0003:自分の責任じゃなくても挨拶したり世界を跨いで追いやられたりする世知辛さ
魔法少女近況:改めて責任を思い知ったけどまぁ一応ひと段落…………(ないです
.
六月第4週の水曜日。
午前11時22分。
魔法少女の『黒アリス』、旋崎雨音が退院した、二日後となる。
日本で勢力を急拡大していた宗教団体、ニルヴァーナ教団。それによる、異世界への案内人的立場となっていたエアリー王女の誘拐。
これに協力したと思しき、教団以外の政府関係者の存在。
首都東京でも有数の高級住宅地、麻布十番と港区で発生した大規模な戦闘。
一連の事件は世間の表に裏に大きな波紋を広げ、世界で大変な騒ぎとなっていた。
そして雨音はというと、しばらく異世界に避難することになった。
エアリーの誘拐に直接関わった教団員だけでも1000人以上。全国に散らばる教団員はその100倍となり、警察は事情聴取に追われ通常業務すらおぼつかない状態。
機動隊や事務職など、本来捜査に出ない部署の警察官や、かなり偉い立場のヒトまで現場に降りて来ているとか。
そこまで派手な動きとなればマスコミが喰い付かないワケがなく、事件報道は大分過熱しているという。
更に、この件には東米国の政府職員も関わっており、そこからどの程度両国政府の関与があるかの調査で、国も大変そう。
挙句に、100年前の真実、第3次世界大戦と暫定的に定義された、10億もの人間が犠牲になった大惨事が再び起こり得る、という可能性まで湧いて出てきてしまった。
もはや収拾が付く目途も立たず。
さりとて主犯の教祖を間接的にブッ飛ばしている雨音を放置もできず、大人側で当面の対応を協議した結果、異世界に引っ込んでおいてもらった方がいいだろう、という話になったワケだ。
そんな流れで、退院早々大急ぎで準備するハメになる魔法少女である。
異世界入りするといつ戻れるか分からないので、その前に会っておかなければならない人々もいた。
それにしたって、目立たぬように駆け足するのを強いられるのだが。
「いやー面目ない。この度はウチの不始末で雨音くんにえらい迷惑かけちゃって」
そうした挨拶回りのおひとり目、甚平姿の恰幅の良いご老体。
ベテラン議員の北原成明。魔法少女とNGO『アルバトロス』の支援者にして、三つ編み少女の祖父でもある。
日本でも上から数えた方が早いほど偉いヒトなのだが、今は薄くなった頭を撫でながら、覇気もない様子だった。
剛腕で鳴らす国会の大親分も、息子の甲斐性がダメな方に出た今回の事件は、それなりに堪えたようだ。
息子の愛人の子、という本当の素性を明かせないなりに、血の繋がる孫として逸見真琴を気にかけていたらしい。
ところが、結局はその孫の想いを知れないまま、取り返しの付かないことになってしまったのだが。
「あの……逸見さんはこの後どういった…………?」
「うん……」
都内の閑静な住宅地。
俗世の喧騒が届かない広大な屋敷の、中庭に面して渡り廊下の開放された和室にて。
聞き辛そうにしている雨音の質問に、北原のご老体も答えあぐねていた。
どういったもこういったもない。逸見真琴はカルト団体に与し、誘拐にまで加担したのだ。
口の軽い教団員が大勢逮捕されたことで、その辺の関係も明らかとなり、現在は警察の取り調べを受けている。
雨音が聞きたいのは、北原のご老体が孫をどうするのか、という話だ。
アルバトロスの情報を教団に流されはしたが、それでも実務で常に助けてくれたお姉さんなのである。
動機の方を聞いても、特に魔法少女やアルバトロスに恨みがあったという事でもなかったようで。
とばっちりで物凄い迷惑を被った感はあるが、厳罰を求めたい気持ちなども無かった。
「真琴……あの子は、ワシの助けなんぞ必要としてはいないだろうが。まぁそれでも……いや、今度こそ家族として迎えにゃならん、とは思っておるよ。
ウチの一族の不始末でもあるしなぁ。ワシや息子に限った話でもない事でもあるし。
いや孫の友達の女の子にするような話じゃないが。情けない大人でお恥ずかしい」
弱々しい笑みのおじいちゃんに、雨音もつられて泣きたくなる。
三つ編みの身内がツバでも吐かんばかりの胡散臭げな顔をしているのが気になるが、それはともかく。
今回の犯行、逸見真琴がどの程度の罪に問われるかは分からないが、どうしようもなくひとりぼっちにならずに済みそうなのが、ほんの僅かな救いに思えた。
◇
ニルヴァーナ教団のエアリー誘拐は、NGOアルバトロスの打ち上げパーティー襲撃からはじまっている。
このパーティーには学校の風紀委員も出席していたが、教団殴り込みにもその流れで参戦してしまっていた。
雨音もエアリーが心配過ぎて、後輩を気にかける余裕が無かったのである。
「本当にごめんなさいでした……」
そんなワケで、今度は旋崎副会長が平謝りであった。
神奈川県室盛市の某市立高校にて。
始業時間を外してこっそり登校した雨音は、風紀委員会長のニオイフェチに関係者を呼び出してもらい、改めて謝罪から入る。
誰も死んだり怪我しなくて本当に良かった。
結局ひとりいなくなってしまったのだが。
「あたしが言う事じゃないけど、みんな大丈夫だった? あたしは教祖やら裏ボスやらと殴り合いになってさぁ……一昨日まで入院だよ。それでみんなの事あんまりみてあげられなかった……」
「先輩こそ大丈夫なんですかそれ!?」
栗毛ポニテの子リス系女子、永福香里は逆に先輩を心配していた。
無愛想なたくましい系女子や、少し小柄なパイロット系男子、厨二闇落ち聖騎士も、キャラを忘れて不安を顔に出している。
その場のノリで教団の奥深くまで乗り込んでしまった一般高校生達だったが、雨音が平坂エリカと戦闘に入った直後に、後から突入してきた警官隊に本部外へ連れ出されたらしい。
かなり際どい場面に巻き込んでしまったのだが、無事でいてくれて心底よかったと思う。
そんな目に遭わせたのが、雨音としても重ね重ね申し訳ない。
「でも、流石にニルヴァーナ教は終わりですよね? ホンっとよかった……」
「ケンカ売られて逆に叩き潰す旋崎先輩マジぱねっス」
以前に教団員から誘拐されかかった蜂夜静は、嫌悪感丸出しで安堵の表情を見せるという器用な顔になっていた。
一方、思う存分撃てて最高だった、とか現場責任者が青い顔になりそうなことを宣うロボ男子、狭間秋人。
勢いに任せて発砲許可を出した覚えのある雨音は、気が気ではなかった。
「エアリー先輩は旋崎先輩が助け出したんスよね? エアリー先輩も喜んでくれたでしょう」
「う……? うん、あたしがって言うよりジェラさんがね………。この後向こうに行って様子見てくるつもり」
静かなるリーゼント巨人、大吾尊治が腕組みでしみじみ頷いている。
特に文脈には何のおかしさも無いのだが、何かおかしさを感じる旋崎副会長だ。
そして友人の銀髪姫さまの事を言われると、異世界で会うのが改めて不安になってしまった。
怒ってたり失望されていたらどうしよう。
早く無事を確認したいと思いながらも、会うのは気が重いという相反する感情を抱えて、雨音は早々に学校を後にする事となった。
◇
太平洋の孤島、ポータル基地のある『アイアンヘッド』へ飛ぶ前に、雨音にはもう一か所寄らなければならない場所があった。
瞬間移動能力者、ワープシックスの能力で北九州へ。
福岡県福岡市博多区の高校生能力者、酒道克歩のチームに会う為だ。
一連の事件の全ての元凶、高異次元の知生体、キュリオサイト・イントレランス。
その端末体となった、平坂エリカ。
彼のメガネ少女は、酒道克歩らの友人だった、らしい。
実際のところは本人達としても、よく分からないと言うが。
他者に無関心で無愛想、無口で自分のことも考えていることも何も話そうとしない。
フラリと現れフラリと消える。しかし口を開く時は何かしら大事なことを言う。
平坂エリカとは、そんな謎の存在だった。
それに、個人の事情に深入りするのも面倒である。深い付き合いは避け、浅い関わりに留めて事故を避けるのが、今の若者の処世術だ。
故に、酒道克歩とふたりの友人も、平坂エリカの事情に踏み込もうとは思わなかった。
だが、謎の少女を謎のままにしていたのを、今は少し後悔している。
福岡の3人からは、そのような話を聞くことができた。
その平坂エリカだが、なにも突然無から湧いて出たような少女ではなかった。
北九州屈指のお嬢様校に在籍し、両親も住所も出生記録も実在する、れっきとしたひとりの人間だという痕跡が確認出来る。
ただし、学校は不登校気味。両親は有名楽器奏者で海外在住。
平坂エリカは、幼少時からベビーシッターや家政婦に育てられていた。
捜査資料を見ただけでも、両親とはほぼ他人だったのが窺える。
住んでいる家は、小奇麗な単身者向けワンルームマンション。室内には、使った様子の無い高級なフルート。
押収されたスマホの中には、酒道克歩との通話履歴しか残されていなかった。
警察関係者のお姉さんから聞いたのは、このような話である。
◇
世界間の境界面、ゲートポータルを通り、別の世界へ。
西方大陸東部、ナラキア地方南部イレイヴェンは本日快晴。
夏目前の日本と違い、季節は冬の入りだ。
空気は冷たく澄み、空は高く青い。
魔法少女の金髪黒ミニスカは、胴体の長いローター二発の軍用輸送ヘリに乗り、イレイヴェン首都トライシアへと飛ぶ。
昨年10月に起こった、トライシア攻防戦。
怪生物群との激戦で荒れ果てた城壁前の平野は、現在はずいぶんとその景色を変えていた。
地面は整地され、部分的にはコンクリートで舗装までされている。
地球持ち込みのテントやコンテナの姿も多数見られた。
降着場に着陸すると、オープントップの軍用車両で城壁の東門から都市に入る。
通りを行く人々の顔ぶれも、以前とは大分変わっていた。
イレイヴェンの住民やエルリアリ大湾の対岸の国ダソトの人種、遠く大陸を跨ぐ旅をしてきたケモミミ付き種族、それに今はチラホラと地球人も見られるようになった。
ポータル基地、クローディース領の選手村を拠点として、イレイヴェン国内の調査に多くの人間が入っている。
王城に辿り着くと、魔法少女の黒アリスは、王国貴族のクロー子爵として城内フリーパスであった。
国とナラキア共同体を何度か救っているので、衛兵や侍女の対応も王族並みに丁重である。
通常ならば国王への謁見は願い出てより順番待ちしなければならないが、黒アリスの場合は待ち時間ゼロ、アポイントなしで謁見の間に直行だ。
「よく参ったクロー殿、向こうでは――――」
「クロー!」
若獅子、イレヴェンのジエン王に会い開口一番謝罪せねば、と思っていた雨音だが、挨拶をする間も無く、謝罪理由の方から黒ミニスカに突撃してきた。
幼さを残しながら気品溢れるプラチナブロンドの美少女、イレイヴェンの第2王女、エアリー・イヴ・デトリウスである。
重たい扉を蹴破らんばかりに突入してきたお姫様は、ノーブレーキで信頼の全力ダイブ。
衝突事故を喰らう黒ミニスカは、泣いて胸に縋り付く銀髪の友達に何も言えなかった。若干呼吸困難のせいでもあるが。
「ウゥ……よかったクロー、万が一にも……もう逢えないかと……わたし――――」
「ごめんねぇエアリー……。怖い思いさせて」
地球の人間がバカなことしてごめんなさい、と謝らなければとドキドキしていた責任感の強い小心者だが、グシグシと子供のように泣く銀髪娘を抱いていると、自分まで泣けてきた。
ここは流石に三つ編みと巫女侍も空気読んだ。むむむ……という顔はしていたが。
「では改めて……陛下、エアリー、危険な目に遭わせて本当に申し訳ございませんでした。
エアリーを守り切れなかった上に、同じ地球の人間が自分の身勝手で命を狙うなんて……。面目次第もございません」
「クロー殿の責任ではないだろう。何かを成し遂げようとすれば、命を奪ってでもそれを阻害しようという者は現れるものだ。
それに、エアリーを助け出す為に城攻めまでしてくれたと。真の騎士である。何も言う事はない」
同じく空気読んで待機していたマッチョ国王も、黒ミニスカの騎士を褒めこそすれ、責任を問うような事はなかった。
なお下の娘は黒アリスに抱き着いたままだ。あまり背丈が変わらないのに胸に抱き着かれているので黒アリスは背伸びして仰け反るという姿勢が地味にキツイ。
「エアリーはクロー殿が無事戻り次第再びチキュウへ渡りたいと言っていたが、どうかな?」
「それはー…………」
国王はそう言うが、口籠ってしまうのが黒ミニスカ魔法少女の素直な気持ち。不安そうに胸元から見上げて来る銀髪の娘の目線が痛い。
恐らく教団は潰れたと思うが、今回のエアリー襲撃の動機としては、
異世界の人間の命を奪うことで特殊な能力に目覚める、
という根も葉もない風聞がそのひとつにある。
遺憾なことにそんなデマを信じる者が、あるいは特殊な能力を欲しがる非能力者が人類60億の中に皆無とは言えず、昨日の今日でエアリーを地球に連れて行くのは、オオカミの群れの中に羊を放り込む気持ちにならざるを得なかった。
「あの、先日の地球の騒ぎで私もしばらくこちらでの案件に集中することになると思いますので……。
向こうの実務者もこちらの方に来ますし」
「ふむ、ナラキアの国々を跨ぐ仕事もあろうからな。
なんだ……クローディースを訪れてみたいという話も、諸王から出ておってなぁ。
なんなら異世界への旅を考えている者までおるとか」
「なんと……まぁ。いま微妙な時期なんですけど」
「だが両世界の関係が揺らいだと思われた今だから、とも言える」
やや押しの強い主張の王様に、少し不思議に思う黒ミニスカ魔法少女。娘さんが危ない目に遭った直後なんですけど。
この後雨音は、お隣の山岳国ネメラス、北方サンサリタンへ赴き、山男の王子様と細身巨乳女王様に謁見。帰参の挨拶をする。
それから選手村に入り、滞っていた諸々を片付ける事とした。
そんな受け身の姿勢が許されたことなど今まで一度でもあったのか。この時に気付けなかったあたり、雨音もやはり参っていたのだろう。
などと、後になって思う本人であった。
なお、魔王嬢ラ・フィン様と妖精少女たちは、選手村でエルフっぽい方々と遊んでた。
感想、評価、レビュー、いいね、ありがとうございます本当にありがとうございます赤川の推進剤です今後とも何卒略




