0013:文学少女が賢いとも限らない
ロンサム=スピードボーラー著作『血の結び』、1999年。
紀元前から現代まで、気が遠くなるほど長い時を生きてきた吸血鬼達の悲哀。同族や人間との愛憎。生きても死んでもいない我が身が、これからも永らえて行く事への自問と葛藤。現代の俗世間への適応と、貴族としての矜持。
それらを、時に吸血鬼の視点で、時に人間からの視点で描く長編小説である。
文庫本で計3巻。
無数にある吸血鬼を題材にした小説の中では、飛びぬけて名作というワケでもない。
物語はほとんどの場合、起伏に乏しい平坦な展開に終始してるように見える。
だが読む者が読めば、それが、現代に吸血鬼が生きていたならば、という非常に練り込まれたシミュレーションの結果である事が分かる。
言い換えると、エンターテイメント性に薄い文章。
しかし、吸血鬼への憧れを持つ者ほど、我が身と重ねてその内容からは目が離せないという、一部の人間の隠れた名作。
そんな小説の『中巻』を読んでいるのは、一見して地味でおとなしめの、いかにも文学少女といった感じの女子生徒だった。
生徒もまばらな、始業まで時間のある教室の中。
柔らかな晩春の朝日が差し込む窓際の席で、些か場にそぐわない小説に目を落としていた彼女は、頁を捲る手を止め物憂げに呟く。
「なーんか……このダサさが堪らないよねー……」
なんかもう台無しだった。
◇
HR5分前。
それほど真面目でもないが遅刻はしたくない生徒達が、予鈴と共に速足で教室に入る時間。これ以降は、大抵が遅刻組である。
雨音はまさにこの客層(?)に該当し、この時刻に少し上気した顔で入ってくるのが通例となっていた。
なお、カティはそんな雨音に合わせる事が多い為、放っておくと大抵はギリギリアウトで遅刻している。
しかし本日は、カティは雨音と同伴出勤(?)である。
多少、二人揃って睡眠時間が足りてない感があったが、そこは若さでカバーした。
「おはよー」
「おはようデース」
雰囲気に急かされ足が速まるクラスメイトの間を抜け、挨拶を交わしながら雨音は自分の席へ――――――――
「って、あんたはこっちでしょ」
「やーん! ひとはだ(人肌)恋しいデース……」
――――――――着く前に、カティを引き剥がす。
雨音の席は窓側から2列目後方。カティは教室中列の前方だ。
黙っていれば、カティは雨音の席を半分侵略したまま、授業が始まっていてもくっ付いているのだ。この自由の国アメリカ娘が。
相変わらずこの二人は、とクラスメイトが雨音とカティに生暖かい視線を注ぐ。
そんな中、
「かーてぃー、おはよう~~~~」
と、間延びした挨拶をしながら、眠そうな顔をした背の高い女子が、小さなカティの背後から覆い被さって来た。
しかもそれだけで終わらず、抱きすくめて頬ずりはする身体はまさぐるとやりたい放題。
「の、ノー!!? やめるネー、キクノー!!? カティにセクハラしていいのはアマネだけデース!」
「いやそこは全員不許可にしておきなさいよ。おはよー、大上さん」
「おはよ~ん、雨音ー。今日もしっとり?」
「いやワケが分からないから」
「うーん、いつも通り」
ニヤリと雨音に笑って見せるのは、クラスメイトのダウナー系少女、大上菊乃だ。
体格と間合いで圧倒され、不利を悟ったカティは姉妹同然の戦友に助けを求める。
「アマネー! ヘルプたすけてデース!! このままだとオオカミに喰われるデース!!」
「お、上手い事言ったつもりかこの小娘が、ウリウリウリ」
「ひッッ!? ヒァァアアアン!!?」
全く無遠慮に、長身少女の長い手がニョロニョロとカティの制服の中に侵入してくる。
いよいよ朝から大ピンチ。
真っ赤になってカティは、救いを求めて雨音へと手を伸ばすが、しかし。
「大上さんも警察沙汰とか国際問題にしない程度にしてねー」
「はーいー」
カティの救援要請も虚しく、雨音はカティを見捨て、さっさと自分の席へと歩いて行ってしまった。
「あ、アマネさん――――――――――ギャーン!!」
「うおっ!? カティ、納豆クサ……!?」
背後から惨劇の音が聞こえるが、雨音は過去を振り返らない。感情ではなく、それが現在と未来を生き延びる唯一の道だと知っているからだ(謎)。
無駄にハードボイルドな女子高生であった。
今にも教師が教室に入って来ようかという頃合い。
カティの悲鳴を完全に外の世界の事として脳内処理した雨音は、窓側から2列目にある自分の席に着こうとしていた。
その時に、自分の隣の席のエセ文学少女――――――でもないのだが――――――が持っている本に目が行く。
(……ここにも、吸血鬼、ね)
昨夜から今朝までの事を思い出し、少々の罪悪感も手伝い、げんなりとするチキン少女。
それを、学校に居る時くらいは、と努めて頭から追い出そうとした。
上手くはいかなかったが。
「あー、おはよーせんちゃん」
「おはよ、北原さん。吸血鬼シリーズ何冊目?」
「えー……? 忘れたー」
この隣の席の少女、北原桜花は、噂が出るか出ないかという時期から、吸血鬼関連の小説を読み漁っていた。
黙っていれば地味で控え目な文学少女だが、その実態は本と物語に溺れる自堕落系。
吸血鬼にハマった挙句、自分もイケメン吸血鬼になら咬まれたい、とかワケの分からない事を言い出す始末。
実態を知らないのは平和な事だ。
雨音は某オヤジ変態吸血鬼を思い出しながら、暗い先行きを思い出して、座席に沈み込んでいた。




