0021:おかげで今日も徹夜であるが若さで乗り切るのも限界臭い
吸血鬼は、実在するならば圧倒的な力を持った存在だ。
日光に当たれば身が燃え尽き、銀やニンニクは致命的な毒となり、血を吸う事でしか命を繋げず、招かれない家には入り込めず、流れる水は踏み入る事が出来ず、十字架や聖書を直視できない。
しかし、夜の世界では最強の生き物だ。
人間を引き裂く怪力、物理法則を無視した踏破能力、身体能力。およそ、正面から相対してどうにかなる相手ではない。
「テキサース!!!」
「あいだほっっ――――――――――――!!!?」
その吸血鬼が、正面から巫女侍にラリアット――――――大刀の峰で――――――を喰らって後方空中三回転捻りを決めていた。
「――――――――ごうっっ!?」
後頭部から床に落ちたスケコマシ吸血鬼は、痛みを堪え、這いつくばってその場から逃げようとする。
背後からは、巫女侍の持つ大刀の切っ先が、床を削ってくる恐怖の音が。
「首を落とし易そうなかっこデスねー……。でも、勝手にウチクビ(打首)したら黒アリスさんに怒られるデース……」
「ぉ………うぉぁぁあああ!!?」
声に振り返ると、赤色灯を照り返す鋼の輝きが目に入る。
恐怖にかられた吸血鬼は四つん這いで駆け出そうとし、
その瞬間、吸血鬼の向かう暗い廊下の先で、一瞬だけ何かが光った。
「――――――――――? ガッッッ!!!!?」
何が起こったのか分からなかった。
何か強力な力に肩を引っかけられ、大の男の身体が糸屑か何かのように宙へと吹っ飛ばされる。
上下の感覚は無くなり、右も左も分からなくなり、気が付けば固くて冷たい壁に自ら頭を押し付けていた。
かと思えば、何かを引っかけた左肩はやたらと熱い。
その熱さが痛みに変わるのに、それほど時間は要さなかった。
「いっ……痛ッぐぁああああぁああ!!?」
壁だと思ったのは、病院の廊下の床だった。
頭を痛打し、吸血鬼といえども平衡感覚を無くす。痛みと熱さが全身に広がり、吐き気まで催し始める。
吸血鬼になって調子に乗っていたバカ一名が、現実に引き戻された瞬間だった。
いや、現実というよりは、悪夢そのものか。
「勝左衛門……そこ、手術室だってさ。持ってきてくれる?」
「イエッサー。もう逃げられないネー」
廊下の奥から姿を現したのは、黒いミニスカエプロンドレスの少女。
手にしているのは、発砲直後で煙を吹いているM82バレット、12.7ミリ口径対物狙撃ライフル。
銃に疎いスケコマシといえども、それがとんでもない大砲であるのは見ただけで分かる。
撃たれたと思しき肩が、千切れ飛んでいないのが不思議なくらいだった。
「てッ……テメー! それでも人間かよヒデー事しやがる!!?」
外道吸血鬼は自分を棚に上げ、裏声混じりでエプロンドレスの少女を非難していた。
自分が撃たれた事だけを指しているのではない。この吸血鬼が虜に落とした女たちを、エプロンドレスの少女が容赦なく撃ち殺した事を言っているのだ。
そんな見当違いの非難に、エプロンドレスの少女、雨音は12.7ミリ弾で応えた。
「うぉおおぉぉおおぉおおい!!?」
吸血鬼の頭を掠め、床に大穴が空いた。
床材の破片が吸血鬼の横っ面にメリ込み、諸々の衝撃で頭から跳ね上がる。
「ぐぁぁああああああぁぁあぁああああ………! こ………このクソアマぁッッ!!」
跳ね上がった勢いで、吸血鬼が雨音へ襲いかかった。
相手の武装は長距離戦闘用のライフル。即座の近距離戦闘には対応できない。
と思ったが、
「笑止ネー!!」
「――――――――――オガッッ!!?」
その真横から、巫女侍の馬鹿力で大刀を叩きつけられ、吸血鬼は壁に激突。それだけに止まらず、壁をブチ抜き手術室へと叩き込まれた。
「………おぐ………ぅ……おぉ………」
人間ならば、即死しておかしくないほどのダメージ。だが、そのスケコマシは吸血鬼であるが故に、死んで楽になる事は許されなかった。
無論、怒り心頭の雨音だって許しはしない。
「ほら……あんたら悪党風に言うとアレよ……。人質を撃ったのは、そうさせたお前らが悪いんだ、ってヤツ?」
底冷えする声色で、入口から手術室に入る雨音が言う。
「あたしは正義の味方ってワケじゃないし、それほど器用でも無いから……手段とか選べないのよね」
黒いエプロンドレスの中のただ一点、純白のエプロンのポケットから.50S&W弾のシェルローダーを取り出すと、魔法の杖へ弾を充填。
「ま……手段を選ぶつもりもないんだけど」
手術室に転がる、女性の心と体を弄ぶスケコマシ吸血鬼へ銃口を突き付け、
「あんた達が腐れ外道なおかげで、あたしも何でも出来る気分よ。だから――――――――――――――」
撃鉄を引き上げると、
「――――――――――死にたいのなら、別に何も喋らなくてもかまわないわよ?」
股間の下5ミリの所へ、銃弾をブチ込んでいた。
◇
一応お断りしておくと、勿論看護師さん達も、入院していた『大牧ちゃん』も撃ち殺していない。スケコマシ吸血鬼が勝手に思い込んだだけである。
結局大牧ちゃんを撃ってしまったのは、雨音としてもやや反省。
だが、ベストではないにしてもベターな選択だった、くらいには思っていた。
どうせ撃っても死にはしない魔法の弾丸。だからと言って、心が痛まないワケではない。何せ威力は本物である。時々「ホントに本物と同じなのかなこの威力」と雨音自身首を傾げる事があるが。
とにかく、吸血鬼の虜となっていた『大牧ちゃん』ならびに病院の看護師さん達は、雨音に撃たれて全員失神してしまった。
人質を取られたからと言って、いや人質を取られたからこそ、雨音は歩みを止めるワケにはいかなかったのだ。彼女たちの為にも。
死者が出たという話も聞かないので、後は全快するのを祈るばかり。
問題は、何を以って全快と言うべきか、だが。
「………………なんて? 元に、戻せない?」
「は、はいぃ! すいません殺さないでくださいぃ!!」
「フザケタ事言ってんじゃねーデスこのファキン吸血鬼! 心臓じゃなくてケツに白木の杭ブチ込むデスよ!!」
誰に咬まれたか、誰を咬んだか、他に吸血鬼を知っているか。諸々聞きたい事はあったが、何よりこんな男の操り人形になっている女性が不憫だった。
なので、まずその辺を解決したかったのだが、どうやらかなり面倒な事態となった様子。
少し考えただけで、雨音は一番短絡的かつ確実で簡単お手軽な解決手段がある事に思い至る。
「………やっぱ殺すしか………」
「ひぃぃぁああああああああ!!? やめて助けてお願い殺さないで!!」
「じゃ股の下の小汚いモノ外科手術で切除するデース!!」
「ぃイヤだぁアぁあぁアアああアアああ!!!」
股間への一撃が効果覿面かつ致命的だった様子で、ワイルド系スケコマシ吸血鬼はその態度を改め、今や情けない泣きっ面を晒しながら手術台に縛り付けられていた。
カティはどこで見つけてきたのか、手術着に拡大鏡を装備して尋問に挑んでいる。見つけてきたカティもそうだが、どうして手術室に歯科のドリルがあるのだろうか。
「……勝左衛門、とりあえず咬み合わせ悪そうな牙、削ってやんなさい」
「はいデスドクター!」
「ち、ちちちちちょっと待ってマジマジマジホントに戻す方法なんて知らないんだってでも言う事は聞くからいつも通りにしろって命令すればアガァァアアアアアアアア!!!」
「はーい口閉じても構わんデース。そんときゃアゴの骨から削ってやるデース」
コンプレッサーから空気が送り込まれ、歯科用ドリルがキーンと甲高い音で鳴り始めた。
革ベルトで拘束された吸血鬼は、カティの馬鹿力に対抗できずに顎を固定され、麻酔無しで歯を削られる。
同情は全くしなかった。
その後も、吸血鬼の耐久限界に挑むような拷問が行われたが、オヤジ吸血鬼に行った事と大差なかったので詳細は割愛する。
しかし、今回は雨音もギリギリまで悩んだ。その為にスケコマシ吸血鬼は精神崩壊に追い込まれたが、それは完全に自業自得だったので良しとした。
問題は、『大牧ちゃん』の症状が全く改善を見なかった事だ。
すなわち、スケコマシ吸血鬼に虜にされた病院の美人看護師さん達、のみならず、昨今の吸血鬼事変で犠牲となった全ての女性が、同様の境遇にいるという事になる。
これは、のっぴきならない緊急事態だった。多くの女性の人生と将来に関わる非常事態だった。
特に雨音と同じ学生諸君。
テストや受験は、一回外しただけでも人生の躓きとなりかねない。
会社員の女性は仕事や給料、あるいは出世といった人生設計に関わる。
お母様方は、旦那さんやお子さんに非常な負担をかける。
幼女を咬んだ吸血鬼なんて、雨音の信念にかけてハチの巣にしてくれる。
ただ、そこまでの事態となっても、雨音は最終手段に訴える事が出来なかった。
つまり、吸血鬼の抹殺。
殺す手段などいくらでもある、と思う。が、そこまで試せていない。
スケコマシ吸血鬼すら、日光に当てた途端に全身から煙を吹き、転げまわっているのを見るに見かねて殺せずじまいだった。今は死体安置所で執行猶予の身である。
彼女達の事を想えば「殺るべきだ」、とは雨音も思うが。
「アマネが手を下すような相手じゃないデース。どうしてもって言うなら、カティがヤツに富士山頂で御来光拝ませてきてやるデスよ」
徒労感でいっぱいの雨音は、眠気も手伝って机に突っ伏くしていた。
そんな親友を気遣い、カティも今日は過剰なスキンシップは控える。その分、後で反動が凄いが。
雨音はカティに手を汚させるつもりなんざサラサラ無い。いざとなれば、やるのは雨音だ。
そう思う一方で、一番心が痛まなさそうな方法は、とか考えていたりもした。
「あれ? せんちゃん盲腸? 妊娠? 痴情の縺れで刺された?」
「……どうしてそんなにバラエティーに富んでいて普通の腹痛という例が出てこない…………?」
「妊娠も痴情もカティがいる限り有り得ないデースよ」
「そっかー、じゃぁカティ、さっさとせんちゃん孕ませちゃいなよ」
「とりあえず高校卒業まではお腹おっきく出来ないデース」
「突っ込む気力もないわ………」
死んだ目で馬鹿二人を見る雨音。その片割れの文学少女、北原桜花は変に本を読んでいるだけあって、時々冗談が笑えない。吸血鬼ブームに先駆けて、その手の本を読み漁っていた事だし。
そんな事実も思い出し、何となく雨音は聞いてみる気になった。
「ねー、北原さんさー」
「んー?」
「吸血鬼の虜になった人ってさー、どうすれば正気に戻るの?」
「…………あやま?」
マイペースの文学少女も、まさか雨音からそんな質問が飛び出すとは想像もしない。
雨音だって普段ならそんな事は訊いたりしない。だが今は、少々まいっていたのだ。昨晩は精神的に色々と無理をし過ぎた。
「吸血鬼に咬まれた娘がいるデスよ。でも、吸血鬼は殺せんのデース」
「えー、マジでー?」
カティはと言えば、その辺は小難しく考えずにサラッと喋ってしまう。
マイペース文学少女はどう受け取ったのか。カティと雨音の言う事を本気にしているのかいないのか、外から見ただけでは分からなかったが、
「まーアレじゃない? やっぱりそういうのってさー、最初のひとりが重要だったりするワケよー」
「………?」
「どういう事デス?」
少しの間考えた後、マイペース文学少女はそんな事を言い出した。




