0024:山奥の洋館というのも様式美である
魔法の一言で片づけてはいたが、実際どういう理屈なんだろうと雨音は思わずにはいられない。
必死の形相で壁を走る吸血鬼を曳光弾が追い、12.7ミリという大砲の弾はコンクリートを易々と切断する。
しかし、直撃した所で人体は破壊しない。適当に願った割には、完璧な非殺傷の仕様であった。勿論、雨音が安全機能を外せば、そのまま虐殺兵器と回帰するが。
「待つデースよこのサノバビッチヴァンパイアー!!」
吸血鬼を追いかけ、カティも壁を走っていた。
雑居ビルの壁は当たり前のように斜度90度、つまり垂直。カティの魔法に、重力を無視するような環境設定系の能力は無い。
気合と脚力だけで壁走りをやってみせるカティではあったが、若干、吸血鬼の足の速さに振り回され気味だ。
絶壁だろうと縦横無尽に逃げて見せる吸血鬼に対して、猪巫女侍は突っ込んで行くだけ。速力では勝っているのだが。
しかし、そこのところも雨音の計算の上。
高い場所なら有利と思い屋上へと駆け上がった吸血鬼は、その途端に更に上からの機銃掃射を喰らった。
地上の車載武器遠隔操作システムによる重機関銃の射撃と、巫女侍、秋山勝左衛門による追い込み。
上に逃げるしかなかった吸血鬼は、見晴らしの良い屋上で無防備な姿を晒す事に。
そこに降り注ぐ5.56ミリ弾の雨から身を隠す暇も無く、吸血鬼は全身を貫かれてあの世に行くという寸法だった。ズタボロになっただけで、死んだワケではなかったが。
「はーい一丁あがりー。ジャック、下まで迎えに来て。カティも合流するわよ。ひとりで行かないように」
『うん、急いで行くよアマネちゃん』
『いま倒したの、縛りに行かんで良いデス?』
「用心の為ね。かなり直撃させたから暫く起きないとは思うけど、ひとりだと危ないしね」
通信しながら、雨音は全長一メートルもあるライトマシンガンを小脇に抱えてトンズラ開始。
雨音が陣取っていたのは、吸血鬼をタコ殴りにした屋上のある建物の、道路を挟んで向かいのオフィスビル12階であった。
なお、射撃の際に木っ端微塵にしたビル外面ガラスの弁償費用は、吸血鬼達の財布から出ていた。
◇
街の全体を物の見事に紛争地帯へ変る雨音とカティだったが、それもまた想定の内だったりする。
目撃者、取材、警察、大騒ぎ上等。この騒ぎから、実情を知る人が増えて警察が本腰を入れて動いてくれたり、吸血鬼に対処する動きが生まれてくれば、と期待するのである。
期待しているのに、警察が全然来ないのはどうした事かと雨音は思うが。
その代わり、雨音とカティの活躍は別の存在に見られていた。
火力に物を言わせたミニスカエプロンドレスの金髪少女と、吸血鬼を上回る身体能力を持つ黒髪の巫女少女が、軍隊が持つようなクルマで合流する。
ビルとビルの作り出す陰の中からその光景を見届けたソレは、一刻も早く二人の少女から離れようと、建物の屋根から屋根を走り抜ける。
水の無い水路の暗がりに身を伏せて駆け、僅かな汚水にも触れないように下水管を抜けると、土木工事現場を突っ切り、市街地を外れる。
そして、道路灯が切れている山道を往き、アスファルトの路面から土だけの側道へと折れ、入って少し進んだところに、影絵のように真っ黒な屋敷はあった。
屋敷の中には多くのモノが動いている気配があったが、明かり一つ無い為に、その姿を見る事は叶わない。
だがそれは、普通の人間にとっての話。
彼らには、暗闇の中は昼間よりもよく見えていた。
ここまで急いでやって来た吸血鬼は、特定の相手を探して屋敷の中を歩き回る。だが、一通り見回った所で見つからない為、知った顔を捉まえて尋ねる事に。
「おい田淵……じゃないアゴル、レスタトさんは!?」
「あん? いや、見てない。下で夜食の最中とかじゃなくて?」
「いや居なかった。あの女達、そろそろ何か食べさせないと死ぬんじゃね?」
「そうなん? でもどうせレスタトの言う事以外聞かねーし。なに、その事?」
「いや全然違うけど……。てかヤバい! マジやばい!!」
ミニスカエプロンドレスと改造巫女服、二人の少女が吸血鬼を狩りまくっているという事実を目撃してきた吸血鬼は、アゴルこと田淵にその事を話して聞かせた。『アゴル』というのは渾名である。
目の覚めるような美少女二人が、尋常ではない火力と能力で同胞を狩り始めた。
その話は、今まで無敵感と全能感に酔っていた吸血鬼達を喰いつかせ、話をしている目撃者の周囲に人垣を作り出す。
「警察とかじゃないってアレは! メイドみたいな格好したのはメチャクチャ撃ちまくるし、エロい巫女みたいな方なんか刀振り回して吸血鬼をブッ叩切って来るし! あの力……アレ人間じゃないって!」
「それって、つまり仲間なんじゃね?」
「バーカ女は吸血鬼にならねーだろ!」
「つまり付いてるって事なんです!!? ヤバいご褒美です!!」
「いや吸血鬼なら見たら分かるだろ?」
恐れていた事態になった、という危機感も、最初だけであった。
集団の中で、冗談めかして言う個人の話に、面倒な事から逃げたい者が乗っかっていく。
話半分、興味半分、何やら面白いネタでも出来たと言わんばかりに、雑談に花を咲かせ始める暇人吸血鬼たち。
「いやマジだから! モノホンのヴァンパイアハンター来ちゃったんだって!!」
ただひとり現場を見ていた吸血鬼は訴えるが、どこか冗談のような空気の中で、まともに受け止めている者は居なくなっていた。
しかし、
「興味深い」
一瞬で、浮ついていた場が鎮まる。
目撃者を置き去りに、吸血鬼の人垣が左右に割れてゆく。
うろたえる目撃者の前には、明らかに他とは違う空気を纏った吸血鬼が佇んでいた。
危機的な話を低俗な雑談に落として浸ったりする俗物とは違う、そこにいるだけで場を支配し、一挙手一投足で見る者の心を捕らえてしまうカリスマ性。
それはつまり、あたかも古典文学に現れる本物の吸血鬼の如し。
「れ、レスタトさん」
「お帰りなさい。どこ行ってたんですか?」
比較的、親しい者が声をかけた。
だが、『レスタト』という著名な吸血鬼の名を名乗る男は、聞こえていなかったかのように話を続ける。
「私たち吸血鬼がいるのだから、当然それを退治しようとする者が現れるのは分かっていた事だ。いや、私も自警団とかその程度のモノだと考えていたけれども、どうやら相当面白い者が出てきたらしい。そうだろう?」
「そ、そうなんですよレスタトさん! どう見てもアレは普通じゃなかった! もしかして女の吸血鬼かも!」
レスタトの言葉に、ここぞとばかりに縦に首を振る目撃者。
そこに、ある吸血鬼が皆の疑問を代表したかのように口を挟んだ。
「でも、女は吸血鬼になれませんよね? 誰か女の血を吸った時、吸血鬼にした?」
ある吸血鬼の言葉に、他の吸血鬼達は顔を見合わせる。そして、自分が女性を吸血鬼にした、と名乗り出る者はいない。
当たり前だろう。女性を吸血鬼にするというのは、彼らの能力の仕様外の話だ。
「ならば、彼女達は吸血鬼ではないが、特別という事になる。貴女が言う『特別な能力』を持った人間、という事かもしれないな」
レスタトがそう語りかける方へ、皆が一斉に目を向ける。
ミニスカエプロンドレスと巫女装束の吸血鬼狩人。それを目撃した吸血鬼の背後には、いつの間にか新たな女性の姿があった。




