0007:入学要綱にも載っていない超特別枠であった
その後、結局勉強は手につかなかった。
本音を言えば関わりたくないのだが、理性では対処の要を認める。でなければ、気になって試験勉強も出来やしない。
雨音にも分かってはいるのだ。警察は頼りにならず、放っておけば勝手に消えてくれる類のモノではない以上、誰かが事に当たらねばならない。
そして、やる気十分の友人に丸投げするワケにもいかない。どんな大事に発展してしまうか分かったものではない。
故に、多少なりとも事態を冷静に見られて、それほどやる気になれずとも動機があって、そして何の皮肉か、こういう事に向いた能力持ちである雨音が率先して動かねばならないのだ、と。
「………勉強」
苦労して今の学校に入った雨音には、高校の勉強が一種の強迫観念として――――――は言い過ぎかもしれないが――――――背中に圧し掛かっていた。
こっちは、理性では大丈夫だと思っていても、本能の方で不安が拭い切れない。意外と――――――でも何でもないかもしれないが――――――小心者なのだ。
「アマネ、普段からキチンと授業受けてマス。何がそんなに心配デスか?」
「うち(高校)ってば県内一番か二番くらいの難易度じゃない。ちょっと無理し過ぎた感があるのよね……。まぁ入りたかったから別にいいんだけどさ……」
特に、学校のランクに拘りがあったワケでもなかった。
雨音の入った高校は、カティのような外国の留学生を多く受け入れているだけあって、国際色豊かで所々異国情緒に溢れており、見た目もそれ以外も他の学校とは違ってた。
何より雨音が気に入ったのは、旧態依然とした高校臭さがなかった事。
慣れ合いではなく、学校と生徒がそれぞれの目的の為だけに邁進するのをよしとする、良い意味でドライな校風を感じられた所だ。
関東圏で県立、制服も校舎もオシャレと言う事で倍率は高かったが、生来の真面目さと予備校通いが功を奏して無事合格。おかげで、カティのような愉快な友人も出来た。
「……そういやカティ、あんたよくうちの学校に入れたわね? 中学では結構勉強出来てたとか?」
「その言い方はアマネでもちょっと傷つきマース………」
『バカ』と言っているに等しい雨音の科白に、カティはベッドの上で拗ねて見せた。
そうでなくても子供っぽい顔を赤く膨らませ、わたし怒ってます、と全面に出して唇を尖らせている。
「ああゴメンゴメン、カティだって試験を突破して来たんだものね」
「……? カティはテスト受けてないデスよ? 面接受けたら名前聞かれただけで、その場で春からガッコ来るように言われたデスねー」
その瞬間、雨音の苦笑が冷笑に変わった。
全身に得体の知れないオーラを纏い、徐にベッドから立ち上がると、小さな擂り粉木――――――すり鉢ですり潰すのに使う――――――のような棒を棚の一角から持ってくる。
既にカティは涙目になっていた。
「あ、あ、足ツボマッサージの刑デスか……?」
「イエス、イエス、イエス」
「み、右足デス?」
「ノー、ノー、ノー」
「ひ、左足デス?」
「ノー、ノー、ノー」
「も、もももしかして……両足デスかー!!?」
「イエス、イエス、イエス」
「ノー!!!」
夜叉の相で飛びかかる雨音は、腰砕けで逃げ出そうとする小娘の足を捕まえると、取って喰う勢いで自分の懐へと引き摺り込む。
後の惨状は、ふたりのマスコット・アシスタントが目を覆わんばかりだった。
◇
「足の裏グリグリされてお腹チクチクするって、どんな東洋の神秘なんデス?」
「アレって痛いのはカティが不摂生しているからであって、健康的な生活をしている人間には大して痛いものじゃないらしいわよ? なんかこう、自業自得って言うか、因果応報な感じよね?」
「なにか……シャクゼン(釈然)としないデース。そもそも何故あの場面でカティがお仕置きされねばならんデス……?」
「だから……因果応報じゃない?」
さもなくば、受験戦争で血を吐き、涙を流し、膝を屈し、苦痛に喘ぎ、道半ばで散って行った多くの若人の怨念故か。その瞬間、確かに雨音には何かが宿っていた。
ちなみに、足つぼマッサージとは、足の裏のツボがそれぞれ体内臓器に対応しており、強く押して刺激した場合、その臓器が疲れていたりすると、物凄く痛く感じてしまう拷問である。と言うのは冗談で、れっきとした健康法であるので本気にしてはいけない。
事実、痛いのはカティの臓器が自堕落な生活で疲弊している為であり、雨音の責苦(違)によって失神せんばかりだった直後とは違い、今は身体に軽ささえ感じていた。
ただの暴力ではない所が、雨音の処刑技の性質の悪さだった。
カティが白目を剥いた所で、もう完全に勉強をやる環境ではなくなっていた。
もう今日は寝て――――――カティは失神して――――――しまおうかとも雨音は考えたが、そこでどうにか我に返ったカティが、唐突に脈絡無く「コンビニ行くデース」とか言い出す。
それならば勉強しろ、と雨音は言いたかったが、気分転換にも良いと言うカティの言い分にも一理あると考え、同意して夜の街に出て行ったのだ。
そして現在。
「タン串も買ってくるデース」
「えー?」
「なして『えー』デスか?」
「いやだって、さっきから肉まんポテトおでんって買ってるじゃん。もう12時だってのに」
カティは不摂生を悔い改める気が無いらしく、コンビニにて衝動的な買い食いを繰り返していた。
雨音は夜に食べ過ぎると、次の朝の目覚めにしっぺ返しが来るので、それほど食べたりはしない。肉まん一つでも軽く怯えているのに。
「当面の目標は、秋山勝左衛門のスタイルを自力でモノにすることデース。その為にはいっぱい食べるデスよ?」
「きちんと栄養を取る事と暴飲暴食は違う」
と、雨音の苦言もどこ吹く風で、カティは足取り軽く再びコンビニの中へ。次に何か隙を見せようものなら、今度は漏らすほど健康にしてくれようと雨音は心に決めていた。
「………にしても、ヒトいないわね」
カティが店内に入ってしまい、ひとりになった雨音は周囲を眺めて、ポツリと漏らす。
深夜0時ともなれば当然ではあるが、ここ最近は宵の口でも出歩いている人間を見る事が少なくなった。
当然と言えば当然であろう。何せテレビの報道で警察がテンパっていると流れてしまった昨今、犯罪発生率は右肩上がり。吸血鬼云々がなくとも、普通の人間は足が遠退く。
実は雨音とカティも、5分前にお巡りさんに「早く帰りなさい」と優しく注意されたばかりだった。カティは背中に隠した物のせいで、それどころではなかったが。
(まぁ……こんな時にフラフラ出歩くのはあたしらくらいのものよね)
若い娘がフラフラと夜道を歩いていれば、そりゃ恰好の獲物と言うヤツだろう。
しかし、雨音とカティは自衛手段を持っている。それも、『自衛?』と疑問形で言われてしまいそうな、とびきり強力なヤツを、だ。
「あれ? あたし調子に乗ってない?」
フと気が付けば、自分が特殊な能力――――――あえて魔法とは言わない――――――を持ち、それを振るうのを当然と考えている。こんな事になって、まだひと月も経っていないと言うのに。
しかも、恐らくは巷に出没する吸血鬼とやらも、雨音やカティと同じ境遇の能力者。能力に個性こそあれ、そこに絶対的な優劣は無いと考えられた。
冷静になって考えてみると、かなりヤバい橋を、さして警戒心も無く渡ってる。
雨音も自分が浮足立っているのだと反省していた。
「アマネ、タン串とマトン串、どっちか食べないデスかー?」
「あたしの分まで買って来ないでも良いわよ! 勿体ないから食べるけど」
◇
明日が日曜とはいえ、あまり夜更かしする気もなく、早々に雨音とカティは家に帰る事にした。アレだけ食べて、早々も何もないという意見もあるが。
コンビニと言うと近場な印象があるが、実は今までいた店舗は、雨音の家からは駅を挟んで相当離れた場所にあった。歩いて来れなくもないが、足が棒になる距離だ。
「……ジャックってジャンボフランクなんて食べられるのかしら?」
「お雪サンは何でも食べてくれるデスよ? ジャックは食事した事ないデスか?」
「……ないわね」
後から聞いた話だと、マスコット・アシスタントに食事や栄養補給は必要ないそうだ。
お雪さんのはただの付き合いであろうが、雨音はジャックへの扱いを少し考えさせられた。
このジャンボフランクは、この近くまで運転して来てくれたジャックへの土産だ。現在は上位領域に戻しているが、ヒト気の無い場所を選んで、再びクルマ――――――何か武装の付いた車両――――――と一緒に雨音の魔法で呼び出す算段となっていた。
しかし、ヒト気がない場所と言うのは、吸血鬼にとっても好都合である。
おかげ様で1111ユニーク突破していました




