0041:ホームセキュリティーにその大小を問わず
魔法少女近況:久々に日本人の執念みたいなモノを感じたわ。
.
六月第1週の日曜日。
西方大陸イレイヴェン国南部、クローディース領。
選手村、冒険者ギルド。
「おいおいここは冒険者ギルドだぜ? あんたのように軟弱な女に務まるような仕事じゃ――――」
「おいバカやめろ死にたいのか!?」
「よりにもよって黒アリスさんにテンプレ仕掛けるんじゃねぇアホめ!!」
「はァ!? すいません間違えました!!!!」
正式に営業開始してから初めて冒険者ギルドに来る黒ミニスカ魔法少女、旋崎雨音であったが、その建物に入るや否や大柄なスポーティー鎧に因縁つけられた。
そして直後に、スポーティー鎧は仲間に叱責されて呼び戻され、腰も低く黒アリスに謝りながら去っていった。
何もかもが唐突でワケが分からない。
「なんだなんだいったい何が起こっている?」
「冒険者ギルド名物、うだつの上がらないベテラン冒険者による新人への洗礼だねー。やる方もやられる方もどっぷり冒険者に浸ってノリノリよ」
「えーと……メジャーリーグで新人無視するようなもの?」
「桜花、雨音の教育が足りてないんじゃないかしら?」
「うーむ……せんちゃんは読み物よりどっちかってーとゲーム寄りだからなぁ…………」
戸惑いを表情いっぱいに出している黒ミニスカ魔法少女。
しかし仲間に助けを求めると、こちらでも雨音を置いてきぼりにして何やら不穏な相談をしていた。
マイノリティ三つ編み娘と危険中毒のカウガールという組み合わせに、果てしなく不安を掻き立てられる小心魔法少女である。
地球から来る各学術機関の調査団を護衛する人手が足らず、その補完的な人材派遣を目的として立ち上げた冒険者ギルド。
細々としたトラブルは発生しているものの、一応は当初の目的通りの機能を果たしていると、雨音は報告を受けている。
なお地球出身の冒険者は、その大半がNGO『アルバトロス』、裏アルバトロス計画により抽出された能力者だ。
黒アリスに冒険者テンプレ仕掛けて来た能力者も、その中のひとりである。雨音と視線が合うとぺこぺこ会釈していたが。世紀末にいそうな厳つい見た目と違って、礼儀正しそうなヒトである。
「おはようございます、ギルマス」
「そう、わたしギルマス!」
左手にある依頼受付カウンターに近付くと、受付嬢のお姉さんが上司に挨拶してきた。
『ギルマス』ことギルドマスター、冒険者ギルドのトップである、三つ編み娘に向けて。
ハイテンションを極める北原桜花は、自分にビシッと親指を向け満面のドヤ顔だった。
友人だからといって自分の独断で組織のトップなんかに添えていいもんかな、と思わなくもない黒ミニスカ領主だったが、いざギルドのレイアウトを任せてみると、思いのほかしっかりしたモノが出来た模様。
特に不安材料だった地球の能力者への対策も、入念に整えられていた。地球の人間が冒険者に何を望み、どんな問題が起こり得るかを熟知していたらしい。
実務の大半をギルドという組織に任せているとはいえ、システムは合理的に作られている。半分は自分が遊べる組織作りだろうが。
元々能力は高かったからな、と雨音はムラの多過ぎる三つ編みの友人を残念に思った。
◇
魔法少女たちが冒険者ギルドに来たのは、登録した冒険者の名簿を見る為だ。
領内の治安を維持する衛兵隊を組織するのに、ここから引き抜けないかという話になったのだ。
冒険者ギルド自体が出来て間もないというのに、人手不足も極まれりである。
なお個人情報の閲覧に関しては、冒険者ギルドはクローディース領執政府の下位組織なので雨音が見ても問題ない。
「前からアルバトロスに協力してくれているヒトはともかく、新規に入っているヒトも結構いるんだね」
「発展している最中ですから、ヒトも集まるのでしょう。トライシアから稼ぎを求めてこちらに来る者も多いそうですよ」
冒険者ギルド3階オフィスにて。
階下の内装こそナラキア地方に合わせてあるが、その裏側では電気水道は無論のことWifiまで完備しているのが冒険者ギルドという建物だ。
黒ミニスカもタブレットPCで名簿を参照している。
ギルドの稼動開始は最近のことだが、その主要目的となる調査団への人員配置は以前から行われていた。イレイヴェン王城から代官として派遣されたアルセナ女史のような立場の人物も多い。
それとは別に一般庶民も、自主的に選手村を訪れている人々が増えているというのは麗人騎士のジェラノアからの情報だ。先日の難民のようなケースもある。
そういった新規の住民に対し、冒険者ギルドは第1次職業斡旋拠点としても機能しているらしかった。
なおここで正式に冒険者となると、既存の自称冒険者と区別する意味でプロの冒険者という位置付けになるのだという。
「ここからがギルドの営業開始後ね……。『元兵士』、っているなぁ。世知辛さを感じてしまう」
「元兵士ならどちらかというと事情を知っていて冒険者になりにきたのでしょう。戦争は終わりましたし、兵役が明けて故郷に帰らずこちらに来るのは、それほど不自然な選択でもありません」
「『傭兵』の方も何人か登録してござるな。マムスの戦争では前線が崩壊して大混乱だった時も、独自に集団戦闘を維持する手錬の姿が目立っていました」
タブレットPCのリスト、ギルド正式稼動後からの新規登録者を見てみると、3桁に近い数字の中で兵士や傭兵といった実戦経験者の名前がポツポツ見られた。
人数もその割合も、予想以上だ。
地球側だけではなく、異世界側もクローディース領の発展に賭けているのが窺える。
考えてみれば、異世界交流を進める地球側の政府レベルと異世界側の王城レベルならともかく、民間レベルとなると接点が薄い。
その辺の圧力がアルバトロスと冒険者ギルドのマッチングに集中しているのでは、と考えれば、この短期間でこれだけの登録人数というのも理解できる話ではあった。
「うーむ……とりあえず衛兵隊の候補はいるか。やっぱり兵士の経験者と傭兵からだよね?」
「傭兵は契約こそ重んじますが、基本的に独立独歩のきらいが強い者たちです。誰かに仕える気はないと考えていいでしょう。
能力という点では兵士を務めたことのある者が良いでしょうが……正直、クロー殿の冒険者の待遇は他所とは比べ物にならないほど魅力的です。
領主の立場なら強制はできるでしょうが、そうされないなら望んで衛兵になりたいという者はいないかも知れませんよ?」
下級貴族だったので傭兵の事情にも詳しい、ジェラノア・ベルセッド男爵家令嬢。
そういう下々の事情には疎い銀髪姫や淑女の女王は、へーという顔で話を聞いていた。
傭兵が精強な戦力だと思っていた雨音は、アテが外れそうで少しガッカリする。給料払えば良いってモノではなさそうだった。
「せんちゃん命令とかしないよね?」
「あたしが責任者やってるうちは職業選択の自由は日本ベースで行きたいところよね。偏ったら調整くらいはするだろうけど」
ここは日本ではなく異世界の法が支配する土地である。厳密には領主である黒アリスの法が支配するのだが、なにぶん領地の方も出来て間もないので日本とイレイヴェンの法を刷り合わせて実験的に運用中だ。
身分差というモノが絶対的な異世界である故に、貴族であり領主であるクロー子爵の命令は平民に対して強力な強制力を持つ。
しかし雨音は、そのような方法で衛兵隊の人員を確保するつもりはない。
法的にはナラキア地方の常識が適用されようとも、クローディース領は地球から伸びる出島のようなモノだ。
その情報を地球に公開している以上、職業を強制するような行動は、非常に評判を悪くすると思われる。
何より雨音の気分も良くなかった。
「とりあえず元兵士のヒトから面談して希望を聞いてみようか。条件で折り合えば、衛兵隊に鞍替えしてもらう感じで」
「兼業は出来ないんデス?」
「んー……衛兵やっててそんな時間あるかな……?」
巫女侍の疑問に、古米国あたりの警察は副業認められてたっけな、などと思い出しながら首を傾げる黒アリス。
その辺も日本の常識に縛られず柔軟に設計していった方が良いのだろうか、と考えながら、雨音は三つ編みギルド長を通して段取りを進めてもらうことにした。
◇
六月第1週の月曜日。
午後4時50分。
東京都千代田区台東区、ホビーガーデン秋葉原。
パシフィックドールズ。
なにかもう妖精さんの集団も地球で暮らす流れだったので、その準備が必要となった。衛兵隊の人員に関しては、追々ということになる。
今現在、シルフィンの中でも女王付きという割りと偉い立場にあるエディアは、魔王ラ・フィンと同じ部屋で暮らしていた。
魔王と妖精が、同室。えらい字面である。
そしてこれからは、アイドル魔法少女と姉妹のような友人となった3人を加え9人が、地球でホームステイするという話になった。
ボクっ子『ピーピル』、おっとり『ノーナン』、熱い『フィレス』に、恥しがり屋『イナナ』、甘えたがり『ペアリ』、見つめる『チエック』、知りたい『リンスタープ』、眠たい『ミヨン』、それに、お話の『エディア』。
以上の9名様。
ちなみにエルフっぽいゲーマー種族も日本に来たがっていたが、こちらは身柄を拘束する権限が無い以上秋葉原あたりに突撃されても制止し様がないので、選手村に留め置かれた。
いつまで時間稼ぎが出来るか分からない。
そんなエルダーを差し置いて希望の地へやってきたのは、妖精さんたちの居住環境の為である。
別に秋葉原にまで来て不動産を探しにきたワケではない。
ちょうど良いサイズの家具が、ここには揃っていた為だ。
フィギュアなどの人形と、これに合わせるアイテムの種類において、他の追随を許しはすまい。
「……思ったよりずっとリアルなんですね。もっとアニメ的というかオモチャ的な物を想像していたんですけど」
「フィギュアとはまた異なりドールは現実志向でござるからして。単にデザインだけではなく素材や縫製、細かな作りまで人間が使う物と同じになるよう拘るオーナーが多いでござるな。
家具などの小物は、それこそ本物の家具職人が副業的に作って卸している場合も多々ござるし」
ディスプレイされたシックなアンティーク家具、のミニチュアを前にして、その繊細な作りに冷淡な表情の女子高生が唸っていた。
隣では、ひょろ長い背丈の男が真面目な顔でそれぞれの作品の説明をしている。
旋崎雨音と、魔法少女になった最初の頃から多少の面識がある能力者、家津洋介であった。
ひょろ長い方はヒディライでの怪生物群殲滅作戦にも巻き込まれていたが、無事に生還したようである。
今回はその道の専門家ということで、雨音がアドバイスを求めてお越し願っていた。
「妖精様たちの実用品となると、8分の1サイズが妥当でござるかな。12分の1サイズだとやや小さいかと思われる故に。なんならオーダーメイドも受けているようでござりまするが」
「あ、ホントだサイズがある。エディアさんか誰かちょっと座ってみてくれます? 大きさを見た――――」
「はーい!」
「すごーい大きなヒトの小さなイスだー!!」
「キャー!!」
雨音が呼ぶと、途端にわちゃわちゃと飛んで来る羽付きの小さな女の子たち。
大喜びで面白そうに小さなソファに群がると、そこに飛び乗ったり寝転んだりと大騒ぎだった。
壊れたらどうしよう、と一瞬思う小心者だが、どうせいくつか買って帰るつもりだしまぁいいか、と放置することに。
他方、それを遠巻きに見守っていたお店の店長以下店員さんたちは、妖精さんたちが実際に家具を使うところを写真に撮らせて欲しい、と必死な顔でSP警官にお願いしていた。この場では一番責任者っぽいしので致し方なし。
人形とその家具を扱う店員にしても、それらが実用される日が来るなど想像もしないだろう。
そんな光景を思い浮かべながらこの業界に入った者には、望外の日となっていた。
「見て見てせんちゃん和室とか3階建てとかさー! プール付とかもあるし面白くね!?」
「田舎風の古民家とか渋い家もあるのですね。開放されている面を塞げばすぐにでも使えそうです」
「なるほど、自分好みの人形を作ったら、家と家具も自由に揃えるのね。ちょっと面白そうかも……。いや本物の動くお人形さんたちがいるなら必要ないか」
雨音以外の魔法少女は、他の場所に陳列されているドールハウスを品定めしていた。これもそのまま、妖精たちの個室として利用出来そうである。
人間が遊びやすいよう一部の壁が無い家もあったが、簡単な板をあてがえばプライベートの確保は難しくあるまい。
人形遊びにはあまり興味がなかったという揃いも揃って女の子らしくない魔法少女であったが、こうして見ると興味が惹かれなくもなかった。
妖精さんがいるのに、いまさら同サイズの人形を買って来て遊ぶのもどうかと思われたが。
「家は3つくらいに絞って、家具とかはシルフィンのヒト達に好きなの選んでもらえばいいか。あたし達が使うもんじゃなし」
冷淡少女がそう促すと、妖精さんたちは大騒ぎしながらいくつもの家を出入りしていた。
故郷の、カボチャのような植物をくり貫いた家とは大分違い、凝った作りに変った物だらけ。
特にお気に入りなのが、階段のようである。
シルフィンたちは飛べるので、自分達のサイズの階段というのが非常に新鮮なようだ。
一階と二階を繋ぐ階段を、華奢な足で跳ねるように昇り降りしていた。
そんなシルフィンたちの凶悪な愛らしさに目を奪われていたならば、SP警官のロマンスグレー、大平警部補から注意が飛んで来る。
見れば、いつの間にか店先には大勢の見物人たちが密集した状態となっていた。
お仕事なのでSP警官が近付く人々をブロックしているが、普通に営業妨害である。
「雨音さん、あまり長居するともっとヒトが増えてくるわ。すぐに買い物を終わらせて離れた方がいいかも」
「ぬぅ、しまった。まだ服が…………」
メガネにボブカットな出来る風の女性、三条都警視が警告するように、見物人は次々やって来ているようだ。
しかし、買い物はまだ途中である。特に妖精さんの服はサイズ的にも調達が難しいので、買える時に買っておきたかったが。
「やむを得まい……服は個々にオーダーしようと思ったけど、また今度にしよう。店員さんとりあえずお店にあるもの全部!」
「はい『全部』!?」
「あ、お人形の方はご存じの通り間に合っていますので、それ以外でお願いしますね」
是非もなく、雨音は大物芸能人か大富豪のような爆買に踏み切る事とした。まさか自分がやることになるとは。
そしてお嬢様生徒会長が捕捉したように、本来メインであるお人形に関しては、完璧なのが自前で存在するので全く必要なかった。
こうして、時間最優先で資金力にモノを言わせた妖精さん用のお買い物により、後日旋崎家は大量の人形用小物で溢れ返る事になる。
あまりの量と種類にどう考えても妖精さん9人で使い切れるものではなく、その大半をオーランナトシアに贈ったのだが、シルフィンのヒト達には大変喜ばれることになった。
◇
秋葉原の人形専門店からの脱出は、ちょっとした強行突破の様相を呈していた。
妖精さんに触れようとする者、写真に取ろうとする者がひしめき合い、何を思ったか虫取り網を持ってきた馬鹿集団までが行く手を遮る。
SP警官の方々はそれに先陣切って道を作ってくれるのだが、虫取り網を振り回す輩に関しては黒ミニスカがショットガンぶち込んでおいた。
あまり地球人類のバカなところをシルフィンのヒト達に見せて欲しくないものである。
妖精さんには魔法少女の服の中やポケットに入っておいてもらったので、大事無かった。
自衛隊の三佐を通して、異世界側で魔道大国ジアフォージが動いたと聞かされたのが、雨音たちがその後家に帰って間もなくのことだ。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、模倣なれど一流の匠の技とか。




