ回るハメになるからだ。その先がどうなるか、恐くて雨音も確認していない。
その代わり夜は無敵に好き勝手出来るのだから、好き好んで危険な日中に出てくる事はあるまい。
と、それ以上深く考えなかったのが、多少賢しいとはいえ高校生でしかない少女の限界だったのだろう。
◇
「痛いデース痛いデース! アマネさん堪忍しておくれやすデース!!」
「走ってるクルマに突撃して来るなんてこの娘はいったい何考えてるのかな? 大怪我したり死んだりしたらどうするの?」
「あーん反省するデース!! 『削り節』の刑はご勘弁デース!!」
路肩に止まる角ばったゴツいクルマの中で、古米国総領事のひとり娘が、親友によってお仕置きされていた。昨今の体罰厳禁の流れクソ喰らえである。
「ノー!!!」
カティが悲鳴を上げても慈悲は無い。
まるで子牛を屠殺するが如く、雨音は無感動な瞳でカティの尻をベリベリとやっていた。
「恨むのなら自分の軽率な行為と、何故かこのクルマの中にダクトテープがあった不運を恨みなさい」
「ど、どうせならフツーに叩かれる方がいいデース!!」
「………それは何か、かわいそうかも」
乙女の軟肌にダクトテープを張る方がよっぽど可哀想であるが、雨音の意見はジャックとは異なるようだった。
後部座席に尻を抑えて涙目なカティを置いて、雨音は助手席に戻る。
この間ジャックは、微動だにせず前だけ向いているように、雨音に厳命されていた。
いくらジャックの中身がお子様とはいえ、カティのあられもない姿を見せるには、見た目的に抵抗があった故だ。
「お待たせジャック、さっさと帰ろう。元来た道を戻って。今ならまだ4限……早ければ3限には戻れる」
「うん…………」
そのせいでもないのだろうが、ジャックの返事は何故か上の空だった。
ダーティー40代な見た目はともかく、中身は素直で大人しい男の子。そのジャックが、何かに気を取られている様子。
一体どうしたのかと、雨音もジャックが呆と眺めている方を見てみると。
「アマネちゃん……アレ、ボクらのと同じクルマだね」
「うげ………」
反対車線に停車し、明らかに雨音たちの方を観察しているのは、同じ自衛隊の軽装甲機動車であった。
「何で? パトロール!? 自衛隊は霞ヶ関の方じゃなかったの!?」
「カスミガセキ(霞ヶ関)なら大通り出てあっちに走れば5分くらいデース」
「近いわッッ!!?」
何となく、テレビやネットのニュースで見ていて、この世とは違う場所『霞ヶ関』的なイメージを持っていた為、その生活との密着感に雨音は仰天する。
しかも、
「あれ……ガスマスク? ヤバ! 太陽光対策!!?」
本物の自衛隊車両に乗っている人員は、何故か全員がフードにガスマスクという肌が一切見えない重装備。
その理由は、ひとつしか考えられない。
太陽光対策をする吸血鬼など、今まで映画では散々出てきたではないか。そこに思い至らないとは、一生の不覚と頭を打ち付けたい気分だった。
(日光を警戒しているなら当然吸血自衛隊の方……。ここはもうあのヒトらの制圧区域なんだ。完全に見つかってる。逃げる? 誤魔化す? やり過ごせるか……!?)
よりにもよって、雨音とカティの乗るクルマの車種は、時事ネタ的にタイムリー過ぎる。これをスルーしろと言う方が無理だ。
雨音の頭に一瞬で血が上った。
一切の証明書がない自衛隊車両。
運転しているのは、免許証もない強面のオヤジ。
同乗しているのは、やたら短いスカート丈のエプロンドレスの少女と、古米総領事のひとり娘。
トドメに、後部座席の足元には、元々このクルマに搭載されていた重機関銃が置かれている。
「………ジャック、カティ。向こうのクルマを見ないように。自然にしているのよ」
「え……でもアマネちゃん。ボクもう向こうの人達と目が合っちゃったし」
「………アレ、どこが目なのよ分からないわよ」
とりあえず、知らんぷりしてやり過ごすのは無理なようだった。
「出て来るデスよ?」
徐行して接近して来た本物の自衛隊車両から、フードにヘルメットにガスマスク、首元までピッチリと迷彩服を着込んだ姿で、89式自動小銃を携行する自衛隊員が降りてくる。
一名が接近。一名が降りたままクルマの傍で警戒。一名は運転席。
完全に警戒体勢だった。
雨音の車両の傍らに立った自衛隊員は、ウィンドウガラスをノックして下げさせる。
「民間人?」
「え、えーと……」
「そうです」
マスク越しでくぐもった声に、見た目だけはタフガイなジャックは怯えていた。
代わりに雨音が応えるが、ビビり程度では良い勝負である。平静を装う一方で、漏らしそうになっていた。
「一般人が乗るには珍しいクルマだけど、所有者はあなたですか?」
「あ、あのボクじゃなくて、これはアマ――――――――――おねえちゃんが……」
「ええ、伯父さんがどこかの払下げで買ってきたんです。こんな大きなの、恐いからやめようって言ったのに」
本当は「言ったのにぃ」と少し甘えた感じにしようとして、失敗した。声が震えないようにするので、いっぱいいっぱいである。
「伯父さんと言うと親戚? ここへは?」
「伯父さんは古米領事館のコンサルタントなんです。何かいろいろ領事館も大変な事になってるみたいなんで、呼ばれて来たんですけど」
よくもまぁ嘘八百が口から出てくると、雨音も自分自身で感心した。
クーデターを起こした自衛隊が領事館に確認を取るかは微妙だったが、即日正当な政府になったワケでもあるまいし、面倒な確認手順を踏むよりは、このままスルーしてくれる可能性も。
そんな期待もしたのだが。
「それで、古米領事館のコンサルト業というのは、銃座の空いた軍隊仕様の軽装甲機動車が必要な仕事なのか?」
所詮は小娘の浅知恵だったらしい。
流石本職。民間仕様の銃座が封印されているモデルと、自分達が使っているモデルの違いなど、初めから一目瞭然だったのだ。
頭からただの民間人だなんて思われていない。
自衛隊員は当然、只者には見えないオヤジと銃を持ったミニスカエプロンドレスの少女と古米総領事のひとり娘を調べ、車内の重機関銃にも気が付くだろう。
と、言う事で。
「ジャック、出して!! カティ、伏せ!!」
叫ぶが早いか、雨音は既に股の間に挟んでいた魔法の杖を、ジャックの鼻先でぶっ放す。
更に、敵軽装甲機動車へ残り4発を叩き込んだ。
初弾は自衛隊員に直撃して相手を吹っ飛ばしたが、敵軽装甲機動車には大穴を空けるに止まる。
50口径弾とはいえ、軽装甲でも戦闘車両相手は分が悪かった。
「撃ってきた! 泥沢が撃たれた! 泥沢ダウン!!」
「撃て撃てぇ!!」
吸血自衛隊員は、雨音達の乗る軽装甲機動車へ自動小銃で応射。車体を5.56ミリ弾が叩き、弾ける音が車内に響く。
「わぁあぁあああ!!? キャー! キャー!!?」
撃ちまくった事はあっても、撃たれるのは初めての経験だ。雨音は思わず、頭を抱えてシートの下に潜り込んでいた。
しかも、吸血自衛隊員が撃っているのは魔法の弾でも何でもない、ただの銃弾だ。撃たれて身体に当たろうものなら、大怪我するか死ぬしかないのだ。
今まで散々撃ちまくってすいませんでした。雨音はそう言ってお詫びせざるを得ない。主な謝罪相手は後ろの席に居る金髪娘さんへだったが。
「アマネ! こう言う時こそ黒アリスの皆殺しモードデスよ!」
「アマネちゃん魔法を使って!」
「お前らあたしを何だと思ってる!!?」
怒鳴る雨音は魔法の杖を取り落とした事にも気が付かず、半泣きで震えていた。
カティはお雪さんを呼ぶ事が出来ない為に、魔法の杖を得られず変身不可。
逃げるしか手立てがない雨音達の軽装甲機動車は、吸血自衛隊の軽装甲機動車の追撃を受けながら、霞ヶ関方面へと爆走する。




