0023:遠足は準備が一番楽しいらしい
やっぱり高校一年生の身空で殺人とか無理でした。
ゾンビだったら容赦なく破壊出来たかもしれないが、吸血鬼は無理。
なので、とりあえず警察にあらかた情報をブチ撒けておいた。
溜め込んでおくのは良くない、とカティに諭され、遠く離れた鏡面岬までヘリで飛んで、そこの公衆電話でジャックに電話させたのだ。
案の定取り合ってはもらえなかったが、内容は全て録音されている筈なので良しとした。
雨音もそれが決定打になるとは思っていない。飽くまでも保険である。
ちなみに、ジャックには吸血鬼を演じさせた。悪い事をしたと思うが、単なる妄想や虚言と思われるよりは、『自分を吸血鬼だと思い込んだ異常者からの犯行予告』の方が、まだ警察が動く可能性があるだろう。
「正直、銃を作る魔法よりジャックの方が便利な気もして来たわ」
「えー? ボクはただのマスコットだよー。ボクなんかそんな便利じゃないよー」
と言いつつ、黒スーツをラフに着込んだ見た目40代の厳ついオヤジは、少年のように顔を綻ばせていた。
そして、ジャックの眩し過ぎる笑顔に、雨音は凄まじい罪悪感を抱いていた。何から何まで申し訳ない事に。
「え……えーと………通信機と予備と無人攻撃機のカバンと……」
事がひと段落したら、何かしらで労ってあげよう。
そんな事を考えながら、雨音はショッピングしてきた品を矯めつ眇めつカバンの中に入れていく。
カティも雨音同様に、道具を風呂敷(?)に包んでいた。何やら様式美と言うものらしい。
「ニンニクにクツのスプレーに十字架。遠足は準備している時が一番楽しいデース」
「そーねー」
遊びに行くんじゃねぇ、と普段の雨音なら突っ込みを入れる所だが、残念な事にそれどころではなかった。
今の雨音は、カティの顔がまともに見られない状態。今と言うか、もう24時間こんな感じ。生返事を返すのが限界である。
そして性質の悪い事に、カティもそんな雨音の精神状態に気付いてやがった。
「コレー、両方とも耳に着けるデ~ス~?」
「ぎゃぁぁあぁああああぁあああああああ!!!?」
ニンマリと笑って背後から忍び寄る金髪の小悪魔は、小型通信機を手に雨音の耳に息を吹きかける。
雨音は腰を抜かしていた。
「こ……こ……こ………」
「クフ……フフ……アマネ、カワイーデース」
土下座のような格好で絨毯の上にへばり付く雨音さん。
その親友の尻を突きながら、堪え切れない笑いを漏らしていたカティは、
「こ……こんボゲェエエエエエエエ!!」
「キャー!!」
茹で蟹のように真っ赤になった雨音の、強烈な逆襲を喰らっていた。
本人笑っていたが。
◇
病院での一件から2日が経っていた。
雨音がカティの前でヘタレて甘え倒してからは、丸一日といったところ。
雨音は恥ずかしさで死にそうになっていた。自分の頭を吹っ飛ばしたかった。暫くカティに頭が上がりそうにない。たった今『アイアンメイデンの刑』を執行してやったが。
吸血鬼でロクデナシといえども、殺すのは無理。情けは人の為じゃなくて自分の為。
そういう結論が出た上で、さてどうするかという話になる。
「とりあえず、他の女の子達が酷い目に遭うのを喰い止めるデスよー」
「……どうやって?」
「吸血鬼を拉致るデース」
あまりにもアウトローな意見であった。この娘の将来が心配になる。
とは言え、その場凌ぎで少々人道に外れる案ではあるが、それほど悪くないように思えた。
少なくとも、殺しでデッドエンドとか戻れないブラッドロードを一方通行よりは遥かにマシである。
具体的な手段としても、最初に捕まえた肥満吸血鬼が未だに公園の土の中だったので、その中に放り込んでおけば良いという話になった。
この時点で、確保する人数の事まで考えておけば良かったのだろうが、既に二日も半徹夜状態の少女二人にそこまで頭を巡らせる気力は無い。
おかげで後日、公園の地面の下には無数の装甲車が埋没する事になるが、それは大きな問題ではない。
「でも……それだけじゃね。そんな長期保存出来ないしだろうし、あたしら二人だけじゃ、捕まえるよりも吸血鬼が増える速度の方が早いかも。咬まれた娘達の事考えれば、やっぱり――――――――――――」
「欲張りさんは、お仕置きデス♪」
「え? ぇあッッ!? ちょ! ヤダッッ!!?」
焦って全部の解決を、と考えてしまう雨音を、珍しくカティが諌めた。諌めるというか襲っていたが。
「アマネは優しいから女の子も吸血鬼の命も助けようとしてるデース」
「やッッ――――――――――――ギャァァアアアアア!! お前いったいどこに手ぇ突っ込んでる!!?」
当たり前の話だが、カティの部屋にベッドはひとつだけ。ふたりして布団に入っているので、雨音は自らクマの穴に入っている状況と言えなくもない。
おまけに、弱り切った今の雨音は、カティのヌイグルミと化していた。しかし、寝巻はともかく下着の下までは許容できない。
「ブッ殺しちゃうのは最後の手段で良いデース。その前にきっと、出来る事あるデスよ?」
「で、出来る事って――――――――――おいそれはマジでヤバい!!」
雨音はベッドから緊急脱出しようとしたが、寝巻のズボンを下着ごと掴まれ宙ぶらりんの状態に。お尻を丸出しにされてしまった。
肌に当たる空気に、慌てて雨音はベッドの中に戻るハメに。もう完全無修正で危ない所だった。
モソモソと布団の中で下着を着け直す雨音に、ピタリと背中にくっ付いてカティは囁くように言う。
「殺しちゃう以外全部やるデスよー。ギリギリまで頑張って、それでダメならアマネのせいでも誰のせいでもないデース。カティがカイシャク(介錯)するデスよ」
「……………」
具体性の欠片も無いプランだったが、それでも雨音は少し救われた気がする。ギリギリでお尻も救われた。
この、カティの根拠無くポジティブな所が、雨音には羨ましい所。何にしても理屈を付けねば安心出来ない雨音とは大違いだった。
「アマネ、今度こそカティと一緒に吸血鬼退治するデスよ。カティはアマネと一緒にいるから、大丈夫デース」
「…………今この瞬間が大丈夫じゃない感じなんだけど」
◇
そして、総力戦の構えとなった。
一晩ぐっすりと休んだ雨音とカティは、その日の内に戦力を整えて吸血鬼相手へ打って出る。
肥満吸血鬼とスケコマシ吸血鬼から金品をカツアゲして軍資金を得、通信機やニンニクや銀のスプレーといった物資を調達。途中で見つけたアクセサリーの露店で銀の十字架も買い占めた。
何やらRPGでモンスターを倒して資金を得た上で、装備を買い揃える冒険者の気分である。
その一方で、ジャックだけではなくお雪さんまで動員してサポート体制を整える。
主に無人攻撃機で得た情報の連絡係であるが、ジャックがオペレーターに専念出来るのは大きい。
今回は雨音も、ジャックが操れるだけの無人攻撃機をバラ撒いた。戦場を駆ける脚となるクルマの中には、これまでの反省――――――弾切れ――――――を踏まえ、先んじて火器が山と積まれている。
作戦目的は、
1.吸血鬼の拘束
2.少女(女性)達の解放
3.最初のひとりの拘束
となる。
何より被害の拡大を抑え、可能ならば取り込まれた女性達を解放する。そして、情報を聞き出すにしても最終手段に訴えるにしても、『最初のひとり』の存在が重要だ。
女性を解放出来るか否かは結局吸血鬼次第、というのが他力本願風味だったが、彼女達と他ならぬ吸血鬼自身の為にも、その方法が見つかるのを祈るばかり。
でなければ、皆殺し確定なんで。
勿論、『最初のひとり』を殺した所で、既に吸血鬼となった人間も、取り込まれた女性も戻らないという、最悪の可能性も残る。
だが、もはや雨音は死ぬ事と殺す事以外は、何だってやるつもりになっていた。
「………カティ、忘れ物は?」
「ハーイ、無いデース!」
雨音は黒いミニスカエプロンドレスの金髪に、カティは改造巫女装束の黒髪に変身済みだ。
魔法少女云々はともかく、今の雨音はこの姿に気合が入る思いだった。とても戦闘向きの姿とは言えないが。
更に、雨音とカティ、ジャックとお雪さんは買ったばかりの小型通信機を装備。対吸血鬼用装備も携行している。
カティの基本装備はいつもの大刀と、腰には使った事がない短刀。そして雨音は、S&W M500を初めとしてアサルトライフル、ハンドガン、ショットガン、グレネードランチャー、軽機関銃、短機関銃、AT4携行対戦車砲。
フル装備である。
「吸血鬼と思われる人物を追跡中ですわ。居場所は……お手持ちの道具に表示されてますかしら?」
「ええ、きっちり映ってる」
「最初の獲物デースね」
無人攻撃機を作った際に付いて来た情報端末には、地上の吸血鬼の映像が映し出されている。いきなり屋外にいる吸血鬼を発見出来たのは、幸先良く思えた。
「ジャック、お願い」
「うん分かった」
「秋山勝左衛門、いざ参るデース!」
そして、天井に武器遠隔操作システムを装備する軽装甲機動車に乗り込んだ4人は、カティの家の裏手から戦場へと出陣する。




