0013:後片付けで雪玉の如く転がる玉突きストーンズ
魔法少女近況:異世界の人事部長
四月第1週の日曜日。
現地時間の午前10時30分。
西方大陸ナラキア地方南部、イレイヴェン王都トライシア。
昨年の十月中頃に、300万体の怪生物群と16体の巨大生物『死の濁流』と戦ったイレイヴェン国。
それから5ヶ月、この国は未だに復興の最中にあった。
多くの犠牲を払い、費やした戦費も莫大なモノとなったが、イレイヴェンの民に悲壮感はそれほど無い。
ナラキア地方の北部、そして南部で『死の濁流』は完全に殲滅され、共同体に属する国々は盟約を新たにし、地球側からは今後の国交に向けた支援物資が流れ込んでいる。
そして今は少なくとも、未来へ希望を持ち、人々は日々を生きる事ができるのだから。
そんな復興熱に沸くトライシアの王城に、魔法少女の黒アリスは滞在中であった。
黒アリスに同行した東西米国の特殊部隊兵士、魔法少女と能力者の仲間、それに何故かサンサリタンのレアーナ女王とザピロス国の魔王ラ・フィンと、妖精のエディアも一緒である。
◇
中国軍により扇動され、サンサリタン国で発生したクーデター。
レアーナ女王は中国軍と同調した――――と見せかけた――――自国のフィレモント公爵に幽閉される事となったが、これを救出する為に黒アリスこと旋崎雨音は救出作戦を展開していた。
ある童話から『ソーンリーパー』と名付けられた作戦は、魔法少女と東西米軍の特殊部隊による潜入と救出、という内容。
それは、事前の情報収集と綿密な作戦計画により大過なく遂行された、かに思われたが、土壇場で大きく作戦目的を変える事となってしまった。
レアーナ女王救出に留まらず、サンサリタンと強引に国交を結ぼうとする中国の大義名分そのものを崩さねばならなくなったのである。
大急ぎで世界を回り、ロビー活動という未知の戦に臨む事となる黒アリスと魔法少女、及び特殊部隊。
ところが、瞬間移動能力者の力を借りたにもかかわらず、各国で中国関係者らしき武装集団や能力者の襲撃を受けてしまう。
魔法少女外交団部隊は世界各地でご迷惑をおかけしながら、敵を蹴散らし各国の大臣級と会談をこなしていた。
それが11カ国目のロシアに入ったところで、国際世論の盛り上がりに乗った東西米国が、サンサリタンを支持する方針を公式に発表。
海兵隊が現地に派遣され、中国軍による制圧を寸前で免れる事となった。
首の皮一枚で繋がった、ナラキア地方と日本を窓口にした世界間交流計画、『アイランド・プラン』。
しかし、サンサリタンのクーデター未遂は多大な後片付けを残し、また魔法少女たちの計画にとって、それは降って湧いた予定外の面倒事に過ぎなかったのである。
◇
廊下を歩けばメイドさん達に頭を下げられる、兵士には跪かれる、貴族には延々誉め殺される、外を歩けば人だかりができる。
黒ミニスカ魔法少女は、客室のベッドでぐったりしていた。
「い、居辛ぇ…………」
トライシア攻防戦で暴れた記憶も住民にはまだ新しいようで、雷神クローは英雄扱いだ。
自分にカリスマとかは無理だなぁ、と精神的な疲弊を強く自覚し、雨音は実感するものである。
国王陛下に無茶なお願いをする分には、今の立場は助かっていると言えなくもないのだが。
サンサリタン王都『キールザス』の防衛から、三日が経っていた。
中国軍の撤退後、夜が明けて戦闘が終わっていると分かると、隠れていた城の人々が姿を現す。
ただひたすら震えていた女官や文官、ワケも分からず右往左往していた衛兵、少し前まで気絶していた貴族。
それら城の住人達は、主君であるレアーナ女王の姿を見るや、大急ぎで無事を確認しに集まってくる。
新米女王さま、割と慕われているようだった。
それから、戦闘により荒れたこの城をどうにかしようという話になるのだが、明るくなった下で被害の全貌が露わになると、サンサリタンの人々も流石に怯んだ様子を見せる。
僅かひと晩の戦闘で、城内の塔は倒れ、城壁は大きく崩落し、建物も各所で半壊しているような有様なのだから。
侍女や衛兵、下働きの平民が瓦礫の掃除をはじめるが、無事な部分の方が少なく、その量は膨大なモノとなっていた。
なお、城本体にトドメを刺したのは、怒り狂った黒ミニスカの30ミリ機関砲であったが。
雨音はしょんぼり崩れたレンガを運んでいた。後ろめたかったので。
そんな重労働に魔法少女たちが勤しんでいるウチに、東西米国合同の海兵隊が到着。
中国軍の侵攻を受けた以上、海兵隊はその備えとして当面駐留する事となり、その旨をレアーナ女王が周囲に説明していた。
後はのんびり城の修復でもしてもらい、来たる地球からの調査団に備えたり交易での経済活性を計って損失を取り戻すなりしていただきたい、と雨音は思っていた。
ところが、事はそう単純に終わる話でもないらしい。
まず、地球における『アイランド・プラン』の進行が今回のクーデターの件で怪しくなった、という日本政府筋から届いた話。
黒ミニスカ魔法少女がレアーナ女王を引き摺り回してロビー活動を展開した成果もあり、ギリギリで東西米軍の共同派遣という事にはなった。
だが、それで本当にサンサリタンの方は大丈夫なのか? と。
中国寄り、に見える人物をこの国から出した事で、ナラキア地方各国で意志統一が取れているかを複数の国が怪しんだのだ。
次に、サンサリタン内部の情勢不安な話。
この国の人々にとって、新たにやって来た東西米国の海兵隊も偉そうな顔で居座っていた中国軍も、大して見分けが付かない存在である。
そもそも他国の軍が自国内に居る、という事だけでも大きな心的重圧がかかっていたのだ。
そんな連中が、現状の城の破壊を行った程の力を有する、と聞けば、とても安心して日々を過ごせるものではないだろう。
本格的にブッ壊したのは魔法少女だったが。
東西の米軍を駐留させる点に関しては、実は雨音にも抵抗がある。
背に腹は代えられなかったとはいえ、地球の軍を異世界に入れて放置したら何をしはじめるか分からないだろうと思う。
政府は国益の為にこっそり謀を行うし、また当然そうするべきなのだ。
とはいえそこは織り込み済みなので、その辺の監視はイレイヴェンのグラグツポータルと同様に、自衛隊の方に監視してもらう事になっていた。
というワケで、サンサリタンには自衛隊と釘山三佐にも御足労願っている。名目上は東西米軍の支援という事になっているが。
雨音が要請した事なので、政府間でも特に異論は出なかった。地味に権限がスゴイ事になっているようだ。
しかし本当の問題となるのは、地球とサンサリタンの不安の払拭であろう。
日が落ちて暗くなり、辛うじて屋根を残した城の一階広間で食事を摂る魔法少女たち。他に適当な部屋が無いので、女王も同席している。
海兵隊に軍用携行食のパッケージを分けてもらい、その辺のテーブルを気持ち程度清掃して使う、なんとも侘しい夕食であった。サンサリタンの人々には好評だったが。
メインはミートローフのソース煮込み。美味しいが味付けが濃く、パンが良く合う。
そして付け合せのフライドポテトをモグモグしながら、黒ミニスカの魔法少女はどうしたものかと考え込んでいた。
とりあえず自分は帰らなくてはならない。レアーナ女王救出とオマケの中国軍排除はどうにかなったので。
怪生物群殲滅作戦『テラーブラスト』の消耗もまだ回復してないというのに、もう帰って寝たいというのが正直なところのJKである。
キャンプで用いるような簡易コンロとポットを使い湯を沸かし、ポコポコという音を聞きながら色々と考えを巡らせる黒ミニスカ。
だが早々に、こりゃ自分ひとりじゃ判断できんわ、と考え直し、中庭の天幕にいる釘山三佐に相談へ行った。
問題はふたつ。
ケチが付いた異世界国交に対する地球側の不安の払拭と、クーデーター直後で復興の最中に他国の軍を入れなければならないサンサリタンの不安払拭だ。
後者は、中国軍という脅威は去ったのだから放っておけば良い、という意見も出そうだが、今後の地球側との国交を考えると、不信感を持たせっ放しというのは確実に良くない。
後から問題に発展するだろうし、各国の王に国交推進をお願いしている雨音としても義理が立たない上に、同様の不審を他国の王に持たれては事であろう。
そんな黒アリスの考察を聞き、釘山三佐はいつもと同じ神経質そうな顔で、やや沈黙。
やがて三佐が『人質交換』というアイディアを出し、雨音は更に逃れ得ぬ苦悩の袋小路へと追い詰められるハメになった。
◇
それで、イレイヴェンである。
黒アリスは正直に、ジエン=イヴ・デトリウス王に、こちらの長女様をサンサリタンにお貸しいただけないでしょうか、と土下座気味にお願いした。
イレイヴェンの第一王女、ナーディ様にサンサリタンに出張してもらい、代わりにレアーナ女王には再度地球においでいただこうと、こういう計画になったのだ。どうせ城も壊れているので。
地球側はサンサリタンの国家元首を迎え、その親密さを各国にアピール。
サンサリタンは同じ共同体のイレイヴェンの姫を形式上『人質』として預かり、レアーナ女王の安全を担保しようと、こういう理屈であった。
日本の戦国時代スタイルである。大名同士、互いの協力や裏切り防止の為に、こういう事をしていたのだとか。
また、イレイヴェンから護衛に連れて行く『魔道兵団』は、実質的に銃火器で武装したトライシア民兵である。
サンサリタン王都『キールザス』の住民としても、異世界の軍勢よりはまだ受け入れやすいだろうと。
嫌なピタゴラ装置だった。
とはいえ、この玉突き人事のような要人移動は、イレイヴェン一国が何の義務も無いのに大事な姫を外に出すという事でもあり、雨音は心苦しいったらなかった。
筋で言えば地球側が誰かしら交代要員を出さねばならないのだが、サンサリタンに対して人質として有効な人物がいるはずもない。東米国の大統領の顔だって知らないだろうサンサリタンのヒト。
以上の理由で、比較的親交のあるイレイヴェンの王族一家を頼ったと、こういう経緯なのだが。
『うん、構わぬのではないかな? 本人もクロー殿やショウザエモン殿には世話になっておるし、少々遠いがサンサリタンなら地続きの同盟の国ゆえ、過ごし難くもないであろうし』
『あ、移動の方は大丈夫です。一瞬で送り迎え出来ますから』
ナーディ姫の父王様からは、あっさりOKが貰えた。
ご本人には巫女侍が命令する勢いだったが、そこは飼い主が責任を以ってしばき倒しておいて、改めてお願いし承諾してもらった。
親子共々ふたつ返事とは、この上なくありがたい事である。
「あとはー……向こうでのレアーナ様の生活の諸々と、こっちで留守番してもらうナーディさまとサンサリタンのフォローか……。こっちは合同葬儀の話もあるよ、サンサリタンはあの状況じゃ調整大変だよ。
向こうの打ち上げの話もやたら規模大きくなっちゃって完全にひとり歩きしてるし…………うぉおおお気の休まる暇がねぇ」
こうして問題解決には一応の筋道が付いたが、それを素直に喜ぶ気にもなれない雨音であった。
サンサリタンで単身赴任の三佐、地球でホームステイ決定のレアーナ女王、同じくサンサリタンに人質派遣されるナーディ王女。
地球で強行ロビー活動作戦を展開した時のように、自分の都合で大勢のヒトを振り回している気がする。
全て必要悪だった、と割り切るには、雨音は気が小さ過ぎた。
今後の事を想像すると気が重くなり、
などと思っていたら、物理的に頭が重たかったりする。
「…………おい、何をしているカティ」
「ムフー、まほーしょーじょなアマネはムネにスッポリ入るのがイー感じのサイズですネー」
「いやいまさら言うことじゃないけどあたしが縮んでるんじゃなくてアンタがデカくなっているんだからね? それとそのでっかいのを頭に乗せるんじゃないよ」
イスに座って携帯電話を弄っていた黒ミニスカに、背凭れ越しに圧し掛かってくる巫女侍の魔法少女。
秋山勝左衛門の張りの良いたわわな実りが、相応の重量感を以って黒アリスの頭に乗っかっていた。
ウサ耳のように付けていたガンメタルシルバーのリボンが完全に潰されている。
ニンマリ笑う似非和風美女に対し、素っ気無い科白の金髪黒ミニスカ少女はやや困り気味な表情であった。ポヨンポヨンして柔らかいので考えが纏まらない。
「まぁちょこちょこサンサリタンに戻るんでしょう? 流石にそんなに心配する必要はないんじゃないかしらー?」
「生徒会長、誰が立って良いと言いました?」
「はい…………ごめんなさい」
黒ミニスカ少女の心労を軽くしたい、と思ったビキニスタイルカウガールだったが、立ち上がろうとしたところで鎧武者の武倉士織に冷たく咎められ、消沈しながら正座に戻った。
客室の床には毛足の長い敷物が置かれていたが、それでも足が痺れる。
レディ・ストーン、荒堂美由はサンサリタンでの悪趣味なイタズラにより、魔法少女カーストの最底辺まで落ちていた。
ワイルド系美少女が今は見る影もない。
「超力押しの解決方法だけどね。ゴメンねーシックス。入ったばっかでこき使って」
「全然構わないよー。政府の諜報機関とかにこき使われるよりは女の子に使われる方が億倍マシ」
比較的二枚目な短い金髪能力者、『ワープシックス』のジャスパー=チェインフッドも、客間の長椅子で寛いでいる。
先の地球強行ロビー活動では戦闘にこそ参加していないものの、瞬間移動の連発でそれなりに疲労しているようだ。
そこでこの科白というのも、プレイボーイが極まってきた感があった。
しかし、ワープシックスはこれから暫く日本とサンサリタンを往復してもらう事となっている。
ナーディ王女をサンサリタンに放り込む、というゴリ押しをしておいて、そのまま放置しておけるワケもない。
サンサリタン側だって女王不在は良い状態では無いのだから、瞬間移動任せで頻繁に顔を見せておこうと、こういうワケだ。
何にしても急ぎであった。
地球側はすぐに異世界国交の安定を世界に示し各国の動揺を抑えたい、つまりレアーナ女王が必要。
そうなるとサンサリタンが空になる。つまり代打の王女さまが必要。
こんな突貫スケジュールにもかかわらず、ナーディ姫は準備を進めてくれており、魔法少女達は特にやる事無く待機中というワケだ。
この後、ナーディ王女をサンサリタンに送っていかなければならない。
「それが終わったら……レアーナさま達の住む場所考えないとなぁ…………。政府関係に預けるのは不安過ぎるし、そうなると手近にホテルでも確保したいけど」
「エアリーみたいに姉御の家じゃないんスか?」
「そっちの方が安心なんだろうけど、流石にもう部屋がなぁ……。増築するにも場所が…………ん?」
サンサリタンの女王陛下は、エアリーと同様に魔法少女の『黒アリス』が預かる事となっていた。
政府としては当然自分のところで持て成したいだろうが、遠い異国の地どころか異世界で老獪な政治家連中に預けたりしたら歳若い女王さまも気が休まるまい。
そこは、日本と東西米国の三国の政府にも了承を受けている。
そうなると今度は実際の生活環境が問題となるのだが、この辺に関しては全く予定が立っていなかった。急な話なので仕方がないが。
それに、ホームステイ予定者はレアーナ女王さまひとりではなかった。
地球へ戻った時からここまで同行してきた魔王ラ・フィンさまも、一連の話を聞いて自分も地球で暮らしてみたいとか仰るのだ。
一見してデビルコスプレのお嬢様だが、魔王の称号は伊達ではない。
ラ・フィン閣下は、東方大陸の南半分を支配するザピロス国の統治者であった。
故に、お国の方どうするんですか? という話に当然なるのだが、放っておけばそれなりに回る国だとか現最高権力者は適当な事を言う。
異世界のパワーバランスを担う一柱が傾いて『アイランド・プラン』に響くとか心底やめて欲しいが、『イギリスの件』と言われると雨音の独断で拒否も出来ず。
ザピロスの方は、魔族のヒト達は魔王さまの言う通りきっとそういう気質なのだろう、と思うしかなかった。
それにどうせ力尽くでは勝てんからやりたいようにやらせる他ない。
更に、ナーディ王女の派遣をお願いした際に、偶々ジエン王と同席していた北の隣国ネメラスの王子、ナイザル=ネス・マクドラドも異世界ホームステイに興味を持ってしまった。
ナイザル王子は先のヒディライで起こった『死の濁流』殲滅作戦の事後処理にあたり、国の使者としてイレイヴェンを訪れていたのだ。
だからアンタら地球に行くって自分の国はどうするんだ、と比較的ソフトな表現で黒アリスは問いかけたのだが、どうせ本題は片付いたので、今は地球をこの目で見る方が大事だと山男みたいな王子は言う。
そんな親戚の子の意志を、よりにもよってイレイヴェンの国王陛下も支持。ご丁寧にその件もネメラスの王に伝えておくと万全のバックアップ体制。
かわいい子に旅をさせるのはいいが状況を考えてくれんか。
とはいえ、ナーディ王女派遣の件でお世話になる以上、既に雨音が意見を差し挟める状況ではなかった。
ジエン国王も、ヒディライやサンサリタンでの件が一段落したと考えたからこその判断だと言うが。
怪生物群殲滅作戦『テラーブラスト』から、間髪入れずに起こったサンサリタンでのクーデターも阻止し、ようやく事態が落ち着くかと思えばそんな事はない。
尽きない課題、終わらない予定、拭えぬ不安要素、積み重なる重責と。
全く終わりの見えないハードワークな日々を、これまでの経緯から容易に想像できてしまうお疲れ女子高生。
だが、然るべくして問題と時間が目の前に来れば、勝手に身体は動いてしまう悲しい魔法少女根性であった。
0014:タイトル未定 12/07 20時に更新します。
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