0026:女子高生には女子高生の戦場があるという
雨音とカティが吸血鬼狩りに乗り出して2日目。
最初の肥満吸血鬼との遭遇戦からは、一週間を数えようとしていた。
ここで実態を直視してみれば、吸血鬼達はそれよりもずっと以前から蔓延っていたのが分かる。
感染力を考えれば、もはや事態は手遅れなのではないかと思わせるほど。
しかし、雨音の自爆戦術(?)が功を奏したと見るべきか、戦争が起こったかのような室盛市には自衛隊が展開するという戦後100年以来の事となり、これで多少は吸血鬼の活動も抑えられると期待したいところ。
今まで雨音が相手にしてきた吸血鬼は、所詮強力な個人でしかない事も分かっている。
現実を警察や自衛隊が知って本格的に動いてくれれば、その対処は不可能ではないと思われた。
意外とあっさり事態の改善を見るかも。
基本的に心配症である雨音でさえそんな事を思い始め、緊張の糸も緩んで来た所で、女子高生には学生業に精を出す時間が訪れていた。
◇
そんな、雨音の癒しの場。教室へと登校してきた雨音とカティであったが、
「カティー、マイダーリン今日もぷりちー。な、おぱんちゅ」
「ギャァアアアス!! キクノ! おめ!? いい加減にせんと打ち首にするデスよ!?」
早速カティは天敵とも言える長身の女子生徒に強襲されてた。
朝っぱらからスカートの中に顔を突っ込まれた金髪娘は、スカートの上から不届き者の頭を滅多打ちにする。
残念な事に、ノーマル状態のカティの力など、たかが知れていたが。
「にゃぁぁああああああ!!!? あ、アマネ! あいぼー(相棒)を助けるデース!!」
「大上さん、最後の一線だけは越えないようにねー」
容赦なく尻を揉まれて情けない悲鳴を上げるカティを見捨て、雨音はさっさと自分の席へ着いてしまった。
「アマネさんッッ!? ひンッ――――――――――――ッ!!」
「おほぉ……エッチなデルタゾーンから香るせっけんの香りがエクスタシー」
背後から乙女として完全アウトな科白が聞こえるが、雨音は決して振り返らない。カティの屍を越えて行くデース。彼女ならそう言うだろう事を、雨音は知っているからだ(謎。
今日も無駄にドライな女子高生であった。
クラスメイトの長身ダウナー系少女、大上菊乃がカティにジャレ付くのはいつもの事なので、今更雨音も止めに入ろうなどとは思わない。流石にやり過ぎと思えば止めるだろうが。
カティは明るく元気で良い娘だが、日常はともかく学校でまで四六時中雨音にだけベッタリなのはよろしくない。
と、雨音も前々から考えていた。
他の生徒と交流するのは、どんな形であれ良い事だった。故に、多少過激でセクハラっぽくても目をつぶる。
「いやー、せんちゃんはカティっちのおかあさんだねー」
「……は? 突然何よ?」
「いやー、そんな顔してたからさー。アレは保育園で他の子と遊ぶ我が子を見る目だったねー」
相変わらず、机に寝そべるような姿勢で本を手にする、隣の席の文学少女。北原桜花は視線だけを雨音の方に向けており、その目元は微笑ましく、あるいはからかうように緩んでいた。
「そんなんじゃないし!」
「おうっ!?」
気恥ずかしさを誤魔化す雨音は、反撃がてら北原桜花の本を奪い取る。
例によってオカルト臭のする吸血鬼の小説本だったが、偶然開いたその頁には、吸血鬼とは違う女の挿絵が描かれていた。
露出、というか必要最低限ギリギリの部分しか隠していない、ボンテージ風の衣装。
腰から生えているコウモリの様な羽に、先端が槍の穂先の様に尖っている、尻尾らしきモノ。
金髪の隙間から生える、牛の物に似たツノ。
そんな恰好をしているのは、いかにも男好きしそうなスタイルに、蠱惑的な表情の美女。
吸血鬼の物語に、こんなイケイケ(古)な姉ちゃんが出てくるものか。
何かイメージではない、と雨音は思ったが。
「……なんじゃこりゃ?」
「んー? あーコレね。好みのイケメン神父を、自分と契約させて吸血鬼にしようとする悪魔だってさー。エロいよねー」
「…………ふん?」
頁を覗き込み、雨音のすぐ横でニヤリ、としながら桜花は言う。聖職者をわざわざ狙い撃ちする所が、特に彼女のお気に入りらしい。
だが、雨音の方は話の意味を消化するのに若干の時間を要しており、眉を顰めて首を傾げている。
そんな話は初耳だ。吸血鬼は咬まれて成る者じゃないのか。
しかし、よくよく考えてみたら、最初のひとりがどうして吸血鬼になるのかは、あまり深く考えていなかった雨音である。
「……吸血鬼ってそんなんだっけ?」
「まーそう言う事もあるってことよー。ドラキュラ伯爵とかアレ、語源は『悪魔の息子』とか確かそんな感じだったしー」
以前、カティから初めて吸血鬼の話を聞いた時、その非現実性から雨音とカティ同様の能力者の可能性を考えたが、結局その時は結論が出ず終いだった。
今、改めて考えさせられる。
つい吸血鬼という現象の方に気を取られていたが、そもそもの事の起こりは何だったのか。
「………じゃあ、今の吸血鬼って出所は……?」
「ん? そういやせんちゃんに、前に吸血鬼の事話したっけか? 自衛隊が来てるのも実はそのせいだってさー。マジか」
「え? ……あ、いや………そうなの?」
ちょっと口を滑らせた、と内心の動揺を押さえて、雨音は話を誤魔化す。
悪魔、と言うのはあり得ない――――――と思いたい――――――が、『最初のひとり』が能力者である可能性はある。
そこに思い至り、一瞬全身が泡立つ思いの雨音だったが、すぐさま冷静に戻った。
その可能性に行き当たったからと言って、特に現状分析に違いが出るワケではないのだから。つまり、やる事変わらん。
「ダサカッコイイよねー、悪魔とか吸血鬼とかさー。暗くてジメってエロくて。咬まれたら人生観変わるよー」
「それ多分『人生観』ってか人生終わってますよね?」
実際に咬まれて人生に黄色信号灯っている女性たちの事を思うと、ちょっと手にした本の角で、この似非文学少女の脳天を一撃してやりたくなる雨音さんだった。




