0028:軍用弾丸トラベラー娘
街中に出ると、ほとんど普段と変わらない光景が広がっていた。
スーツ姿の会社員が通勤の為に駅へ向かい、配送業者が荷車を押し、健康食品販売のおばちゃんが原付を走らせ、学生服姿の男女が談笑しながら歩いていく。どうやら学校も平常運転らしい。
運転と言えば、電車や飛行機の方は、運航を大幅に制限しているそうだ。特に国際線は、航空会社が自主的に出入国の便を運休にしている。
一方で、日本に住む外国人の中には、念の為にと出国を希望する人が少なくないらしい。国によって対応は異なるが、東西米国などの大きな国は、チャーター便を用意して対応しているのだとか。
しかし、その他には今のところ大きな混乱は起こっていない。これは、各地方自治体が中央に代わって一時的に機能を代行すると、早々に地方局の電波を使って県民、市民にアナウンスした所が大きいだろう。今すぐに生活が激変するという事はない、というのは、人々の大きな救いだった。
とはいえ、先行きの見えない不安を抱えるのは、日本国民全員に共通するところだ。
それでも皆、とりあえずは自分の日常を、惰性的にでも生きて行くしかったのだ。
◇
「目立つなー、このクルマ…………。やっぱり国連軍カラーの方が良かったかな」
旋崎雨音はこう言うが、色の問題ではなく、早朝からそんなクルマで走っている事こそが大問題だったりする。
起こっている事態が事態なだけに、オリーブグリーンで角ばっている威圧的なクルマは、道行く人々の目を否応なく引いてしまっている。誰もが、問題の自衛隊の車両を連想しているだろう。
例によって武装は外し、運転しているのは迷彩服の自衛官ではないのだが、そんな事は言い訳にならない。
おまけに、厳つい40代――――――見た目――――――のタフガイと、エプロンドレスの金髪美少女という搭乗者の組み合わせは、その怪しさにより一層の磨きをかけてしまっていた。
室盛にあるヒト気の無い自然公園から、小型攻撃ヘリの低空飛行で東京に在る田舎まで。
そこでヘリを消し、いつもの軽装甲機動車を出して、陸路で都心へ入るルートを取った。
そして現在、雨音は古米総領事館のある千代田区を走っている。
「あー……ジャック、そこ右」
「うん、ナビがあるから大丈夫だよ」
ナビシートで縮こまりながら、携帯電話の地図アプリを見て雨音が指示する。
だが、現代の軍用車両の半分は優しさ――――――――――ではなく電子機器で出来ています。当然、カーナビも付いていた。
「近づき過ぎないでね。あたし達って職質されただけでもアウトなんだから」
なにせ身分証明無し、勿論運転免許も無し、ナンバープレートは雨音自身どこから持ってきたか分からない代物。
警察に目を付けられようものなら、お互いに取って悲惨な事態となる事間違いなしである。
雨音は可能な限りシートに沈み込み、なるべく外から自分の姿が見えないようにする。そのせいでスカートが捲れ上がって大変な事になっていたが、外の視線が気になってしかたのない雨音は、自分の格好に気が付いていなかった。
しかし雨音の心配とは裏腹に、警官も警察車両の姿もまるで見かけないまま、軽装甲車両は各国の領事館が集中するオフィス街へと入っていく。
その区画に入ると、背の高いビルが立ち並ぶ傍らで、色とりどりの旗を掲げる一際立派な建物を、あちこちに見る事が出来た。
正面通りに面した領事館、大使館の門前では、物々しくライフルを持った兵士が立哨――――――立ち番――――――をしている。
やはり世情を考えてか、明らかに警戒している様子が見て取れた。つまり雨音の乗るクルマなんて、警戒対象以外の何物でもない。
「ジャック、向こうの通りに入って。こっちじゃ目立ち過ぎ」
「わかった」
ビクビクしながら、雨音はジャックに大通りを折れるように指示する。思いっきり警戒されているのが恐い。
古米領事館までは、もうそれほど距離は無い筈だった。前に一度、カティに連れられて入った事があったのだ。
一応、カティの携帯電話からも位置情報を発信させているが、
「……おや?」
「どうしたの?」
携帯電話の画面見ると、何故かカティの位置情報が随分近い所に。
その時、ドンッッ!! と。
「うぉわぁああああ!!?」
雨音が座っている方の窓ガラスに、突然何かが激突してきた。
文字通り飛び上がるほど驚いた雨音は、ひっくり返りながら慌てて銃をポケットから引き抜く。
そこで雨音が目撃したものとは。
「アマネー、待ってたデース! ………どうしたデスか?」
走行中のクルマに特攻してきたのは、ノーマル状態でも猪武者の様な金髪娘のカティであった。
「アマネちゃん、カティおねえちゃんだよ」
「……みたいね」
「痛いッッ!!?」
ヒモの様なローライズパンツを丸出しにした雨音は、分かり切った事実を平然と言うジャックの頭に、その姿勢からカカトを落としてやった。




