0009:乙女の敵である事に変わりは無い
さて雨音個人の意見としては、吸血鬼の容姿もスタイルもどんなBGMを背負おうとも、何もかもがどうでも良い。現代吸血鬼と古典吸血鬼の区別にも興味がない。
元になった逸話、生物、、疾患、事件、そういったものは実在するが、創作物そのものの吸血鬼は存在しないと考えいていた。現在では実在してしまっているが。
それでも、雨音は彼等が哀れな存在だと思っていた。
吸血鬼は血を吸わなければ生きていけない。
昼は出歩けず、ハッキリと世界の半分を失う。
当たり前の人間として触れ合う事は出来なくなり、人から隠れて生きていかなければならず、それでも人から離れては生きていけない。
寿命が人を超越すれば、時間からも置き去りにされる。
それは、絶海の孤島でひとり生きていく以上の孤独だろう。
スタイルや見てくれは表面的な要素でしかなく、あるいはその孤独こそが、多くの人々を惹きつけて止まない本当の理由なのではないかと。
雨音はそう思っていたのだが。
「おねえちゃ―ん! 血ィ吸うたろかーベロベロベロー!!」
「ふざけんなぁッッ!!」
そんな想いは、拳と一緒に変質者へと叩き込んだ。
「ぶだぺすとッッ――――――――――――!!?」
カティを自分の背中へと引き込みつつ、雨音はカティに咬みつこうとした変質者のコメカミに左フックを直撃させる。
ベテラン芸人往年のギャグを口走っていた変質者は、どこかの首都の名前のような叫び声を上げてブッ倒されていた。
「ワッツ!?」
突然雨音の背中に庇われ、ワケが分からないカティ。
そんなカティを背中にくっつけたまま、雨音はジリジリと倒れた変質者から距離を取っていた。
「な、なんデスアマネ!? そいつなんデスか!!?」
「変態よ!」
「HENTAI!? 吸血鬼じゃないんデス!?」
「だとしても変態よ!!」
脇から顔を出すカティへ冷淡に雨音は言うが、殴り倒した相手は変態には見えても、それ以上のモノには見えない。
見た目は40~50代男性。身長は150センチ前後で、腹が大きく出ている全身肥満体。無精ヒゲで頭が薄い、つまり普通のオッサンだった。
「カ、カティに咬みつこうとしたデスか? それなら………」
「えー? ………ただの変態じゃない?」
確かにカティに咬みつこうとしていたのを、一瞬ではあるが雨音は見ていた。考えるより先に手が出ていたのは、雨音自身ビックリである。おかげで手が痛い。
しかし世も末ながら、咬み付こうとする所まではただの変態の変質者の範疇だ。
容姿は先ほど述べた通りで、辺りを見回せばひとりはいそうな肥満体のオッサン。
衣服も中世貴族の礼服などではなく、Tシャツにトレーナーのズボン、足元は素足にサンダルといった格好。それだけだと寒いのかロングコートなどを――――――――――――
「……ん?」
「どうしたデス?」
Tシャツにコートという格好だけでも十分変態っぽい。そんな事を考えていた雨音が、見下ろす変質者の姿に妙な部分を見出す。
変質者はコートに腕を通していなかった。見れば、コートの一番上のボタンだけを留め、背中に羽織るようにしている。
コレはまさかひょっとして、
(マントのつもり!?)
つまり、古典的な吸血鬼のスタイル。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
「ッ―――――――――!?」
雨音がそこに思い至るのと、変質者が有り得ない動きで身を起こしたのが同時だった。
仰向けに倒れた人間は、まず上体を起こすなり、うつ伏せになってから腕の力で身を起こすなりして立ち上がるのが普通だ。
ところがこの変質者、まるで倒れた時の逆再生の様な違和感だらけの動きで立ち上がって来た。まるで映画の吸血鬼そのもの。
それも、ウィルスだ感染症だと言われる現代の吸血鬼ではなく、超常の能力を持つ悪魔の眷族としての古典吸血鬼。
(コイツ本物――――――――――――)
「カティ!!」
「ワオ――――――――――――!?」
雨音の決断は早く、カティの手を取り引っ張ると、変質者の吸血鬼から一目散に逃げ出した。
「おねえちゃん待ってーな! ちょっとだけ! ちょっとだけだから! なぁて!!」
変質者で吸血鬼のヘンタイオヤジは、嘲るような声を上げて二人の少女を追う。
「アマネ! どうして逃げるデース!!?」
「どうしてもこうしてもあるかい不期遭遇戦はまず戦略的撤退と相場が決まってるのよ!!」
「デ、デモせっかく狙い通りに吸血鬼をおびき寄せたのに――――――――――――」
「お前今なんつった!!?」
雨音は土手に向かう住宅地の曲がり角に、遠心力で放り込む勢いでカティを先に行かせる。
そこで瞬時に振り返ると、カーゴパンツの腰に差しておいたバカでかい魔法の杖を引き抜き、追いかけてくる相手へ向ける――――――――――――のだが。
(いない!?)
「お嬢ちゃーん、美味しそうやんかワレ! 金髪娘とはご馳走やがちと青すぎるか!? いただきまー!!」
「アマネ以外にはお断りデース!!」
「うぇえ!?」
よりにもよって、カティを放り投げた先に待ち伏せされていた。
「カティ、伏せッッ!!」
「がぁあ!!」
雨音の科白で条件反射のように、カティがその場にしゃがみこんだ。
イヤらしい笑みを満面にし、ワザとらしいポーズで変質吸血鬼がカティへ覆い被さろうとするが。
「そういッッ!!」
「ガタカッッ!!?」
そこへ、雨音がダッシュ。小さくなったカティを飛び越え、変態の顔面へ靴裏をメリ込ませた。
だが、
「なーんて二度も喰らわへん!」
「ッ――――――――――ぁあ!!?」
その足を、雨音は変質者に取られてしまう。
一見して変質者の肥満オヤジでしかないが、平均的な体重はある雨音を逆さにして持ち上げて見せていた。いつの間にか回り込んでいた速度といい、この力といい、変態でもやはり本物か。
「おねえちゃんみたいな気の強い娘を無理矢理、ってのは燃えるのう! オジサンの方が吸われそうだよー!」
「ッ~~~~~!?」
今更ながら、自分が犠牲者になる可能性を間近に感じて、雨音の全身が粟立った。手には強力極まりない火器が握られているのに、テンパった頭では、それを使おうという発想に到れない。
「んー? なにおねえちゃん、それオモチャ? おねえちゃんみたいな娘ぉがそんな物持って――――――――――――」
「アマネを離すネー!!!」
「――――――――――おタワァッッ!!?」
ここでカティが、変態の脇腹へ全力の蹴りを入れた。小柄とはいえ、通常状態でも馬力の固まりのような娘である。
大きくよろけた吸血鬼オヤジは、その拍子に雨音を取り落とした。
「カティ、行くわよ!!」
「やっつけないデスかー!?」
「ここじゃダメ!!」
埃を巻き上げて身を起こす雨音は、カティをの手を取り再び走り出す。
「痛いのーおねえちゃん……おーしおきダベー!!」
その背後から、下品な笑い声を上げながら跳ねるようにして変態吸血鬼が追ってきた。
しかし雨音は、ひっくり返った視界の中で見た、コンビニでも見かけた光へ向かって突っ走った。
上手く使えば、逃げるなり時間を稼ぐなり出来る算段だ。
「ほーれほれ! こーネコちゃん捕まえちゃうぞー?」
「アマネー!!」
「あそこにいるから!」
光が近付く。土手沿いの道路を、雨音とカティのいる通りへ向かって来ている。
雨音はカティの手を強く握ると、赤い光が瞬く通りの角へと走り込み、一瞬の判断の後にそのまま駆け抜けると、
「ほーら捕まえバボラァア!!?」
カティのすぐ後ろに迫っていたヘンタイオヤジ吸血鬼は、赤色灯を焚いて走って来た警察車両に跳ね飛ばされた。




