0022:切羽詰まっているという認識は間違っていない
ウィルス感染であった場合はそれこそ倍々ゲームで人類終了のお知らせだが、これがオカルト的要因の感染(?)であった場合は、少々事情が異なる。
昨今の映画等創作物に見られる、人間に吸血鬼要素を付加しただけの物と、本物――――――と仮に表現させてもらうが――――――の吸血鬼は違う。
吸血鬼と、咬まれる者。そこに在るのはウィルスなどの現代科学によるアリバイなどではない。理屈に合わない不条理な現象だ。あるいは、霊的な現象と言い換えても良い。
人間であった者が、襲われて怪物に同化させられる。理屈に合わない超科学的な力を振るい、怪物が人間を追い詰める。吸血鬼がもっと恐れられる二つの要因は、実のところ人間が持つ霊的な現象への恐れに他ならない。
吸血鬼は怪物的な捉え方をされる一方で、非常に霊的な存在だ。悪魔の眷族として描写される事や、動く死者としての在り方が強く表現される事がある。ウィルス感染者を主な理由とする現代の吸血鬼とは根っこから異なる陰鬱さや暗さを伴う不気味さが、古典吸血鬼の人気を根強いモノにしているのだろう。
霊的な存在であり、霊的な繋りがあり、それ故に魂まで支配してしまう。単に感染させてお終いではない。身体も、意思も、「死後」までもが、連綿と吸血鬼の鎖に繋がれ、ままならなくなる。
咬まれた者が咬み付き、新たな魂の奴隷に連なる。ウィルス感染とは比べ物にならない、吸血鬼とはその現象そのものであり、それが吸血鬼の真の力であり、真の恐ろしさだ。
つまるところ、その鎖を握るご主人様がいるという事だ。
ウィルス感染とは違い、最初のひとりは自分の作り出した同類を放牧したりはしない。咬まれたものを咬んだ者、それをまた咬んだ者。遡れば、必ず最初のひとりに辿り着く。
枝葉のように分かれて広がる、全ての吸血鬼の魂を縛り付ける者だ。
◇
「――――――――――って、こんな感じかもしれないねー」
「『しれないねー』って………」
話をする本人が、腰を折ってどうするのか。雨音は再び机に沈んだ。
「だってさー、吸血鬼って話が産まれてから200年くらいの間にメチャクチャ多様化してるんだもんー。一言に『これが吸血鬼だ』なんて言えないってーの。ただまぁ、一番人気のある路線がコレ? 退治するにも分かり易くて」
知りたいのは売れ筋路線ではなく実際の対処法だったのだが、それをマイペース文学少女に求めるのは無理難題というものだろう。何せ、未だ公には吸血鬼など創作物の中の存在でしかないのだから。
残念な事に、吸血鬼はおろか魔法少女まで実在してしまったが。
「でも、大ボスひとりブッ殺せばオールクリアってのは分かり易いデース」
「分かり易けりゃいいってもんじゃないわ」
と雨音は思うが、カティの言う事にも一理あると思い直す。
どうせブッ殺さなければならないなら、片っ端から無差別にやるよりは、最小限度の方が良い。最初のひとりを殺してしまえば全て解決というのも、物語としては分かり易い。
しかし、実際に生きた人間型の生き物を消さなければならないかと考えると、吐き気がして来る雨音であった。
「何か他に、こう……………聖水ブッかけたら正気に戻る、的なのは無いのかしら」
「そうねー………なんかの本で、咬まれた吸血鬼が咬んだヤツを咬み返して元に戻った、とかあったなー」
それならいけるか、と一瞬思った雨音だが、思い返せば『大牧ちゃん』は吸血鬼になったワケではない。試してみたい気はするが、そうでなくても催眠状態で意識がない女の子に、スケコマシ吸血鬼をガブッとやらせるのが生理的に嫌だ。試すだけなら良いかもしれないが。
◇
その日は一日、雨音は勉強が手に付かなかった。
この状況で勉強に集中しろというのも無理臭い話ではあるが、中間テストがいよいよピンチである。
頭に在るのは、昨夜の病院での出来事や、一昨日のコンビニ帰りの事ばかり。
別に義憤に駆られているワケではない。雨音がやらなければ、雨音の平穏な日常がヤバい事になるという、確実な未来予測に基づく切実な問題意識があるだけだ。
その一方で、あえて考えないようにしている。
ハッキリ言って、この状況は絶望的だ。敵は鼠算式に増え、不幸になる女の子やお姉さんも大量に出ていると見て間違いない。そのくせ、対処方法はまるで特定できていない。
いや、あるにはあるのだ。雨音が腹をくくり、銀弾を用意した上で、非殺傷モードをオフにすればいい。即日吸血鬼を皆殺しに出来るだろう。
「ぐぬぅ…………」
終業後、今日も何となくカティの家に集まっていた。
いつも何をするでもなく、ゲームをしたり漫画を読んだりDVDやBDを見たりと、のんびり過ごしているが、今は何もする気が起きない。
やたら大きなカティのベッドに寝そべり、カティ嬢所蔵の吸血鬼モノの漫画など読んでいる、と思わせて、内容はさっぱり見ていなかった。吸血鬼ハンターなんて者が出てきた時点で、そんな都合の良いもんがいたら苦労しねぇ、と読む気を無くしてしまったのだ。何の参考にもならん。
「しかもサラッと殺しちゃってるし………。ヒトに戻す方法があったりしたらどうすんだっつー話やでホンマ………」
「………?」
今は亡き大阪の師匠のような口調で愚痴る雨音に、カティも何となく絡み辛そうにしていた。
今更言うまでもなく、雨音はやる気の無い事を言いながらも、生真面目で面倒見が良い女の子である。雨音自身すっかり忘れているが、そもそもカティが雨音に懐いているのは、日本来て間もない頃にお世話になったからだ。
さり気ない優しさに気遣い。誰が何と言おうと、雨音はカティの憧れるヤマトナデシコである。
しかし、どうにもヒトを頼らない所があるのも、四六時中雨音にくっついているカティは気付いていた。
余計な口を挟んだり首を突っ込んだりしないよう注意して距離を取りながらも、いざ自分の領分と見れば、責任感を以って全うしようとする。
それもこれもヒトを思い遣っての事。そうして結局ひとりでこっそり見えない所でヒーヒー言っているのであるこの娘は。
「もー……その健気さが激萌えデース」
「……あんたの思考は四六時中燃えっ放しね。早々に燃え尽きる――――――――――ってコラ、カティ……」
勝手に琴線をかき鳴らして萌え上がる金髪娘は、ベッド上の雨音目がけてダイブ。親子亀のように背中から乗っかった。
「カティ……あんた、いっこうに重くならないわね。最近はきちんと食べさせてるんだけどね」
「アマネ、吸血鬼狩り、やめるデス?」
カティが雨音の頭に顎を乗せているので、喋るたびに若干の痛みが。だが、無防備に体重を預けられ、カティの柔らかさや温かさといったものがゼロ距離射撃して来るので痛みどころではなかった。
「アマネがヒトリで苦しい思いする事ないデース。それならもう警察にでも軍隊にでもうっちゃうデス」
「……いやダメじゃない? なんか、警察の方が全滅しそう」
「そんならカティがブッ叩斬るデース。魔法少女として放っておけんデスからネー」
「……カティひとりだと、また捕まりそう」
「『また』ってなんデス!!? カティは敵に後れを取った事など無いデスよ!!?」
酷く残念そうな物言いの雨音に、カティは馬乗りになって抗議する。雨音としては、お尻が当たるのでもう少し慎みを持ってもらいたいところ。今に始まった事でもなかったが。
それにしてもカティは本気で「負けた事など無い」と言っているのか。本気にしても虚勢にしても、この先が不安になる娘である。
だが、カティがやる気なのは最初から分かっていた事だ。
正義感というか、義侠心というか、とにかく不条理や理不尽で泣く人間がいるのが我慢できない娘だ。侍フリークだからそうなったのか、それ以前からそうだったのかは分からないが。
放っておけないのは、雨音だって同じ気持ちだ。『大牧ちゃん』のような娘がこれ以上出るのは、同じ乙女として我慢ならない。男なんて全部もげろ(?)と呪いを発したくなる。
つまり、問題はそこだ。
もげても構わないが、殺してしまえばそれまでなのだ。
殺すのは怖い。結局雨音は自分が手を汚したくないだけなのか。そう思うと、自己嫌悪で吐きたくなった。
「カティ…………」
相手は吸血鬼で最低男どもだけど、それでも殺してしまうのか。
そんな事を口にしてしまう寸前で、雨音はその言葉を飲み込んでいた。
やめろ、などとは言えない。万が一、カティが事に挑むのならば、彼女のブレーキになるような事も言えない。
優先順位の問題だ。雨音はカティが大事だ。無論、吸血鬼よりも優先する。被害者の女性達も、吸血鬼よりは序列が上だ。つまり、カティ>被害者女性>吸血鬼、となる。
こうやって整理すれば、何を悩む事もない。警察に対処は望めず、被害者は増え続け、対処出来るのは現状では雨音とカティしかおらず、全員を助ける手立てなど見つかりはしない。
雨音の中では、揺るぎ難い結論がもう出ているのだ。
「…………もちょっと気の効いた魔法は無いのかしらね。やっぱり似非魔法少女だわコレ」
「アマネは最高に魔法少女してると思いマースよ」
「あんたテロメイドとか黒アリスとか言ってたじゃんよ」
「うぅ~~…………その辺はもう忘れて欲しいデース」
途端に、小柄な金髪少女はベッドの隅で布団を被って震えだした。色々と思い出してしまったらしい。
そんな小動物のようなカワイイ友人の様子に苦笑した後、雨音は表情を引き締めて言った。
「カティ、あたしはこれからヒトを殺すと思う」
「………アマネ?」
口にしてみれば、呆気ないものだった。
何事もそんな物だ。決めて、踏み出してしまえば気が楽になってしまう。悩む時間は終わり、そして全部終わった後になって、死ぬほど後悔するのだろう。
布団を被るカティに、雨音は三角座り――――――女の子座り――――――になって正面から向き合う。
「それで、カティ、あんた留守番ね」
「んなぁ!!? か、カティ的にはさっきのよりこっちの方がびっくりデスよ!!?」
そんなの承服できるワケがなかった。当然、布団を跳ね上げカティは雨音に迫るが、今回は雨音の方が譲らない。
「今回はあたしが決めたの。やっつけるーとか倒す、なんてのじゃなくて、あたしが自分で殺すって決めたの。相手が何でもそれって酷い事だし、きっと一生引き摺って、人生変わると思うわ。だからカティ、あんた留守番」
「それがサッパリわからんデース!! それでどうしてアマネひとりでやっちゃうデス!? そんなヒトリで抱え――――――――――――」
「まぁ、カティに人殺しさせたくないってのもあるけど、カティだと敵を追っかけて深入りして囲まれて捕まりそうだし。あたしひとりで狙撃した方が多分簡単だし。足手まといになるし」
「――――――――――るグゥ………」
ぐうの音も出ないとはこの事である。グゥの音は出ていたが。
「そ、それでもアマネひとりで行く事ないデス! カティだってお手伝い出来るデスよ? ボディーガードになるデス!」
「それもヤダ。だってかなりスプラッタな事になると思うもの。カティに撃ち殺してる所を見られたくないわ」
「でもッ………………アマネ?」
喰い下がろうとした所で、カティは普段口調で語っている、雨音の本当の気持ちに気が付いた。
呆としているように見えるのは、内心にある物を押し殺しているからだ。血が滲むほど拳を固めているのは、震えそうになるのを堪えているからだ。
踏み出してしまえば気が楽になる。そんなのは自分への誤魔化しだ。本当は、恐い考えを必死になって頭の中から追い払っているだけだ。
雨音は決壊寸前だった。
元から小知恵が回るだけで、気の小さな少女である。物事をスルー出来ないのが最大の不幸だ。そこに責任感が加わるのだからもう最悪。この少女は自重で潰れそうになっている。
「もう……なしてアマネは、自分でそこまで追い詰められちゃってるデス?」
「…………………なんで、って」
いつもとは逆に、カティが大人びた苦笑をしながら雨音の頭を撫でていた。
すると、もはや一言も口に出来ない有様の雨音が、見る間に涙を溢れさせる。
「だ、だ、だって………ほっといたらダメじゃん……あたしがやらないと………で、でも……でも――――――――――――」
「アマネ必死過ぎマース。そんなバイナリーにデッドオアアライブでなくともやりようはあるデスよー」
そのまま、子供のように頑張って泣き出す雨音を、カティは笑って抱き寄せていた。




