0020:病院内ではお静かにしないと撃ち殺す
誤射だけど、誤射じゃなかった。
なんて某田舎暮らしの姉妹の如く喜んでる場合ではない。
咬まれた彼女『大牧ちゃん』が吸血鬼になっている可能性までは想定していたが、こんな展開どうして想像できようか。
雨音がうっかり撃ってしまった白衣の男。まさかそいつこそが、吸血鬼であったとは。
しかし、カティにとってそんな事は重要ではない。
「な、ななななななしてアマネはその女を抱いてるデスかー!!」
「この状況で他に言うべき事は無いの!?」
親友が自分以外の、素っ裸の少女を抱き止めている事実の方こそ一大事だった。
今までずっと同じ個室にいた。分かっていれば、頭に1マガジン分20発の7.62ミリ弾をブチ込んでやったのに。
そんな事が事前に分かる筈もないので後悔するだけ無駄だったが、この状況では後悔もしたくなる。
個室とはいえ、それほど広くもない部屋。目の前には、予想だにしない吸血鬼が参上。雨音の武装は、9ミリ拳銃と50口径ハンドキャノンが一丁ずつ。
そして、そんな事知ったこっちゃねぇ、と言わんばかりに、雨音に喰ってかかる暴走巫女侍。
まずこいつから撃って黙らせた方がいいのかと、ちょっと本気で思う。
「カティ! そんな事よりあっちあっち!!」
「既に二人は熱い仲なんデス!? 触れ合う肌と肌が熱くなってるんデス!!? そう言ってアマネはカティに見せつけてモテアソ(弄)ぶデース!!! カティが離れられないの知ってるクセにー!! うわぁぁああああああん!!!」
「熱いじゃねぇ! あっち見ろと言ってるんじゃー!!!」
そして仕舞には、本気で巫女侍は泣きだしてしまった。
意識があるんだか無いんだか分からない素っ裸の少女を放り出すワケにもいかず、頼りになると一瞬でも思った相棒はご覧の有様。
雨音の武装も決して万全とはいえなかったが、天井に張り付いている白衣の吸血鬼も状況が掴めないのか、微妙に困惑した表情で動かなかった。不幸中の幸いである。
「……なんだお前ら? 銃なんか持っているから、自衛隊か何かかと思ったけど……んなワケないか」
自衛隊でも何でもないのは、雨音とカティの格好を見れば容易に分かる事だろう。
かと言って、雨音も自分を何者と名乗って良いのかは分からなかったが、
「ま……誰でも良いか」
白衣の吸血鬼は、雨音とカティの正体には、それほど興味がない様子。
闇の中で赤い目を爛々と輝かせ、牙を剥いて舌なめずりしているのを見れば、何を考えているのか容易に想像出来ようというものだ。
一見ワイルド系の青年なのに、中身は腹の出たオヤジと同じか、と。
だが、決して気分の良い話ではないのに、何故か雨音は頭のスッキリする思いだった。
「……あんた? この娘をこんな風にしたの」
「あ? 何、ミトリの友達だった? いや、お前らみたいな知り合いがいれば知ってるか」
『大牧ちゃん』のフルネーム、大牧御鳥。
ベッドの名札を見れば分かる事だが、この吸血鬼の物言いは、もっと馴れ馴れしさを感じさせた。
「知り合い……を、咬んだの?」
「ってーか元カノ? 別れようって言われたから、そんなら彼女じゃなくてペットでいいや、みたいな? ちょうど素敵な吸血鬼様になった事だし」
最後に(笑)でも付きそうな、実に軽薄な物言いの白衣の男。この性格は、どうやら吸血鬼になる前からのモノらしかった。
「てか『こんなにした』って何の事よ? オールヌードになったのはミトリが自分でやった事だろ?」
天井に寝転がるワイルド系イケメン吸血鬼は、動物でも愛でるかのように、雨音の抱き抱える全裸の少女を見下して言う。
「可愛いよなー、咬んだ後に命令すれば何でも言う事聞くの。『ご主人様が来たら、全裸になって御奉仕』とか言い付けを忠実に守るなんて、付き合ってた頃よりぜってーこっちの方がいいわ。ワガママ言わねーし、泣かねーし……。まぁ、死んだフリしてんのに俺のトコ来ちゃったのは、御愛嬌という奴かね」
この吸血鬼も、良いのは顔だけで、性根の方は腐っていた。
女の子を愛玩動物か家畜のように言い、心を縛って都合が良いとのたまう最低男。
『自分でやった』と言っておきながら、その2秒後に『命令した』と言って悪びれなもしない。
「何と言うか、人類の敵であると同時に女性の敵で1.5倍増しデース!!」
「言ってる事は良く分からないけどお帰り勝左衛門」
流石にカティも、怒りの矛先をどこに向けるか思い出す。
そして、外見は平静に見える雨音も、抱き抱える少女の重みを想い、胸中にマグマの如く煮えたぎるモノを覚えていた。
「で、お前らは何なの? もしかして、吸血鬼ハンター、とか? プハッ! ウケるー!」
「そうね………今回だけはそれも悪くないかもね」
天井をゴロゴロと転がる余裕たっぷりの吸血鬼は、静かにブチ切れた破壊神の怒りに気が付かない。
「なんでもいいよー、そっちのオッパイ出してた娘もお前も美味しそうだしー。ま、どうせ銃じゃ死なないから、諦めてボクと契約して新しいペットになってよー」
「アマネ以外に見たヤツは記憶無くすまで頭ぶん殴るデース!!」
牙を見せてせせら笑う腐れ吸血鬼に、カティは抜刀して斬りかかる。
殴るとかじゃなくて、首から上を跳ね飛ばさん勢い。
だが、相手は刀の届きにくい天井から、明らかに物理法則に外れた動きで壁へと走って逃げていた。
「うひょーコエー!!」
「ッダム!! 大人しくお縄をちょうだいするがいいデース!!」
お縄じゃなくて直接ブッ叩斬りにいっとるがな、とは今の雨音は突っ込まなかった。
修羅の形相となったカティは猪武者全開で、個室内で大刀を振り回す。
カーテンを斬り裂き、バイタルモニターを叩き潰し、薄型テレビを更に薄くしながら吸血鬼に肉薄したところで、
突如病室の扉が開き、10名以上の看護師が入って来た。
「なんデス!?」
「……!?」
同時に、全裸の『大牧ちゃん』が雨音に抱き付いてくる。
「オッケーオッケー、そのまま掴まえとけよミトリ。そっちはー……まぁ斬りたかったらスキにすれば? 保存食のストックなら今日二人分補充できるしー」
よく考えなくても、これだけ大騒ぎして誰も見に来ないのは、明らかにおかしい。その答えが、これだ。
病院は既に、この白衣を着た吸血鬼によって制圧済み。看護師さん達も『大牧ちゃん』同様に、全員が生気の無い顔をしていた。
「このッッ! 本物のケツのアナ野郎ネッ!!」
いくら猪武者のカティとはいえ、何の罪もない者を斬る刃など持ち合わせない。その辺は天然のサムライである。
部屋一杯の看護師に囲まれ、カティは身動きが取れない。
雨音にも助けた筈の全裸少女が絡み付いて、カティから見てなんと羨ましい事に――――――ではなく卑劣な事を。
そして腐れ吸血鬼は、余裕たっぷりに鼻歌など吹いていた。
好色さを隠そうともしない視線で、ミニスカエプロンドレスと巫女装束の美少女二人を舐めまわし、
「うーんいいねー、金髪の方も黒髪の方も。黒髪の巨乳ちゃんは意識残したままの方がいいかな。楽しそうで。で、金髪ちゃんに調教させて、二人で百合プレイさせるとかもう堪らん――――――――――――ん?」
と、そこまで言った所で、ある物を見た白衣の腐れ吸血鬼が、ゲスな独り言を中断する。
素っ裸のまま雨音に抱き付く『大牧ちゃん』の背中。
その両脇から伸びてきた腕の先には、サイレンサー付きの9ミリ拳銃と銀色のハンドキャノンが握られており、
爆音を上げ、両手の火力が解放された。
「ッ――――――――――ぉおおおおおお!!?」
「――――――――――んぃ!?」
左右二門の無差別発砲。
それは、腐れ吸血鬼ではなく、操り人形となった看護師さん達を薙ぎ倒した。
「え……えぇぇえぇええええええええええ!!? あ、アマネー!!?」
今の雨音は抱きついてくる全裸少女が邪魔で、前が全く見えていない状態。これでは精密射撃もクソもない。
しかし、雨音はお構いなしに9ミリを撃ちまくり、更に、
「銃器形成!!」
リボルバーの最期の一発で新たな武器を造り出す。
5.7ミリ短機関銃個人防衛火器。
室内で取り回し易く、かつ多数の敵に対応出来る、大弾数を確保した近接火器。
「ち、ちちちちょっと待てぇ!!? な、何だお前!!? なんだよ今の!!?」
例え吸血鬼であろうとも、それは目を剥く瞬間だった。
お構いなしに哀れな犠牲者を撃ち殺すのにも驚かされたというのに、たった今目の前で起きた現象は、理解すら出来ない。
雨音は応えず、全裸の少女を張り付かせたままP90を掴み取り、カティの方へ向かった看護師さん達の背中へ容赦なく掃射する。
白衣の天使を5.7ミリ弾で殲滅し、その最後に、
「ごめんなさいね」
銃口を『大牧ちゃん』の頭に押し付け、引き金を引いて吹っ飛ばした。




