0030:コツコツと積み上げたい性格だが山ほど素材が積み上げられて途方に暮れる感じ
魔法少女近況:内にも外にも敵が!?
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五月第1週の土曜日。
午前11時10分。
イレイヴェン東部、新領『クローディース』。
かつてこの地には、アルティアリという人口1万人に近い都市が存在した、らしい。
しかし、『死の濁流』怪生物群の襲来により、完全に崩壊。
その為、主要街道から外れていた小規模な町『トレイタム』が繰り上がりで最も大きな町となり、同時に寄る辺なき難民の集中する事態となっている。
ナラキア地方南部、そして北部の『死の濁流』の脅威は消え、戦死者の葬儀も終わったが、完全な復興は未だに遠かった。
この町にある比較的大きく綺麗な建物、元々はある貴族が愛妾へ宛がった物件だというが、現在はそこが臨時の執政府として機能している。
領主館でもあるが、現在諸事情につき、この領の領主は不在だ。
よって、領地は国王預かりとなっており、領主代行として王城から文官が派遣されていた。
イフォン・アルセナ。
アルセナ男爵家の三女であり、事務畑10年のベテランである。
一応。
領主の仕事というのは、基本自己裁量しかない自営業だ。国と王に果たす義務以外は、何をどうするか全て自分で決定する。
極端な話をしてしまえば、領地など放っておいても良いのだ。統治できてないと判断されれば、領地没収の上で悪くすると爵位剥奪だが。
貴族は貴族で他の貴族との顔つなぎや領地における飯の種である事業推進や治安維持や人事や諸々の問題の対処と、やるべき仕事は多々あった。
それにしたって基本的に意思決定がお仕事で、実務は下の者にお任せという。
その点、代官であるイフォンは非常に忙しかった。
街角に溢れる難民、全く捗らない徴税、乱れる治安、足りない食料、止まない陳情、やむを得ないとはいえ無理な兵役も祟って財政状況は最悪だ。
こんな状況での政策決定、予算執行を一手に任されているのだから、代官であるイフォンの負担は尋常ではない。
かと言って、上司経由とはいえ王からの勅命を喰らった以上は普通の領主のように手も抜けず、頼りない権限と少ない予算、僅かな人手でどうにかこうにか日々を騙し騙しやり繰りしていたのだが、
そんな日常の中で覚えの無い、バタバタという激しく空気を震わす音が聞こえて来る。
何事だ騒がしい、と煩わしく思いながら帳面に向かっていたイフォンだが、少し遅れて気が付いた。
この土地の本来の領主、『雷神』クロー子爵の空飛ぶ乗り物が、王城に来る時にあんな音を立てていなかったか。
「え!? まさか……いらっしゃった!!?」
そこに思い至ったイフォンは、取るものもとりあえず出迎えなければと考える。
直後に、自分の身なりが大分悲惨な事になっているのに気付くも、かといって今から整えている暇も無く。
仕方なしに、比較的上等な衣服である、城勤めしていた頃のお仕着せを大急ぎで着込み、執政府という名のボロい平屋建てから飛び出した。
◇
現在の領地の行政的中心地、『トレイタム』は道の駅の周囲に民家が点在しているような場所だった。
規模もそうだが、それほど見栄えが良いワケでもない。ハッキリ言って寂れている。
加えて、ヒトが多かった。賑わっていると言うより、疲れ切って座り込んでいるような姿ばかり目立つ。
性懲りもなくヘリで近付いてしまったのだが、驚かせたにせよ人々のリアクションは薄かった。
なお、空飛ぶ海賊船は近くに停められるような水場がなかったので、途中にあった湖で引っ込めている。
「ここでいいのかなぁ……? なんかかなり荒れているというか」
「怪生物のせいでしょうね。元々の領の中心都市は、ヒトが住めなくなったんでしょう?」
領地に期待していたワケではないにしても、何やら荒んだ様子に黒ミニスカ魔法少女の眉も寄っていた。
パイロットシートの後ろから身を乗り出すカウガールより、冷静な見解が述べられる。しっかり国王陛下の話を聞いていた様子。
地図を見る限り、周囲にそれらしい人里が無かったことからも、目的の場所で間違いないと思われる。
黒アリスは操縦スティックを細かく操り、回転翼可変型輸送ヘリSV-22『オプスデイ』を、町から少し離れたところへ慎重に着陸させた。
「周辺警戒、ハーパー、半分連れて偵察に行ってこい」
「イエッサー曹長! スローン、ニトロ、スチュー、付いてこい!!」
ブライ曹長の命令で、すぐさま散っていく海兵の兄貴たち。魔法少女に付き合って異世界歴もすっかり長くなってしまった。
いってらっしゃーい、と手を振って見送る女子高生は、改めて町の方へ向き直る。
すると、馬に乗った衛兵らしき数人の集団が、建物の間から走って来るのが見えた。
◇
「よ、ようこそお越しくださいまシュたご領主――――ふゲッ!?」
「おわーーーー!?」
「うわー……」
馬に乗っていた若い女性、見た目からして運動苦手そうな地味なタイプの人物は、焦って馬上から下りようとして挨拶のセリフを噛んで鐙から足を外し損ねてほぼ顔面から地面に落ちた。
凄まじいファーストコンタクトに、黒ミニスカの方が悲鳴を上げた。
他の者からも、全てを悟ったような残念な声が漏れていた。
この時点で概ねの評価が固まったと言えよう。
「だ、大丈夫ですかー!?」
「あいたー、アルセナさま。生きとるかね?」
「ぅうー……もうしわけございませんぅ」
慌てて駆け寄る黒アリスと、のんびり声をかけながら上役を助け起こす、田舎っぽいオジサンの衛兵。
地味な黒髪女性に怪我などはなかったが、顔の半分を土で汚して泣いていた。
痛いのか情けなく思っているのか、あるいはその両方のせいであろう。
領主館、という事になっているらしい塀に囲まれた屋敷に、黒アリスと魔法少女たちは案内された。
それほど大きくも広くもなく、黒アリスに巫女侍、カウガール、鎧武者、三つ編み吸血鬼、海賊ギャル、銀髪姫妹とイケメン騎士、魔王嬢に妖精、山男、巨乳女王さまと侍女一名、それに海兵の5/10名が入ると、それだけでもう手狭な感じだ。
それだけと言うには大所帯だが。
その屋敷は内外共に若干薄汚れてもおり、この世界の平民の住居と大差ない事になっている。
「申し訳ございませんが、こちらがこの町で一番立派な建物でして……。ご領主が領地に入られるのでしたら、相応の執政府を構える方がよろしいかと存じますが……」
この領主館に住んでいるという代官の地味娘さんは、結局村娘のような私服に着替えていた。顔に怪我らしい怪我は無かった。
ハーブティーのようなモノを出され、それぞれが思い思いの場所に陣取り口を付ける。全員が着けるようなテーブルなどここには無いのだ。
普段、代官のイフォンが執務を行っているという広間で、テーブルの上から書類を撤去してそこに茶を置いている。
代官の地味娘さんは色々恐縮しているが、これは別に彼女が悪いというワケではない。
雨音はアポ無しで来ているのだし、領主館に関しても誰も何も指示していないのだから、ある物を利用しているのはベターな選択だろう。
貴族によっては、いつでも領地入りできるように万事整えておけ、というのが普通なのかもしれないが。
それにしても、と魔法少女の娘たちは思う。
この、黒アリスを前におどおどしている領主代行の地味娘さん、確か国王様は真面目で優秀な人物だと言っていた気がするが、失礼ながらとてもそうは見えない。
もしかして単に地味なドジっ娘さんではないかと。確実に女子高生よりは年上だろうが。
そんな疑いを持ちはしたが、それでもお世話になった人物であるのは間違いないので、黒ミニスカの領主はお礼と挨拶をする事とした。
「えーと……あの、とりあえず、今まで留守を守っていただきありがとうございます。お任せしっぱなしですいませんでした。
それで、改めて陛下からお預かりした領地の運営に携わりたいと思うのですが」
「は、はいッ! それでしたら……その、ご領主の様々な補佐をする家臣が必要になるかと存じますが、私はこのまま子爵閣下にお仕えしても……?」
「はい? ええそれはもちろん、アルセナさんさえよろしければ、この領地の運営を手伝っていただきたいと思っていたんですが……。
必要なら陛下に私からお願いしますし。この領地の事を一番把握しているのはアルセナさんでしょうし」
「そ、それはもちろん! 精一杯お仕えさせていただきまシュ!
よかったぁ……マンシール管財長から命がけでお仕えしろと強く言われていたので、お役御免となったらどうしようかと…………」
黒アリス子爵から雇用継続と聞き、涙目で胸を撫で下ろす地味娘さん。セリフの後半は小声だったが、なにやら代官として派遣されるにあたり、上司からシビアな業務命令があった模様。
国王陛下は「真面目で優秀だから~」とだけ仰っていたが、現場サイドとは相当にニュアンスの差があったと思われる。
本物の貴人は、下々のそういった忖度や気の回し様など気になさらないのだろう。
やっぱり王様ということだ。
◇
午後12時04分。
イレイヴェン東部、新領『クローディース』、上空。
「ほあぁああああああああ!!?」
と、地味娘さんが副操縦士席で間延びした悲鳴を上げていた。
代官との顔合わせと挨拶を終えた後、領主様こと雨音は領の状況をザックリ報告してもらう事とした。
ハッキリ言って良い内容ではなかったが、一応の理解はできた、と思われる。
地味娘さんは現在の領地の問題を的確に、端的に説明してくれた。事務方として優秀だという評価は正しかったのだろう。管理職には向いてなさそうだが。
戦費やら出費やらで領の財政があかん事になっているのは一目瞭然だったので、黒ミニスカ領主はそれにより生じる問題と対策に目を向けなければならない。
つまり、領民の生活と安全保障、その為に必要なのは金策であるという事実に尽きる。
雨音の個人資産が9億円ちょっと、アルバトロスの資金は政府筋からの入金で少々大変な事になっているが、それを領地にバラ撒けばいいという話ではない。
このクローディス領が自力で稼げるようにする必要があり、幸か不幸か雨音にはその方法にあてがあった。
今は、改めて目ぼしい場所の下見をすると共に、領地の事を一番把握している――はずの――代官の地味娘さんと、ヘリで視察中というワケである。
なので、イフォン・アルセナ女史には早々に慣れていただきたい。
黒アリスの部下になった以上、こんなことはこれからいくらでもあるのだ。
ちなみに、現在搭乗しているのは前後に長い機体のツインローターヘリ、SH-47『プレコ』である。
SV-22オプスデイより容積に優れ安定しているので、空の旅には都合が良かった。
「完全に廃墟って感じだったね、あの町。やっぱ都合いい場所に拠点を作るか、選手村を拡張する方向がいいか。商店とか役所とかの地区分けもし易かろうし」
「町作りですねー、分かります」
「前から選手村にテナント出したいって話も多かったものね。もう今から一大拠点になる予感しかしないわー」
「卸売市場としての整備とー……あと交通? 通信、それと情報ってとこかな。文化発信もそこからできればね。
いい『出島』になるんじゃないかな、っと……」
「『アイランド・プラン』の総まとめでござるな」
少しの間ホバリングして領都候補の町を観察していたが、そこは怪生物群に押し潰されて、北アフリカの紛争地帯もかくやという有様だった。
よって、異世界において地球の諸々を持ち込む場所は、新たに作り直すという結論になる。
現時点でポータル『選手村』は地球から来た人々の滞在を見据えて整備されているが、今度は異世界の人々が無数に訪れる事を念頭に置いた開発が行われる事になるだろう。
実質的な領都化だ。
そして今度は援助物資だけではなく、異世界で販売網を得たい企業や商社の商品集積拠点ともなる。
生活必需品だけではない、嗜好品などの店舗も増えるだろう。
地球のビジネスマンの方々は、血反吐はく生活再びである。戦え企業戦士。
そして、これだけの取引が行われるなら、税収なんかは結構サラッと解決しそう。
むしろ、そこから発生する問題の方を今から警戒しなければなるまいなぁ、と雨音は思った。
あと今から遊ぶ気満々な魔法少女ども。
特になんか知らんが野望に燃える三つ編みに対しては。
「あ、そうだ。アルセナさん、領全体の行政の中心だけど別のところに新しく作る事になると思う。異動って事になるんだけど大丈夫?」
「はい……大丈夫です……。マンシール卿からも、骨を埋めて来いと…………」
「全然大丈夫じゃなさそうだけどそっちはあたしがどうにかするわ」
そんなクローディース領開発計画の現地責任者まっしぐらな地味娘さんは、空の旅と今後の大き過ぎて全貌が見えない先行きの話に、完全に目が死んでいた。覚悟完了してしまったらしい。
こっちのお姉さんの将来ももうちょっとどうにかしてやらねばなるまいなぁ、と思いながら、雨音はひとまず王都トライシアへ行き国王陛下に報告を入れ、それから選手村に戻る事とした。
ゴールデンウィークは政治家の先生やら官僚のヒトと、その辺の計画設計と折衝で潰れそうである。
余談であるが、本来領主の名を冠するところ、黒アリスの領地は『クローディース』領という名が付けられている。
領主不在で名無しだった頃に、登記上の問題が発生したので、王城の会議でそのように決定されたのだとか。
『ディース』というのは、ナラキア地方の古い言葉で、女神とかそういう意味を持っているのだという。
つまり、『クロー』とは言うまでもなくナラキアでの黒アリスの通り名、『ディース』とは女神の称号。
雨音は領地をほったらかしにしたのを心底後悔した。
◇
五月第2週の月曜日。
午後2時15分。
東京都品川区、品川宿レジデント20階。
NGOアルバトロス本部。
イレイヴェンの国王さまとお話してお食事して、休ませていた瞬間移動能力者を迎えに来させて地球へ戻った、翌日。
この日は、お世話になっている三つ編み娘のお爺様、国会のドン、北原議員へ報告がてら今後の相談などさせてもらおうと、アルバトロス本部へお越しいただいていた。
孫娘にも会えて、お爺ちゃん嬉しそうである。
他方、官僚を前にして雨音はピリピリしていた。
官僚陣がピリピリしているで、小心娘が警戒してピリピリし返しているのだが。
何故自分は国立大出エリートのスーツ組が雁首並べている対面で心臓バクバクさせていなければならないんだろう。
黒ミニスカ魔法少女の暗黒面が、耳元で良くない事を囁いていた。ハウス!
「では、本格的にナラキア各国の要人をお迎えする事を前提にした都市設計になるのですね、旋崎さん。
となるとー、大使館を置くことも考えていただきたいところですねぇ是非是非是非」
と言うのは、本省ですっかりキャラに似合わない豪腕と目されるようになってしまった、外務省大洋州局の仁田氏である。
魔法少女に無茶振りされると、自然とダイナミックな波乗りみたいな仕事となるのだ。
「『大使館』って……もうトライシアに置いてますじゃんよ? 日本は」
「そちらはヒディライでの件を鑑みて置いた仮大使館ですし、トライシアまでの交通の便さえ良ければより施設の整った選手村の方に置いた方がよろしいでしょう。
それにナラキアの主要11カ国全部に大使館を置くのは現実的ではありませんから。地球でも複数の国が近隣の国の大使館を窓口にする事は現実にありますしねぇ。
選手村なら空港もありますから、各国へのアクセスを考えてもこれはありがたい!」
「それに交通整備も行うとなりますと、領主の旋崎さんにはぜひ日本の道交法基準を満たした設計をしていただきたいとお願いいたします。
日本人がイレイヴェン内を移動する際に円滑に移動できるというのは、流通の点でも大きな利点になるのは間違いないですし」
「それはー、いいんですけど、それってもしかして経産省じゃなくて国交省の方と話をしないといけませんよね? 経産省にも関係あるのは分かるんですけど」
「ええもちろん、なのですぐにでもこちらから国交省の方に話をですね……」
「……そこはかとなくどこが計画を主導するかみたいな駆け引きが既に始まっているような」
「本格的に航空業務を始めるとなると、こちら側の航空会社に運営を任せることは考えておいでですか旋崎さん!?」
「業務の免許は旋崎さんが発行するお立場となるんですよね? 国内外の航空会社から公募という事になりますか?」
「航空管制は地球と同じモノを取り入れるべきと考えます旋崎さん!」
「それより輸入品目についてなにか展望などはございますでしょうか旋崎さん!?」
「是非それについては一度経団連の方と会食などの調整を――――――!!」
「ええい野望を剥き出しにするな官僚どもー!!」
ポータル基地を介したナラキア地方の商業活動、という予定から、ポータル基地を巻き込んだ都市作りに話が膨らんだので、お役人たちの目が血走っていた。
背後に企業やら何かの団体やらの妄執が陽炎を上げているようにも見える。いったいどれだけせっつかれているのだろうか。同情はしないが。
怖くなった雨音は涙目で吼えていた。がおー。
今後どこぞの国みたいに市場開放を迫ってきた時に抵抗する自信が無い。
無くてもやるしかないのだが、精一杯虚勢を張るのみだ。
それから、今まで焦らされていた鬱憤が炸裂するように、当事者である雨音を追い越す勢いでポータル『選手村』基地の都市開発計画は立てられていく事になる。
まさかブレーキ役に回るハメになるとは思わなかった冷淡女子高生。
雨音が想定するのは、地球からの文化、技術を異世界へ発信する拠点としての町作りだ。単なる物品の販売窓口ではない。
それができた段階から、異世界が地球の姿を知る第一歩をはじめられる、といったところ。
翻って、地球が異世界を知るための橋頭堡としても機能し得る。
ポータル基地周辺だけではなく広大なクローディース領全体を整備できるのは、当初の計画よりもできる事の幅が広がるので、色々と都合が良かった。
後は、地球人類に領の名前の意味を知られる前に、どうにか改名したいところだが。
自分の名前に女神の称号を付けるとか、人類史はじまって以来の自惚れヤロウとして名が残ってしまう。
雨音はある意味で、テラーブラスト作戦がはじまって間もなくコケた時以上に追い詰められていた。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、商取引の相談はNGOアルバトロスまで(ウソです




