0006:食べ放題よ、ロレイヒー
冷たい飲み物をグッと、一息ついて冷静になった雨音は、遅ればせながら現状理解に努め、あるひとつの仮説に思い至る。
「あ、そうか夢って事もあるのか」
「ええ! ここまで来て夢オチに―――――――――――――――――――――!?」
驚愕の子供の声を、雨音は無視。そもそも最初に思い付かねばならない可能性だったと思う。
一方のガイダンスプログラムとしては、ようやく現状を受けれてもらる糸口を得たのに、ここで現実逃避されてはかなわない。
と、思ったのだが。
「明晰夢、ってヤツかな。いや全然思い通りにはなってないけど。好きなもの出せるんでしょ?」
「――――――――――――――――――――――うん。何でもお姉ちゃんの好きなモノを構築できるんだよ」
動揺を表に出さず、平坦な声で、ガイダンスプログラムは応えていた。
完全に勘違いだが、これはこれで良いかもしれない。
ユーザーに勘違いさせたままで登録させるのは、職業倫理(?)的にどうか、という話にはなる。
だが、正直なところ、雨音の最初の抵抗を見るに、素直には要求に応じてくれそうもなく。
ならば、今の少女の認識は、イントレランス的にも好都合と思われた。
契約書にサイン書かせちまえば後は知ったこっちゃない、悪徳セールスマンの思考である。
「食べ物、飲み物、マテリアル、造形物、この空間に限っては生命体だって作れるのさ」
「うわぁ…………なんか最後のは倫理に触れそう。あたしの夢とは思えん。実際どうなの? ここは夢なの? それとも心霊現象とか宇宙的な何かの隙間とかに入り込んじゃったってヤツ? 話を聞いていると某マトリ〇スっぽいこと言ってるけど」
「えーと………」
さあここがセールスの、ではなくガイダンスプログラムの正念場だった。
迂闊な事を言ってまたこの岩窟少女にヘソを曲げさせたら、リカバリーにどれだけ苦労するか。
生後15分。生まれたばかりの、観測対象に最適化された人工知能は、その思考リソースをフル回転させ。
「こ、ここはお姉ちゃんの夢を叶えるための空間なんだよ!」
自身の特性――――――幼い少年の声――――――を最大限に生かし――――――夢いっぱいといった感じ――――――にして、渾身のセールス文句を絞り出していた。
「ふーん、やっぱり胡散臭いわ」
そして、雨音の無慈悲な科白に膝――――――は無いが―――――を屈していた。
今時の高校生に、語る夢は無いのである。
生まれたての人工知能に人生(?)初の挫折を与えた雨音であったが、今は諸々の問題よりも、この空間でどれだけ遊べるかに興味が移っていた。
語る夢は無いが、目先の快楽に現を抜かしてしまうのもまた、所詮は成り立て女子高生という事か。
話は変わるが、雨音は一度韓国に行ってみたいと思っていた。あるいはハワイやライスベガスでも良いが、何せ韓国は近い。お隣である。
しかし、雨音は韓国の化粧品にはそれほど興味が無い。韓流スターにも興味が持てない。わざわざ「ニセモノ」も欲しいとは思わない。韓国焼肉は――――――――――――――――――。
「ハッ!? あの、上ハラミ! タン塩! あとライス!」
「え!? 何それ??」
『ご注文繰り返します。上ハラミ、牛タン塩、中ライス、それぞれ一人前でよろしいですか?』
唐突にこのお嬢さんは何を言い出すのか、とガイダンスプログラムは思ったが、店員さんは当たり前のように注文の確認を取る。
すると、一瞬前まで雨音の前にあった丸い木のテーブルは、炭火焼コンロが付いた焼き肉屋の卓に変わっている。
その上には、注文通りの肉の皿が乗っていた。
「スゲー……本当に出た」
何でも作れる何でも出せる、が額面通りの意味であるのを、雨音は舌で確認する。
コンロの金網に肉を乗せると、間もなく油の弾ける音が鳴り始め、ライスでワンクッションさせつつ一緒に口に運ぶ。
肉汁の旨味と炭焼きの芳ばしさ、付けダレとご飯の甘み。
「ウマッ!! これ超美味い! 何これ!?」
「お姉ちゃんそれは馬じゃなくて、牛を切断した肉を再現したものだよ?」
「いや今そういうボケはいいから。このお肉メッチャウマ! ……だけど、コレどこ産のお肉、とかあるの?」
『徒々園で提供されていますA5等級飛騨牛の再現構成物となっています』
言わずと知れた高級焼き肉店と同じ肉だった。
テレビでしか聞いた事の無い店の名前に、不覚にも小市民である雨音は感動する。
「やばいアッという間に食べちゃった……。これ、追加してもいいのかな?」
あまりの美味さにアッサリと完食してしまった雨音は、少々恥じ入り赤くなりながらも、上目使いに見えない誰かの様子を窺っていた。
これでも一応お年頃なのだ。そして育ち盛りなのだ。
イントレランスとガイダンスプログラムの思惑通りに事が進んでしまっているが、美味しい物には勝てなかったよ。




