0032:冒険と安全の確保の徹底は矛盾しない
魔法少女近況:赤毛のお姉さんがやっている事を真似してみようかと思わなくもなかった
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五月第3週の火曜日。
午後4時35分。
西方大陸ナラキア地方南部、イレイヴェン国、クロウディース領。
選手村ポータル基地。
イレイヴェンのお役人、お疲れ気味の黒髪女性、イフォン・アルセナがこの地に来て、1週間ほどがたった。
1週間と3日前、寂れた町トレイタムから連れ出されたアルセナ女史は、その足で王都トライシアに行き国王に面通しされ承認を得て、勤務地をここ選手村に移されたのである。
爵位すら持たない男爵家の三女が、いきなり手続きスッ飛ばしで国王陛下に謁見。
アルセナは緊張し過ぎて死ぬかと思った。
イレイヴェン南部のグラグツという土地に、異世界から来た人々が町を作っている。そういったウワサは、トライシアで王城勤めをしている時に、アルセナも聞いたことはあった。
イレイヴェンとナラキア共同体を救った英雄、邪神殺し、『雷神』クロー子爵は異世界から来た少女であり、共に『死の濁流』と戦った異世界の軍勢に対しても、侵略者などという印象を持つ者は少ない。
その土地にしても国王と貴族諸侯が正式に使用を認めたモノで、イレイヴェンはもちろんナラキア地方全体との交易を進める町になるのだろう、と。
異世界人の作る町など想像もつかなかったが、一週間滞在して直に目の当たりとした現在も、アルセナにはほとんど何も理解できていなかった。
◇
選手村、ホテル『ポータル・イン』一階正面ロビー。
「ごめんねーアルセナさん! 一週間もほったらかしにしちゃって……。こっちの生活はどうでした?」
「あー、クロー子爵……はいぃ、チーズポテトとシソポテトとガーリックポテトとコーラ無しではもう生きられる気がしません。あとサムボーイは宇宙の果に旅立ってしまいました悲しいです」
「やっぱせんちゃん、こっちのヒトを一週間ホテルに放っておくのはマズかったんじゃん?」
「目の焦点が現実に合ってないでござるな」
学校終わりに、瞬間移動能力者ワープシックスの能力で旋崎雨音は選手村まで飛んできた。
正確には太平洋の島アイアンヘッドまで飛びポータル入りしたのだが、細かいことなのでよいとして。
イフォン・アルセナ女史を選手村に残したのは、取り急ぎ新たな勤務先に慣れてもらう為だ。
本当はもっと早く会いに来る予定だったのだが、ゴールデンウィーク中は本当に霞ヶ関から離れられなかったので遅くなった。恨むなら無限に書類持ってくる官僚と東西米国を恨んで欲しい。
とりあえず領主からは急ぎの仕事もないので、異世界情緒溢れる選手村に慣れてもらおうという、この目論み。
こちらに滞在する地球人が使うホテルに部屋を取り、キャッシュレス決済用のカードを渡して、好きに見て回ってもらうことにしたのだ。
アルセナ女史は、いずれこの地域の行政執行を代行する立場の人物。ということで、ホテルのヒト(予備自衛官)にお願いしてお世話してもらっていたのだが、
「周辺の飲食店をご案内したのですが……その、マクドネルが、お気に召したご様子でして」
どうやらアルセナ女史、ホテルのはす向かいにあったファーストフード店しか使わなかったらしい。一週間も。
とはいえ仕方なくということでもなく、マクドネルバーガーのソース付きポテトにドはまりした様子。
シソポテト大好きなので雨音にもまぁ気持ちは良く分かる。
そして、『サムボーイ』というのはホテルの有線放送で見られる東米国のSFドラマの主人公だとか。ぶっ続け連続視聴で、アルセナの脳は銀河の彼方にワープしていた。
ホテル勤務の予備自衛官のお姉さんは申し訳なさそうにしているが、文明に全く免疫のない人物を丸投げに近い形でお任せしてしまった雨音にこそ、責任があると思われる。
改めて選手村を案内がてら、現実に引き戻す必要が感じられた。
「まぁ、なんだね……。マナーオフィスのことも説明しないといけないし、あたし達も知らない間に出来てる建物もあるしね。
一度一緒に見て回った方がいいかも」
目のハイライトが消えたアルセナ女史から、そっと視線を逸らす黒ミニスカ魔法少女。このまま戻らなかったらどうしよう。
とはいえ、選手村全体を見ておく必要を覚えたのも本音だ。問題の先送りではない、多分。
雨音と魔法少女どもは地球と異世界を行ったり来たりあちこちを飛び回ったりしているが、その間にも選手村は自衛隊の施設部隊と仁義なき入札を勝ち抜いた土木建築業者により、着々と整備が進んでいるのだ。
異世界展開の第一歩として、早々に店舗を置いた企業グループも多い。
以前は疎らに真新しい2階建てほどの建物が見られる程度だったが、今は雑居ビルのようなモノが隙間なく列を成して立ち並び、レンガを敷き詰めたメインストリートまでが形成されるまでに至った。
その中には、現在魔法少女たちがいるビジネスホテルや、地球最大手のファーストフード店が軒を連ねていたりする。
そういった事業体はほぼ例外なく雨音が事前に面接しているのだが、中にはカーディーラーなど首を傾げる業種もあった。
皆さん必死だったので、だいたいは雨音もOKを出しているが。
なにか問題があれば、カウガール少女の実家の企業グループか政府の審査の時に落されているので。
そんなワケで、黒アリスほか魔法少女たちも、選手村の全体を把握してはいない。ドーナツ屋はいつの間にか出来て利用しないまま移転が決まっていた。
「確か空港の跡地だったかしら? あちら側に移るお店も多いのよね?」
「いや……ヘリポートとして残すんじゃなかったっけ? どうでしたっけ二等軍……じゃなくて曹長?」
「基地の計画のことなんて知らないが、ヘリパッドは別に作るとか陸軍のヤツに聞いたぞ」
ホテルを出た魔法少女一行は、異世界側の護衛である海兵のヒト達と一緒に、オープントップの軍用車両に乗り込んだ。
選手村内の移動には、もはやクルマが必要になってくる。
元は選手村に隣接していた滑走路も、住環境の重視で離れた場所に移されることとなっており、そこまでの移動にも交通手段が必要とされた。
そうして旧滑走路は、新たな商業施設にするとかヘリポート機能だけは残すとかなんとか。
哀愁の終身海兵、ダニエル・ブライ曹長のセリフによると、そんな記憶も怪しくなってきたが。
計画書にサインしたのが自分であるにもかかわらず、事態を把握できていない現実に雨音はヒヤっとしていた。
「じーちゃんとか自衛隊とかでもチェック入れてるんだからだいじょうぶじゃね? あと滑走路の方はショッピングモール作って屋上にヘリポート作るのが正解ねー」
「公園なんかも作るんスよね?」
「北米の方では家族連れ向けにモールと合体しているところが多いのよ」
雨音の心配をよそに、気楽そうに言い車両のひとつに飛び込む三つ編み。野性的ヘアの海兵が迷惑そうにしている。
あと実際の計画を覚えているんなら最初に言えや、と黒ミニスカは恨み節だ。
海賊ギャルとチビッ子魔法刑事もクルマに乗り込むと、軍用車の列は移動を開始。
選手村の視察を開始した。
◇
選手村ポータル基地には、地球からの玄関口とナラキア地方全体へ飛ぶ中継地としての役割が求められる。
とはいえ、ナラキア地方は実のところとんでもなく広い。日本の数十倍、南米大陸程の大きさがあった。
よって、航空輸送手段が必要となる。
先の怪生物群殲滅作戦『テラーブラスト』の前には、物資輸送の為に各国で簡易的な滑走路が作られており、既に航空機の行き来があった。
「ふえぇええええ……!」
アルセナ女史は、天地を震わす轟音により現世へ復帰した。
全長53メートル、両翼に4発のターボファンエンジンを搭載した灰色の大型輸送機が、地上を突っ走っていく。
地味な黒髪お姉さんは、目と口をまんまるに開け広げて、SC-17が陽炎を引き上昇するのを暫し呆然と眺めていた。
前の勤務地からはヘリに乗って来たのだが、流石に地球でも有数の大型機とは迫力が違い過ぎるようである。
「おうおう相変わらずでっけぇなぁ!!」
「魔法も使わずに、よくもまぁあんな物を飛ばすわ」
山男の王子さまは、力強く飛ぶ大きな乗り物がお気に召したようだ。是非に乗ってみたいと仰るが、生憎と瞬間移動能力者がいるので、その機会に恵まれない。
時に便利さは選択肢を奪うのだろう。
魔王嬢さまは、ジアフォージの魔道器で似たような物を見たことがあるとか。
しかし、魔力も魔術も用いずに空を飛ぶという人類の執念にこそ、呆れるような感心するような思いだった。
移転して間もないが、将来的にナラキア地方最大の空港になるであろうこの場所には、平屋のターミナル施設が建設済みだった。
搭乗手続きや発着便待ち、それに入国管理を行う予定の場所だ。
地球側で製造された壁材や床材を、異世界側に持ってきて組み立てたモノらしい。通信やレーダー、電源設備は、軍用の物をそのまま使っていた。
肝心な滑走路は舗装などしていないが、強く踏み固められ民生機の離着陸にも耐えられるようにしてある。
たった今飛び立った輸送機は、先のテラーブラストで大きな被害を受けたヒディライへの援助物資を運んでいた。
またヒディライからも特殊なナマモノが運ばれてきており、今後も発着便共に爆発的に増えるのは間違いなかった。
「今は政府関係者がほとんどだけど、これからは研究者のヒトとか技術者のヒトとか企業のえらいヒトも来るだろうし、人口も10倍くらい増えるかも」
「これ以上増えるんですか!?」
「10倍じゃ効かないと思うにゃー…………」
黒ミニスカ子爵のセリフに、選手村のにぎわいを思い出したアルセナ女史の声がひっくり返る。
現在、選手村にいるのは作業関係者や東西米軍の兵士、それに自衛隊員が大半なのだ。ファーストフードの店員すら、軍の予備役人員を充てているらしい。よく掻き集めてくるものである。
そういった人員も、これからは民間からも募るようになるとか。無論、地球で行う募集要件よりもハードルは高いだろうが。
ここから更に、学術研究や商取引でヒトが増える。
この上、ナラキア共同体の各国からもヒトが来る。
「あの乗り物は、我がサンサリタンにも飛んで行くのですね?」
「主要11カ国には全部路線が出来るはずですよー。ねーせんちゃん?」
「入出国ルールとか飛行ルートとか国ごとに色々決めなきゃいけないけど、ヒディライにはもう定期便が出ているようなもんだしね。トップダウンになれば、後は早いと思うわ、ますわ」
「バルディアの国王陛下は、もうハブ空港を作るメリットに気付いたわよねー。流石に抜け目がないわー」
サンサリタンの巨乳女王、その侍女頭が遠い故国の空を見つめながら、魔法少女に問いかけてきた。本人は北を見ているつもりで南を向いていたが。
ナラキア地方の人々にとって、選手村は地球文化を目の当たりにする学びの場でもある。積極的に来てもらわねばならない。
その為の餌ではないが、地球から持ち込まれるあらゆる物資と物品は、ナラキア地方に大きな市場を作り出すだろう。
そんなビジョンがバルディアのダイラル王には既に見えているらしく、空港建設と流通の話が出た時点で、ナラキア地方の中継地としての空港の招致に意欲的だった。
腐ってもナラキア共同体の盟主半端ない、と企業グループの家の娘さんは溜息を吐いていた。
もっとも、ポータルの近くの方が何かと安定する以上、バルディアがナラキアと西方大陸の空の中心となる野望は、当分果たせないだろうが。
「そ、そそそそそんにゃ……! そんなにヒトが押し寄せたら、領地の安全を守るだけでも大変なことに!?」
国王レベルのグローバルな国家戦略など知らないが、喫緊の課題として領地の運営をしなければならない代官のアルセナは、白い顔でガクガクブルブルしている。
えらい所に転勤してしまった、と後悔したいが、そもそも自分には選択肢など無かった。本当にこの地に骨を埋めることになりそうな気がする。
むろん領主の黒アリスは、そんなブラックな職場にするつもりなどないが。自分自身がブラック環境に取り込まれていることは気付いていない。
「選手村の中の治安維持は警視庁とMPのヒトが担当してくれるはずだし、多分領内も地球の人間が入るようになれば警備対象に……なります?」
「法的にはここは外国という扱いだろう。土地の政府の代表、つまりこの場合はクローだろうが、クローが公式に要請すれば領内でも米軍が警察活動に就けるんじゃないか?」
「…………思いやり予算とか地位協定とか要求されそう。まぁその辺も偉いヒトたちに追々相談するとして。
領地に住んでいるヒトたちからも、そういう警備隊みたいなの募集しないとダメだよねー」
選手村の内部の治安維持は、日本と東西の米国が協議の末に、警視庁と軍警察が担当してくれることになっている。
しかし、整備開発が決まったばかりの選手村の外に関しては、イレイヴェン国の国内ということもあり、正式な対応が決められていない。
イレイヴェンの法に照らせば、領内の司法権、行政権、立法権も領主の職掌内、ということになるのだが。
理性では好都合だと思うが、本能では困ると言いたい黒ミニスカ領主である。
領地を治める領主に求められる最大の仕事は、領民の安全を守り、その生活を守ることだろう。兵役だ徴税だは、所詮その為の手段に過ぎないワケだ。
よって雨音も、安全保障体制ってモノを考えねばならない。
理想で言えば、日本のように領の住民から治安組織への志願者を募るのが良いのだろうが、当然起こり得る非常事態で犠牲を払う可能性を考えると、今から気が重くて死にそう。
いっそ全部自分の魔法で良くないかな、と安易な道に逃げたくもなるが、残念なことに雨音はそんな器用でもなく、また問題を見て見ぬフリをするのも得意でもない。
夕焼け空から降りてくる輸送機がまた一機、滑走路に舞い降りてくるのがターミナルの屋上から見える。
様々なモノを預かる責任の重さを、生真面目な領主と代官はしみじみ噛み締める思いだった。
◇
クローディース領を任せる代官のアルセナ女史だけではなく、領主の雨音も改めてその重責を思いうんざりした、その後。
日も落ちかけな時刻ということで、一行は夕食を摂ることとした。
アルセナは、もう美味しいからマクドネルバーガーのサイドメニューだけでいいや! と自己完結してしまったが、まさか年中フライドポテトというワケにもいくまい。
なにせ、ここ選手村には日本と東西米国の人間が多数滞在するので、その手の店は軍の基地より遥かに充実しているのだ。
魔法少女達だってまだほとんど利用していないが。
「はー、こんなレストランまであるんですね。いや、あたしは把握してないとマズいんだけどさ」
「雨音さん、飲食店だけで300近くありましたよ? 流石に全てを暗記するのはムリでしょう」
「それにお酒飲むところとかは北原先生とかアルバトロスのヒトが審査してたわよね? 雨音さんが知らないお店もあるんじゃないかしら」
黒ミニスカ魔法少女たちが入ったのは、古米国を中心に展開している外食グループの店舗だった。
あれ? 確か見た覚えのある店名だけどどういう業態のとこだっけ? と神妙な顔をしている雨音の脇を通り、仲間たちや海兵のお兄さん方は店員の案内で席に向かう。
黒ミニスカとアルセナ女史も慌てて後を追った。
そのレストランは、安くて大量が売りなビュッフェ形式で料理を提供する店だ。まさにアメリカンなスタイルである。
しかし、日本でもリゾート地を中心に数店舗が進出しており、味の方も決して悪くない。
シンプルな料理が多いが、種類は普通のレストラン並みか、それ以上。これで定額食べ放題なら、十分優良店だろう。
選手村の飲食店は、地球にある同店よりも更に安価に利用できたが。
「あたしらは政府から補助金出てるって分かってるけどさぁ……これで780円って普通のヒトが見たら気が狂ってるって思うよね」
「こっちのヒトも気軽に入れるように、って価格設定ですものねー。不躾な話、どうなのアルセナさん? こちらのヒトから見て、このお値段でここのお料理食べ放題ってどう思います??」
「詐欺か犯罪を疑われて当然かと存じます」
「やべぇな……税金使って大盤振る舞いしたお役所の思惑が裏目に出るパターンだこれ」
まろやかなタマゴとコーンのサラダをすくって食べる黒アリス。プレートの上には、他にもサイコロステーキやアスパラのソテー、チキンのシーザーサラダが盛られていた。
日本でこの料理が食べ放題ならおいくらだろう、と思う。とりあえず780円じゃ絶対ムリだろう。
こんな同業他社に不等販売で訴えられそうな価格に出来たのは、本来の金額の半分以上を日本と東西米国政府が補助している為だ。
これは、選手村で働く軍と政府関係者への福利厚生と、ナラキア地方の人間が利用しやすくする為の配慮である。
で、実際どんな印象なのかとカウガール魔法少女が尋ねたなら、男爵家の三女は真顔で目の前の現実を疑っていたが。
まぁやっていること自体は間違っていないと思うし、周知されるようになったらまた違ってくるか、と雨音はこの問題を保留にした。
「アトランティックシティのカジノでも、7ドルで6オンスのステーキのコースが食えるんだぜ」
「おー、知ってる知ってる。ホントにそういうのあるんだー」
三つ編み文学少女がギャンブラーのロング伍長と話をしながら、ローストビーフ乗せのブレッドを頬張っている。
チビッ子警視殿は平皿にチーズシーフードリゾットを、鎧武者はピザを持ってきていた。特に和風にこだわらない。
すっかり菜食主義に染まった海賊ギャルは、野菜のステーキを食べている。安定のくびれと体脂肪率。
山男の王子はとにかく肉、ビッグステーキ。魔王さまは、カモのローストとフルーツソースにしたつづみ。
巨乳女王はメインディッシュよりデザートに心奪われていたが、侍女からは許可が出なかった。ごはん食べない子にデザートはあげませんよ。
そして、チーズオムレツを食べたアルセナ女史は、再び精神的な迷子になった。
薄いのに内側が半熟なタマゴ、肉々しくも香ばしく旨みの詰まった挽肉、それに絡まるトロリとした風味豊かなチーズに、酸味で全てをリセットするトマト。
この世にこんな美味しいモノがあったのか、と。地味な黒髪のお姉さんは、スプーン咥えたまま涙目でフリーズしていた。
「そうだーせんちゃん思いだしたー!」
「なによ桜花、お食事中はお静かに」
「ふみぃ~! 美味しくないデース……」
そんな状態のお代官様が、突如間延びした声を上げる三つ編みのセリフにビクンッ! と再起動。
黒アリスは、自分のジンジャーエールにストロー突っ込んでブクブクやっていた巫女侍を抽出ピーマン漬けにして泣かせていたが、その拷問を中断して向き直った。
「女神クロー領主様に奏上申しあげるー!」
「その名前を出すんじゃねぇブッ飛ばすぞこのやろう」
「この町には決定的に足りないモノがあるんだよー!」
「そんなモノあるか? まぁあるか。必要だけど人気のない業種とか漏れがあるだろうしね。んでなに?」
「この町には、冒険者ギルドが無いんだよー!」
コブシを握ってゆるく吼える三つ編みに、コイツなに言ってんだ的な表情で眉を顰める黒ミニスカ。
他方、巫女侍のブクブクが楽しそうだったので、そーっと雨音のジンジャーエールに忍び寄り、お行儀悪いとお付のイケメン騎士(♀)に阻止される銀髪姫。
「『冒険者』! そうだったわ、異世界に来たらまずそれよね! 一番大事なことを今の今まで失念していたわ」
「え? それそんなに重要? そういえば今まで桜花が何度かそんな事言ってたと思うけどさ」
ワイルドにスペアリブを噛み千切り、カウガール分を補給する美由お嬢さま。そのセリフで、雨音も過去の桜花の発言を思い出していた。
異世界に関わって以来、時々思い出したように『冒険者』という単語を口にしていたと思う。
ここで三つ編み娘や露出カウガールが言う『冒険者』というのは、近年のファンタジー小説などで見る危険な仕事を生業に報酬を得る職種のことだ。
それらは多くの場合腕っ節の強い自由業であり、特に主人公はチートという魔法少女らの特殊能力に近いアドバンテージを持ち、様々な事件を解決し莫大な報酬を得て巨悪を倒し社会的成功を収めていく、というのが基本的なストーリーラインとなる。
雨音も以前からその存在を知ってはいたが、異世界に来るようになってからは、参考資料として桜花に書籍も提供されていた。
「でもここで作る必要とかある? その……『ギルド』? モンスター退治とかは専門の組織に任せるべきだと思うし、薬草なんかは集めるより向こうで買った方が良くない? あとザマぁする相手がいたとしても一般人の冒険者じゃ辛いと思う」
「いやいやせんちゃん真面目な話、領内の治安のこととかさっき話してたじゃんよー。冒険者は軍とか警備隊の手が行き届かない遠くとかー、小規模だけど急ぎの対処が必要な時とかー、非常時に手が足りない戦力をアウトソーシングできるインフラだと思うのよ?」
なるほど建前っぽいが桜花も一応考えているらしい、と雨音は思う。
アルセナ女史やエアリー王女によると、通常は町ごとに衛兵隊を組織し、周辺の村まで含めた巡回や治安出動で地域の安全を守るのだとか。
選手村に関しては、地球人類が多く利用するという特殊な事情もあるので、治安維持は軍と警察にお任せするつもりだ。
領内全般の治安維持に関しては、今のところどうなるかは不明。
こちらも地球人類が領内に出ることを考えると、やはり軍と警察の出番はありそうだが、筋としてイレイヴェンのやり方にも合わせるべきだとは思う。
たとえ犠牲を払おうとも、自分の家を守るのは、自分であるべきだろう。犠牲を出さないに越したことはないだろうが。
そうは言っても現実問題、クローディース領もそこそこ広い。ザックリ調べた限り、イレイヴェン自体が日本の2~3倍大きい。でも人口は日本の10分の1くらい。
つまり、広さに比して人手が足りない。機動力も基本ウマなので手が回らない。結果として大半の土地がほったらかしで、小さな村だと治安も何もない。税金払うのがかわいそうなレベルである。
イレイヴェンやナラキアの常識からして、それは仕方ない、ということで済ませるしかないのかもしれない。
しかし、地球人類の倫理観と常識を背負ってきている雨音の場合、そうも言っていられない。
では、実際のところ冒険者にそういう安全保障の一翼を担わせることについて、地元の人はどう思うか聞いたところ、
「その……冒険者に衛兵のようなことをやらせるのは、やめたほうがいいと思うわよ?」
「そうですね、クロー殿やオーカ殿の知る冒険者のことは分かりませんが、いざという時に領民の為に命を懸けて戦うとは思えません。報酬だけ取って逃げるならまだしも、領主の権威を傘に着て何をしでかすか…………」
「むしろ冒険者をどう取り締まるかを考えた方がよろしいかと存じます」
「あれー!?」
この国の王女(妹)、護衛の麗人騎士、そして領地の代官と、肯定的な意見は一切出ず、揃って困惑した表情をしていた。
恩のある魔法少女だからこそ、こういう比較的やんわりとしたトーンに抑えたという節さえあった。
想定外の方向からアッという間に夢と野望を挫かれ、うろたえる冒険者志望の三つ編み。
傍で見ていた黒ミニスカも、なにやら認識にズレがありそうだと思い、改めてその辺を確認してみた。
要するに、イレイヴェンやナラキア地方で言う『冒険者』という人種は、地球で見るファンタジー小説に登場するそれとは、全く異なる存在だということである。
曰く、盗賊や悪党未満、言うことだけは大きい無能者、ゴロツキなどはとりあえず冒険者を名乗るという、ろくでなしの代名詞であるとか。
かつては確かに大陸を己の足で踏破し、古代の遺跡や捨てられた遺構、天然資源の眠る秘境へ挑み、偉大な発見をして名声を得た冒険者たちのいた時代もあったと言う。
だがそれも、100年前のオリゾンデ滅亡以前の、もっと遠い過去の御伽噺と化していた。
なるほど、英雄である魔法少女たちが社会のゴミを社会の安全の為に使おうと言うなら、そりゃエアリーたちも不安になるだろう。
悪い事をしたな、と雨音が思う一方、桜花と美由は魂が抜けていた。コーヒーすする鎧の中の士織も心なし肩を落としている。同じ人種だからな。
そうでなくてももう魔法少女なんてヤクザな稼業に両足突っ込んでいるんだ。いまさらそんなパブリックエネミーにまで化ける必要もないだろう。
イチゴ、メロン、グレープフルーツのムースを食べながらそんなことを思う黒ミニスカだが、冒険者というフォーマット自体には、少し思うところがあった。
実はこの『冒険者』なるワード、雨音は某所でも頻繁に見かけていた。
ネット掲示板どチャンネル内の、能力者と異世界に関連したスレッドにてだ。
雨音自身、桜花から大量の参考資料を押し込まれたことにより、その手の小説の知識はそれなりに身に着けている。
そんな小説内に出てくる冒険者という存在は、異世界という未知の領域を自由に冒険する自分そのモノの投影なのだろう。
掲示板内で三つ編み文学少女のように『冒険者になりたい』と叫んでいた名無しの誰かは、恐らく現実を知れば三つ編みのように心折れると思われる。
だからではないが、雨音はこの冒険者というシステムを利用できないかと考えていた。先ほどは必要性の是非を疑問視したが。
別に冒険者という名称でなくてもよい。どうもナラキア地方においてはイメージが悪そうなので。
しかし、冒険者という名称に、特に日本の一部では親和性が高いのは事実である。
軍警察、日本警察、領地の衛兵、それに補完的な立ち位置としての、冒険者。
これに、能力者の活躍の場の提供と護衛戦力としてのリクルートを目的とした、『裏アルバトロス』計画を組み込めないだろうか。
そして、もうそろそろお腹いっぱいだけどチョコブラウニーとコーヒーゼリーに突撃するべきだろうか。
以上のような非常に難しい問題に、黒ミニスカ魔法少女の脳は急速に糖分を消費していた。
他の魔法少女どもの暴食ぶりを見ていると、どうってことない気もしてくる。
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