0039:領民の皆様の明日の生活の為の魔法少女
魔法少女近況:マーケティングは諦めたってマネージャーのヒトが言ってた。
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五月第4週の木曜日。
西方大陸ナラキア地方南部。
イレイヴェン国クローディース領。
とある村。
ナラキア地方南部を襲った『死の濁流』怪物群の殲滅から、約8ヶ月が経過している。
国庫を空にし、王都トライシアの総力を挙げ戦ったイレイヴェンであるが、現在までにその被害から復興し切ってはいない。
地球から支援物資が流れ込み、人々は崩壊した町や村を立て直しつつあるが、家や仕事を失った者が路頭に迷う事も多かった。
そうして、食べる為に道を踏み外していく者もいる。
「あんなところに村なんてあったか?」
「バケモノに潰された村の代わりに、国王があちこちに新しく作らせてるのさ。東の境じゃ、王都より立派な町も作られているって言うぜ」
「出来たばっかりの村で、実入りなんて期待できるのか? 骨折り損はごめんだぜ」
「とりあえず食い物があればいいだろ。あとの事はゆっくり考えようや」
元傭兵、元兵士、元農民、自称冒険者、あるいは生粋の盗賊。
そんな輩が15人ほどで徒党を組み、林の木陰から小さな村を窺っていた。
獲物を狙う肉食獣である。
イレイヴェンに限らずナラキア地方で地球や日本ほどの治安維持は求められず、悪漢が集団で強盗や窃盗を行うケースは少なくなかった。
「衛兵は詰めてるのか、あの村」
「いるワケねぇ。ジジイババアだけだ」
「金目のもんは期待できねぇなぁ……」
「衛兵がいないだけマシだろ。オラ行くぞ」
薄汚れたなりに抜き身の凶器を持つ賊が、無言のまま村の端にある家の裏手に取り付く。
その陰から村の中を窺うと、念の為に、と衛兵がいないか確認。
ヒゲ面の盗賊が問題ないと判断すると、仲間に合図し家々へと走らせた。
「オラァ大人しくしてろ老いぼれどもがぁ!!」
「な、なんじゃぁあ!?」
「死にたくないなら金と食い物あるだけ出せやぁ!」
「ヒィイ!? 無体なぁ!!」
賊の男が扉を蹴破り、屋内に押し入ると痩せた老人に刃物を突きつける。
威嚇の為か、本人も興奮しているのか、刃物を振り回して家具や柱をデタラメに傷付けていた。
静かな村は一転、家の中から騒音が漏れ聞こえてくる。
怒鳴る男はそこらじゅうの物を引っくり返し、奪える物は全て奪おうと牙を剥き出していたが、
ズドバンッ! という爆音と共に、家の中から男が吹っ飛ばされてきた。
聞いたことがない異常な音に、別の家で家捜し中だった賊のひとりが剣を握り外に出てきた。隅っこでオロオロしていた老人になど、全く注意を払わない。
家の前に転がる男は、全身ボロボロになり白目を剥いて痙攣していた。出血などは確認できない。
こんな老人しかいない村で何があったのかと、他の家に押し込んでいた男達も怪訝な顔で出てくるが、
「このチ○カスどもがぁ! 誰の村を襲ったか分かってるんだろうねぇ!!」
次いで、その家から出てきた老婆は、銃口から煙を吹くショットガンを装備していた。
何がなんだか分からない盗賊たちだが、老婆がまた仲間のひとりに発砲したところで我に返り、慌てて家の中に戻る。
地球の散弾銃など見たことないが、それが弓矢や魔道器のような飛び道具であることくらいは察しがついた。
察しの悪い者は、前の男同様に対人散弾をド真ん中に喰らい地べたに転がるハメになった。
「なんだアレ魔道器か!? どうしてこんなチンケな村にあんなもんがあるんだ!!?」
「ふざけんな何がジジババばかり――――ヒィイイ!?」
散弾が身を隠していたトビラを端から抉る。暴漢の頭の少し横が風通し良くなった。
「尻か鼻か穴を増やしたい方をこっちに向けなぁ!!」
「死は逃げないからゆっくり楽しむんだねぇ!!」
また別の家からは、軽機関銃を抱えたお爺さんとサブマシンガンを二挺持ちした身軽なお婆さんが飛び出してくる。
どちらも引き金は引きっ放しで、派手な爆音と共に銃弾がバラ撒かれていた。
家の壁には無数の穴が空き、跳弾が足下で火花を散らす。
「チクショウバケモノが増えた!」
「俺は逃げるからな! こんなところで死んで――――ブビッ!!?」
もはや強盗どころではなく、一刻も早く逃げ出そうとするのは当然の選択だ。
ところがそう言った矢先、賊のひとりが隠れていた家から表に吹っ飛ばされてくる。
更なる追い討ちで大量の弾薬に蜂の巣にされ、土煙の中で嬲り殺し状態だった。
そんな仲間の有様を見て、盗賊の男はフと気付いた事が。
「お……ち、ちょっと待てよバァさん落ち着こうぜ! もう何もしねぇし何も盗らねぇ! 俺はさっさと出て行くからそのヤバイもんを下ろして――――!!!!」
もっとも、いまさら気付いたところで、自分の押し入った家のお婆さんがミニガンを下ろす理由はどこにもなかったのだが。
◇
前後に長い機体にふたつのローター、軍用輸送ヘリSH-47『プレコ』に乗って、魔法少女達はある村へとやってきた。
黒アリス、旋崎雨音の所領で新たに作られた村。
そこは、黒ミニスカやエアリーと縁のある農村の老人達が住む村である。
雨音が異世界に迷い込んで間もなく知り合った人々であり、故あってその後トライシア攻防戦やヒディライでの怪生物群殲滅作戦にも参加した、元シジナ村『G-スクワッド』に与えられた住処であった。
ちなみに、選手村からもそこそこ近い。
実は普通の村に見えて、その建設には日本製の重機が入っていたりする。
「あれまぁ可愛らしい魔道士さまに姫さま、このようなところに、ようそこわざわざお運びに」
「どうも、ご無沙汰してます」
「ごきげんよう皆さん。お変わりはないですか?」
孫のような娘達を見て、嬉しそうに小さな目を細めるお爺さんお婆さん。
雨音とエアリー、そして海兵たちも、村の老人達が元気そうでホッとする思いだった。
「いや顔を見に来てよかったわ。お爺さんたち結構元気そうだったし。もう若い人も移り住んでいるのね」
「平穏そうでなによりね。クローの領は他に比べても平和だけど、それでも戦場に近かったから怪物が残っていないとも限らないし」
ご老人ひとりひとりに挨拶した後、魔法少女たちはその村を後にする。
銃を握ると何故か知らないがヒャッハー化するものの、基本的には穏やかで優しいご老体ばかりなのだ。
2度の激戦をエアリーと共に戦い抜いたのだから、後はのんびり余生を過ごして欲しいと願うものである。
「でもなんか硝煙のにおいしない?」
「そお? あたしじゃないの? しょっちゅう発砲しているし」
「ホントにー? どれどれクンクン」
「クンクン!」
「く、クンクン」
「やめろぉ!!」
しかし、ヘリに戻る途中、火薬の燃焼した微かなニオイに気付くカウガール魔法少女。
出所を疑われる黒ミニスカは、巫女侍と銀髪姫と三つ編み少女に密着状態からニオイを嗅がれて悲鳴を上げた。
◇
五月第4週の金曜日。
西方大陸ナラキア地方南部。
イレイヴェン国クローディース領。
イレイヴェンの南、隣国ローアンダーとの国境という辺境に、新たな都市が築かれている。
『死の濁流』怪生物群の暴威により住む場所を失くした人々は、そんな噂を頼りにクローディース領を目指していた。
「でも王都でさえ大変だってのに。南の端にある領都がそんな良いところだと思うか?」
「あの村にいたってしょうがないさ……。ロフィーの町が潰れちまったんだから、ウチの村だって干上がるのは目に見えてるんだし」
「お腹すいたよぅ」
ある程度大きな町に依存していた、ありふれた村のひとつ。
必要物資の調達などで近隣の町を頼っていた為、濁流により町が壊滅すれば、その村も存続していくのは不可能だった。
村を捨てた住民は、50人ほどの集団となり徒歩で新天地を目指す。
曰く、安全で住める家が有り仕事にもありつける豊かな都。
そんな夢物語のような話に縋り、村の老若男女は疲れ切った身体をおして、力なく歩き続けていた。
だというのに、この上降りかかってくる新たな災いが。
緩やかに傾斜する、緑に覆われた山裾。
人々に影を落とす小さな山の麓に、棲み付いている生き物があった。
それは、イレイヴェンにいる固有の生物種とは違う、本来この世界に存在しない生物。
かつて東の海から上陸した、『死の濁流』の怪生物である。
「あ……? な、なんだアレ!?」
「うわぁああああ! だ、濁流の化け物!? こんなところに!!」
「逃げろぉおお!!」
森から這い出してくる異形の姿に、気付いた難民がパニック状態になっていた。
トゲだらけの外殻を持つ巨大蜘蛛。怪生物を見るのは初めてであっても、見た事のない怪物というだけで推測するには十分だ。
紫色の10の複眼にエサを見止めた蜘蛛は、前方へ跳ねるようにして急速に接近して来る。
逃げる人々だが、走りの勝負ではまるで話にならない。
十数体の大蜘蛛は、ヒトの集団の中に飛び込むと蹂躙を開始。
鋭い前腕を振り回し、飛び付いて噛み付き、速乾性コンクリのような糸を放ちエサを地面に張り付けた。
「うわぁああん! うわぁあああん!!」
「とうちゃん!!」
「ギャァアア助けてくれぇええええ!!」
そんな地獄で、両親と幼い娘の3人家族も当たり前に襲われる。
大黒柱が上に飛び乗られて悲鳴を上げるが、妻と子供にはどうする事もできない。
足を止めたのは、一瞬。
母親は子供を抱き締め背を向けると、靴が脱げるのも構わず力の限り走った。
夫を失う恐怖以上に、娘まで喰わせてなるものかと死に物狂いの母。
だが、想いだけで単純な身体能力の差は埋められず、背中から強烈な体当たりを喰らう母親は、子供を庇いながら地面を転がり、
そのまま親子に圧し掛かろうとした蜘蛛は、バッファローライフル、12.7ミリ口径弾に頭部を撃ち抜かれていた。
「イェア! ヘッショッ!!」
「このヒト自力で当ててくるからな…………」
ホバリング中の軍用輸送ヘリ、SH-47『プレコ』の後部ドアから狙撃したのは、くたびれたテンガロンハットに露出過多なビキニスタイルというカウガール魔法少女、『レディ・ストーン』の荒堂美由である。
日本随一のお嬢様らしからぬワイルドな笑みで、第2射発砲中。
隣にいる金髪黒ミニスカ魔法少女、黒アリスも対物ライフルをブッ放しているが、カウガールの狙撃の腕に若干呆れ気味だ。
精密狙撃能力を持つ黒アリスと違い、このカウガールは完全に自分の技術で高い狙撃精度を実現している。
つまり、練習しているのだこのお嬢様は。凄いけど、自宅に射撃場まで作って何をやっているんだろうと思う。
「せんちゃんもう行っていいー!?」
「全部倒さないでくださいよ! 拙者にも残しておいてください!!」
「いいけど出る時はローターに注意しなさいよ! あと人命救助優先だからね! それとあんまり動き回って海兵の射線を塞がないこと!!」
早く遊びに行きたいという三つ編み吸血鬼、北原桜花が数十のネコウモリに分裂すると、鎧武者の武倉士織を巻き込み先行して降下。
輸送ヘリが地上に降りると、後部ドアからアサルトライフルを構えた海兵の一個分隊が駆け出し、怪生物蜘蛛の掃討を開始した。
死の濁流の怪生物は一般人には脅威となるが、強力な攻撃力を持つ魔法少女や海兵を前にしては、十数体ばかり問題にならない。
襲いかかる鎧武者や吸血鬼、容赦ない制圧射撃を展開する海兵に、1分程度で怪生物は駆除されていた。
◇
「やっぱ結構まだ残っているんだね」
「きっと隠れるところ多いんデスよ、自然だらけデスし」
「今日から毎日森を焼こうぜ! あ、冗談でーす…………」
つい今しがた恐ろし怪物を蹂躙したとは思えない穏やかさで、異世界の少女たちがのんびりとした会話を交わしている。
そんなおかしなお姉さんたちを、母親に抱かれた幼子は隠れるようにして見ていた。
まるで騎兵の大群が駆けているような、ドタバタという騒音がすぐ近くで響いている。
しかし、村人たちはそんな事を気にしていられない。生き残った安心感だけでいっぱいだ。
得体の知れない空飛ぶ乗り物に乗せられていようとも、今は命があるだけで十分過ぎた。
蜘蛛型怪生物の殲滅後、村人は魔法少女たちにより救助、今は輸送ヘリに収容されていた。
負傷者が多かった為、そのまま選手村へと移送する事になったのだ。
村人たちの目的地も選手村だったという話なので、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「徳田先生もう来ました? 救助したヒト達はとりあえず全員診てもらいましょう。先生ならトリアージで優先順位付けるだろうし」
ヘリが着陸して間も無く、黒ミニスカ魔法少女は自衛隊員に村人全員の移送をお願いした。行先は選手村内に作られた病院だ。
緑や茶の斑色の服を着た者たちが、何台もの屋根の無いクルマに村人を分乗させ移動していく。
通りに立ち並ぶ見たこともない高い建物の列、同じように走る何台もの馬の無い馬車、道を行く無数の人々。
この世のモノとは思えない光景に、母親の膝に乗せられた幼子は見開いた目を瞬かせていた。
「あとはー……アルセナさんに受け入れ手続きしてもらおうか。とりあえず落ち着いたらでいいから」
「せんちゃんせんちゃん! さっきみたいなこともあるし、ここは冒険者に討伐依頼を出しておくべきではー!?」
「…………いやまぁ、安全対策するなら良いんじゃないかな。任せるから、冒険者ギルド所長」
「ひゃっはー!!」
「わたしもー!!」
難民の乗ったクルマを見送る黒アリスは、その後の処理を考えながら携帯で各方面に連絡。
ちょっと顔見知りの住む村に顔を出しに行ったら、思わぬひと仕事になってしまった。
そんな事を思っていたら、三つ編みの冒険者ギルド長から、思いのほか建設的な提案が。
本人の趣味はともかく、選手村周辺の安全確保も十分ではないと実証された以上、その対応は必要だろう、とは思う。
そんなワケで雨音が許可を出したら、快哉の声を上げて三つ編みとカウガールとついでに鎧武者が楽しそうに駆けて行った。元気な子たちである。
なんでも、現在はギルド運営部と冒険者になった能力者の間でテンプレバトルがブームなのだとか。
ちょっと何を言っているか分からないですね。
「カティは行かなくていいの?」
「ンー……どうせバトルになるようならアマネの近くにいても同じデスしネ」
「どういう意味だ。二等軍曹、さっきの件、CPに報告した?」
「それはな。当然警備本部もパトロールを強化するだろうが、ギルドとやらはここの行政区分だろう。そっちと調整するんじゃないか?」
他方、領主さまとしては雨音も無邪気に楽しんでばかりはいられない。
村人はそもそも選手村への移住を求めて来た。とりあえず受け入れは可能なので、住民登録やら選手村内で生活する説明をしなければなるまい。
怪生物が出たのなら、現在活動中の調査団への警告と警備増強も必要だ。
雨音も関係各所に報告を入れなければならない。一応ギルドの件についても。
そうして、さて他に何かやるべき事を忘れてやしないかな、と唸りながら、ヘリのローターが巻き起こす砂煙の中、黒ミニスカ領主はクルマに乗り走り去って行った。
◇
救助された村人の外出が許可されたのは、それから3日後の事だった。
この間、村人は誰もが事態に流されるだけだ。
まるで貴族の寝室のような病室(共同部屋)での治療にはじまり、品数豊富な食事(病院食)、手厚い治療(通常医療)、高価な薬(保険適用内)、親身になってくれる医療助手(自衛隊員)。
それ以前にも、病院に来るまでに見た、あまりに繁栄した都の光景に圧倒させられていた。
ひとつひとつが砦のように立派な建物、身形の良い人々、街の上を飛ぶ乗り物、賑わうたくさんの店。
夢のような都と聞いてはいたが、実物はそんな村人の貧相な想像を絶している。
こんな場所で移住許可など出るのだろうか、と誰もが不安になったが、そんな事を考えている間に、病室まで役人が来てサラッと居住の許可が出た。
更に、その『アルセナ』という執政府のお役人に曰く、仮設住居への期限付き滞在が認められ、生活支援として一時金が支給され、職業紹介所に行けば仕事ももらえるとの話。
突然の好待遇にワケが分からない一同だったが、それもこの後に村人達を襲う嵐の前の静けさに過ぎなかった。
頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、『もう退院してよろしいですよ』という医療助手に言われるまま、村人たちは病院から選手村へと出る事に。
それまでの心配とは逆ベクトルで途方に暮れる人々だが、病院の受付で貰った綺麗な地図と生活案内(カラープリント)を見て、思い思いの方向に散っていった。
ある幼い少女と両親の家族3人も、とりあえず貸してもらえるという家に行ってみよう、と考える。
その『仮設住居』とやらは、都の端の方にあるらしい。
徒歩20分、病院前停留所から最寄りの西ゲートまでバスで8分、という表記の意味は分からないが、丁寧に道順が赤いラインで示されていたので、その通りに歩いて行くことにした。
都の目抜き通りらしき大きな道に出ると、そこではたくさんの馬無し馬車が行き交い、横断するような隙が見つからなかった。無理に通ろうとすると、確実に轢き殺されてしまうだろう。
これは遠回りするしかないな、と父親が言うが、そこで母親の方が奇妙なモノに気が付く。
耳がとんがり緑の髪をした者たちが、大きな立札のような物の前で立ち止まっているのだ。
『矢玉が! もう矢玉が無い!!』『誰か矢玉を放ってくれないか!』『衛生兵!』『貴様なぜ参戦即紫鎧を!!』『ぬぁああああB地取られたぁあ!!』というやたら白熱したセリフの意味は不明だが、手に持つ何かを血走った眼で凝視している。
そんな奇妙な人々の手前で、不意に馬無し馬車が止まったかと思うと、その人々が大通りを横切って行ったのだ。
馬車が道を譲るという事は、もしやそのとんがり耳は貴族か何かか。と思った一家だが、暫くその場を見ていたならば、ある法則に気が付く。
そこにいるのが誰でも、一定時間が経つと馬車は一斉に動きを止めるようだ。
一家もそこで待っていると、やがて通りの向こうにある立札の光が赤から青に変わり、同じく待っていた剣士らしき者たちが通りを横切っていく。
それに付いて行く途中で気付いたのだが、どうやら地面に描いてある白い橋の絵のある所が、横切れる道になっているらしい。
通りひとつにどれだけ手をかけているのだろうと、一家の大黒柱はこの都市の底知れなさに唖然としていた。
目抜き通りのように凄まじくはなかったが、仮設住居に着くまでも、通りは綺麗に整えられ地面にはゴミすらなかった。
建物も隙間なく密集する程ではなくなったが、それでもひとつひとつが町の中心部にある物より大きくなっているように見える。
高い塀の向こうに、やたら大きくて屋根が円形になっている建物が確認できた。
等間隔に塀に付けられている黄色い立札には、『東米軍施設、立ち入り禁止』。
意味は分からないが、とにかく近付かないようにしようと思う。
仮設住居を特定するのには、時間がかかった。
場所は分かったのだ。しかし時間がかかった。
どこが目的地なのか分からずウロウロしていたら、自分たちが助けられた時と同じような服を着た男に話しかけられた。鎧などは身に着けていないが、兵士だったらしい。
その兵士が手に持った道具に二言三言話しかけると、今度は道具が話し出した。魔道器というヤツだったようだ。
そして、道具から父親が話しかけられたので、戸惑いながらも仮設住居を探していると答えると、今まさに居る場所がそうだと教えられた。
だとしたら、この立派な一枚ガラスのハメ込まれた扉のある部屋が、そうだと言うのか。
どこまでも横に伸びる大きな建物の中にある部屋。
そのひとつが、親子3人に宛がわれた住処だった。
恐る恐る中に入ってみると、その部屋は汚れひとつなく、まるで新品に見える。もっとも、室内にある物の大半が、村人の家族には理解不能だったが。
子供が入口のすぐ横に張り付けてある紙に気が付く。ここにも部屋の手引書が。
スイッチを押すと明かりが点きます。キッチンはIHです、専用のフライパンと鍋を使ってください。レバーを引き上げると水が出ます、右にスライドするとお湯が出ます。冷蔵庫はシンクの横です。バスルームとトイレは奥にあります、クローゼットは隣の扉です。換気扇は常に回しておいてください。水は大事に使いましょう。他に道具が必要な場合など、何かありましたら管理事務所に相談してください。
もう許して。
背伸びした子供が面白そうにスイッチのオンオフを繰り返していたが、両親はそれを咎める気力もなかった。
何も無い部屋の真ん中で、ただ座り込んで呆然とする。
未知の物に対しては子供の方が順応が早いようで、トイレやバス、冷蔵庫の使い方を覚え、換気扇も回していた。
トイレの手引書によると、使い終わってから所定のボタンを押すと下から温水の突き上げを喰らうそうだ。なにそれ怖い。
それからしばらく狭い室内をウロウロしていた両親だが、やがて子供がお腹空いた、と。
考えてみれば、病院では朝食前に出て来てしまった。
未だに混乱も収まっていないのだが、食べなければ生きていけない。ここに住む住まないは分からないが、食糧確保の手段はどの道必要となる。
そこで思い切って管理事務所とやらに行ってみると、商店や食堂が病院のある一画に集中していると教えてくれた。
ついでに、本当に自分たちがこんな立派な部屋に住んでもいいのか、と確認すると、既に申請も通っており問題無いという回答が。
信じられない思いで両親が横を見ると、端にある管理事務所から、どこまでも長く伸びる建物の姿が。
この中の全ての部屋が、自分たちの住む部屋と同じ物ならば、いったいどれだけの金がかかっているのだろうか、と。
立派過ぎて住み辛いという経験は、はじめてな夫婦だった。
日が傾き影が長く伸びる中、親子三人は病院から来た時と同じ道を歩いている。公営バスが隣を走っていったが、なんかデカイ馬無し馬車だな、という認識しかない。先は長かった。
改めて領都の中心部に足を踏み入れると、やはりその華やかさに圧倒される。
他の街のような客引きなどはいない。だが、通りに面した店の正面はほとんどがガラス張りで、店内の繁盛ぶりが見て取れた。
扱う品を紹介しているのか、店の出入り口には実物かと見まごう程の精巧な絵画が。
漂ってくる食べ物の匂いは、甘く、香ばしく、温かい。
子供のお腹が鳴り、両親の腹はもっと大きく鳴った。
移住生活4日目、なんだかよく分からないままお金はもらったが、この先の事を考えると余裕など無い。自炊一択である。
ところが、目当ての食糧店は午後6時閉店だった。出来たての街の限界であろう。
実はコンビニで代用できるのでそういう閉店時間設定だったが、来たばかりのナラキアの村民には、まずコンビニという概念が理解出来なかった。万屋とでも書いておけばいいものを。
なんにしても、勝手が分からない馴染みの無い街。空きっ腹を抱えて、にぎやかな一画を親子三人トボトボと歩いて行く。
そんな時だ。母親の方が飲食店の店先に、料理の値段が書き記してあるのに気付いたのは。
どこもかしこも立派な店構えで、そこを利用するという考えが最初から出なかったのだが、いざ価格を見てみると思いのほかお手軽な金額。
これなら家族3人で毎食来ても、貰った金で半月は食える。
それはそうだ、そういう一時金の設定なのだから。
少し悩んだが、子供が空腹のあまりしゃがみ込んでしまったので、両親は覚悟してそのレストランに入る事にした。
そして、まず「いらっしゃいませ3名様ですかー」の接客対応にビビる。
反射的にイエスと返事をしてしまい、それから案内されるままテーブル席へ。
はじめてファミレスに入る地元民も多いので、店員も慣れたもの。注文から会計までの流れを一家に説明すると、無料だと付け加えた水とお絞りを置いてテーブルを離れて行った。
一家のターンである。
子供は無邪気にあれこれ食べたいと言うが、親としてはそんな簡単に許可できない。どんな罠が潜んでいるか分からない、と気分は敵地だった。
そっと周囲を窺うと、店内は満席に近い状態で、客たちが様々な物を食べている。
奥の席では、前に見た緑の髪にとんがり耳の者たちが、手元の道具を覗き込んで何やら熱中しているが、それはいいとして。
湯気を立てる分厚い肉を食い千切る男、黄色い膜の中からこぼれるオレンジの何かを口に運ぶ老人、白い塊の一口一口を味わって食べている幸せそうな女、と、どこを見回しても悲壮感や憤りや不満といったモノは感じられない。
つまり、ここは良い店なのだろう。
覚悟を決めた父親の方は、ローストビーフ盛り合わせとバゲットバーのセットに決めた。
驚愕の妻。あんた何でこんな超豪華なモノ選んでるの。
だが許せ妻よ。こんな店一生に一度来られるかどうか分からないし、この前は九死に一生を得たばかり。値段もそう高いモノではない。あの男が食べている物を見よ。厚い肉が何枚も重ねてあって美味そうじゃないか。
普段は真面目に働く夫の、珍しい我儘。
いや、実際のところ価格帯で見たら、我儘の内になど入らない。
それなら、と母親の方もピリ辛チーズフォンデュセットを選択した。
チーズソースに、鶏肉、ソーセージ、フライドポテト、ニンジン、アスパラ、という料理の内容にも魅かれたが、同じ物を貴族のように気品あるお嬢様が食べていたのだ。一生に一度だというなら、これくらいの冒険はしてもいいだろう。
そして子供はお子様セットに決めた。ピラフ、海老フライ、ミニハンバーグ、ポテトとコーンのサラダ、プリン、そしてピクチャースタジオの新作映画『ファミリア』のフィギュア付き。
先ほど店員に教えられた手順を慎重に思い返し、父親は恐る恐る呼び出しスイッチオン。
間も無く現れた店員に、気合を入れてメニューに描かれた品を念を押して指さしながら注文を伝えた。必死だ。
万が一にもミスオーダーは許されない。
そうして、無言になって待つ事しばし。
15分ほどでテーブルに持って来られた料理を見て、父と母は我が目を疑った。
ただ、スゴイ。他の客が食べてるのを見るより1.5倍増しで良く見える。
これがこんな低価格で食べられるなんて信じられない。やっぱり一ケタ間違っているんじゃないか。
あまりの迫力に手が出ない夫婦。それでも料理は無情に湯気と食欲をそそる匂いを放ち続けていた。
固まった両親に、女の子が焦れて早く食べようと催促しているが、父と母はそれどころではない。
もう一度価格を確かめたかったが、そういえばメニューは先ほど店員が「お下げしますねー」と持って行ってしまった。
まさか罠にハマったか。
真剣に店からの脱出を考える両親だったが、ここでお預けを喰らっていた子供の方が、遂に目に涙をためはじめてしまった。
煌めくばかりに輝いているお子様ランチを前にして子供を待たせるなど、地球ならちょっとした児童虐待である。
これを見て、両親も観念した。仮に一ケタ違っても、貰ったお金ならまだ足りるだろう。
待て! を解除された子供は、大喜びでハンバーグにスプーンを突き刺していた。
口に入れて美味しい美味しいという我が子で様子見したワケではないが、ここで両親も自分の料理に手を付ける。
絶妙なレアを残して火を通している、極上の牛肉。甘いソースとの組み合わせがこれまた堪らない。
ピリ辛という言葉の意味を知らずチーズソースに驚いたが、これを他のモノと絡めると、この上なく芳香で濃厚で手が止まらない旨さになってしまう。
言葉を無くし、ひたすら口に運ぶ両親。これはモギュモギュしている、これはサクサクしている、と子供は細かく親に感想を話していた。
バゲットお代わり自由、の意味は最後まで理解出来なかった父親だが。
そして食べ終わり、やってくる最後の審判。
天国の後の地獄。断頭台に並ぶ死刑囚の悲壮さで以ってレジに並び会計を待つのだが、そんな覚悟も会計の額を見て、あっさり霧散してしまった。
要するに最初に見た料金(税込)そのままだったのだが、料理の質から見て明らかに安過ぎる。また罠を疑う猜疑心の両親。
父と母は店を出て、角を曲がり人気が少なくなるその時まで、警戒を緩めなかった。
親子三人、満たされた腹を抱えてのんびりと仮の我が家へ向かう。
大きくて曲った柱の上に明かりが灯され道を照らすように並んでいたが、もはや驚く元気もない一家だった。
美味しかった、また行きたいね、と子供は気楽に言うが、あんな恐ろしい場所一生に一度行けば十分だと思う。
贅沢したのだから、明日からは慎ましく暮らし、仕事を探してこの都で生きていけるようにするのだ。
そして、その後は。
何となく掴んでいる子供の腕を見ると、その手には謎の生物を模したと思しき黄色い玩具が。
前の村での生活は、東から来た怪物に脅かされるまで、ただひたすら畑を耕し収穫物を売り生きる糧を得ることしかなかった。
明日か、あるいは一週間か一カ月後か、将来に楽しみを見出す事など全く無い人生。それが、この世界の村民の当たり前の生き方でもある。
だがもし、今日のような生活の方を当たり前にできるのなら。
ここにいてそれが叶うのなら、その為に生きてみるのも良いのではないかと。
「仕事が見つかって稼ぎが出来たら、もう一度あの飯屋に行ってみるかぁ…………」
そんな大それた事を言う夫に、ギョッとする妻。こちらはまだ意識改革が出来ていない模様。
だがそれも移住4日目の事であり、そして幸か不幸か一家には、先の生活を考られる家も金もあった。
これから地球の出先機関たる選手村の姿を知る度に、えらいところに来てしまった、という気持ちも新たにするのだが。
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