0061:魔法少女エンタングルメント
魔法少女近況:あたしは男の子みたいにパワーアップを手放しに喜べないんだよ不安しかない……
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多次元宇宙最上位領域、ニルヴァーナ・イントレランス。
物理現実エミュレート内。
昨年5月、地球人類の中から大勢発生した、物理法則を完全に無視した特殊な能力を持つ者たち。
その数、総人口60億人中の1%、100人に一人、6000万人とも言われているが、正確なところは現在も不明とされている。
それら能力者を作り出した張本人、『ニルヴァーナ・イントレランス』という高位次元の意識生命体を名乗る相手と、地味カワ系冷淡JKの旋崎雨音は対面していた。
正確には、その端末体を名乗る赤毛の美少女と、であるが。
「そういえば……元の場所? はどうなってるの? 向こうじゃあたしはいきなり消えた感じになってるんですか??」
「今は擬似的に時間の流れを再現しているけど、ここでは元々時間の経過なんてないからね。
物理現実レイヤーの方でも時間は全く進んでいない。タイムラグ無しであちら側に戻るから、まぁそんな感じになってるね」
果てしなく白い平坦な砂漠の上に、ポツンと置かれたテーブルセット。
そこで紅茶をいただき、なんとなくホッと一息ついてしまっていた雨音だが、そういえばそれどころじゃなかったと直前の現状を思い出していた。
自分はつい数分前まで、地球は日本の麻布十番で、カルト教団の本部施設に殴り込み大乱闘スマッシュ魔法少女していたのである。
その挙句、教団幹部に納まっていたメガネのコピー能力者、平坂エリカの圧倒的な能力に蹴散らされて、至る現在。
よく分からないが精神的ハッキングのようなモノに利用されたとかで、壊されそうなところをニルヴァーナに救われた、という話であった。
「戻すのは構わないんだけど、この際だから旋崎雨音さんには色々話しておきたい。
キュリオサイトの端末がこういう動きに出た以上は、本体の方にもリアクションがあるかもしれないし」
「そりゃあたしだってニルヴァーナには聞きたいこと山ほどあったけど……でもほんとに大丈夫?」
人間がここにいて何か問題はないのか、後遺症とか無く元いた場所に戻れるのか、そもそも無事に戻れるのか、戻ってから無事でいられるのか。
不安は山ほどあったが、魔法少女として一連の事態の最前線を波に巻き込まれるように転がってきたひとりの地球人として、この機会は逃すべきではないとも感じていた。
出来れば、後で同じ説明を195カ国の代表にもしてほしいが。
まさかそれを自分がやるハメになるのではあるまいな。
実際のところ、既に逃げられない予感はしており、雨音は軽く絶望した。
「これはこの端末体の率直な気持ちなんだけど、旋崎雨音さんには気の毒には思っているんだ。
手に余る相手であっても、人類は存続の為に自力で『キュリオサイト・イントレランス』に対抗しなくてはならなかった。
セルウスプログラム、全人類にキュリオサイトの侵食に抵抗力を持たせるべく、メタロジカル・コアへコンポーネントをオーバーライドした。
でもその結果、事態の最前線にいるのが普通の女の子とは……」
人間としか思えない仕草で、イスに座った赤毛の美少女が疲れたように天を仰いでいた。
本人が言うには、人間とのコミュニケーション用にインスタントに作った応答用ロボットのようなモノ、ということだったが。マスコット・アシスタントも人間そのものな存在なので、いまさらではある。
ビビリながらどんな相手ともそれなりに会話してきた雨音も、この赤毛に対してはどういうスタンスで話していいか、よく分からないでいた。
もしかして、やっぱり神様みたいなもんなのか。
自分が魔法少女生活をするハメになった元凶ではあるのだろうが、どうやらそれも本当に世界を救う方策の一環であったようでもあるし。
問題は、自分がたまたまそのトップグループにぴょこんと飛び出してしまっている点であるが。
「キミのような普通の子に世界の命運を託さにゃならんとか、そっちの世界の武人は何をやっているのかね。
武力を持つ者は、持たない者を守らなければ存在する価値が無い。子供や、戦わずに世界を支える者を守らないでどうするのか」
「……あたしだって託されても困るんだけど……。別にあたしでもなくていいなら、後でランキング1位の能力者のヒトでも呼べばいいんじゃないの? あれ? 今誰だっけ??」
「単純な火力なら旋崎雨音さん以上のセンチネルは何人かいるけどね。でも『メタロジカル・スクリプト』へのアクセス能力が最も大きなのは、旋崎雨音さんなんだ。
だからこそ、キュリオサイトの端末体もここへのゲートウェイに使おうと考えたんだろうけど……これは端末体の独断だろうな。キュリオサイトの行動傾向じゃない」
流れ的に世界の命運を託されてしまいそうな感じなので、とりあえず即座に抗弁しておく雨音。しっかり意思を示しておくのが後々重要になるのだ。それに自衛隊とか米軍とか皆さんも頑張ってるよ。
やはりこの際様々な疑問を解消しておくのは、自分がヤバイくなる現状を回避するには必要不可欠な情報と思われる。
世界規模の地雷回避に臨むのだファイト。
「えーと……『キュリオサイト』? とか彼女、平坂エリカさん目的って結局……なんなの? それを言うならニルヴァーナの目的も実はよく分からないけど。
それに、あたし達の能力のことも……。どう聞いていいか分からないけど、どう見ても人間の領分を越えているような気がするし。デメリットが無いのかずっと心配だったし」
「うーん……その辺の説明をするなら、まず全ての世界の成り立ちから説明したほうがイイかな」
「いきなりスケールのデカ過ぎるヘヴィーなところからきたな」
あんたらが何がしたいのか、あたしらの能力は健康被害とか無いのか、その辺だけ話してくれればいいんだよ。人類は月に行くにも難儀しているんだぞ世界とか手に負えないよ。
そんな気持ちでいっぱいの汎用型JKであるが、話の腰を折っても先に進まないので、とりあえず話を聞いた上で質疑する事とした。
「結論から言うと、旋崎雨音さんの世界含め全ての世界は、最上位レイヤーの世界に浮かぶ気泡のようなモノだ、と思ってもらいたい。
と言っても、最上位レイヤーには空間的広がりや時間的な状態変化の連続性があるワケではない。最上位レイヤーは、純粋なメタロジカルスクリプトの世界だから。
『ニルヴァーナ』、それに『キュリオサイト』、あるいは『ジャスティア』、『サイレントゥム』、『ソーダハナ』、これら『イントレランス』は最上位レイヤーで発生した知的生命体だ。これらは単独で成立する『個』であり、単なるゼロレイヤーの情報の一部に過ぎない。
そしてこれらは、元はただの指向性だ。
これが、脳のニューロンのように、指向性と関連するメタロジカル情報と結び付いていった末に、ひとつの知的生命体という機能を得るに至ったワケだ」
「はい! ちょっと付いて行けそうにないから中間セーブさせて!」
話が一区切り付いた、と見た瞬間に勢いよく手を上げる雨音の質問タイム。
これ自分だけじゃなくて他のヒトも付いていけてないのでは? などというメタロジカルな危機感を覚える。
「つまり、わたし達やエアリー達のいる世界は泡みたいなモンで、それが浮かんでいる世界があなた達ニルヴァーナや、他の……他にもいっぱいいるんかい、その『イントレランス』が生きている世界? 一番下にあるレイヤー??」
「基礎、という意味なら一番下のレイヤーという表現は適切だろうね。
さて、単なる指向性が無数の情報を巻き込んだ結果誕生したイントレランスだけど、キミたち物理現実レイヤーに生きる知的生命体にとって問題となるのは、そのイントレランスが文字通り次元の違う圧倒的な力を持つ生命体であることだ。
そして運悪く旋崎雨音さんのいる世界は、キュリオサイトに目を付けられる事となってしまった。
そちらの世界に出たプライマター、他世界の霊長は、キュリオサイトのお気に入りってところだ」
「『運悪く』って……あたらしらの世界そんなカジュアルに滅びかかった? それに、話に聞いた感じ、存在の大きさに比べてやってることのスケールが小さい気も……」
思い出すたびに走馬灯のように蘇る修羅場の数々を『運』で片づけて欲しくない素顔の魔法少女である。
こんなの元の世界に戻った後に説明出来ないだろ。
もっと大層な理由が欲しいと、雨音はワケが分からない思考になっていた。なんもない方がいいんだけどさ。
「『プライマター』って要するに巨大生物のことでしょ? なんでそんなもん送り込んでくるような真似を? そんな神みたいな力が有るなら、なんなら一思いにプチッとやれそうな感じもするけど」
「言わんとするところは分かるがね。ただ、例えて言うと……ひとつの次元宇宙とイントレランスの概念的なサイズ比は、ゾウとアリどころの話じゃないんだ。電子顕微鏡を使わないと見えない、微生物の世界に近い。触れるにも見付けるにも一苦労ってところだ。
それに、さっきも言ったイントレランスが本来持つ属性、指向性も影響する。
イントレランスの本性とも言える指向性と下位次元宇宙の状況によって惹かれ合うこともあるけど、それでも実際に干渉してくるのは稀だ。
結局、何がイントレランスの注意を惹くか分からない。だからこそニルヴァーナは、知性体のいる多くの世界に自らの因子を送り込んでいる。
少なくとも、その時になって何の抵抗も出来ずその世界が押し潰されるようなことがないように」
世界が砂つぶ以下とは、想像の斜め上なスケール感に一般女子高生は実感が伴わず。一連の事象を見ていれば、それくらいの力の差はあるんだろうなぁ、と何となく思ったが。
その大きさ故に目に入り辛い、という理屈も、分からなくはない。
プライマター、他の世界の霊長のサイズといいイントレランスといい、人間という種の矮小さを思わずにはいられない雨音である。
思わず遠い目にもなるが、ここ見渡す限りなんもねーな。
「それでつまり、今のキュリオサイト……の目的って? 巨大生物を送り込んでくるのは分かったけど、何の為に? あたしらの、とか別の世界とかを壊滅させるとかしたいの??」
「さて…………キュリオサイトが何に興味を持ったやらだ。ただ、プライマターを送り込むのもまだ序の口だ。
キュリオサイトが今までに干渉した世界では、ああいった外部要因的な生物の種の淘汰を誘発した後、最終的に世界を構成するメタロジカルスクリプト自体への侵食が行われた。
同様のことが、旋崎雨音さんのいる世界と、それにもうひとつの世界にも起こると見て間違いないだろう。もうひとつの世界では、既に一部地域で始まっているし」
「……巨大生物が湧いて出る以上の事が起こるって意味? 具体的には何が??」
「世界のルールの変質だよ。物理第3法則『作用と反作用エネルギーの等分』、一般相対性理論、光速度不変の原理、原子核を回る電子の数、その他のあらゆる物理法則と常識が侵され得る。
当然、その影響は次元宇宙に生きる全ての生物にも及ぶだろう。どうなるかは……恐らくキュリオサイトにも分からない。それ自体が目的かもしれないね」
単純な破壊とは違う、抗いようのない根本的な変化を強いられる可能性があると聞き、雨音の中には理解の及ばないおぞましさにも似た恐怖が生じる。
しかし同時に、その話に奇妙な既知感も覚えていた。
「物理法則自体の変化って…………それってつまり、もしかして、あたし達の能力みたいな?」
「そうだよ。キミ達能力者の力の正体は、世界の仕組みそのもの、メタロジカルスクリプトへのオーバーライド。ただしそれは、イントレランスによる世界のルールの不可逆的な書き換えとは違う、飽くまでも一時的なモノだ。
それにまぁ……実のところそれはオマケみたいなもんでね。セルウスプログラムの最低要件は、ファウンデーション・コンポーネントの基本的な防衛機能による、イントレランスの侵食に対する耐性の方にある。
簡単に言うと、能力者は世界のルール変更を受け付けないんだ。と同時に、能力者が楔となって周囲の世界の侵食にも抵抗することになる。
その仕様上、能力者同士の干渉にも反発を起こすことになったけど。そういう意味ではプログラムは既にほぼ目的を達してはいるな」
「能力者同士の……反発、って、催眠とか暗示とか洗脳系の能力で頭痛が出る、アレか……」
冗談の産物のような能力の数々、空飛ぶスーパーサラリーマン、首都高爆走男、東京湾の海賊船、ケモミミ23区縄張り争い、など、その原因となる派手な能力は単なる『オマケ』だったらしい。なんと傍迷惑な。
とはいえ、巨大生物や怪生物の出現に際しては人類を守るのに役に立ったのだから、そういうイントレランスの二次的被害を抑えるという意味での『オマケ』ではあったかもしれない。
世界の法則の侵食と、それを喰い止める為という能力者の本当の存在理由。
雨音は考えを整理するのが大変だ。紅茶の味がしない。専門用語が並ぶと付いてこれないヒトが出るかもしれないのにこれ大丈夫か。これ後でみんなや三佐に説明できるかなぁ。
「じゃニルヴァーナ、あなた達は? あたしたち人類の為って言うのはありがたいけど、『イントレランス』って超が付くほど高次元の生命体的には、別に人間とか地球を守る理由はないんじゃないの?」
恐る恐る、次に湧いた疑問を口にする小心JK。
これで、「そうだね地球とか守るメリット無いね」とか言われると全人類レベルでえらい事になるのだが、少し考えた末にこの辺もハッキリさせておいた方がいいと考えた。
ブレイブハート雨音。
「それも……わたし、わたし達ニルヴァーナの指向性と、後天的に得た知識によるモノだろう。
わたし達ニルヴァーナの指向性とは、言うなれば『存在する事の完遂』。だから、存在の根本そのものを侵すような行為は気に入らない。まぁ単なる主義や趣味と言われれば、それまでだね。
特にわたし達が人間に影響を受けているのは……人間に接触した瞬間に生じた人格と、その内容のせいだろう。ほかのイントレランスは知性はあっても人格と言えるほどのモノは無い。
ニルヴァーナは全ての世界で、生きて、生きる為に戦って死ぬ人間に惹かれるんだよ……。それが、『ニルヴァーナ・イントレランス』の指向性だ」
それを聞いて、相手が人間臭い理由が少し納得できた思いの雨音である。ちょっと生き様というか存在理由みたいなモノが殺伐とし過ぎてないかな、と思わなくもないが。
そして、ニルヴァーナといい他のイントレランスといい、その強大過ぎる存在に比して、あまりにもうつろい易い部分があるのが、限りない不安も覚える雨音だった。
とりあえず自分の寿命分くらいの時間は味方でいてくれるかな? と、後の問題は偉いヒトと後世のヒトに丸投げしようと思う現役のJKである。
「まぁ……地球と人類を守ってくれようとしているのは、僭越ながら全人類に代わってお礼申し上げますよ。正式なお礼は後で地球の代表のヒト達にしてもらうとして……。
その上で失礼かもしれないけど、同じ一番上のレイヤーにいるイントレランス同士でどうにかしてもらうワケにはいかなかったの?
怪生物もそうだけど、『セルウスプログラム』、とやらで能力者も地球に溢れて大変なことになっているんだけど」
「イントレランス同士の争いは、最上位レイヤーでは常に起こっているとも言えるし、意味が無いともいえる。さっきも言ったけど、時間と空間の広がりが無いから経過や移動の概念も無いし、無限のデータ集積体に過ぎないから効果的な攻撃手段も存在しないんだ。
あえて言えば、時間経過と空間的広がりのある下位レイヤーでの戦いこそが、イントレランス同士の戦いと言えるかもしれない。代理戦争みたいなものかな。その次元宇宙の生命には物凄い迷惑だろうけど。
あと一応……能力者、メタロジカルスクリプトに干渉できる人間に片っ端からコンポーネントを付与するのは、我々としても避けたい手段だった。文明社会に混乱が起きるのは当然想定できたし。
本来は、スクリプトへの干渉能力が最も高いニルヴァーナの因子を持つ者が『資格者』として、対イントレランス戦で全人類をリードするはずだった。
ところが、今はちょうど谷間の時期になってしまってね、いち時代にひとりの資格者が不在だったんだよ。
セルウスプログラムは危急の策だった。既にキュリオサイトの干渉ははじまっていたし、資格者ほどの潜在能力を持つ者もいない。
どうにかメタロジカルスクリプトへ最低限アクセスできるレベルの人間全てにコンポーネントを与え、急場を凌ぐしかなかったんだ」
「なんというかもう何もかもがギリギリの状況なんだなぁ、あたしのいる世界って……。元々はひとりだけの『資格者』? に任せるはずが、適任がいないから数を打つとかもう場当たり感がね……。
あ、それが向こうの世界の『勇者』さん?」
何もしなければ人類は終末までタイムラグゼロだった、と言うのなら感謝するに吝かではなく。
法の縛りが効かない能力者が右に左にで若干文明社会と法治国家が崩壊寸前なんですけど、それも必要な手段を講じたた結果と言われては文句も言えない雨音である。
本来は、能力者たちの役割を一手に引き受けるはずの『資格者』、そこがたまたま空席だったというのは人類運悪過ぎであるが。
と、そこで思い出すのは、異世界で戦っていたという魔王嬢ラ・フィンさまの親友、勇者アンリエッタの存在であった。
「そうね、わたしが繋げたもうひとつの世界の、資格者。アレには参ったな。結構高性能な汎用端末体になったのに、まさか同じ世界の人間に謀殺されてしまうとは。所詮は人間ベースって事か。おかげであちらの世界はキュリオサイトの侵食に対処できなくなった。
とはいえ、向こうの世界を見せる事で地球側に迎撃体勢を整えさせることが出来るのは、皮肉な結果だな。
数ばかり増やしてしまったセンチネルユニット、能力者があちらの世界の戦力に応用できるというのも、本来の計画には無い副次的な効果になった」
「ちょっと待って……衝撃の事実を連打されて付いて行けないんですけど。
ふたつの世界を繋げた、のは、まぁそうだろうなと思っていたから、改めてその辺も確認させてもらいたかったんだけど。
ぼ、『謀殺』って、アンリエッタって勇者の娘が? フィンさまの親友が、同じ世界の人間に殺されてる……??」
「確か種族問題だね。あの世界の端末体、アンリエッタは種族を問わない世界の救済に臨んだけど、ヒト至上の統治と支配を望む勢力には不都合な方針だった。
それでも、プライマターと眷属の侵攻に対して重要な戦力として見られていたうちは『勇者』と扱われていたけど、支配階級の者達は彼女を制御不能と見るや排除に切り替えた、というワケだ。
正義感の強い素直な娘で政治向きじゃなかったからね……。ニルヴァーナ本体としても、その辺は当時の魔王のフォローもあったから問題ないと判断していたんだけど、想定が甘かったね。
あの世界の宗教勢力が自分達ごと世界を破滅させるような手まで使ってアンリエッタ排除を優先するとは、全く合理的ではなく想定外だった。もしかして、敵対した場合を恐れたのかもしれないけど」
雨音はついに頭を抱えた。もう自分ひとりじゃ事実が重過ぎて抱え切れない。みんな助けてあたしひとりじゃムリだよぅ。
今の話を聞いて魔王様とどんな顔して会えばいいか分からないし、異世界にそういう判断をした人間達がいるというのも、今後そんな連中と関わるのが怖くなる。
恨めしそうな顔になる冷淡女子高生に対して、対面に座る赤毛の美少女はどこまでも平然としていた。どこぞのメガネのように、無表情というワケではないが。
「旋崎雨音さんはその点上手くやっているね。政府や有力者を自分の側に巻き込んでいる。
センチネルが大勢いるのも、権力者や為政者に目を付けられ難い一因になっているようだ。ニルヴァーナも、一時代にひとりの端末体という方針を転換するべきかも。これも、複数の端末体が衝突するのを防ぐ為の予防措置だったんだけど。
キミのような普通の娘が、『資格者』のように世界をリードしてプライマターとキュリオサイトに対抗する体勢を作りつつあるのは本当に予想外だった。
わたし個人としてはあまり歓迎できないけど、セルウスプログラムの主旨としては遺憾なことに誤りでもない。
よって、こんな機会もそうそうないし、決断すべき時だろう」
赤毛の少女が席を立つと、ティーテーブルが音も無く砂漠の下に沈んで行った。
足下の砂がどこかへ流れていき、その下からレールらしき鉄の棒と背もたれ側にジェットエンジンの付いたイスが現れる。何これ?
「旋崎雨音さん、我らニルヴァーナ・イントレランスは認めよう。キミこそが、人類のエスコートリーダーだ。
ただの女の子が、よくぞここまで辿り着いたね……。でもキミにはその『資格』があると身を以って証明している。
今こそ、全ての人類を守る真のセンチネルとして、ニルヴァーナの正規端末体として、『資格者』となり彼の世界全てを司る力を、得る?」
「別のヒトにお願いします!」
「だよねー」
雰囲気を変え、単なる綺麗なお姉さんから至高の存在としての本性を露にし、小さな人間の少女に真意を問うニルヴァーナ・イントレランス。
だったが、全世界のリーダーとかプレッシャーで死んでしまうので、雨音は悲鳴を上げて全力でお断りしていた。
ちょっとセリフを聞いただけでもヤバ過ぎる事が分かり過ぎる。だから人類の運命なんて抱え込めないと言うとろうが。
赤毛の美少女も予想してはいたのか、雨音の間髪入れない半泣きの拒否に、のんびりとした表情で身体を傾いで応えていたが。
他にもっと適任者いるだろ能力的にも精神的にも、と必死の訴えを起こす一般女子高生である。
「まぁね。一応聴きはしたけど、キミのような普通の娘におっ被せることじゃないもんね。正直、断ってくれてよかったと思うよ。個人的には。
でもキュリオサイトの端末体はそうは思ってないらしい。さっきも言ったけど、物理現実側の状況は変っていない。旋崎雨音さんも攻撃を受けている最中だ。
キュリオサイトの端末体の目的は不明だね。予想は出来るけど……。少なくともキュリオサイトの指示を受けているような行動は見られない。恐らくアレは観察用端末としても、ある程度自由な行動が許されていると思われる」
「『観察』って、あたしみたいな、ニルヴァーナの能力者を? 彼女、ニルヴァーナの事をやたら気にしてたし…………」
「いや、端末体が観察するのは、世界の方。イントレランスはひとつの次元宇宙より遥かに巨大な故に、その内部を観察するのもひと苦労になる。
だから端末体をドローンのように用い内部から観察するのが基本的な手段になるんだ。
私見だけど、キュリオサイトはニルヴァーナにはそれほど興味は無いと思うね。敵対している、とかそんな人間的な感情は無いよ。
ただ、キュリオサイトの端末体は明確にニルヴァーナへアクセスしようとしている。その糸口として旋崎雨音さんに目を着けたのは、ある意味で当然ではあるか。一番高いアクセス能力を持っているから」
「どうしてそんな事に……特にそれらしい努力をした覚えは無いんだけど」
「実は遺伝的裏付けはあるんだけどね、それなりに。でもキミより強い因子を持つ人間は何人もいるから、やはりキミ自身の特性が大きいと思う。
メタロジカルスクリプトへのアクセス能力とは、能動する情報体、思考する情報そのもの、すなわち知性体なら本来誰もが持つ、世界へ干渉し変えようとする能力。
どんな状況でも思考を止めず、諦めないこと。
軍事訓練とかも受けずにそれだけのマインドセットを身に付けるのは、脅威的としか言えない。
旋崎雨音さんの最大の才能と言えば、間違いなくそれだろう。
だからね、さっきはああ言ったけど、実際にキュリオサイトを阻止するのはキミになる気がするんだ。何がどう転ぼうと、キミは諦めない、止まらない、きっと最後の瞬間まで戦い続ける。
まるで生粋の武人のようだね。どう思う?」
何故か雨音へ、親愛の情を込めそんなことを言う赤毛の美少女。
言われる方は、そんなの自分では分からないし、過大評価も良いところではないかというのが率直な感想である。
いつだって自分は状況に流されてきただけだ。そうして追い詰められて、どうしようもなくなったから最善手を指し続けてきたに過ぎないのだから。
これからもそうか、と問われれば、多分そう。
「まぁやるだけはやりますよ……。世界の終わりなんて逃げようがないじゃんよ、一般女子高生にどうしろってのさ……酷い話だ。
それで、これ乗って帰れるの? 多分さぁ、どんな形でもいいんでしょ? なんでこんな特攻兵器みたいな代物なの??」
雨音は例によって諦めるのを諦めた。ここまでを振り返れば一度として逃げ道すらなかったって酷くないか。
ある程度聞きたい事は聞けたと思うしニルヴァーナもやる事やってくれているようなので、後は地球人類総出でどうにかせねばなるまい。死なばもろとも全人類巻き込んでくれる。
魔法少女は現実世界に戻ったら、まずは自分を捕まえているメガネの敵性端末体に対処しなければならないが。
そういえば勝てる糸口ないわ。
そしてこの人間ロケットみたいな冗談の産物に近い脱出シートはいったい。コレ絶対遊んでるだろ。
「『資格者』の件は保留しておくとして、旋崎雨音さんにはひとつ、キュリオサイトの端末体に対抗する手段を託しておきたい。
キミたちセンチネルのメタロジカルコアに組み込んだコンポーネントは、結局のところ各々のメタロジカルスクリプトへの干渉能力をツールとして使いやすくしたモノに過ぎないんだ。
一方で、資格者はそれとは比べ物にならないレベルでメタロジカルスクリプトに干渉し、その上で生物としての人間の限界を超える為に拡張フレームを構築する。
旋崎雨音さん、キミなら扱えるだろう」
「ゑ゛? ちょっと待ってそれは大丈夫なの? そういえばさっきも聞いたけど、そもそも能力を使える『コンポーネント』とやらが健康や寿命に影響がないのかという疑念が前々から拭えてないんだけどさ。
この際そこのところも全人類の為にハッキリさせておきたい!」
赤毛のニルヴァーナ曰く、コンポーネントは世界における個人を構成するメタロジカルスクリプトの基礎部分に付属する補助制御記述であり、特にその個人を書き換えたり書き加えるようなモノではないとか。
更に、そのメタロジカルエフェクトの出力、同時可能な制御能力を拡張する制御フレームを、雨音に増設してくれるという。
それはまた自分に人間離れしろと言うのか。
パワーアップさせてくれる、という話は分かるのだが、それに付随する様々な心労や対外的影響を思い、雨音は搾り出すような呻き声を上げていた。
そして特に説明ないままジェットエンジン付きのイスに座らされ、当たり前のように光速で射出された。
無窮の砂漠と蒼天の下にただひとり残されるのは、赤毛を風にたなびかせるニルヴァーナ・イントレランスの端末体。
「旋崎雨音さんの武運長久を祈る。また会おう、戦友。良い旅を」
赤毛の少女は、「んきゃぁあああ――――!」という悲鳴と共に彼方へ消えていく魔法少女を、頼もしそうな笑みで見送っていた。
感想、評価、レビュー、どうにか説明や設定の羅列にしないようにしないようにと思いつつも矢尽き刀折れてすいません。




