0012:おろしニンニクでいただく吸血鬼のたたき
1匹見たら30匹いると思え。ご家庭に出没する恐怖の害虫と一緒にされては吸血鬼も心外であろうが、雨音が吸血鬼に持つイメージのひとつである。
どこぞの金髪馬鹿娘の弄した小細工により、吸血鬼との第一回不期遭遇戦と相成った雨音だが、不本意(?)な事に魔法少女となった雨音の敵ではなかった。
その後、雨音とカティを襲って返り討ちにされたヘンタイオヤジの吸血鬼が、どうなったかと言えば。
◇
「ひん……ひん……あーう……もにゅもにゅ……ぅう……」
「カティちゃん、無理して納豆食べなくてもいいのよ?」
「大丈夫よかーさん、日本伝統の健康食なんだから。吸血鬼がニンニク食べてるワケじゃないんだから死にやしないわよ。ねーカティ?」
「うー……デース」
涙目になりながら、純度100%の古米国産金髪娘は日本の一般家庭で朝食を御馳走になっていた。
本日の旋崎家の朝食は、白米に卵焼き、ゴーヤチャンプル、昨晩の残りの豚汁、そして納豆。
他はともかく、納豆。
外国人には鬼門ともいえる日本伝統の食、納豆。
しかし雨音は容赦しない。好き嫌いは許しません、なんてヒトによる相性もあるのだから言いやしないが、今回はダメ。
ニッコリと微笑んだりしているが、雨音は素ではこんな笑みは見せない。大抵が、何か企んでいるかお怒りになっている時だけだ。
そんな裏しかない笑顔を向けられ、カティは是非もなく納豆ご飯を口に詰め込む。
発酵食品独特の風味が鼻に抜けて吐き出したくなるが、カラシと醤油の風味に全神経を集中させて、どうにか飲み込む事に成功していた。
これこそが雨音の『腐ってやがる早過ぎたんだ』の刑。
カティも一応理解はしている。昨晩――――――または本日未明――――――、雨音を謀って吸血鬼との戦いに引っ張り込んだ、雨音発カティ着のお仕置きである。
とは言えこの程度、雨音とカティが捕まえた吸血鬼への処遇に比べれば、大した物ではなかったが。
アレに比べれば、愛があるだけ遥かにマシ。
そう思いながら納豆ごはんを咀嚼するカティの脳裏には、未明から今朝にかけての、ある惨劇が思い起こされていた。
◇
昨夜の、吸血鬼との交戦直後の事。
ゾンビなどにも通じる事だが、吸血鬼が恐れられる大きな要因として、その感染性があげられる。
先にも述べた通り、1匹見たら30匹、というのも大げさな表現ではない。ニュースや噂話が話半分だとしても、実際に吸血鬼が被害を出しているのなら、その犠牲者が倍々に増えている可能性は低くないと考えられた。
ちなみに雨音は、ゴキブリは見たら放置が出来ない性質。
ましてや相手はゴキブリと違って知能が高い。近年の吸血鬼映画の如く、社会が闇から支配されるとか洒落にならない。
見て見ぬフリも出来ないクール系女子高生も、目の当たりにした実害には本気で当たらざるを得なかった。
「と、言うワケで……だ」
「あんあーえーあん!? わえおんなおぉひえああえうんおおえんあおぁーあぁ!?」
「何言ってるかは分からないけど、意味は何となく分かるデース……。アマ――――――黒アリスさん、コレどうするデス?」
「『黒アリス』て……まぁとりあえずそれで良いけど」
変身状態での呼び名も一応考えておいた方が良いか。そんな事を考えながら、雨音は地面に転がしたモノへと視線を移す。
目を覚ましたのが、現在地に到着した直後。耐荷重500キログラムのスチルワイヤーでグルグル巻きにされているソレの、猿ぐつわだけを解放すると、
「がうっっ!!」
「ぅわぁあぁッッ!!?」
雨音目がけて、ワイヤーでグルグル巻きのオヤジ吸血鬼が咬み付こうとした。
「――――――ァック!? アマネ!!」
カティが慌てて、オヤジ吸血鬼を上から押さえつける。
圧倒的なカティの馬鹿力に、力自慢の吸血鬼といえども、それ以上の足掻きは出来ない様子だ。
「アマ――――――――じゃない黒アリスさん大丈夫デスか!? 咬まれてないデス!!?」
「……だ、ダイジョウブ、大丈夫」
「だはははは惜しいのう!」
雨音は大丈夫だとは言いつつも、冷や汗をかき咬まれそうになった腕に傷が無いか確認する。
予想はしていたので回避出来たが、死んだフリをされたままなら、油断して咬まれていたかも。
そう考えると、あまり頭の良い相手ではなかった事に感謝した。吸血鬼にではない、他の何かにだが。
「いやしかし死ぬかと思ったでしかし! ようもやってくれたのうねえちゃんら!? おどれら絶対に血ぃ吸うたるからな楽しみにしとれよボケが!!」
「その前に心臓に木の杭ブッ刺してやるデース! 黒アリスさんはカティの獲物デスよダムシット!!!」
「あんたら黙っとけ……」
特にカティ、自分で名前言ってたら正体隠す意味がないと何度言えば。
もっともカティの場合は、雨音と違って変身する事の意味合いが微妙に違いそうだが。
土手で吸血鬼オヤジを捕獲した雨音とカティは、その後ジャックに大型の軍用車両を運転させ、室盛市の『市民の森公園』へ来ていた。周囲に民家や宿泊施設の無い、人里離れた峠の中の大型自然公園である。
そんな所へ来て、雨音が一体何をしたいのかというと。
「なーおねーちゃん血ぃ吸わせてーな! おっちゃん腹減ってんねん! もう3日もオンナノコの血ぃ吸ってへんねんなぁ! 痛くせんから! ちょっとだけやからなぁて!!」
「うっさいデース! また黙らせるデスよ!!」
「ちょっと待って秋山さん。その前に知りたい事があるのよ。口を閉じられるとちょっと困るわ」
実害があって被害が出ていて現実の脅威である以上、放っておいては夜も眠れないと言うのが雨音の意見だ。最終的にどうするにしても、情報は集めておきたい。
生きた――――――吸血鬼は死者とされるが――――――情報源が得られたのは、不幸中の幸いと言えた。
「ナールほど、仲間がいるか吐かせるデスね? 流石アマネ、容赦無しでース!」
「……いいけど」
さっきからカティがぽろぽろ雨音の名前も言ってしまっているが、この際もう構わなかった。
「なんやおねえちゃん? おっちゃんに聞きたい事があるって? そーなーどうしょうかなー? ちょっと血ぃ飲ませてくれたら教えんでもないけどなー。おっちゃんのダーティーな名前とか!」
車両の兵員スペースに転がされたTシャツ姿の肥満吸血鬼は、その状態でも余裕の態度だ。完全に雨音とカティを舐めている。
品も何もないが、吸血鬼としての力は本物だ。
変態吸血鬼は、オンナノコ二人が寄り集まった所で、自分に、何が出来るワケでもないとタカをくくっているのだ。
何より、
「おねーちゃん何て言った? 『あまね』ちゃんに『かてぃ』ちゃんか? 珍しい名前やのう」
「ッ……!? こいつ何故カティの名前を!? アマネの名前まで知ってるデース!!」
「………もう突っ込まんわ」
相手の名前さえ押さえれば、後は家を付き止めるなり、付き纏って隙を見せた所を襲うなり、どうとでも出来る。夜になればいつでも襲える。そんなゲスい考えが、ヘンタイオヤジの頭の中にあった。
「なーおねーちゃん、何も殺そうって言うんじゃないんや。ちょっと血ぃ吸わせてくれればええねん。おっちゃんの虜になるのも悪くない話やでホンマに」
転がされながらニタニタと笑い、雨音のミニスカとハイソックス間の絶対領域に視線を這わせる好色オヤジ。既に、どこに牙をつき立てるか皮算用をしているようだ。
それに気づいて猪武者が眦を吊り上げるが、雨音は視線だけでそれを制した。飼い主の貫禄である。
雨音は車両から離れ、スカートの後ろを抑えながら公園の出入り口方向に視線を向けた。
そこに、待っていたクルマのヘッドライトを認めて、ポツリと言う。
「『虜になる』……つまり古典吸血鬼のパターン、かな」
「ああ?」
「…………」
既に雨音の情報収集は始まっている。
変態オヤジ吸血鬼の戯言も、その一言一句がクレバーな少女にとっての情報なのだ。
カティはこの親友の冷静さに内心で震えつつ、同時にこの上ない頼もしさを感じていた。本当に敵に回したくない。
雨音のいる車両に近づくもう一台のクルマも、雨音が魔法で作り出した物だ。
自衛隊も運用している軽装甲機動車。使い勝手が良いので、移動の足としてよく用いる。後部座席には取り外した重機関銃が放り込んであるが。
「お疲れ様。どう、あった?」
「うん、店員さんに聞いたらコレって……」
運転していたのは、ガタイの良い大柄のチョイ悪オヤジだった。
肥満吸血鬼と違って腹は出ていない。一見して屈強な大男。しかし中身は純朴な少年だったりする。
雨音がその大男、ジャックからお使いの品を受け取った瞬間、大型軍用車両の中にいた吸血鬼オヤジの顔色が変わった。
「ち、ちょっと待ってーなおねえちゃん……おどれソレ、何買って来させた?」
「鼻も効くのね。ならもう分かってるんじゃない? それなら……効果を確認する必要は無い?」
ガサガサと、雨音はコンビニのビニール袋から小さな箱を取り出す。
手の平大の細長い箱から取り出すのは、一本のチューブ。
箱とチューブの表書にはこうある。
『超本格! おろしニンニク!!』
突き付けられた薬味チューブに、今度こそ吸血鬼オヤジのニヤニヤ笑いが消える。元から青白かった顔色は、もはや紫色にまで至っていた。
「それともこっちかな」
コンビニの袋の中身は他にもあり、次に取り出したのは銀色の小型スプレー缶。
『銀の力で靴の消臭』
兵員スペースの床の上で、冷凍マグロのように固まるヘンタイ吸血鬼。
ニンニクチューブと消臭スプレーを手に、黒いエプロンドレスの美少女は冷徹な眼差しで言う。
「ニンニク、銀、十字架、流水………秋山さん、あなた聖書は朗読できる?」
「……え? エーと、まぁ少しは……」
「一通り試したら、その頃には日も昇るかしらね……今日の日の出は4時半だって」
携帯電話の液晶の光が、雨音の凍れる美貌を闇の中に浮かび上がらせていた。
吸血鬼オヤジは、この少女を舐め過ぎていた事を、今更に思い知る。
この眼差しが自分に向かなくて良かった。そう安心するカティだが、彼女には数時間後の『腐ってやがる早過ぎたんだ』の刑が迫っていたりする。
「秋山さん、口を開けさせて。咬まれないようにね。ジャックも手伝って」
「さ……サー、イエッサー!!」
「うん、分かった」
「ッ………!? ち、ちょぉまちオゴォ――――――――――――!!?」
その後、相手がヘンタイで変質者で吸血鬼で――――――肥満オヤジであるのは罪ではない――――――あるのを差し引いても、凄惨の一言に尽きる情報収集という名の拷問が行われた。
とは言え、冷徹な貌の裏では雨音も目一杯恐がっていたのだが。




