0050:遠方にて奇縁交差する世間の狭さ
魔法少女近況:平坂のエリちゃん? はて……??
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六月第3週の月曜日。
午前11時50分。
福岡県福岡市博多区。
山口県における集中豪雨災害と、NGO『アルバトロス』を中心とした特殊能力者による災害救助活動。
結果としてそれは大きな成果を上げ、成功という評価を得た。
今後は特殊能力者が社会システムの一部であるという前提に立ち、あらゆる政策や計画が練り直されていくだろう。
問題もこれから山ほど出てくるだろうが、それは新しいシステムが登場すれば避けられない事であるし、バグ取りなど永遠に終わらない課題である。
それはそうと、ひと仕事終えたのなら休みを取りたいところだったが、翌日には魔法少女の旋崎雨音に緊急の仕事が入ってきた。
福岡県の名所、『中洲』に出現した怪生物対応である。
「あれ!? あっち上がってる! 迎撃どうしたの!?」
「なんかもう他のところで怪生物出てるんだってー。そっちに行ってるみたいー」
「あっちのヒト持ち場離れちゃってるし!? 遊撃部隊出動ー! トリア姉さんそっちよろしく! こっちのヤツは速攻で片付けるよ!!」
「本部! 本部! こちら中洲四町目! 西中洲方面三丁目コンビニ前に特別獣類上陸中! 現在アルバトロスと連携し対応中!!」
「空中チーム行きますよ! あまり近付かないで応援が来るまで足止めに徹してくださいねー! 射撃の手段があるヒトはそれのみ使用で!!」
那珂川と博多川の河口近く、両川に挟まれ存在する四角く造成された長さ1キロ幅200メートルの島のような土地、『中洲』とは中州そのままの意味だ。
同時にそこは、昨年の六月以来、怪生物の動きが活発な地点となっていた。
今までは地元や九州方面を活動範囲にしている能力者と警察、自衛隊で対応していたが、最近になりその対処容量を超えてしまったとか。
博多の中洲と河川の周辺は完全に封鎖。
アルバトロスを含めた、武闘派能力者の大量投入という運びになったワケだ。
「喰らえやぁああああ!!」
というワケで、長い金髪に黒いミニスカエプロンドレスの少女が、川面に弾幕を叩き込んでいた。
手にしているのは、弾倉と砲身部分を20ミリ口径6連装回転砲身へと換装してる、魔法の回転拳銃だ。
砲身長が2メートル近く、と持ち主の少女より大きい。
そんな鉄の塊から盛大に弾丸をバラ撒き、秒間8発という超密度の豪雨が無数の水柱を上げていた。
ヴゥウウウウウ――――!! と爆音を上げ破壊行為に勤しんでいるのも、それなりに理由がある。
なにせ、広い川幅の水面下には、ボラの群れの如く怪生物が密集していたもので。
コイツら餌とかどうしているんだ、と雨音が思ったならば、やはりというか河口の向こうの湾内では魚類が絶滅状態らしい。
近隣の封鎖前には陸上でヒトが襲われる被害も出ていた、ということなので、その気持ち悪さに黒ミニスカの安全装置が大分緩んでいても怪生物死すべし慈悲はなかった。
「うわぁあああスゲー!?」
「アレもう特殊能力とか関係なくねぇ!!?」
「てか川縁のコンクリに穴開いてますが!!?」
それなりに慣れたアルバトロスの能力者と違い、地元福岡の能力者や警官は黒アリスの火力と爆音に悲鳴を上げている。
特別な能力など無関係に、MG61A2『イグニス』という戦闘機に搭載されているほどの機関砲は、実在の脅威だった。
砲口初速、1050メートル/秒。
弾丸は数メートル程度の水深など苦もなく貫通し、大量に潜む怪生物を穴だらけにしていた。流れ弾も結構な量出ていたが。
だが、そこまでされれば流石に相手も生きる為に足掻こうとする。
陸に飛び出して来る個体が出るのは想定済みだ。なので、中洲と川沿いの岸には事前に人員が配置され、川から出ないように迎撃する、はずだった。
だが、所詮は素人の寄り合い所帯だったか。
凶悪な顔をした肉食イモリのような怪生物(人間サイズ)は、ちょうど空いていた警戒網の穴から陸に上がってしまっていた。
川岸から対潜爆撃を続ける黒ミニスカと砲撃能力者の抽出部隊、そして陸に上がった怪生物を追う飛行能力者と機動力のある能力者で編成された猟兵部隊。
中洲と周辺は大量動員された警察官が封鎖しており、河口の前後では複数の沿岸警備隊の船と木造の海賊船が怪生物を監視中だ。
上空には警察とマスコミのヘリが飛んでおり、非常線ギリギリの位置にある高層ビルにはカメラクルーが陣取り中州の状況を撮影している。
怪生物が川から溢れ出すという非常事態なのだが、実際にはお祭り騒ぎだった。
「はぁ!? 旋崎さん飴寺通り方面で危険生物が10体以上を確認との事! 機動隊が対応中!!」
「川から上がって来ているのとは別口ですか!? 最初から陸にいたとか!!?」
「結構前から陸でも見られたって言うしねー。立ち入り禁止になっている間に結構上がって来てたのかもー」
ドラム缶のような弾倉が空になり砲身が赤熱化したところで、黒ミニスカは100キログラム近いそれを水の中にブン投げる。後で掃除します。
三つ編み吸血鬼の北原桜花は、川縁の鉄柵を乗り越えようとするイモリ怪生物を「えいやっ」と鉄の棒でぶん殴っていた。
軽い動作に見えたが、薙ぎ払われる怪生物が雪崩を打って水中に叩き返されている。
「上がってきた怪物は叩き落とせー! 近付き過ぎるな引き摺り込まれ――――!!」
「芝橋ー!!」
「ヤバい引き上げろー!!」
「ちょっと!? カティお願い!!」
「んあー……お? これ使うマスよ」
一方で、同じく鉄柵を挟み水際防御に徹していた警官隊は、一部が噛み付かれて川に引き摺り込まれ大騒ぎになっていた。
怪力巫女侍、秋山勝左衛門が、放置された屋台の骨組みを勝手に使い釣り上げて救出したが。
山口県豪雨災害に続き、連戦で参加している能力者も多い。
怪生物に喰らい付くサメ、北海道のクマの如く怪生物をブッ飛ばす毛むくじゃらモンスター、空中から矢を放つ天使、なども肉食イモリの群れの中で大暴れしていた。
一部ちょっとした惨劇の光景である。
「上に逃げたヤツってその後どうなったー!?」
「一丁目方面で新しい生物集団! 警察官が対応中ですが数が多く危険とのこと! 可能であれば応援を求めるとのことです!!」
「トリア姉さんそっちどう!?」
『捕まえたけど区役所の方にも何匹かいるんですって!? どうする!!?』
『一丁目は確か逆の方よねー。わたしは手分けしていいと思うけど』
「ふぬぅ!? 面倒な状況に! これって軽く囲まれてるじゃん!!」
とはいえ、現在は能力者が力にモノを言わせて強引に鎮圧を図っている状況。怪生物の数と分布が事前情報と違い過ぎ、アルバトロスと警察は後手に回っているのが実際のところだった。
チビッ子魔法少女刑事とカウガール、鎧武者ら高機動部隊は、中洲から見て北東方面に展開中。川から出た怪生物を追っての事だが、更に南東の方でも怪生物が出て来たという。
警官から応援要請が来たのは西方面。カウガール姉さんはチームを分けると言うが、雨音にそんな度胸は無かった。
(川の方は監視してもらってるし、そこから上がって来てるって感じじゃないんだよなぁ……。中洲は怪生物が出るようになってから封鎖されてるって話だし。それなら――――)
「――――警察がノーマーク……いや封鎖したと思ってほったらかしのところに怪生物が巣を作ってる?」
「あ! 洲先公園!!」
「あそこもうずっと立ち入り禁止になっとっとー」
「こういうの……なんて言うんでしたっけ?」
頭の中の予測が口を突いて出ると、これに反応する地元女子高生たちがいた。
聞かれているとは思わず、リボルバーをブッ放していた黒ミニスカもビックリ。
黒アリスらアルバトロスの能力者以外でこの場にいる未成年、それは福岡で活動する能力者グループの少女たちだ。魔法少女であるか否かは不明。
髪が短い元気そうなボーイッシュ少女、酒道克歩。全体的に線が細くフワフワした印象の茶髪少女、霧枝めめ子。身長の高い隠れ目女子、砂地揺煌。
九州方面で最有力とも言われたグループであり、長く中洲を守ってきた実績を買われ市から要請を受けて来ていた。
本部詰めの予定なのに現場に出たのは本人たちの独断らしいが。責任者の首が危うい。
「にゃーるほどー、安牌だって思ってほったらかしてたら腐ってた感じねー。んで『洲先公園』てー?」
「もう1年くらい鉄板で囲んでる公園で――――!」
「中洲のぉ……下流? 美術館とかある公園なんですけどー」
「中が見えないから……もしかして、いるのかも」
狂暴な肉食イモリを打ち返しながら、のんびりと質問する東京産の三つ編みJK。
地元福岡JKには、その辺に心当たりがある様子。
黒アリスが実際の場所を聞くと、ちょうどそこの目鼻の先で知り合いの海賊船が展開中だった。アイドル業が休みの時は学校に行くべきだと思うが。
『マリーさんそこから右手のところ公園だって言うんだけどなんか見える!? 怪生物が湧いているかも!!』
「建物とフェンスでちょっと見えないっスね! ソイ! マストの上から見えねーか!?」
「アイサー船長ー!!」
「ソルトお前も行け!」
「アイサー!!」
黒アリスからの通信に、海賊魔法少女のマリー船長が部下に観察を指示。
ロープを使い器用に帆柱へ上る海賊マスコットふたりは、閉ざされた緑豊かな公園を凝視するが、
同時に、まるで気付かれたのを察したように、公園の覆いを薙ぎ倒して隣接する駐車場に雪崩れ込んだ大型怪生物が、そこから川へと飛び込んでいた。
「だぁあああ!? 出たぁあああ! テメーら大砲だ大砲!!」
「アイサーキャプテン!」
「ブチ込めぇ!!」
至近距離に突如現れた怪生物に、ビックリなアイドル船長は舷側砲の発砲を命令。
一際派手な大砲の爆音が立て続けに上がり、中洲封鎖区域が一気に騒がしくなる。
警察無線が錯綜し、情報を求める声が飛び交った。
「準級までいるじゃん!? これもう完全にこっちで繁殖してるだろ!!」
「もチキューがキルゾーンになってるのデスねー」
大型個体に続き、なにやら景気良くイモリ型の怪生物も大量に川へ流れ込んでいるのが見える。
今までの苦労がリセットされた感じに、黒ミニスカが銃声と悲鳴を上げていた。グロい大型爬虫類とか生理的にそろそろ限界なんです。
ホケッと言うグラマー巫女侍の方は、気にせず三枚に下ろしているのだが。
「ホントにあんな近くに巣があっただとー!? やるよメメ! ゆらぎぃ!!」
「うえーウチ達だけでだいじょうぶー? 『ステキカレシー』!!」
「地元民の面子……『フォートインユアセルフ』」
「え!? あ、あなたがたちょっと待った――――!?」
そして、地元JK三人組は黒ミニスカが止める間もなく飛んで行ってしまった。
短髪のスパッツ娘が制服のミニスカを翻し、川縁を猛スピードで突っ走っていく。概念強化系の能力者らしい。水中の敵相手にどうするつもりなのだろうとは雨音も思うが。
続けて、幕で覆われた屋台のひとつから飛び出してくる若い男(ホスト風イケメン)。フワフワ系女子の能力によるモノらしい。マスコットアシスタントか否かは不明。
抑揚無く言う長身女子が、どこからともなく取り出した木の板や丸太を抱えて、仲間を追い走って行った。それで戦う気か、とは思うが実戦経験もある地元組なので止めていいかどうかも分からない。
「ええい是非も無い! カティ追って!!」
「らじゃデース!」
「とりあえずこっちは怪生物を川から出さずに封じ込めるのを最優先するから! 大平さん! 警部補さんも指示を徹底させて!!」
「警部補! 配備中の警察官に連絡を!!」
「了解しました! 中洲014より特別獣類対応中の全警官隊は上陸阻止に集中! 川から出さない事だけ考えるように!!」
「危ないからマリー船長とコーストガードの船は退がらせて! 火力のある能力者へ準級の排除は相手の勢いを切ってからでよろしく!!」
とりあえず勢いで黒ミニスカが仕切り、陸の防衛に専念し味方の動揺を抑えながら、怪生物群の攻勢限界を狙う戦術を取る。
体力やスタミナに限界がある以上、そう長いこと攻撃など続かないものだ。疲れた時がカウンターチャンス。
巨大イモリや激増した敵の数に浮足立っていた人間側も、魔法少女が先頭に立つことで落ち着きを取り戻す。
間も無く、川面から次々飛び出してくるヤモリ型怪生物。
中洲と川を挟んだ両側の岸は、警官隊と能力者による逆カツオ漁船のような激突に発展していた。
◇
那珂川と中洲川、中洲の左右から合流し河口に流れ込む、その手前。
水面には大量の怪生物が腹を晒して浮かび上がり、福岡市の行政職員と警察官は頭を抱えていた。
しかし福岡市壊滅の危機は回避できたのだから、危険のない作業はどうか頑張ってほしいと思う雨音である。
「つーか一カ所目でこれか……。状況が改善どころか確実に悪化している気がする」
箱型ロケットランチャーに座り、グッタリと溜息を吐く黒ミニスカ。パンツ見えているが気にする余裕なし。
ここ最近、日本のみならず世界各地で怪生物への対処が難しくなっている、という情報が出ているのだ。
これは、当初期待されていた民間での怪生物駆除制度が効果を上げていない、という部分が大きい。それ以前に、国家と行政が対応できていないという事でもあるのだが。
そのような背景もあり、アルバトロスに応援を要請する可能性が政府の方から仄めかされている。
「東京管内でも特別獣類案件が増えているというのよねぇ……」
「アキバの件もありましたしねぇ」
日本の首都の警察官であるチビ姉さんは、当然ながら更に具体的な情報を持っていた。
昨年6月以来相、当数の怪生物が駆除されたが、現在はそれ以上の数がいると想定される。
東京秋葉原に出現した準巨大生物級の記憶も新しく、いずれ今日の博多のような事態が日本中で発生するというのも、難しい想像ではないだろう。
「ほんなこつ行ってよかとー!?」
「東京……ハッピーマウス」
「泊まるところは本部でもいいだろうし、なんでしたらウチでもいいものねー」
「夏休みとかに来ればいいんじゃね? もしかウチらのお手伝いになるかも知れんけどー」
そんな暗澹たるモノを抱える社会的立場持ちの魔法少女ふたりだったが、その後ろで能天気なJK魔法少女どもは福岡の地で新たな人脈を築いていたりする。
短髪ボーイッシュスパッツ、フワフワ系お洒落少女、長身目隠れ少女の、地元能力者三人であった。
既に東京で一緒に遊ぶつもりになっているらしい。コミュ力のバケモノどもめ。
「さっすがちかっぱ強かね、東京の魔法少女。去年ん巨大怪獣とか、今日んよりずっとデカかったんやろ? パないわ」
「は? あ、そう、ですね。羽田から上陸したのは約600メートルって話でしたし。今日のは多分2~30メートルってところだったから、大分違いますね」
「あはははは! 黒アリスちゃん真面目かッ」
そして、気が付くと自分もコミュ力強者に絡まれている黒ミニスカ。ビビリなので生来ヒトと話すのも苦手である。
呵呵と笑うボーイッシュ少女になんと言っていいか分からず、困り顔の黒ミニスカ。
しかし不意に、そんな元気少女が笑顔を消すと、物憂げに遠くへ視線を投げていた。
「あたしらもさー、ホントは福岡の方だけでどげんかしたかったよ。警察のヒトも同じ気持ちなんやなか?
ばってんしゃ今はもうちょっと人気ん無かところにはすぐに危ない生き物が湧くごとなってさ。佐賀とか熊本の方もキリがなかって話」
日本全国同じ状況かと思った雨音だが、話を聞くと地方の事情は関東圏より更に深刻らしい。
一応は平穏な日常が戻っていたと思ったが、もしかしたら昨年6月以来問題は水面下に潜んでいただけではないのか。
それは、怪生物や国家や軍隊といった目に見える脅威ではなく、まさに今回の中洲のように気付いたら八方敵に囲まれていたかのような、冷たい焦燥感を覚える予想だった。
「今回は……特に熊本の一斉駆除と被ったのが…………」
「エリちゃんなら100匹やろうが1000匹やろうが楽勝で片付けたんやろうけどー」
「まぁどこ行ったか気にはなるけど、平坂がおらんと何も出来んってのもな……」
福岡チームも、連携を取っていた熊本チームが多忙となったり、仲間がひとり不在になっていたりと色々大変そう。
今後はアルバトロスも地方遠征のような事が増えるか、あるいは別の手段を講じるべきか。
そんな事を考えながら、ひとまず魔法少女たちは福岡チームとの再会を約束して、東京へと戻って行った。
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