0018:恐いくせに見てしまうパターン
入ってから気が付いたのだが、雨音は入院した経験がない。
怪我して通院、病気して来院、そのくらいならあるが、日帰り入院すらした事ない。
日帰り入院という言葉自体が、何やらおかしくも感じるが。
つまり何が言いたいかと言うと、夜の病院という暗黒ホラー空間に身を浸したのは、これが初めての経験であり、率直に言って雨音はビビっていた。
「フー……フー……フー………」
「アマネ……そんなに恐がらなくても、幽霊くらいカティが斬り捨てごめんデース」
「いやあんた物理攻撃一本じゃん……効かないじゃん……ダメじゃん……。そ、それに別に幽霊が恐いワケじゃ………」
と言いながらも、真っ暗な病棟内を往く雨音は、アサルトライフルを構えたまま手放せないでいたりする。
「ほ、ほら……なんたって吸血鬼がいるかも分からないし……」
「でも、ここでブッ放したら大騒ぎデースよ?」
「大丈夫よ……サイレンサー付けてるもん」
そういう問題ではないとカティは思ったが、ビビり倒して腰が引けた雨音――――――変身後も可――――――カワイイ、ので良しとした。
そんなガクガクブルブル震えているミニスカエプロンドレスの少女は、アサルトライフルのSCAR-H――――――サイレンサー+暗視スコープ装備――――――を堂に入った構えで、特殊部隊張りの動きで慎重に前進する。
トリガーに指が掛かっていないのは、最後の理性だ。
ところが、覗きこんでいる暗視スコープの中に、白く蠢く何かの姿が飛びこんで来た瞬間、
「お……えッッ――――――――――――!!?」
「ヒッッ――――――――――――!!!?」
最後の理性は恐怖にあっさり駆逐され、曲がり角から出てきた白衣姿の男性に向かって、雨音は思いっきりフルオート射撃をブチかましてしまっていた。
「ヤヤヤヤバーい! やっちゃった、やっちゃった!!?」
「どどどどうするデスこのドクター!!?」
「とりあえず! とりあえずその辺に置いといて!!」
近距離から胴体に10発以上。
かなり御見事にヒットさせてしまった医者らしき男を引き摺って、雨音とカティは「面会謝絶」の札のかかった病室に飛び込んでいた。
ここは件の、吸血鬼の被害に遭ったと噂される女子生徒、「大牧ちゃん」の病室だ。
場所は、昼に来た際に確認済み。
3階トイレの窓から侵入した雨音とカティは、警備員や看護師を避け、目的地点である病室に侵攻したのだが。
「……カティさん?」
「ご、ごめんデース! でも、なんか急に出て来たデスよこのドクター……」
前方警戒は雨音の役目で、カティは情報端末の監視担当だった。
カティにそんな事をやらせようと言うのが、既に雨音のミスキャストであった気がしなくもない。
と、文句を言いつつ雨音が自己反省した所で、本題の少女である。
「ホントにごめんデース……アマネー」
「………いいわよ、カティ。所詮あたしら素人なんだから」
シュンとしているカティの頭を苦笑しながら撫で、雨音はベッドの上へと視線を向けた。
学校で顔写真を確認しているので、本人かどうか確認する術がない、などと言うお約束のボケはかまさない。その前に大ボケをかましてしまったが。
それはともかく。
彼女の姿を見止めた途端、雨音とカティは沈黙してしまう。
慣れない行為に後ろめたさを感じていた所へ、背後から冷や水をブッかけられた感覚。
大ボケ、とは言ったが、ある意味僥倖だったかもしれない。ひとつアクシデントを乗り越えていたが為に、その程度では驚かなくなっていたのだから。
「……お、起こしちゃったデス? カティたち、騒ぎすぎましたデスますか?」
「………?」
彼女、「大牧ちゃん」の瞼は上がっていた。
眠っているとばかり思っていた相手が、実は起きていた。となれば当然、不作法な侵入者は咎められて当然だろう。
ところが、仰向けに横たわる彼女の眼は、真っ直ぐ天井に向けられたままだった。
二人とも気持ち声を抑えていたとはいえ、これだけの至近距離にいる騒がしい少女二人に、気付かない筈もない。
だが、雨音は何故か得心の行った思いだった。
知りたかった事が、非常に分かり易くて、大変ありがたい。
予想が外れていれば、それに越した事は無かったとはいえ。
「やっぱり……意識がない……って言うのかしら? 起きてるように見えるけど」
「アマネさん……!?」
ひとり納得した雨音は、唐突に「大牧ちゃん」の衣服に手をかけはじめた。
淡い黄色の寝巻の下を引き摺り下ろしたかと思うと、事もあろうに純白の布地の中まで検め出す。
これには、巫女侍が堪らず叫んでいた。
「な、ななな何をしてるデスかアマネー! そんなに見たいならカティはいつでもウェルカムデースのにー!!」
「何をワケの分からん事言っとるかこの娘は……。彼女が本当に被害者かどうか、咬まれた痕を確認するって前もって――――――――――――ってこらこらこら脱ぐな脱ぐな!!」
黒髪のグラマー美少女が、何故か今にも泣きそうな顔で、緋袴を脱ぎ捨てる。
その勢いで、下着――――――とても正規の襦袢、白衣とは言えない――――――まで毟り取ろうとするのを、雨音は慌てて止めに入った。
「やめなさいはしたない!! アンタ脱いだって意味ないでしょうが!!」
「ッ……!? ふぇ………カティのヌードなんてアマネには何の意味もないデス……?」
「その質問の意味が分からないけど、どうでもよかったらこんなに慌てないわ!」
「で、でも……アマネに脱がされるなんて夢のシチュエイション……目の前で他の娘にされるなんて…………プレイ難易度高すぎデース!!」
「あんたの思考の方が難易度高すぎる!!」
と、雨音の阻止行動も虚しく、膂力に勝るカティが襦袢もどきの前をはだけてしまい、たわわな果実が如き中身が二つ、外に零れ出てきてしまった。
少年誌や全年齢誌なら修正間違い無しのポイントまでが無修正で晒され、雨音が思わず自分の諸手で隠してしまう。つまり正面から完熟フルーツ掴み取りであった。
「ア……アマネ…………」
「あ……ぅ! ご、ごめ――――――――――じゃなくてアンタさっさと前止めなさいよ……!」
女同士とはいえ、流石に雨音も恥ずかしい。
努めて手の平にかかる柔らかさや重さやら温かさを意識しないようにしつつ、目の前のお姉さん――――――見た目のみ――――――に胸を隠すように言うと、
「………カティ?」
目をまん丸に見開いたカティは雨音ではなく、雨音越しの、その向こうを見ていた。
カティが一体何を呆然と見つめているのか。
「……………」
何かこんなパターンを、何かの映画で見た事があるような。
そんな既視感を覚える雨音の背後では、吸血鬼に襲われたらしき少女が、ベッドの上で音もなく身を起こしていた。




