0037:落ちるのを厭わないフォールエルフをどうにか生き残らせたい魔法少女のSLG
魔法少女近況:ダメ人間というかダメエルフみたいになっちゃったけどこれあたしのせいかなぁ……(怯
.
五月第4週の日曜日。
現地時間の午後1時15分。
東方大陸地域、南東部、オーランナトシア国。
エルダーの森、居住地。
黒ミニスカ魔法少女、『黒アリス』こと旋崎雨音の携帯電話がどこかに行った。
尖った耳と濃緑色の髪、見目良い容姿をしているエルダー人のひとりに貸したら、いつの間にか貸した当人ごと見えなくなっていたのだ。
すぐさま友人に自分のスマホへ電話をかけてもらうが、だだっ広い緑の地下街――といった感じの空間――の中で着信音は聞こえず。
雨音も後から思い出したのだが、自分のスマホの電話帳にはうっかり『総理』とか『大統領』とかいう愉快な名前が連なっていたりした。
そう考えると割と洒落にならない事態であり、魔法少女たちは急いで方々に散りヤバイ番号の詰まったスマホを捜索。
然る後、ゲームアプリに熱中するあまり、小さな画面を覗き込み押し合いへし合い状態となるエルフっぽい人々を目撃するに至った。
◇
魔王ラ・フィンの統治する東方大陸の南半分、魔族の国『ザピロス』へ赴くその途中で、『オーランナトシア』という国に立ち寄る魔法少女ら一行。
そこは、ザピロスと北部の帝国との戦火を避け移り住んできた、シルフィンやエルダーといった種族の棲む国だった。
立ち寄ったついでに顔を見て魔法少女とも引き会わせておこう、と言う魔王と共に、シルフィンの暮らす『庭』へと赴き、成り行きでシルフィンの少女たちの命を救い、それからメレフ女王に謁見。
次にエルダーの代表のもとを訪問し、現在の地球側の動きやナラキア共同体との国交の話をして、いずれ次の機会にエルダーとも具体的な交流の話をしたい、という挨拶で今回の用件は終了。
本来の目的である、西にあるザピロスへと渡る予定だった。
その予定は、大きく変更される事となる。
◇
五月第4週の月曜日。
午後3時24分。
神奈川県室盛市、某市立高等学校。
授業終わりを見計らったのか、雨音の携帯にメッセージが入ってきた。
選手村の方で、なかなか急ぎの用件が持ち上がっているらしい。
急遽、オーランナトシアという国の重要人物が来訪となったのだから、そういう事も起こるだろうと思う。
原因の一端を負う魔法少女も、他人事ではないのだろうが。
「あのヒト達を置いてくるのはアルセナさんの時以上に不安だけどやむを得まい……学校あったし」
「フィンさまがホストやってくれてるから、大丈夫なんじゃん?」
「お父さまにも便りを出しておいたけど…………」
「旋崎さんたちは今日も忙しそうねー」
本日は風紀委員会にも出ず、いそいそと帰り支度を整え教室を出ようとする魔法少女組。
淡々とバッグを背負う冷淡女子に、カバンを頭上に掲げて跳ねる三つ編み娘、帰る準備が出来ているのか謎な机で寝ている金髪少女に、主従で準備完了な銀髪姫とイケメン騎士。
そんな慌しい集団に、クラスメイトたちは感心したような目を向けていた。
◇
午後3時45分。
ナラキア地方イレイヴェン南部。
クローディース領、選手村。
この日は家に戻らず、瞬間移動能力で直接太平洋の孤島『アイアンヘッド』へと向かう。
到着後、すっかり慣れた簡易検疫を受けた後、雨音が接触することで基地内のポータルがドカンと大きく展開。
魔法少女勢と現地異世界組は、異世界進出の最前線である、選手村へと入った。
「さて…………エルダーのヒト達は大人しく選手村観光しているのかな」
「昨日の様子を見る限りは難しそうでござったな」
「エルフとは何だったのかー」
遠い目をして眉間にシワを寄せる黒ミニスカ金髪少女、黒アリス。今は自分の判断を少し後悔している。
面具の奥で溜息を吐くのは、全身赤備えの鎧武者だ。戦闘以外は仲間に丸投げな脳筋死合い馬鹿とはいえ、思うところはある。
先日の様子を思い起こせば、基本的に面白い事なら何でもOKという三つ編み娘さえも、引き気味であった。
なにせ、喰い付きが凄過ぎたのである。
電子機器、つまり携帯電話やその一機能であるカメラ、ゲーム、SNSのチャット機能というモノは、長らく自然と調和し素朴な生活を営んで来たエルダーの人々には、甚く刺激的な存在だったらしい。
これらを魔法少女のスマホで実体験するとともに、地球のことを説明する上で所謂IT、インフォメーションテクノロジーとその端末が社会システムの一部として当たり前に機能しているのを知ると、エルダーの皆さまは是非にそれらを直接見たいと仰る。
無論、いきなりそんな事言われたって実現するワケないのだが、一部エルダーの人々は今すぐポータルに出発しそうな勢いだったので、安牌として黒アリスの領に招待する流れになった、と。
こういう顛末だ。
恐ろしい変貌ぶりであった。
穏やかで落ち着きがあって思慮深い理性的な種族、まさに地球の創作物に語られるエルフそのモノよ。
と思ったのも束の間、地球という未知の世界の話を聞くや、敵対する国であるニウロミッド帝国に密入国してイギリスポータルに行こうとするとは。
あまりにも即決即断。旅装した一団が気炎を上げているのを見た時は、雨音も何事かと思った。
そんなエルダー遠征軍を連れてシルフィンの庭に戻ったばっかりに、今度は妖精さんたちまで付いてくることになったが。
「手が足りないので朝霞や練馬(駐屯地)から能力者の応援を頼んだ」
「どうもすいませんでした」
ポータルを出て真っ先に迎えてくれた、緊張感漲る自衛官、釘山三佐に深々と頭を下げる黒ミニスカ。
先日、エルダーとシルフィンの客人を急遽選手村に迎え入れる、と言う魔法少女の無茶振りに、輸送機に自衛隊員を詰め込んで対応してくれたのである。
見た目はエルフと妖精だが、れっきとしたオーランナトシアの重要人物たちであるからして。小耳に挟んだところ、複数の大使館と外務省の欧州局が現在大騒ぎになっているとか。
そんな外交畑で起こっている右往左往はともかくとして、魔法少女たちが日本に戻っている間、エルダーとシルフィンの客人の事は魔王嬢さまと自衛隊にお任せした。
そうして雨音たちは学校が引けると、こうして全速力で選手村へと戻ってきたと、こういう流れであった。
「それで、どんな感じです? 何か一大事が起こったりしてます??」
魔王さまと友人の妖精が面倒を見てくれる、というので日本に帰った魔法少女陣たちだが、雨音はやっぱり残った方が良かったかと後悔したのだ。
SNSで5分おきくらいに安否確認したいくらいだったが、それはそれで嫌がられそうなので出来なかった、気遣いの過ぎる小心娘である。
「エルダーの方々は先日ホテルに入ってから出て来ていない。食事を摂っているので問題は……ないと思われる」
「え? あたし三佐が言い淀むところ始めて見たかも。どういうことなんです??」
「シルフィンの方々は、自衛官が対応中だ。こう言ってはなんだが、非常に友好的だと報告を受けている」
「ものすごく素直なヒト達ですしね。それより三佐、エルダーの――――――」
「旋崎さぁああああああああん!!!!」
現状問題は特に起こってなさそうだが、あの三佐が言葉を濁すと言う事実に雨音の危機管理センサーがマックスアラート。
かと思えば、ドップラー効果を引っさげてポータル管理棟に飛び込んで来る者がいた。
「あ、仁田さんもお疲れさまです」
今最もホットな官庁、外務省の官僚、胡散臭い糸目の男、仁田氏である。こちらはアジア大洋州局の所属だが。
なお雨音に、学校終わったらさっさと来い、とSNSで催促していたのもこいつである。
「旋崎さん! エルダーの皆様を日本に招待したいのですがねぇ、ええ!!」
「は?」
エルダーとシルフィンの接待は、魔王さまと自衛隊と、それになんと言っても外交を所管する外務省にお任せしていた。
それで、雨音がいなければ話が通じない部分でもあって呼び出しをかけていたのだろう、と思ったら、こんなお話である。
エルダーと接触したのが昨日、急な来訪となったのも昨日だ。なんぼなんでも早過ぎるだろうと雨音は思うが。
「いえいえそれもエルダーの皆様の方のご希望でもあるのですよ!」
「仁田…………」
喜色を滲ませそんなことを宣う外務官僚。
そして、またしても何か言いかけて言わないという今までにない態度の三佐。
黒ミニスカも何かを察せざるをえなかった。
「仁田さん……あんたなにした?」
「いやいやいやいやいや滅相もない! たまたまこう会話の流れでですねぇ先方がある分野に非常に興味をもたれましてねぇ。来月には世界的に大きなイベントもあることですし。
日本としても力を入れている分野ですので全面的に協力して差し上げるのもよろしいのではないかとですねぇそんな感じでして」
暗黒面を覗かせる黒ミニスカ、黒アリスオルタ。心的外傷は未だに癒えていない。
この危機に対し、外務官僚はメガネがすっ飛んでいかんばかりに首を振っていた。
日本政府と各省庁も、このJK魔法少女に対しては最大限の配慮を行っている。
かつては黒アリスを使って東米国に対しアドバンテージを取ろうとしていた仁田氏も、今は共存共栄の道を模索しているのだ。魔法少女地雷を踏みたくないというのが切なる願いだった。
◇
ポータル管理棟から外に出ると、さっそくシルフィンの姿を見ることができた。
ものすごく良い笑顔で歩いている女性自衛官と、両肩に乗って楽しげにしている妖精さんふたりの組み合わせである。
観光であるらしい。
ホテルへ向けて少し歩くと、シネマコンプレックスから出てきた若く真面目そうな自衛官を止まり木のようにして、複数の妖精さんが何やら興奮して話し合っていた。
サメ映画だったようだ。初地球映画で無茶しやがって。
エルダーの選手村襲来に便乗してやってきたシルフィン達も、自衛官を振り回しながら楽しんでいるらしい。
ファーストフード店の野外席で妖精さんたちとオヤツを食べていた女性自衛官は、魔法少女達を見て飛んで行く妖精さんに寂しげだった。直後に三佐を見て飛び跳ねるように直立して敬礼していた。なんかごめんなさい。
シルフィンの方は、それほど問題もなさそうだ。
ではいったい、エルダーの方ではなにが起こっているというのか。
何ぞ文化の違いで困ったことになったり不便でもかけてるのか、と思いながらホテルに入る雨音だったが、事態はそんな魔法少女の想像を絶するのである。
◇
東方大陸に寄り添うように存在する島国、オーランナトシア。
そこに棲む代表的種族であるエルダーは、自然との調和の中で素朴な生活を営む穏やかで理性的な人々であるという、地球のファンタジーで見るエルフと非常に似通った存在だった。
だが別に、当人達はそんなライフスタイルにこだわりとかはなかったらしい。
メインストリートに面した、真新しく一際高い建物。来賓用の高級ホテルである。
イレイヴェン王城の文官であり現在のクローディース領の代官、イフォン・アルセナはこことは別のビジネスホテルに一週間滞在していたが、コレは別に上司である雨音が費用ケチっていたワケではない。アルセナ本人が、王侯貴族の生活に耐えられないと泣きを入れた為だ。
エントランスからホテルに入ると、そこにも警備にあたってくれている自衛隊員の姿があった。
お仕事ご苦労様です、と会釈する黒ミニスカだが、隊員の皆様の様子がやや微妙。
三佐といい一体どうしたのだろう、と思いながら、黒ミニスカはエルダーの宿泊する客室へと向かうのだが、
「今掴んだヤツ誰だぁあああ!!?」
「クソが落されたぞ!!」
「邪魔だコイツら通れないだろうッ!!」
「殺ァアアアアアアアア!!」
そこは、控えめに言っても地獄と化していた。
部屋の大画面テレビに繋がる据え置き型ゲーム機、あるいは携帯ゲーム機のコントローラーを砕けんばかりに握り締め、目を血走らせてプレイ中の面々。
それは、オーランナトシアの森の居住地で静かに佇んでいたエルダー達であった。嘘みたいだろ。
殺気に満ちるスイートに飛び交う怒号。少し視線を逸らすと、食べ散らかされて放置されている食器類。
画面の中では、カラフルな全身タイツのマッチョが大勢で障害物レースを行っている。多人数オンライン対戦のゲームらしい。
そのエルダーの変貌っぷりに、流石に黒ミニスカも目が点になった。三佐や自衛隊のヒト達が妙な空気になっていた理由も少し分かった。
ゲーム機は先日、選手村内にあるショップで在庫を粗方買い占めた物である。
エルダーの皆様は、魔法少女の携帯電話など電子機器に強い興味を示していた。
それで、選手村に来て間もなく、ホテルに入る前に食事や軽い観光をした折、どんな物か体験してもうらうつもりで購入したのである。
それがこのような事態を引き起こすとは、完全に想定外。
「おお……ほれ雷神殿と皆が戻ったぞ、いい加減にやめぬか」
「少しお待ちなさいフィン! まだラウンドに残ってます!!」
「まだ入れる! まだ入れる! あ゛ああああああああ!!」
「これは間一髪か……!?」
フと気が付くと、部屋の隅でラ・フィンさまがグッタリと座っていた。殺しても死にそうにない魔王が。
話を聞くと、どうやらエルダー連中は先日にホテルへ入ってから、ノンストップでプレイし続けているとか。
この魔王をして、長らく親交のある賢い種族がここまでブッ壊れるとは、世界の終末より予想できなかったと仰る。
黒髪羽付きのお嬢様は、普段の威厳を完全に無くして途方に暮れているようだった。
「ハッ!? これは雷神クロー様、申し訳ございません私としたことが気付きませんでした」
「みたいですね」
障害物競走バトルロイヤルがひと段落し、いい笑顔で汗を拭くエルダーの女性が黒ミニスカ魔法少女達にようやく気付いていた。
エルダーの中でも特にカリスマ性を放っているのは、誰であろう種族を代表するネナイア氏である。
先ほど魔王さまは黒アリスの訪問を伝えていたのだが、その時のエルダー代表は他のプレイヤーに自キャラを掴まれて妨害されて軽くキレていた。
雨音は話しかけるのが怖かったが、無心で対応した。
「このような娯楽があるとは、チキュウという世界は素晴らしいですね! 無駄に何百年も歳を重ねてきましたが、こんなに楽しいと感じた記憶はちょっと出てきません!」
「ネナイアは良いのかそれで…………。ここまで何かに血道を上げるお前などはじめて見たぞ」
エルダーを導いてきた自分の半生を全否定するようなセリフに、魔王さまが搾り出すように呻いている。
そしてエルダーのトップがこの有様なのだから、他の者も当然ゲームの無間地獄に囚われ済みであった。
FPSオンラインマッチで目が死んでいる青年。
格闘ゲームで指の動きが見えなくなっている女の子。
非対称サバイバルで恐怖のあまり死にそうな息遣いになっているお兄さん、と。
「これほど豊かに千差万別の物語を作り出すチキュウのなんと鮮やかなことか! 寝るか歌うか暇潰しに狩りに行くしかない我らエルダーと大違いですよ!」
「え? エルダーのヒトってこんな感じ??」
興奮気味に言うネナイア代表。スイート内の他のエルダーも、ウンウンと首肯している。
エルダーはエルフではない。エルフではないが、そのエルフ的ライフスタイルをぶん投げるような発言に、三つ編み娘などは近視のヒトが何かを凝視するような顔になっていた。
「もうあんな代わり映えのしない生活に戻るなんて考えられません! この魔道器とソフトとネット環境あるだけ譲ってください!!」
「微妙に理解が足りてない様子でござるな」
「でもたったひと晩でネットとかソフトウェアの概念理解できるって凄くない?」
「お譲りできるモノならなんでも差し上げますから!」
「いや白紙小切手とかダメですよネナイアさんお気を確かに!!」
種族の代表としてかなりアウトな発言のエルフっぽいお姉さん。ゲームに魂を売りかねない勢いである。あるいは既に手遅れかも知れないと雨音は危惧するが。
◇
かような多分に問題のある経緯で、オーランナトシアは地球側との交流を積極的に進めていく方針をハイスピードで固めてしまった。
推進機関であるアルバトロス代表の黒アリスは、不安でしょうがない。いいのかこんな流れで。
長であるネナイアや他のエルダーは地球そのものにも強い関心を持っていたが、この勢いのまま招いてしまうのはちょっと危険だろう。
魔法少女たちの意見がそのような一致をみたので、暫くは選手村で馴らしていこうという事に。
どこのどいつだ来月のロサンゼルスで世界的ゲームイベントがあるとか教えた官僚は。
その代わりではないが、ナラキア地方とオーランナトシアを空路と通信網で結ぶことが、自衛隊同意の下で決まった。外務省歓喜であろう。
同時に、現地の調査で日本と東西米国政府はエルダーの全面的な支援を受けられることになった。
雨音は自分がしっかり政府の動きを監視せねばと思う。ほっといたらゲームやりたさに何を売り渡すか分かったものではない。
オーランナトシアの空港使用と調査協力で、エルダーはそれなりの報酬を得る事になる。だが恐らく新作ゲームに消えるだろう。
こうして異世界にゲーム狂いの種族が誕生してしまった。文明の衝突事故といったところだろうか。
エルダーもシルフィン共々地球に対して非常に友好的な種族となったが、やはり普通の人間とは少し違う種ということか、欲しい物を前にして警戒感が全くない。
魔王さまの言うことには、元々はそんな種族ではなかったという話だったが。
この後、エルフっぽい人々『エルダー』は趣味が高じたそちらの方面で、地球人と様々な交流を持つ事となる。
そして魔法少女には、様々な苦労が降りかかる事になるのだ。
ついでに、自分の危惧が目の前で顕在化したのを見て、とある銀髪姫が人知れずプルプル震えていた。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、ゲーム規制に真っ向から反対していく種族。




