0008:どんなジャンルでも派閥間の溝は深い
現代の創作物による吸血鬼ではなく、特に古典吸血鬼を好む愛好家は、そのスタイルに拘りを持つ者が多い。
トランスやラップのBGMを背負い、ストリートファッションで統一したチンピラの様な吸血鬼集団。そんな物を古典吸血鬼愛好家は認めない。血を吸うだけの、街に寄生するダニだ、とまで言う。
吸血鬼とは飽くまでも優雅であり、孤独であり、恐ろしい力を持ちながらも哀愁に満ち、そしてBGMといえばオペラかクラッシックに決まっている。
そして服装も、ストリートどころかカジュアルな物だって認めない。貴族が社交界に出ても恥ずかしくないような、中世の礼服と相場が決まっていた。
まさにそんな姿をした人影が、建物の陰から影へ、屋根から屋根へと高速で移動しながら、ふたりの可憐な少女へと、徐々にその距離を詰めていた。
◇
雨音の持つ特別な能力――――――ないし魔法――――――の大きな欠点として、その派手さがある。
作り出す物が派手、その効果が派手、発砲音も派手、ついでに雨音の変身後の格好も派手。正体を隠す意味がない。
そんなド派手な魔法を、静まり返った住宅街のど真ん中でブッ放そうものならどうなるか。2度の銃乱射事件が起こったここ室盛市ならば、0.5秒で警察へ通報が行くだろう。そうでなくても移動にも派手なクルマを使うと言うのに。
必然、魔法を使うに、雨音とカティはヒト気の無い方へ向かう事となっていた。
カティにコンビニ周辺の土地勘があったので、土手を川側に降りた橋の下でジャックを呼び出す予定である。
「帰りはヘリで帰るデス?」
「なんでよ? あんなヘリで呑気に空飛んでたら騒ぎに……って前も言ったわ。そもそもどこに着地するのよ」
「リトルバードなら小型デスし目立たないデスよ?」
「住宅地にヘリってだけで目立つわい」
軽装甲機動車なら、武装を外せばギリギリ一般にも流通している。だがヘリは無理だ、色んな意味で。
だと言うのにカティは、事あるごとに空を飛びたいと言ってくる。雨音はもう何度も「東京航空管制ナメんな」と言っているのだが。
「せっかく魔法少女になったのに、アマネはもっと魔法を使わないともったない(勿体ない)デース」
「あんたは無意味に変身し過ぎ。変身の瞬間を誰かに見られたら大事よ? それにあたしの能力ってカティと違って汎用性ないわ。使い所がないわよ」
「………デはこの世にはびこ(蔓延)る悪を――――――――――――」
「撃たない」
素気無く言う雨音の腕に、「むー……」と不満を口にしつつも、カティが甘えるように抱きついてくる。
「お――――――おいコラカティ!?」
「夜間飛行は諦めるデスが、アマネのおウチまではこのままデース」
右腕に小柄とはいえ少女一人分のほぼ全体重がかかり、歩き難い事この上なかった。
気恥ずかしさに人目が気になってしまい、雨音は誰か自分達を見ていやしないかと周囲を見回す。
だがこんな夜中に、このご時世に、寝静まった住宅街で、雨音とカティを見ている者がいるとは思わないだろう。事実、雨音が見渡した限りは、動く物ひとつありはしなかったのだ。
この時は。
手加減も遠慮もなく、全力で押し付けられる柔らかい感触に赤くなった雨音は、また妙な事になる前に引っ剥がそうとカティの方へ目を向け、
「――――――――――カハァッ!!」
「ッ………!!?」
その瞬間、視界に飛び込んで来たのは、今まさにカティへ牙を突き立てようとする変質者の姿だった。




