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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-03 吸血鬼は文学だけにしておくべきかと
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0014:活動的な馬鹿より頭の良い臆病者の方が恐い

 とにかく情報が欲しかった。攻略情報無しではゲームができない娘である。

 相手の力は、数は、弱点は、特異な習性は。または雨音が知らない事で、何か致命的な事は無いか。

 冷徹で残酷で極悪非道――――――と言っていた金髪娘はお仕置きされた――――――に見えても、根本的に臆病な小心者だったりする。臆病が過ぎて容赦とかする余裕が無くなっている上に、一度キレると反動で破壊神と化すが。

 そのようなワケで、こんな残虐行為に到っていても、それは臆病な彼女が追い詰めらている故の事なので許して欲しい。



「ギャァァアアアアアアアア!! アチちちちちちィ!!!?」

「銀イオンでも効くのね……。銀の弾丸なんて、アーカイブの中に在るかしら……?」


 臭い物に吹きつけられるが如く、銀イオンの消臭スプレーを至近距離から喰らったオヤジ吸血鬼は、逃げる事も出来ずに地面の上を転げ回っていた。

 全身を耐荷重500キログラムのスチルワイヤーで拘束されている所に、吸血鬼の弱点である『銀』。

 そして、それを観察する雨音の眼差しは、殺虫剤を撒かれてもがき苦しむゴキブリを見るかのように冷ややかだった。これでも目一杯恐がっているので信じて欲しい。


「イギャァアアアアアア死ぬ死ぬ死ぬわボケがコラァ!!」


 スプレーを吹きかけられた顔面(・・)や頭部から煙が上がっている。

 オヤジ吸血鬼は地面を転がり、顔や頭に付着したスプレーを(ぬぐ)い取ろうと、した。


「オギャンッッ!!?」

「オウッ!?」


 転がって行った先で、見えない壁にでもぶつかったかのように、オヤジ吸血鬼の顔が潰れていた。

 オヤジの頭の横では、どういうワケか勝左衛門(カティ)が、ペットボトル(2リットル)の水をチョロチョロと地面に流している。


「ワーオ……こんなふうになるネ……」

「はい、ニンニク、銀、流水もクリアー。勝左衛門、聖書朗読」

「は、ハーイ。エーと、それではセンエツ(僭越)ながら……詩編23篇『例え死の谷を歩もうとも私は恐れない。何故なら神は私と共にいてくださる。神の鞭と神の杖、それが私の支えとなる』デース」

「オギョォオォオォオオオオ!!!?」


 今度は打ち揚げられた魚のように、バタバタと身体を跳ねさせる吸血鬼オヤジ。その度に、倒れたペットボトルから流れる水の、見えない壁に頭をぶつけて鈍い音を立てていた。


「オーウ……ハレルヤ、主は偉大デース」

「確か、敬虔(けいけん)なクリスチャンじゃないと効果無いんじゃないかって話だったと思うけど、そんな事なかったわね」


 今のところ、めぼしい弱点は全てクリーンヒットだった。これで日光にも効果があれば、大分勝ち目も見えてくると言うもの。

 とは言え、まだまだ安心するにはほど遠い。弱点が古典の通りならば、吸血鬼の利点も古典の通りである可能性があるのだから。


「……コウモリに化ける、霧に変化する、狼になる、ネズミになる、壁を通り抜けられる、咬んだ相手を支配できる、あと怪力。吸血鬼が美形だってのは……まぁ、美的感覚は個人で違うし、あんまり吸血鬼関係ないのかな……やっぱり」

「なんでやねん!!」


 と、それまで痙攣していた肥満体が、異議ありとエビ反りで雨音に喰ってかかった。


「なんやねんおっちゃんイケてるやろ!? イケメン吸血鬼やろ!? なんちゅーかこう上品な貴族さまっぽさが全身から滲み出てるやろ!? 吸血鬼舐めんなこのアマ!!」

「秋山さん」

「はいデース」

「ちょ!? 待たんかいボぐぁぁあああぁあああああああああ!!?」


 カティが吸血鬼オヤジの頭からドボドボ水を注ぐと、その途端に頭からオヤジが跳ね上がる。

 地面から見えない発射機で打ち上げられると、空中で3回転して頭から地面に落ちた。


「うん、効果はあるけど致命的ではないみたいね。銀のスプレーの方がまだ威力高そうだわ」

「これ、どうなっているデス?」

「結界みたいな物なんだと思う。でも、水を流すのも手間だし、実戦向きじゃないかもね」


 その実戦向きではない手段で、吸血鬼オヤジはえらい目に遭わされていたが。


「ね……ねえちゃんら、こんな事してイイと思っとんのか……。オヤジ狩りやでこれホンマ……」

吸血鬼(ヴァンパイア)が今更何言ってるデース。オヤジ狩りじゃなくて吸血鬼狩りネー!」

「いや……まぁ……間違っては、ないか」


 カティの言っている事はともかく、アレだけ追い回しておいて今更何言っているんだ、とは雨音も思う。基本的に変身前後で別人という事にしているので、恨み事は言えないが。

 それに、私怨が無いとは言わないが、ここは飽くまで情報収集に徹する所だ。

 どれほど目の前にいる吸血鬼が恐くても、頭が回ってしまう雨音は、自分の予想する最悪の未来こそが一番恐ろしいのだから。


「……一通り効くのは分かったけど、コレ(・・)はチョットしか試せてないのよね。……これで死んじゃったら、太陽とどっちが効き目あるか分からなくなっちゃうけど」

「………は」


 そう言って雨音が再び手にしたのは、摩り下ろしニンニクの入ったチューブだった。

 吸血鬼に効くか最初に試そうとしたのだが、先端が僅かに粘膜に触れただけで大変な騒ぎようだった為に、効果覿面(てきめん)と確認した以上の事はしていない。


「でも……どの程度で死ぬか(・・・)は重要な事だしね……。とりあえず一本逝っといて、それで生きてたら日光浴、という事で……」


 平静を装いながらも、ニンニクチューブを握る雨音の手は小刻みに震えていた。

 しかし、そのテンパリ具合が、かえって見る者の緊張を誘う。


「ち、ちちちちちょっと待ってーなおねえちゃん……? お、おっちゃん前はニンニク好きやってん、けど今はちょっとな~~~~~身体が受け付けないと言うかなんというか……」

「ねぇ、千一夜物語(アラビアンナイト)って知ってる?」


 と、ここで急に話が変わった、かに思えた。

 ニンニクへの恐怖をどうにか誤魔化そうとしていた吸血鬼オヤジは、唐突にワケの分からない話を振られて混乱する。


「は……な、なんやったかな………蒲田の風俗?」


 かなり残念な回答だったが、雨音は意味を理解出来なかったので、スルーして話を続けた。


「浮気されて女性不信になった王様が、毎夜違う女をベッドに連れ込んでは殺しちゃう話……」

「そ、そらまた勿体ない……い、いやおっちゃんは殺さんで!? そんな一度で終わらせるなんて勿体ない……い、いやいやいやなんてーの? こ、こう相手も気持ちようなるんやからギブアンドテイク的な――――――――――――」

「でもね、王の蛮行を止めさせる為に嫁いで行った大臣の娘は、毎夜面白い話を王に聞かせて話す事で、千夜生き残る事が出来たそうよ?」

「へ……へー、そらまたようも繋いだものやんなー……」


 一体雨音が何を言いたいのか。吸血鬼オヤジには全く分からなかったが、それでも何かが絶望的に悪い方向に向かっているのは分かる。

 超ミニスカなのにパンツが見えるのもお構いなしに、吸血鬼オヤジの前で仁王立ちになる雨音は、親指の代わりにチューブを下に突き付けて言った。



「あなたはどのくらい生き延びられるかしらね?」



 しかし、所詮は怠惰と自堕落を体で現わしている肥満オヤジ。吸血鬼としての矜持(プライド)など無く、完全にスカートの中身――――――大臀筋矯正サポーターと見紛うばかりのローライズのショーツ――――――を忘れているほどテンパった雨音の拷問に耐えきれる筈もなく、一夜ともたずにあらゆる情報を吐い(ゲロし)ていた。


「そうなの……息子さんに……?」

「そ、そう! おっちゃん悪ないねん! 息子のダボォがいきなり噛みつきよってから! しゃーないねん!」

「で、その後に誰か咬んだ?」

「い、いや!? おっちゃんは誰も――――――――――――――」

「さっき『もう3日血を吸ってない』って言ってたデース」

「あーいやーそんな事おっちゃん言って――――――――――――――」

「ジャック」

「うん」

「あーイヤウソ!! おっちゃん嘘ついた! ウソつきました!! 堪忍や許しゲェェエェエエエエエエエ!!!!」


 その一部始終を見ていたカティに、どうしてその後の刑を逃れようなどと思う事が出来ようか。

 情報を小出しにして、駆け引きしながら長く生き永らえようとか、考えも及ばない。


「い、いっそ殺してくれぇぇエエええええええええええええ!!!」


 と、最終的に舐めた態度も何もかもを捨て去り吸血鬼オヤジは懇願したが、非常に残念な事に、その願いは叶えられる事は無かった。だって吸血鬼とはいえ、雨音に誰かを殺す事など出来よう筈もない。

 その結果、吸血鬼オヤジは死の一歩手前まで追いつめられながらも、苦痛を引き摺って生き延びるハメになってしまったのだが。

 吸血鬼は自分の(ひつぎ)で、生まれた土地の土の中でしか眠る事が出来ないと古典にはあるが、このオヤジ吸血鬼はそんな事もなかった。

 その為今は、装甲車という鉄の棺桶の中で、更に装甲車ごと地面に埋められ閉じ込められている。今後の処遇は未定だ。ちなみに穴――――――装甲車が入るほどの――――――はカティに掘らせた。

 朝日も昇り、吸血鬼オヤジからの情報収集を切り上げた雨音とカティは、その後大急ぎで雨音の家に戻る。変身したカティの身体能力で、2階の雨音の部屋の窓から家族に気付かれずに侵入した。

 そのまま二人してベッドに(なだ)れ込み、登校までの短い時間で仮眠を取ったが、無理を重ねていた雨音の夢見は近年稀に見る最悪の物だったと言う。

 せめて学校では、その辺の事は一切合切さっぱり忘れて授業に集中したい。なにせテストまでは約一週間。


 そんな事を考えていたのに、朝っぱらから隣の席のクラスメイトが読んでいる本を見てしまい、雨音は未だ悪夢の直中(ただなか)にいる気にさせられていた。


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